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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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人生を旅に例える人がいる。ウルトラマラソンを人生に例えてエッセイにまとめて書いている人がいる。
人生を時計に例えて一時間を三年で例えて考える。
今回の浜名湖ウルトラ60㎞、最後国道一号線を走っているとき、遠く弁天島の空に満月のきれいな月が私たちを迎えてくれた。
ウルトラマラソンを人生に例えると、丁度今から臨終も迎える直前に神様から御褒美を頂いたようだった。

関電の原発金品問題、当時の高浜町の元助役が金品を受け取った話、人の上に立ち甘い汁を吸い尽くして云ってしまった人の話し。
ウルトラマラソン・マラニック、自分の楽しみは走る仲間との語らいにある。身体のアッチコッチにがたが来ても毎年走っていた浜名湖は走りたかった。
気心知れた走る仲間と。

浜名湖ウルトラ60㎞を人生に例えて、ウッチャンが人生のストップウォッチを押した。
何時もの弁天島の何時ものスタート地点、2019年10月13日朝7時30分、浜名湖ウルトラ60kmという人生が始まった瞬間だった。
「人生は選択の連続である」ハムレットは言った。
しかし、今始まった浜名湖ウルトラ60kmという人生は決められたコースがあり、決められたゴールがある。その決めた人は神様かもしれない。

風と昨日の台風で濁った白波のたつ浜名湖を左に私たちは舘山寺に向かった。コンビニに立ち寄り細江に向かった細江の関所に行く遊歩道は通行止めのバリケードがあった。散歩の人との会話、水窪の話し、細江の関所はよらずに先を急いだ。交通教育センターレインボー浜名湖その横の遊歩道ではクロダイの大物を釣り上げる人がいた。
礫島の横を走り、白亜の建物の横を走る、浜名湖は左手に見える、朝とは違い穏やかな様子だ、遊歩道を掃除している人、ウッチャンが挨拶を交わした「ありがとネ」と。お互い様だと地元の人が、心が和む。

知波田のコンビニで、冷やし中華とノドごし生500mi、後は20㎞弱身体にご褒美。

湖西高校の前を走り、フジユニバンス横を行く頃には辺りは暗くなってきた。ライトを照らして進んで行く。

24時間の時計で言えば、20時くらいか?

人生後半。

:「む、ほほほ。おまえも大人の女であれば分っているであろう、チコウよれ」

:「なりませぬ。私はそんなつもりでココに来たのでは無いのです」「あれ~~♡」

真実は一つ。その真実を知らないので夢想が次から次へ・・・・。

関電の原発金品問題、当時の高浜町の元助役が金品を受け取った話、話しの大小はあるが地位が上がるとそんなことは往々にして起こり得る話となだめられる。

人間とは神だ。様々な動物連鎖の頂点に立つ神様だ。

しかし、人間には理性がある。

我々三人は、ウルトラマラソンという人生を誠実に走ってきた。


新居の関所を通過して、新居の駅を通過して、湖西署の前を歩いていると、東の夜空に満月が輝いていた。


ウルトラマラソンという人生の最後に神様が御褒美をくれたように綺麗に輝いていた。


後一キロのプレートを確認し、弁天島の浜名湖リゾート スパ THE OCEANの裏門をゴールとした。

 

ウルトラマラソンという人生の終焉を迎えた私は、昔働いていた富士鐵工所(今フジユニバンス)の先輩と新居の居酒屋で再開する約束をしていたのだった。

走るということ、そのような事、なにが面白い?

走り終わってからのビールが格別美味しいのだ。

昔の思い出、今までの生きてきた話し。

様々の話しをした。

 

ありがとうございました。

また酒飲みましょう(^O^)/

ウルトラマラソンという人生、その人生を終えたあと美味しいビールでの祝福のとき、自分の人生も笑って最後を迎えることができたなら最高の人生なのではないだろうか

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第一回目の「チャレンジマラニックin遠山郷」木沢小学校からのスタートだった。


神奈川県から来た最勝寺さんトドさんが企画してくれたマラニックだった。


最勝寺さんは白のBMWに乗っていた郷ひろみに少し似ていてカッコよい人だった。


トドさんは太っていて釣りが好きで頼もしい人だった。


第二回目からかナ~。


スタート前にジャズダンスの先生が来てくれてウォーミングアップのときの先生のレオタードが刺激的だった。


そんな時から治郎さんの豪華絢爛のエイドが始まった。


走っている途中のエイドでビールを飲んだのは初めてだった。


なんか、いけないことをやっている少年のような気持になった。


自己責任、いかなる事故が起きても責任は問いません。


そんな事を書いても、本人が死んで他の誰かが「泣きわめき、夫を返して」と訴えたなら。


どうなるのだろう?


