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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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「元気ですかー?!
     元気が一番、元気があれば何でもできる!」
今年の花見のチラシには
燃える闘魂アントニオ猪木の名言を引用させてもらった。

思い起こせば、2013年2月の上旬、龍山村の山の中を仲間と一緒に走っているときに
携帯に着信が来て
同じ班の人が亡くなったと知らせを受けたのだった。
その週、その人の葬儀が終わった時、同じ班の人たちが乗っているバスの中で私が
「半場十班で、お花見でも・・・やらないか」
そんなことを話した。

その年から、半場十班のお花見は続いている。

去年までは、お花見といえども4月の中旬で花は散り、花見の雰囲気ではなかった。
今年は、4月3日(日)
丁度、桜の花も咲いているころだろう。

毎年、4月の第一日曜は「秋葉ダム桜マラソン」
4月は、走るイベントが目白押し、開いている時がない。
そこで、半場十班の長老に相談し、4月の第一周の日曜日
私の勝手で、「秋葉ダム桜マラソン」が終わってからのお昼12時から準備をして13時からのお花見にしてもらったのだった。

「秋葉ダム桜マラソン」
秋葉ダム湖畔、千本桜の並木道を走る大会。
参加賞の「三角屋」のお弁当、地場産品詰合せを持って
半場十班のお花見に参加しよう。
10時スタートだから、12時の準備の時間には十分間に合う、
と思う。

今日は、その「半場10班お花見のお知らせ」チラシを書いた。
明日は、そのチラシを10班の長老に持っていき、許しが出たら回覧板で回す。

荘川桜を植えた、佐藤良二さんには叶わないが
半場多目的公園に半場十班の記念になる桜を植えたいと、密かに企んでいる(^O^)/

最後に良二さんの言葉
「この地球の上に、天の川のような美しい花の星座を つくりたい。 花を見る心がひとつになって、人々が仲よく暮らせるように」.
半場もその昔、暮らす人の差別的な言動があったそうだ。
今、はよそ者も地元もない。
その様に思うのだ。。。

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昨日の昼の番組
ひるブラ
http://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2016-03-09&ch=21&eid=18018&f=1801
で東栄町が紹介されたいた。

ファンデーションの原料「セリサイト」がとれる珍しい鉱山に潜入
映像では、去年、東栄町に走りに行ったとき
お昼ごはんを食べた、廃校になった小学校が映っていた。
去年のブログ
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E6%98%8E%E7%A5%9E%E5%B1%B12015

東栄町には、こんな会社があるのだナ~。
三信鉱工株式会社
http://www.sanshin-mica.com/
隣の町でも知らないことが多い。

和太鼓集団市 志多ら
http://shidara.co.jp/
も、そうだ。
あれほど有名なのに、佐久間町では・・・あまり知られていない。

中山間地は同じ悩みを持っている。
もっと近場の中山間地で繋がってもいいと思うのだが。。。

県境がそれを阻んでいるのではないだろうか。。。
byしんしん

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去年、六月の最初の土曜日の夕方
浦川キャンプ場で、同級生が集まって酒を飲んだ。
去年のブログ
今宵もはじまりました(^.^)/~~~in佐久間(昔のワル)

今年も同じ時期に行おうと思っている。

10年前、佐久間が浜松市に合併した時に、私たち佐久間に残っている同級生たちが佐久間中学校の同窓会を始めた。
大きな行政区の一部になり、佐久間はそこに埋もれ、過疎はますます進んでいくだろう。
しかし、決まったことはしょうがない。
そこで、同窓会の話が出た。
寂しくなっていく故郷だけど、せめて五年に一度くらいは青春時代を過ごした佐久間で賑やかに同窓会をやりたい。
そんな思いがあった。
だが、いろいろあって55歳からの同窓会は浜松市中心部での開催になった。

今宵もはじまりましたin佐久間
は、同窓会ではない。
自分が勝手に、知り合いを集めての飲み会。
浦川キャンプ場でやるのは今回二回目
これからも毎年続けていこうと思っている。
 
昨日は
二人に電話した。

健○郎にも電話した。
「キャンプ場、使うことができるの?」
そう心配してくれたけど、平○さんは帰って来てくれると伝えた。

後は地元の同級生や知り合いだ。

多くの人に集まってほしい。

そして楽しい一日であってほしい。

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2月27日(土)
「佐久間しし鍋マラニック」
中部天竜駅から走り始めて城西(しろにし)周りでほうじ峠「伝承館」を目指した。
そのときのブログ
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF/%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93%E3%81%97%E3%81%97%E9%8D%8B2016

そのとき
野田やまびこ会の人と話した内容が、気になったので、ココに書こうと思います。
佐久間町が合併して、佐久間中学校の同窓会をやるようになった
2006年のお正月
多くの同級生が浦川の清流荘に集まってくれた。
あれから5年ごとに同窓会は続いている。
その同級生の一人が私に話してくれた。
「俺も何時かは佐久間に帰ろうと思う」
その人は野田の人だ。
去年の同級生の忘年会の時のブログ
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A/2015%E5%B9%B4%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%BF%98%E5%B9%B4%E4%BC%9A%E3%80%82


その事を
野田やまびこ会の人に話したら。。。
「こんなとこ帰って来ても仕事がないからネ~」

これが、今、田舎に暮らしている年配の人の、普通に出る言葉だ。

野田といえば、佐久間町の中でも、まとまりがある地域だった。
地域に村道を作るのも早かった。
ほうじ峠に「伝承館」を作り、野田やまびこ会の人たちが地域おこしを頑張ってきた。
そんなの野田の人たちも年をとった。

しかし、
私たち同年代の人が
帰ってきたいとの思いがあるのなら
温かく迎えてほしい。

山間部には、確かに仕事はない。
しかし、職場をリタイヤし、定年後は田舎に帰って暮らしたい。
そんな人を温かく迎える佐久間町になってほしい・・・です(^O^)/
 
少ないけど、山間部だけど、若い人も子供も佐久間には暮らしているのだから(^O^)/
byしんしん

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先日、仕事を終わり歩いて帰って来る時に
我が家の隣、先日、佐久間町を去った人の家を解体したところを
地主の人が、なにか作業をしていた。

崩れかけた石垣を直していたのだ。

その人は
お婿さんで
豊根村から来たそうだ。

私の父親が生きていれば、同年代の人だ。
 
ボランティア活動なんてバカな事
部落の役も、なるべくならやらない、自分の時間が無くなる。

私の親父も、そんな感じだった。

半場に越してきたときも、地域の活動は全て若い衆に、、、。
そんなふうに言われた。

親子でも意見の相違がある。
ましてや赤の他人、考え方は様々である。

そんなことを考えて、家に帰って、畑を耕していたら、、、。

珍しい人が来て話をし始めた(≧▽≦)

初めは世間話から、、、。

そのうち本題の話をし始めた。

「私の代わりに安協をやってくれないか」

だった。

ボランティア活動なんてバカな事
部落の役も、なるべくならやらない、自分の時間が無くなる。

人には色々な考えがある。

私は、自分が納得するならば、やるのが筋だと思う。
引き受けた。
しかし、自分の用事があるときには、参加できないと言った。

そう
世の中、持ちつ持たれつ(^O^)/

因みにその人は、去年の「佐久間しし鍋」で蜂蜜をくれた人だ(^O^)/

その前の年、発動機を回していた人だ(^O^)/

持ちつ待たれつだから
夢街道の時に、発動機を回してもらおうかな(^O^)/
byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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