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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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夢街道とは。
毎年、水窪町の秋のイベントでの名称だ。
それが竜頭山のスーパー林道を走っている時、駐車場で見つけた看板がある。
 
この看板には
我々北遠6市町村の若者は
と書いてある。
天竜市・龍山村・佐久間町・水窪町・春野町・○○○。
何年前だか知らないが、北遠の若者がココの地に植樹をして、その記念の看板に「夢街道」と書いて残したのだ。
と言うのは、水窪だけではなく北遠のみんなが「夢街道」を夢見て、多くの人たちがこの街道沿いの小さな町を訪れてほしいとの想いがあったのではないかと思う。
夢街道90㎞
 
今回で9回目になった。
多くの思い出がある。
走る人、それをサポートしてくれる人、遠山郷で待ってくれてる人。
八丁坂を明光寺峠を超えて水窪川沿いの斜面集落「横吹」が、私の故郷である。
そこからの景色は、植林した杉・檜が成長し幼少の頃見た景色とは、ずいぶん変わってきた。

これからの、その景色は、もっともっと変わっていくだろう。
綺麗に整備された茶園は、過疎高齢化の影響で整備されることは出来なくなり、荒れてくるだろう。
だから、今のうちに多くの人に見てほしかった。ここにきてほしかった。

夢街道
人がきて、地域が潤うためには如何するか。
多くの物を買ってもらう。
酒を飲んでもらう。
 
来年の課題ができた。
2020年
オリンピックの年、夢街道は進化し続ける。
思い出とともに。。。
 
今年の夢街道
走る前に浜松のヒロタップダンススクールの若者たちに盛り上げて頂いた。
 ○石さんが手配してくれたのだ。
多くの出逢い、仲間の応援があって、夢街道は進化して行く。

2019 動画

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すべてはそこから始まった―。

12市町村が合併した、大きくなった浜松市を浜松駅南口から走った。

次の年、仲間を誘って走った。

2011年6月
浜松駅南口から大きくなった浜松市を突き抜け、浜松市、静岡県の県境を越え長野県、南信州の遠山郷まで走った。


俺たちは、仲間だ!!!

職業も暮らしているところも、性別も考え方も、なにもかも違っているけど

目指すところは一つ

遠山郷

 

hokuenRUN

旅はまだ、途中だゾ~~。。。。。

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毎年、5月の最終日曜日は竜頭山スーパーM(Mとはマラニックのこと)
今回の仲間は
シゲみつさん
クニさん
ウッチャン
トモゾウさん
山草人さん
ヒロボーさん
カワイさん
しんしん
サポートに
ツバモトさん
計9名で竜頭山を佐久間や水窪の大自然を走り旅で大いに楽しんできた。
コースは ↓
 
朝7時に集合、7時15分に平和登山口から竜頭山に入山、登山ポストに入山届けを記入した。
7時15分、私他7名
竜頭山山頂→山住神社→向市場→城西→切開→横吹→西渡、予定
今、水窪では遭難者がいるという、山ブーム、健康志向で走ったり歩いたり山間部に遊びにきてくれるのも有り難いのだが、事故があると地元のボランティアもそれに携わらなければいけない。
山に生きる会のメンバーも、その捜索に参加しているという。
山間部に暮らす者の一人として(悩)

竜頭山の登山道途中の分岐からは、杣小屋コースに進む、山頂手前、展望台横のツツジは蕾だった。
遠くの山並みを、目を凝らしてみていると、うっすら富士山らしきシルエットが見えた。
誰もかれも、その富士山が見えるという。
あれは、本物なのか?
それとも・・・。

竜頭山山頂を通過し、ほうずき平からほうずき平第二駐車場へ、私は迷わず、ツバモトさんの車に乗せてもらった。
山住神社の横の茶屋でヤマメ?の丸焼きを食べた。美味しかった。
そこからも車で移動、佳江さん栃の木を探しに行く。
佳江さんを写真に撮った栃の木は、栃の木ではなく、ホウの木だった。

「この木は違うよ」
そんな話もあったが、この木だと今、写真を見て思う。
去年の今頃は、楽しく走っていた。
アタリマエに来ると思っていた、未来は、アタリマエでなない。
この、竜頭山スーパーMも、今年で13回目、佐久間町が合併して走り始めた自分が居た。
数々の思い出がある。
自分は今、調子が悪い、しかし、そこからは走り始めた。
布滝、そこからまた車に乗った(笑)
 
切開で、夢街道の看板
そこからカワイさんと歩く、途中から車に乗る。

最後のエイドから、歩く、瀬戸から朝登った竜頭山がその全容を現す。
わたしの故郷の山、竜頭山(1351m)
ゴールである西渡に到着16時30分
ありがとうございました。
有り難い。事だ。