最近、バカな大人が多すぎる。


死んだら後の事は知らない、そんなことを真顔いう大人(オジイ)


私は、どんなに偉い政治家よりも、素晴らしい概念を唱えた人よりも(限界集落を言い始めたある人)大野晃・高知大学名誉教授よりも。


治郎さんは素晴らしい男気を感じる。

 

今度はランナーが恩返しをするばんだ。

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前夜祭が始まり。遠山のジンギスでお腹を満たし。久しぶりに会う遠山の人、走る仲間の再開で酒が進む。

駐車場に帰り、二次会が始まり、私は酒豪についていくことができず。寝床に入り込み就寝。

朝、5時には起き、持ってきたカップ麺をにぎってお湯を沸かしている人を探した。

朝食を終え、車にて着替え、仲間とスタート会場へ。

今年は何時もと違い、和田のメインストリートからのスタートとなった。

トイレを借りた建物は立派だった、何の建物かと思ったら商工会の建物だった。

2019年9月22日朝7時、花火とともに150名あまりのランナーがスタートした。

遠山の人たちが沿道で旗を振ってくれている。

声をかけてくれる人もいる。

コースは山間のコースになり上り坂が続く。

歩く人も出てくる。歩くことなく第一エイドに到着したが、歩く人と同じスピードだった。

下りでは気持ちよく走ることができた。

途中、クミちゃんが居たので話したら、違う人だった(そっくりさん)だった。

木沢エイド。懐かしの小学校、第一回目はココからのスタートだった。

トンネルをくぐり、二つ目の上り坂。途中緩くなったが、下栗での坂は躊躇なく歩いた。

ソバの白い花が綺麗だった。もう満開を終えたヒマワリの花がアンパンマンの仮装をしていた。

よく見ると、そのヒマワリは舗装した道路のチョットした隙間から幹を伸ばしていた。

走力は落ち、アッチコッチ故障だらけの身体に鞭打って下栗の坂を上ってきた自分と重なった。

第4エイド「半場亭」ココでビューポイントから戻ってきた人から下栗が見えたとスマホの写真を見せてもらった。

給食給水もそこそこに、ビューポイントに急いだ。

トレイルコース、先を行くランナーが霧にかすみ幻想的だった。

ビューポイントでは真っ白で何も見えなかった。

みんなで息を吹いたら、霧は少しだけ晴れて少しだけ下栗の里が見えた。さっき上ってきたコースが少しだけ見えた。

もと来たコースを戻り、半場亭から林間コースだ。足元が濡れていて滑るのが心配だ。

治郎さんエイドで、飲み物食べ物(泡)

