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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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10年、偉大なり。
20年、恐るべし。
30年、歴史になる。
50年、神の如し。
 (中国の格言)
 

12市町村が合併し、浜松市という大きな市ができて12年たった。
当時、佐久間町の役場の職員が説明していたように
「大きな浜松市に合併するということは、静岡市に合併した井川地区のようになるでしょう」
その事が現実に感じてきた。
 12年前、始めたマラニック

その12年前に始まった。始めた。私のマラニック。
これから佐久間町、どうなっていくのだろう?
不安だったあの頃。
佐久間町に暮らし、北遠のこと知らない自分、初めて走った竜頭山頂~山住方面
こんな素晴らしいとこがある。きずいた。

12回目が無事済んだ、今回の動画

 ど根性ガエル
知っていますか?
その歌び中に、こんな部分がある。
「にくいよ!このオ ど根性ガエル!!」
ドッコイ生きてる シャツの中
という部分がある
「どんなに不便になろうとも」
どっこい生きてる過疎の中~♪
そんな気分だ(笑)
いや(泣)かな。

拍手[17回]

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サハラ砂漠を走る。
そんなレースがある。
知り合いが、そんなレースに参加してきたという、その報告会があったので行ってきた。
砂漠を走る?
わからない人にネットで探したYouTubeを見てほしい

如何して、砂漠を走るのか?
「小さいころの夢だった砂漠に行くこと」
如何して、また行きたいのか?
「出会った仲間と再会を誓った」

ある人は、自分の生まれ育った境遇に、そんな自分が今できる事を求めてやってきた砂漠
スタートしてゴールを目指す。
人は、それぞれの人生を生きる。

最後、集合写真
買い物を済まして家路にを急いだ。
今日は
竜頭山スーパーM
来週は
上島キャンプ場で(酒)

拍手[3回]

富士山の見えない静岡県西部地方の佐久間町からの参加
日本一の山、富士山を一周する大会、気が付けば6回目の参加になった。
 

ブログで振り返ってみた。

ぐるっと富士山一周ウルトラ・マラニック2013

ぐるっと富士山一周ウルトラ・マラニック2014

ぐるっと富士山一周ウルトラ・マラニック2015

ぐるっと富士山一周ウルトラ・マラニック2016

ぐるっと富士山一周ウルトラ・マラニック2017

ぐるっと富士山一周ウルトラ・マラニック2018

動画 ↓



大切な思い出
走ってよかった。参加してよかった。これからも宜しく。

拍手[3回]

富士山をぐるっと一周する、距離にして100㎞
静岡県裾野市須山「富士遊湯の郷・大野路」ココをスタート・ゴールにするウルトラ・マラニックだ。
 

いつも好天に恵まれている富士山一周だが、今年は様子が違う。
天気予報は雨マーク。
走り初めて、坂を上りはじめると霧が濃くなり、視界が悪くなり、前を走るランナーのチカチカのライトをたよりに前進あるのみだった。
歩道のない所では右側通行、白線の内側、車の迷惑にならないようにパブリックマナーを守って、そうは思っているが道路の隅は側溝に蓋がない所が多く危険。
車が通るときは立ち止まることが多かった。
10㎞過ぎに交差点があるココを富士宮方面い行かなければならない、先行く女性ランナーが真直ぐに行ってしまった。
「おーい、そっちは違うョ~」
叫んで呼んだ。
村山浅間神社にトイレがある、そう思っていたが、神社に入るセコ道が分らず白糸の滝看板を右折した。
ガソリンスタンド、富士山往復のコースを横切って坂道を歩いて行くとエイドがあった。アリガタや~。。。。
白糸の滝、今回はパス、いっても何も見えないから。
ダイヤモンド富士を撮影するカメラマンも今回は誰も居ない。
富士山も、モチロン雲の中。。。

木工房・空豆を右折、ココから上り坂になる。
6時17分山梨県に突入。
7時30分 本栖湖が見える絶景ポイント。エイドに到着、給水・給食
8時44分 鳴沢の道の駅、ココで富士山が顔を出す。

60㎞を過ぎ眠気と疲労で満身創痍、しかし富士山が勇気を与えてくれる。
山中湖エイドの到着が
12時11分

元気なオネ~様に励まされる。
籠坂峠の上り坂は歩き、下り坂は走りとおした。
自衛隊富士学校に
14時02分
最後のエイドに
14時42分
迂回路選択チェックには、迷わず「本コース」に名前を記入した。

仁杉の交差点を右折。
マックスバリューを左にみて原里小前を右折して、コンビニでアイスを買って、ゴールである遊湯の里 大野路を目指した。
やっとのゴールは
16時04分
 

まる一日使っての富士山を一周するウルトラ・マラニック
主催者は走ることを楽しんでいただきたい、そう言っている。
走ることは苦しい、しかし、その苦しさがあるから、ゴール後の充実感がある。
 

それは人生も一緒、たいへんな事があったから今の幸福を感じるのかもしれない。
富士山も、少しの間見えたから感動したのかもしれない。

萩田氏のマラニックではゴール後、冷たいビールが待っている。
ゴール後には お風呂もある。

また、大宴会も用意されている。
2018年5月19日0時~16時04分まで走り。走り終わってから、お風呂に入って走った仲間との懇親会、夢のような楽しい時間だった。
夢のウルトラ・マラニック動画↓

本日、宿を後にして新東名で浜北インターで下り、国道152号線を北上した。
我が町は
12市町村が合併してできた新浜松市の隅っこの町、佐久間町、家に帰るには国道152号線の崖崩れの影響で、片側通行での不便を感じている。
早く工事が終わってほしいナ~。
不便なところに暮らしていて、少し便利になって幸福を感じるのかもしれないけれど、国道のライフラインの復旧工事が停滞していることに疑問を感じづにはいられない。


 

拍手[16回]

私の暮らしているところは佐久間町
天竜川の佐久間ダム、そんな仕事で栄えた町だ。

佐久間町は佐久間村・城西村・山香村・浦川町が合併して1956年(昭和31年)9月30日にできた町。
佐久間ダムが完成したのが1956年(昭和31年)
戦後の復興に貢献した佐久間ダム、今はひっそりとしている。

暴れ天竜川、ダムができる前は激流で有名だった天竜川。
天龍川・讃
北斗と織姫の間に横たわっている星座は、天龍と名付けられている。長く、美しい星の帯。あるところは烈しく、あるところは静かに輝いている。
上島キャンプ場にある、井上靖文学碑から。
 
天竜川を竜に見立てると丁度、佐久間ダムあたりか。

そこを走るマラニックする企画
天竜川リバーサイドウルトラマラニック225k

前日休みを取り万全の状態での参加と思っていたが、前々日から喉の調子が悪かった。
だましだまし歩みを進め辿り着いた佐久間町。
去年は真夜中だったが、今年は走りはじめて次の日の13時27分、まだ明るい時に見ることができた。

秋葉ダムで20時、船明ダムで24時、飛龍大橋を渡って真夜中の3時、あまりの寒さに河川敷には行けないと判断し二俣のコンビニで熱燗。
しばし休憩してから河川敷に入り4時、河川敷と格闘すること7時間。
ゴールしたのが5日11時01分

去年は、迂回コースで途中バスワープした。
今年は平岡駅から大嵐駅まで電車でワープ、それでも200k越えのコース、長い長い旅ランだった。

自分の暮らしている地域を俯瞰して観ることができる天竜川リバーサイドウルトラマラニック
いつまでも体力が続く限り参加したいと思っている。

 

 

拍手[16回]

プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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