山住神社でいただいた令和元年の御朱印

来年再来年と続けて押してもらおうと思っている。
継続は力なり

最後に平和登山口にいってきて、登山ノートに無事に帰ってきましたと書いてきた。
ありがとうございました。
竜頭山。。。
写真は昔の写真。
この写真のヨッピーさんの横目で笑う姿が好きだ(*^^)v

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朝日新聞「教育」
東京海洋大客員助教授・さかなクン
の言葉がある。
http://www.asahi.com/edu/ijime/sakanakun.html
小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。広い空の下、広い海へ出てみましょう。
と。

今、走る仲間が書いた本「空につづくカミーノ おじさんパッカーのサンティアゴ巡礼の旅」をアマゾンで注文している。
広い広い、広大な平野が広がるスペインのキリスト教の聖地の旅、今年の6月にまた行くのだと言っていた。

わたしのラン友でのマラニックは走る仲間が家族のように、助け合い認め合い走る旅ラン。
そうしたいと思っている

拍手[3回]

一般に登録を行った会員間で特定の自動車を共同使用するサービスないしはシステムのこと。自動車を借りるという面ではレンタカーと近い存在であるが、一般にレンタカーよりもごく短時間の利用を想定しており、利用者にとってはレンタカーよりも便利で安価になるように設定されていることが多い。
ウィキペディアより。

野辺山100㎞を走った人の投稿で知った。

先日、余呉湖の帰りに車のラジオで、リチウムイオン二次電池の発明者の一人 吉野彰さんの話があった。
昔日本は、車は一家に一台の時代があった。そして一人に一台の時代になった。
コンピューターが普及し、スマホが普及し、これからは電気自動車が普及するのか?
大きな蓄電池ができ、発電所は少なくなるのではないか、との話も合った。

それと、これからの時代「シェア」がキーワードになると。も。
ひとつの物を、仲間で友達でシェアする。
そう仲間。友達

仲間→ 同じ種類のもの。同類。「オオカミは犬の仲間だ」
友達→ 一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人
ネット友達、 リアル友達
ネットの仲間、リアルの仲間
「シェア」
この前の飲み会のとき、ある人がわたしのスマホのバッテリーが無くなったのを知り
自分の充電器のバッテリーと繋いでくれた。
これもシェアか。
小さなことだけど、ホッコリした。

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富士山一周マラニック、夜は満月で夜富士が綺麗だったと聞いた。
夜は走っていない自分は、それは分らなかった。
早朝、第二エイドから走り始めた自分は、道の駅「鳴沢」から見えた富士山が綺麗だった。
それから間もなく天気が悪くなり富士山は雲に隠れた。

痛い足を引きずり、鳴沢村・富士吉田市・忍野村・山中湖村と歩いたり走ったり、した。
籠坂峠を越え静岡県に、帰ってきたゾ~っと思った。
小山町・御殿場市・裾野市、自衛隊演習場の中を走る。

https://www.mod.go.jp/pco/obihiro/

ゴールである、富士山が日本で一番きれいに見える宿「大野路」が見えてくる。
あと少しだと思うと、走れる勇気がわいてくる。
その時、富士山が雪をかぶった富士山が山頂だけ少し見えていた。
富士山が応援しているように感じた。

26日は佐久間の山「竜頭山」に登る。そして水窪・佐久間と走る。
竜頭山は、私が少年の頃、斜面集落「横吹」を登っていた時に、国道沿いでは見えない山頂が、家近くまで行くと、その山頂が見えてきた。
若き頃、大きな山の麓での生活に憧れた。
しかし、私にとっての故郷の山は、まぎれもなく竜頭山だ。

日本一の富士山を楽しんで、自分の故郷の山を登る。
富士は日本一の山~♪
それは、富士山が日本一だと言っているのではない。
人間がかっててに順番を付けているに過ぎない事だ。
大切にしていきたい、故郷の山「竜頭山」
それと故郷。

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3・2・1、スタート
2019年5月18日の午前0時、富士山一周マラニック100㎞、が裾野市の日本一富士山が綺麗に見える旅館、ゆうゆうの里「大野路」からスタートした(^O^)/
わたしは多くの走る仲間と、その集団の中にいた。
が、ががが。
走り始めて300m
やはり、膝の調子が悪いと、その集団から脱落し、スタート地点の「大野路」まで帰って来た(笑)(泣)

膝の調子が悪い。
100㎞。走れる分けが無い。
今回は、参加だけはしよう。
そう思っての参加だった。
萩田さんのサポートカーに乗って、萩田さんの話を聞きながら、「大野路」をスタートしたランナ―の姿を見ながらの車での移動だった。
AP1(エイド)
今回はココでボランティア。
萩田さんは、ココの空き地を借りるとき、所有者の会社に話したら。
そこで働いている人も走る人だったそうだ、そしてその人も萩田さんの大会に参加したことがあると言っていたと言っていた。偶然にもそんなことがあったと話していた。
その人も急遽応援に来てくれた。
バナナは5当分。キューイも5当分。オレンジは8当分、切れ目を付けて。
カステラも一口サイズに。どら焼き4当分。
萩田さんはランナー目線で食べやすい様に考えている。
萩田さんのマラニックは、多くの繋がりで出来ている。
そう思ったボランティアだった。
しかし
それにしてもサブイ(水窪弁で寒いこと)走っている方が良い、とは思ったが走れない。