いつのまにか、仲間は先に行ってしまった。

ココからの下り坂は一人旅。

第6エイド、梨本ていしゃ場でのアマゴを目標に走った。

ところが、アマゴは無かった。アマゴは島畑だそうだ。

また一人旅での走りになるが、東海マラニック倶楽部のTシャツの人と出会い世間話をして歩いた。

途中、クルミを拾いビニール袋に入れた。東海マラニック倶楽部のTシャツの人とは先に行った。

龍淵寺の激坂の手前にクルミの袋を置いて、ゴール後持ちに来よう、そう思ったが、地元の叔母さんに次の坂道まで持ってきてもらった。

和田城の下り坂で、その袋を頂いた。

また、袋を持ってのランになる。

前日、植樹で植えた桜の木の根元に、その袋を置いて第8エイドの「島畑」を目指す。

遠くに、地元中学校の先生が居た。声をかける。

遠山が大好きになった様子。

城西もどうにかしなければ、と話す。

「お先に」と言って、先に「島畑」エイドに急ぐ。

第8エイド「島畑」では、アマゴがこんがり焼けていた。

チビッ子の太鼓の音がランナーを迎えてくれた。

そこに、地元中学校の先生が着くと大声援が、、、。

遠山が大好きになった気持ちが、少し分った。

「島畑」そこから、ヒロボーさん、山口組の女性二人の四人で第9エイド「この田」へ。

第9エイド「この田」蜂蜜のサイダー割りが美味だった。

この田の坂を下り、バイパスをゴール目指して走った。

遠山郷観光協会「アンバマイカ」ゴール。

時間は14時30分だった。

7時間30分、飲んだり食ったり遠山郷の叔母さんと話したり。

一日楽しく遊ぶことができた。

ありがとう。有難し。

有ることが難しい。普通では無い一日を過ごすことができました。

今日から、また普通の日々が続きます。

アタリマエにある今、今回の遠山での出会いに感謝し、今の普通の暮らしを感謝する。

アリガトウの反対の言葉はアタリマエ

アタリマエにある今、それが尊い事だと遠山を走って感じた。

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佐久間から遠山郷まで、今年は途中富山の御世話になった方の家に寄ろうと考えていた。天竜川リバーサイドの富山エイドも事も考えていた。県道1号線を佐久間ダムからダム湖岸を走り富山、平岡駅・遠山郷にと考えていた。
朝7時、富山の知り合いの家に持っていく手土産を、何かないか?
佐久間には、そんな物は無い。ガックシ。
東栄の本郷にコンビニがあり、そっち経由で車を走らせた。
コンビニで饅頭を買い、豊根村経由で行こうと考えていて、コンビニで、その道が通れるか聞いた見た。隣で会計を待っていたトラックの運転手が「大丈夫」と言ってくれた。
国道151号線を北上、太和金バイパスは綺麗に整備されていた。パル豊根、豊根村の村役場の方に右折、途中ナビを富山にセットした。
豊根村役場を通り過ぎ、みどり湖の湖岸を進むことに不安になり途中で、畑仕事をしている人に道を尋ねる。「役場のところから阿南の方に行った方がヨカンべ」ということで、Uターンして役場のところから阿南方面を目指した。
コッチの道の方がよさそう、そう思っていたが、すぐに細い道路になっていく、ナビでは工事中のタメ通過できませんという。不安だ。
ところが工事中だったけど通ることは出来た。ホ。
少し行くと、民家が。また少し行くとキャンプ場が、山深い所に人の気配はないが家が点在していた。
しばらく行くと、天竜川リバーサイドで走った、見覚えがある道路が出た。九十九折の山の道路を進んで行く、狭いトンネルを抜けて、山道を下っていく。秋に来れば紅葉が綺麗だろうナ~。
天竜川が見え、富山に、御世話になった人の家に行く。

様々な事を話す。
ヒロボーさんから着信、もう遠山郷に入るそうだ、泡も入っていろうな口調だった。
11時57分着の伊那路で知り合いが二人来るので、一緒に行くので、そのときまで待ってて。
ウッチャン・友さんからも着信、昼飯を蕎麦屋に行こう。そんな話だった。
富山での懐かしい話に花が咲き、話が進んだ。しかし、伊那路の到着時間が迫っている。
別れは寂しいけど、富山の集落を下った。綺麗に手入れされている畑はネットで囲まれていた。


天竜川のクニャクニャ道を平岡へ、平岡駅には11時30分には到着、見たことあるような人が一人休憩室にいた。
塩尻から来た彼は、伊那路の上りを利用してきたそうだ。ランナーとは見えないような体形になっていた彼は、性格は昔のままだった。頭の毛もかろうじて残っていた。

11時57分、伊那路が平岡駅に着き、二人の知り合いと、一人のたまたま出会った知り合いの荷物を車に積んで、遠山郷を目指した。

遠山郷に着き、受付をすまし。
遠山郷観光協会の主催する、青崩れトンネルの遠山郷側のバイパスに桜の木を植える植樹イベントに参加した。
遠山郷は、7年後に完成する青崩れトンネルが開通する頃、遠山郷が花いっぱいの里になるように、花街道(仮称)の里をと感えているそうだ。
私は10月桜を植樹した。

植樹イベントが終わり、仲間が去年亡くなった、よしえさんの桜の木の前に集まり、花を添える人、花の球根を植える人がいた。

遠山郷のマラニックは、今年で13回、第一回目のマラニックの様子は今でも鮮明に記憶している。
走り終わってからの宴会はセンセーショナルだった。
関東のランナーが多くいて田舎が楽しく感じた、そんな時だった。

いま、LINE、フェースブックで遠くにいても繋がりを感じる世界に私たちは暮して居る。

しかし、死ぬということは、写真は残っていても言った言葉は忘れなくても。もう逢うことは出来ない。

たまたま来た、同じ大会に参加する赤いアウディが来たので、観光協会までの帰りは、その車に乗せてもらった。

前夜祭の開催は17時。マイクロが来るのは16時30分。まだ時間はタップリある。

近くのスーパーで昼食のお弁当を買い、泡も。

遠山郷が縁で知り合った仲間と再会を懐かしみ、昼間から宴会が始まった。

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何のために今それをやるのか?




2014年
第4回浜松縦断マラニックのスタート地点で中日新聞の女性記者が取材に来た、「何のためにそんなことやるのですか?」「地域おこしのためですか?」
矢継ぎ早にでた質問に答えを考えた。




走ることが好きだし。こんなことが地域のためになるなら、それも良い。と。
そのときは考えた。



あれから5年の歳月げ流れ、今年同じ「道」を走り考えた。

 

武道、剣道、柔道、茶道、華道などで使われる「道」

「道」という漢字は、「首」と「しんにゅう」で出来ている。

 

首は人間を表し、「しんにゅう」は往来を表す。

 

剣道、柔道、合気道、空手道にしても、単に技術を磨くだけでなく、人としての成長をめざす、それが「道」という一言に表現されているのだ。

 

浜松縦断マラニック
14年前から走った「道」自分はそのときよりいくらか成長したのではないかと感じる。

 


成長とは、一匹の芋虫が葉っぱをムシャムシャ食べ倍の大きなになることではない。




 一匹の芋虫が蛹になり、やがて蝶になって舞い上がり、大空に羽ばたくことだ。

 

人間っでいえば、物事を自分本位でみるのではなく、俯瞰してみる。羽ばたく羽をもち大空から見下ろすような。物事の細部にとらわれず、大きく全体を把握するという。そんな考えが必要だと思う。

