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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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2017年2月「到知」
の特集だった。

脳神経外来医加藤庸子さんの話があった。
脳卒中、その中でも最も危険といわれる「クモ膜下出血」
高い死亡率のこの病を未然に防ぐ「クリッピング手術」を得意とする脳神経外科医の加藤庸子さんの話しだった。
仕事に対する情熱と、何事に対しても誠実であること、と書いてあった。
 2019年の情熱大陸でも紹介されている。
https://www.mbs.jp/jounetsu/2019/01_20.shtml

また
英語の教師だった根本昌明さんの話も。
その人は五十歳にしてプロの音楽家・指揮者になった。
様々な困難があり、運命的な本と出会い、その言葉に
『思考は現実化する』
『願いは実現するのが宇宙の法則である』
が、あった。
その人の願いは
音楽で全世界の人たちを幸せにしたい。だった。
最高の感動を誇る演奏をすることを思い定め、五十歳にして教師を辞めて音楽の道に進んだという。

『思考は現実化する』『願いは実現するのが宇宙の法則である』
わたしの願いは?わたしの夢は?
マラニックを夢街道を走る人が、家族のように楽しめる、こと。

大きくなった、日本で二番目に大きくなった新浜松市
浜松駅から、その新浜松市を突き抜け、信州の遠山郷までの90㎞をマラニック
マラニックを走る人が、家族のように楽しめる。
新浜松市も都市部も山間部も繋がる、助けあう。


情熱誠実な心があれば、必ずや完成するであろう。

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2011年
統一地方選の政令指定市長選が27日、浜松市長選は、現職の鈴木康友氏以外に立候補の届け出がなく、無投票再選が決まった。政令指定市長選が無投票となったのは初めて。
とニュースでの報道があった。

2019年
今回は三人の立候補者が出る。
★鈴木康友氏  61歳
★野沢正司氏  69歳
★山本遼太郎氏 32歳 
浜松市長選 立候補者の略歴、横顔とマニフェスト(公約集)

三氏の中で、特に注目なの山本遼太郎氏なのだと思う。
昨日YouTubeで街頭演説を聞いてみた。
32歳、子どもが生まれたばかりだという。後ろで奥さんが立っていた。
マニフェストに
中山間地域の道路整備と公共交通の安定継続
と、あった。

シルバー民主主義といわれている最近の日本の国、少子高齢化の進行で有権者に占める高齢者の割合が増し、高齢者層の政治への影響力が増大する現象。
多数派の高齢者層に有利な考えが横行している。

自分なりに考え、今回の選挙、投票所に行こうと思っている。
自分だけのことでなく、山間部のことだけではなくこらからの浜松市のためには誰がいいのかと考えながら。。。

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あるテレビ番組で紹介されていた。
さくら道国際ネイチャーラン
そんな年をとっている人が走るのかと驚いた。

走る人、ボランティア、そんな人に支えられての200㎞以上の道程。
佐藤良二さんの言葉
「人々が仲良く暮らせるように」
さくら道にはそんな思いが伝わっているようだ。

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名古屋から金沢まで桜で結ぼうと、桜を植えた人がいる。
その人は、名古屋から金沢を往復するバズの車掌だった、故佐藤良二さん。
桜の苗木を植え続けたが、志半ばで病魔に倒れ47歳で生涯をとじた。
その話はテレビドラマや本で紹介されている。
さくら道

JR東海バス株式会社の前にに句碑がある。
元国鉄バス車掌の佐藤良二氏が、太平洋と日本海を桜で結びたいと名金急行線の沿線に荘川桜の木を植え続けた話しのこと。
1966年に植えた一号桜とその碑が建てられています。

佐藤良二さんが病魔に倒れ病院で言った言葉が刻まれている。
この地球の上に
天の川のような
美しい花の星空を
 つくりたい
花を見る心が一つになって
人々が仲良く暮らせるように
佐藤良二

2015年4月
そんな道を一人で走った。
4年前の春のこと。

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さくら道国際ネイチャーラン266㎞
http://shirotori-gujo.com/sakuramichi/main.html
毎年春にそんなウルトラマラソンがある。

それは1960年(昭和35年)日本の高度成長の時期、岐阜県荘川村に御母衣ダム建設での荘川桜の移植作業から始まった荘川桜物語からだった。
荘川桜物語
http://www.sakura.jpower.co.jp/about/slide/


昨日、自分も一本桜の苗木を植えた。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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