最終ランナーを送って、畑島さんが走れなくなって、二人はサポートカーで第2エイド(AS2)に向かった。
第2エイドでは、さくらさんから温かな味噌汁を頂いた。
サブイ身体が生き返った。
その味噌汁の温かさは、味噌汁の温かさはもとより、人の温かさも感じた。
第2エイドから見える本栖湖、その向こうに見える雪をかぶったアルプスが綺麗だった。

ココから走ろう。そう思った。
「ココから走ります」と萩田さんに申告した。
膝が心配だけど、ココまで何をしに来たのかと、人の温かさに触れ、雄大な景色の中にいて自問自答して見つけた答えだった。
畑島さんも走ると言った。
畑島さんの背中を追いかけて走った。

膝の故障。
走る前から萩田さんに相談はしていた。そんなとき。萩田さんから、ピンチとチャンスの話があった。
ピンチはこれからの生き方を好転していく良いチャンスだと。
ピンチをチャンスにしていく生き方、それは大切なことだ。

一緒に走った畑島さんからも、様々な体験からの生き様を教え頂いた。
30㎏
そんな小さな身体から大きなパワーを頂いた。

志野村を走っている時に、クニさんウッチャンクミちゃんが後から来た。
「大丈夫~」と言って抜かされる。
大丈夫ではないのです。しかし笑って済ませた。
山中湖(第3エイド)
円谷さんが居た。疲労困憊だったが元気が出た。
両手を合わせた。パワーをもらった。
人は、もうダメだ。と気力を失う。しかし些細な切っ掛けで元気が出るときがある。
それは(泡)だったりもする。

少し飲んで、先を急ぐ。
籠坂峠の上りで、見知らぬ人に声をかけられる。
第1回天竜川リバーサイドで、わたしのエイドで味噌汁を飲んだ人だという。
佐久間ダムの思い出を教えてくれた。
籠坂峠の下り坂で、その人たちは遠くに行って見えなくなった。

籠坂峠を下り切り、コンビニでオレンジジュースを買った。
青きんと山ちゃんが駐車場で休んでいた。俺は先を急いだ。
だが直ぐに二人に抜かれた。
歩きが入り、第4エイドまで長かった。道を間違えたのではないかと思った。
コンビニが出てボランティアの人が誘導してくれていた。
麦わら帽子の渡邊さんが居た。
牛乳が美味しかった。
第4エイドで休憩していたら、クニさんが来た。
のこり10㎞
その二人の後を着いていった。
腹の調子が悪くなり、交番に駆け込んだが
「治安維持のため使えない」
と断れれる(涙)
我慢に我慢を重ね、コンビニを見つけ何とかセーフ(笑)

最後の最後、自衛隊演習所の中の真っ直ぐな道、一緒に走った東京の人との会話が楽しかった。
奥武蔵野のウルトラの話し。オクムサシと言えばビキニ。
本物を見てきた話は参考になった。
男として、自分も見たい。と思った。

本物を見てきた人の背中を追ったが着いていけなかった。
時計は制限時間の18日17時5分前、遠くにゴール地点の建物が見えるが足腰は激痛が。
やっとの思いで着いたゴール地点、旅館「大野路」ゴール時間18日15時09分、制限時間には間に合わなかった残念。
今回は調子が悪く富士山一周はハーフになった。途中の第2エイドからのスタートとした。
それでも、わたしの大切な59歳の宝物になった。記録だ。
最後の最後、雲にかくれていた富士山が雲の隙間から少し現れた、私を励ましていたような気がした。

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毎年5月の連休に諏訪湖から天竜川を河口まで走る企画をしている人がいる。
わたしは
2016年 佐久間でボラ
2017年 早稲田から迂回路の新野峠から富山村・佐久間ダム・佐久間駅で仮眠、西渡(にじど)からバスで西鹿島、天竜川河川敷を走り時間外ゴール。
2018年 平阿岡駅から大嵐駅まで飯田線、あとはワープ無、完走。
2019年 体調不良のため、富山村からの参加

中部天竜駅から大嵐駅まで飯田線で移動、そこから富山村エイドステーションまで歩いていると、第一ウルトラ人発見! 丁度富山村名物「ハートの崖崩れ」の前だったので、写真を撮った。