 

利己的な考えがアタリマエとして通じる世の中、そんな時代だからこそ、浜松縦断・夢街道、こらからも続けていこうと思っている。


浜松市を隅から隅まで走って得ることは大きい。。。

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別荘から車で西渡まで送ってもらい。
浜松縦断マラニック2019復路の部は、西渡バス停、ココをスタートとした。
ヒロボーさんと二人で浜松駅を目指した。
大輪まで行き、秋葉ダムの東線を歩く、所々に「秋葉神社奥の院例祭」の案内がある。
分かれ道があり、どちらに行こうか悩む。「秋葉神社奥の院例祭」は行ったことがないので一回はみたいと思っている。
が、どこまで遠いか分らない?
二人で協議の結果、行こう。寄り道もいいのではないか。そんな決断で「秋葉神社奥の院例祭」に行こうとなった。
が、上平山までの上りは激しく遠い。それでも鉄塔近くまで来ると眼下に天竜川が雄大に流れ、その天竜川を挟んで山々が折り重なるように信州に向けて連なっている。
右の上には竜頭山がそびえている。
まさに絶景である。今風にいえばインスタ映えしそうな景色である。
上平山に登りきり、「秋葉神社奥の院例祭」の矢印を左折、ココからは初めての道だ。これからどのくらいあるのだろうか?知らないことは気楽なことだ。
しばらく行くと、上平山小学校址に出る。噂では聞いていた。上平山小学校は壊してから太陽光発電施設ができたと。ココが上平山小学校があったところか~。
あの人も、この人も、この道を小学校の頃、歩いて毎日通っていたのだナ~。。。。

まっあ、後少しだろう。
そう考えていたのが、それから結構あるのだ。車も多く登っていく。参拝者だろう。
道路が悪路になり、また舗装に変わったり。車が道路わきに駐車してある。そこからは遊歩道、川のせせらぎを聴きながら歩く。自然の中に様々な展示をしてある。書だったり絵画だったり。
「秋葉神社奥の院例祭」その場所に着くと、修験道の行者の法螺貝が森林の中で鳴り響いた。
ぶぉ~~。。。
案内の人に、上に行くと修行の滝があると言われ登っていく。
一人の作務衣姿の僧が居た。
何とも言えない雰囲気、森林浴と滝の水の落ちる音に身体全体が癒されていくのを感じた。

地元の人は居ないと聞いていたが、地元の人に良く出会った。
西浦の人、水窪の人、切開の人、上平山の人、(元)大滝の人、(元)浦川の人、あれ観たことがある人が、君チャンだ!
ヒロボーさんは地元の同級生が居たと言っていた。
ヒョンナところで、ヒョンナ出逢い。
縁があるのだナ~。。。。

来た人みんなに般若心経のコピーが配られ、みんなで唱えた。
秋葉神社奥の院、修験道の行者が如何して般若心経?と思ったが。
神仏分離【しんぶつぶんり】
神仏習合をやめ、神道と仏教との区別を明確にしようとする、明治初期における維新政府の宗教政策。神道国教化の方針から、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動の激化を招いた。
コトバンクから

様々な歴史の流れを感じる、今回の「秋葉神社奥の院例祭」だった。
終わって、流しそうめんを頂いて、お茶をいっぷく頂いて、山を下りた。
君ちゃん夫妻に瀬尻まで送ってもらう。ラッキ~。。。。
瀬尻を13時33分、まだ時間があるのでドラゴンママでと思ったが長期休業中だった。ガッカし。
近くの酒屋も今は無い。ドラゴンママのメンバーの人の家から声をかけられる。
「スイマセンね~」
20分休憩後、バスが瀬尻に現れた。
このバスは、9月いっぱいで終わりだそうだ。
採算が合わないと、遠鉄グループは手を引いた。
その後を、水窪タクシーは引き継ぐそうだ。
この前、地元の観覧版でその旨を伝える挨拶があった。
地元の企業が北遠バスを引き継ぐ。地元の人は、なるべく利用した方がイイ。
無くなってからでは、再生は難しいのだから。
北遠バス、乗客は10人ぐらいいただろうか、予想していたよりも乗っていた気がする。
瀬尻から西鹿島まで690円
この値段は、瀬尻付近から、上がらない。
瀬尻~西鹿島でも水窪から西鹿島でも690円
自分は5千円札と一万円札しかなかった。
ヒロボー氏に千円貸してと言った。
小銭が1380円あるから、と出してもらった。
西鹿島駅前で(泡)そんな提案も出たが、遠鉄電車で新浜松駅を目指した。
もうすぐゴールだ。
新浜松駅で改札を抜け、外に出たら。なぬ、なにやら賑やかい。
「浜松クラフトビールフェス2019」
http://hama2.jp/archives/1075512105.html
こんなんやっていた(爆)

この場所では、昔「山フェス」をやったことのある場所だ。
今回は生ビール
200円券10枚綴りを二枚い購入。
ヒロボーさんと散策、腹が減ったので私は食べ物を買ってくる。
ヒロボーさんに場所を取っていてくださいと頼む。
フードコーナーは会場の隅っこ横断歩道を渡ってずっと向こう。
人人人人の列。人は楽しい所に集まる。
二枚では足らないのでもう一枚購入。このやり方は上手いやり方だと思った。
楽しければ人の財布は開く。
生ビールで話が盛り上がり、隣りの外国人の人と意気投合。
チリから来た女性のホットパンツが眩しい(笑)
男性はカナダ人、ドイツ人だそうだ。
カンパ―イ。人類みな兄弟。。。
「あ~私たちはマラソンランナー」Tシャツの背中を見せ「ほくえんにも遊びにきてください」
と言った。伝わっただろうか?
また、わたしの子供世代の人とも交流。男の人は肴町でステーキハウスを経営しているそうだ。
FBで繋がった。
話しは盛り上がってきたけど、帰る時間が心配だ。
はやくゴールしないと。
ヒロボーさんと二人浜松駅に行き、ゴール写真。二人握手をして別れた。
私は駅改札へ、ヒロボーさんは盛り場へ。

電車に揺られ、豊橋駅、待ち時間に壺屋、お土産を買って、飯田線中部天竜止まりに乗り込む。
後は電車が連れて行ってくれる。
中部天竜駅に21時31分に到着、家まで歩く。
門灯が点いていない。家の明かりが無い。リックから鍵を取り出し家に入る。
ソット中に入る。そっと。
仏様に御土産を供え、無事に終わったマラニックを感謝した。
風呂に入り、汗を流し、自分の布団で就寝、自分の布団はイイ、なんといってもイイ。
浜松縦断マラニック2019
無事に終わった。
14回目
10年、偉大なり。20年、恐るべし。30年、歴史になる。50年、神の如し。  続けることの大切さを説いた中国の格言。

万物流転 情報不全
【万物流転】・この世にあるあらゆるものは、絶え間なく変化してやまないということ。
【情報不全自分な出した情報は不全である事、情報は変わらない。こと。
万物流転 情報不全
私は、この言葉に出会ってブログを書くことの意味を、少し分ったような気がする、のです。
byしんしん

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8月24日(土)
 高丘の○川インテリアを朝3時には起きた。
そ~っと着替えを済まし、外に出た。
まだまだ真っ暗、昨日来た道を逆戻り、が東名の横に辿り着けない。
カラオケ、床屋、昨日はあったのに、東名からの車の走る音が遠ざかる。
記憶では、この道かと思うけど?
BG富士の看板が遠くに見えた。ココを行けば姫街道だ。松並木を浜松方面に向かって歩く。
新聞配達の人、牛乳配達の人、千鳥足の酔っ払い。
浜松の早朝、姫街道沿いには様々な生活が始まっていた。

住吉の聖隷浜松病院の横を通り。右手に知り合いの事務所があったところを横切った。
今は進学塾で個別の授業と店先に看板があった。
静大・浜松北高よこを通り、右手に昔の誠心高校が見える。今は何だっけか?
ネットで調べた。
そうだそうだ今は浜松開誠館中学校・高等学校だ。
それにしても大きな建物だ。
http://www.kaiseikan.ed.jp/hamamatsu_kaiseikan_toha/
地上9階建ての都市型キャンパスや、巨大なフォルムのアリーナ棟、広大なグラウンド等、心地よい環境と充実した設備が生徒の快適な学校生活を支えます。
すげ~。。。9階建てだって。
理事長挨拶
本校の文武両面を根底で支えているものは、徳育の力であると確信しています。

徳育か~。
徳育とは
道徳的修練を行う教育活動。知育,体育とともに教育の基本的な分野とされる。道徳教育と同義に用いられることもあるが,徳育の場合は,知識の習得よりは実践的な性格形成に重点をおいた言い方といえる。
コトバンクから。

浜松駅に到着5時少し前
駅のトイレはまだ空いていない。近くのコンビニで借りて、そこで朝食も買い店の前で食べる。
ベンチに腰を下ろし仮眠。膝の調子が悪いのでCWXを履く。いや今は右のお尻の奥の筋肉が痛い。
今日は走れるのかナ~????

6時過ぎ、駅の改札口に向かい、今回の参加者を待つ。
6時半、ヒロボーさんが来た。
ホットした。今日は一人ではない。と。
スマホを忘れたと、正直に言った。
暫く小言を言われた。
ウッチャンが来るはずだ。が来ない。時間は7時近くになる。
7時、ウチャンが来た。トモゾウさんも来た。
やった俺を入れて4人のマラニックになる。
ウッチャンから山草人さんが来ると教えてもらった。ウッチャンからどうして知らないの?と聞かれる。
「スマホ忘れた」
Σ( ̄□ ̄;)ガーン

四人で浜松駅前にて写真を撮る。
横断幕は?ヒロボーさんから。
私「忘れた」
また小言は始まった。平謝りをする。
2019年8月24日(土)
第14回浜松縦断マラニック
はスタートした。
走り出し、四人みんな、新浜松駅から遠鉄電車に乗車した(笑)
あれから14年、歳も取ったし体力気力も低下気味。かな。
 
昔の写真です。今回のではありません。


車内で山草人さんと連絡が取れ、遅れて浜松駅に着いたので一便遅い遠鉄電車に乗っていると、の話し。
やはりスマホは素晴らしい。近くにいなくても連絡が取れるツールだ。ウチャンからスマホを借り、わたしの状態を走る仲間の共有の頁に書いた。
「因みに、しんしんさんはスマホを忘れました連絡できません(≧▽≦)バカもん。です」
分ってくれただろうか?
バカさ加減。

浜松縦断ハジメの一歩

西鹿島駅を出発、わたしとヒロボーさん。
ウッチャンとトモゾウさんは山草人さんを待っている。
調子の悪い私はヒロボーさんについていくのがヤット。鹿島橋を渡り鳥羽山公園下の遊歩道を潜った。
(株)山福
http://www.yamabiko-corp.co.jp/contact/support/detail/id=5024
この向かいの奥に、山の肉専門店があると聞いたので、今回ココに寄り道、その店は寿司・割烹竹染
https://www.chikusen-katagiri.com/
店の近くにオリがあり捕ってきた獣を入れてある。と、聞いたことがあるけど、今回行ったらオリはあったけど獣は居なかった。

天竜の住宅街を抜け、国道152号線を北上、山東のコンビニを超えたら、ウッチャン・トモゾウさん・山草人さんの三人が脇道から出てきた。
ヒロボーさんは、その向こうだ。
152号線、最後のコンビニ「サークルK」ココで買わないとこれから先店が無い。。。
ウッチャンがみんなの分、ガリガリ君を買ってくれた。感謝です。
月まで3㎞の看板の下を通り橋を渡り、月に踏み入り酸素の薄さを感じた。
苦し~。。。。
夢の懸け橋を渡り。眼下に夢街道のTシャツの二人組を発見!!!
下さんとサクラさんだ。
二人の接待を受け、苦しマラニックは楽しいマラニックになった(笑)

次の目的は「金ちゃん」そこのかき氷、安くておいしいかき氷、それだけを楽しみに走る。
ウッチャン、トモゾウさん、ヒロボー、山草人さん。サクラさん、下さんは到着していた。私は最後だった。
ヒロボーさんから「マンゴー練乳かき氷」を注文してもらった。おもってもらった。
感謝です。
「マンゴー練乳かき氷」から連想して、先日NHKで放送した「マンゴーの木にしたで」の話をした。
戦後74年の今、こんなことを趣味だと言える自分たちは幸せだと。
もう一人の参加者、ナグラさん、遠くからの参加で浜松駅には7時半だと言う。先に走っていてください。後を追いかけます。と連絡はあったけど心配だ。
ウッチャンが電話したけど連絡はとれなかった。
自分はと言うと、自分の身体が心配な状態、足がキゴギコ、腰がガチガチ、太陽サンサン、汗ダーダー。
それでも、歩みを進め、秋葉ダム公園に何とか辿り着く。

ココからは秋葉ダム湖東岸の道、車も少なく余裕の道、みなココからは歩く人が多くなるが、今回歩く人はいない。進む、ユックリでも走っている。
途中の沢からの冷たい風が心地よい。
マラニックの楽しみは、一緒に走っている人との話、私はマラニックで多くの雑学を学んだ。
苦しいけど、ユックリでも進んで行けば目的地は近くに来ることを知った。
大輪で移動エイドが居てくれた。
苦しいけど、ユックリでも進んで行けば目的地は近くに来る。それは自分だけではなく多くのサポートが居てくれてのゴールなのだと知った。
今回、サポートをしてくれた下さんサクラさんは勿論だけど、走ることには無関心の細君のことも脳裏によぎる。

西渡、の、集落が遠くに見える。
ココに来ると、佐久間に帰ってきたナ~っと、感じる。
夢街道のとき伊藤さんがエイドをしてるところだ。
西渡の集落は、斜面に張り付くような家が点在する。その家それぞれに人の営みがあった。
ココは久根鉱山があり、天竜川と水窪川の合流地点で昔は栄えた集落だった。
二年に一度、浜背負い祭りがある。川に着いた都市部からの物資を八丁坂を担いだ女衆を真似しての浜背負い祭りだ。
地元の先輩から、西渡が一番衰退が著しいと聞いたことがある。
当時はパチンコ屋、競馬の馬券売り場まであったときく。
時代の流れで、人は住むことは出来なくなる。

西渡を抜け、国道473号を佐久間に向かう。豆こぼしトンネルを潜り、河内川の橋を渡り最初の交差点を左折、佐久間町唯一のスーパーで買い物、冷たいものが欲しい~。。。
ウッチャンがガリガリ君を買ってくれた。箱買い。
アリガタや~。。。
一本いただく。
元気が出た!
昔を思い返して、わたしは人に御世話になってばかりだと感じる。
富士鐵工所に入社して、熱処理と言う職場で働くようになって、様々な先輩に出会い、よく飲みに歩いた。
ある人に良くおもってくれたので、今回は俺が払おうと、財布を手にしたら。
その人は言った。
「今回もわたしが払う。おまえが先輩になった時に払えばイイ」
思いやり。人生はキャッチボールだと。
相手のことを考えてボールを投げる。思いやりと言うボールを。
思いやりというボールを多く投げてもらっている私、そのボールを上手に受けとることができずにこぼしてばかりいる。相手にそのボールを上手に帰せていないのではないかと。思う。
 

ゴールの変更して、中部天竜駅横の浜松市営駐車場にした。
私は家に寄って、スマホを持ちに行く。
コッソリ家に入り、スマホをとカンパイビールを持って、軽トラで浜松市営駐車場へ。
ウッチャン、トモゾウさん、ヒロボーさん、山草人さん、下さんサクラさんの待つ市営駐車場へ。
カンパイビールでカンパ―イ。
私はまだ運転がありますので、ビールはダメ。

スマホが手に入り、今回宿泊のオオイシさんに連絡、水窪にいて今佐久間に向かっている、そう。
ナグラさんには連絡が着かない。

ヒロボーさんと私は走る仲間の別荘へ。
後の人は下さんの車で下山。

別荘に行き、露天風呂に入る一番風呂だ。疲れた身体を癒す。身体の隅々が喜んでいる。
裸で誰の気兼ねも無く風呂に入れること、人生の楽園。
そんなときスマホに着信が。ナグラさんからだ。
佐久間駅に着き、16時の電車で別荘に向かうそうだ。
一安心。。。
オオイシさんも来たみたいで、声が聞こえる。
風呂から出て、シャツ、パンツその他を洗い、居間で寛いでいたら家主から「ビールがあるョ」と。
「ヒロボーさんが来るまで待つ」と言ってそこでスマホのチェック。しばし返信作業。
ヒロボーさんが風呂から上がり、台所に行って冷蔵庫を開けると。
家主が
「ヒロボーさんには大きい方(スーパードライ)新間さんはノドごし生がある」と。
わたし
「わたしも大きい方がイイ」
と言って、居間に向かい、ヒロボーさんとスーパードライをコップに注いで乾杯した。
そのうち、オオイシさんが来て、ナグラさんが来て、宴は夜更けまで続いた。
浜松縦断マラニック2019
明日に続く(^O^)/

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8月23日
西渡バス停に「北遠バス」13時23分
このバスに乗り西鹿島駅まで行き、そこからは遠鉄電車で上島駅までと考えていた。
佐久間に暮らしている私は佐久間から西渡まで、どのように行くのか、、、それが問題だ。
走って行く、それもイイ。
リックを背負って走っていて、しばらく経ってスマホを持っていないのに気づく。
が~ン~。。。。
スマホの充電器は持ってきたのに。。。。

走って、足が痛くなってきた、歩きが出て、北遠バスに間に合うか心配になる。
案の定、西渡バス停まで後少しのところで、バスは出て行った(ガッカシ)
「まってくれ~。。。。」
地獄に仏、運よくコッチを向いた運転手と目が合い、バスは停車してくれた(ホッ~)

「スイマセン」平謝りをしてバスに乗り、一番後ろの席に座り汗を拭いた。
運転手さんが
「西鹿島駅行ですが、大丈夫ですか?」とアナウンス。
「大丈夫です。助かりました」
神対応の北遠バス職員に感謝です。。。
乗り遅れたら、次は16時26分、3時間の待ち時間がある。

西鹿島駅には14時29分到着、690円
西鹿島駅から上島駅まで遠鉄電車、車内放送「スマホの電源は切ってください、迷惑にならないように」と注意しているのに、多くの人がスマホ画面を覗き込んでいる。私はマナーの悪い乗客が多いことに今の世の嘆いた。
本当は、スマホが無い自分が不安感におちいっているのだが。
上島駅から、本日の目的地、○川インテリアの事務所までは徒歩
そこまでの地図は、昨日ネットで検索し地図を印刷してきた。距離は4,41㎞
楽勝、かな。
昔、姫街道マラニックで一回走ったことがあるコースだ。
追分の交番を越え、東名手前を左折した。
前方に乳母車を押したオバサンに○川インテリアを聞いてみた。
:「その事務所は聞いたことがある、アッチの方にダブン、ある」
:「どっから来た?」
:「佐久間だよ」
:「佐久間だったら金持ちダ~」
一瞬ビックリ。
:「山をたくさん持っていて、金持ちダラ~」
私:「?????」
人の感じ方、考え方は様々だナ~。。。

しばらくして、家の庭で車を洗っている人に尋ねる。
:「○川インテリア、知りませんか?」
:「そこだったら、あの交差点を右折、道路の左側にあるよ」
時刻は16時、まだ居ないかもしれない、階段を上がって中を観ると、静まり返っていた。
腹が減ったので、食べ物屋を探す。が、無い。
姫街道沿いにはあるが、一歩中に入ると商店は無い。
ウロウロ歩き回っていたら、道が分らなくなり、コンビニの前で話しこんでいる二人組の人に道を訪ねる。
:「姫街道は如何やって行けばいいですか?」
:「少し行ったところにホンダの正門があるのでそこを少し行ったところが姫街道」
:「アリガトウ御座いました。感謝です」
姫街道に出て、さっき歩いた追分の交番のところを通って、東名の高架橋を渡り切り、海王と言う寿司屋を見つけ、ご飯とした。
早速、生ビール。
人気にぎりずし5種・ツナサラダ・レンコン挟み揚げ
また、生ビール
担々麺でおしまいにした。
会計2655円
30パーセントOFF
1859円
になります。
私:「如何して30%OFF」
そう聞くと
定員さん曰く、ちかじか閉店だそうだ。そのためだと言っていた。
定員さん:「ホント、急なことで、わたしもビックリしています」と。
ネットで見たら↓
http://foodbusiness.hatenablog.jp/entry/2016/09/27/211901
こんなのがあった。
安倍さんは景気は良くなった、そんな事を言っているのに、この現実をどう見ているのだろう。
 

店を出て、東名の高架を渡り、○川インテリアへGOー
飲んでる飲んでる。観たことのある人が居る居る。
事務所には水窪祭りのポスターが一面に貼ってある。まるで水窪で飲んでいる感じ。水窪弁が飛び交っている。
少し飲んだところで、○川に携帯を貸してもらい、自宅に電話した。
家の人が出て、携帯の話をしたら、家の居間のテーブルの上にあったと(ホッ)
明日、走る人には連絡する術が無い!
まっ、明日には明日の風が吹く。
今晩は、水窪衆と(酒)

佐久間町は
佐久間村と城西村・山香村・浦川町が合併して出来た町だ。
それぞれの地域が、我田引水、わが町を、わが町のことを大切に思ってきた地域だ。
水窪は違う。
水窪を思う気持ちが佐久間町とは違う。そう思う。
何処に暮らそうとも、水窪を愛している人が多い地域だと、感じる。
時間は、12時を廻った。早く寝ないと明日に響く。早く寝なければ、男同士の飲み会、色っぽい話も、誘惑も、目的は浜松縦断、しかし誘惑が・・・・・。
そんな格闘の中、事務所で寝てイイよ。と天使の声。
有難く暗い部屋で、お先に休ませてもらったZZZzzz。
浜松縦断マラニック2019
明日に続く(^O^)/

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夢街道とは。
毎年、水窪町の秋のイベントでの名称だ。
それが竜頭山のスーパー林道を走っている時、駐車場で見つけた看板がある。
 
この看板には
我々北遠6市町村の若者は
と書いてある。
天竜市・龍山村・佐久間町・水窪町・春野町・○○○。
何年前だか知らないが、北遠の若者がココの地に植樹をして、その記念の看板に「夢街道」と書いて残したのだ。
と言うのは、水窪だけではなく北遠のみんなが「夢街道」を夢見て、多くの人たちがこの街道沿いの小さな町を訪れてほしいとの想いがあったのではないかと思う。
夢街道90㎞
 
今回で9回目になった。
多くの思い出がある。
走る人、それをサポートしてくれる人、遠山郷で待ってくれてる人。
八丁坂を明光寺峠を超えて水窪川沿いの斜面集落「横吹」が、私の故郷である。
そこからの景色は、植林した杉・檜が成長し幼少の頃見た景色とは、ずいぶん変わってきた。

これからの、その景色は、もっともっと変わっていくだろう。
綺麗に整備された茶園は、過疎高齢化の影響で整備されることは出来なくなり、荒れてくるだろう。
だから、今のうちに多くの人に見てほしかった。ここにきてほしかった。

夢街道
人がきて、地域が潤うためには如何するか。
多くの物を買ってもらう。
酒を飲んでもらう。
 
来年の課題ができた。
2020年
オリンピックの年、夢街道は進化し続ける。
思い出とともに。。。
 
今年の夢街道
走る前に浜松のヒロタップダンススクールの若者たちに盛り上げて頂いた。
 ○石さんが手配してくれたのだ。
多くの出逢い、仲間の応援があって、夢街道は進化して行く。

2019 動画

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すべてはそこから始まった―。

12市町村が合併した、大きくなった浜松市を浜松駅南口から走った。

次の年、仲間を誘って走った。

2011年6月
浜松駅南口から大きくなった浜松市を突き抜け、浜松市、静岡県の県境を越え長野県、南信州の遠山郷まで走った。


俺たちは、仲間だ!!!

職業も暮らしているところも、性別も考え方も、なにもかも違っているけど

目指すところは一つ

遠山郷

 

hokuenRUN

旅はまだ、途中だゾ~~。。。。。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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