話しは変わるが、朝のNHKBSで「おしん」を再放送でやっている。昔若かったころよく見た、そして泣いた。
昨日は奉公先で、おしんが大切に持っていたハーモニカをふまれ、おしんはお嬢様と取っ組み合いの喧嘩になりお嬢様が脳震盪をおこして終わった。
昔見て、知っているけど、見たかった。
エイドステーションで、それ「おしん」を見て走り始めよう。そう思ったが、エイドステーションにはテレビは無かった(泣)
無いか~。一度は諦めたが、待てよ「おしん」を見ようと頑張ってみた。先日、八嶽山(やたけさん)に登った時に知り合った人の家へ行って見た。
超長距離・ウルトラマラソンを走るようになり「諦めない心」こんな時に役だった(笑)

2019年天竜川リバーサイド、富山村エイドステーションを5月4日にスタートした。
佐久間町中部に親戚を持つ柿○さんと一緒に、柿○さんは二週間前にさくら道ネイチャーを走ったばかりだという、わたしの走力では、こんな実力の最上位の人とはとても走りながら話せないけど、今回かなりの距離短縮で話せた良かった。
柿○さんに富山村の信号機をつくった経緯を話し、押しボタンを押してもらった。
柿○さんは、諏訪湖からもう100㎞以上走っている不眠不休で。わたしは富山村から15㎞くらい走った。その時、柿○さんは道路わきの岩のところで少し寝ると言った。
そして私は一人で佐久間ダム湖岸を走った。しばらくして後ろから私を呼ぶ声が、何んと○澤さんだ。
彼女もかなり速い人、わたしは今年、腰筋肉の調子が悪く富山村からのスタートとした。諏訪湖から富山村まで100㎞以上のワープをした。ワープをして良かった~っと思った瞬間だった。
何もない佐久間ダム湖岸の道路に唯一ある砂置き場、そこの水道で水を補給すると、そこで働いている人が居たので声をかけた。
「ここの水は、山水なので沸かしてから飲んでいる、良かったら御湯をやるョ」
といってくれ、○澤さんは給水ボトルに御湯を貰った。
少し行くと、ヒロボー・しもさんエイドがあった。
わたしはコーラを貰った。ヒロボーさんは昼寝の最中だった。
ここから佐久間ダム湖岸で沢山なトンネルが続く、最後の「うなぎだる隧道」は長いトンネルが曲がりくねって自分の声も共鳴して誰か他に近くで話しているような感覚になる。
幽霊が出る、そんな噂も、なんとなくわかるような気がする。もっと昔は、もの隧道照明が無い時代があった。
昔オートバイ、DT250に乗っていてこのトンネルを抜けた後、ライトのヒューズが飛んで真っ暗なトンネルを他人の車の後を追いかけて走って帰ったことがある(怖)
 歩きが多くなってきたが、最後の「うなぎだる水道」走って佐久間ダムに出た。

長い長い(富山村から約25㎞)ようやく静岡県に入る、ココから浜松市になる。なんか一安心、そんな気分になるけど浜松市広いんですョ~。日本で二番目に。
長かったナ~富山村からの25㎞

この人は諏訪湖から走ってきた。
 
この元気、凄すぎる。
佐久間ダムのダムカードを欲しいと電力館にも寄ってみた。
佐久間ダムを下って、原田橋の建設業況を覗いて、少し行ってところで中部に下りる遊歩道に行く、佐久間病院の横を通り、なかっぺ橋を渡り、カズの横を通り、中部天竜駅、佐久間小学校、飯田線の鉄橋横の歩道を歩いていた頃に大粒の雨が、なんとヒョウが降ってきた。

(中天駅をスタート昔の写真)

急いで佐久間のスーパー「コープ」に行って休憩した。
外は大雨、他の連中 大丈夫かな~。。。。
そこで(泡)を買って外で休憩していると他の同じような人が次々と来た。
○澤さんが「行くョ」というので着いていった。
西渡に行く手前で、○澤さんはドンドン先に行ってしまう。
凄いナ~。素晴らしい。ひょうひょうと走る姿は美しい過ぎる。いや怖い、かな。
自分が情けないか(泣)
西渡のバス停で先に行ってはずのナオミちゃんが居た。
大輪の「ワタナベ商店」でナオミちゃんと別れ、わたしは真っ直ぐに行く。
後から来た柿○さんに抜かれた。
「途中眠く倒れるかも、行けるとこまで行きます」
凄いナ~。どんな身体しているのだ。筋肉の質が違うのか。わたしの身体はボロボロ。。。
4日18時30分、龍山のお風呂で休憩することにした。
展望風呂の浴槽から道路を見たが、暗い道路には走る人は見かけなかった。
休憩室で仮眠、20時15分前に、そこを出た。
秋葉ダム公園に、もしかしたら施設エイドがあるかもしれない、行ったら無かった。
トボトボと走り、船明ダムにもしかしたら施設エイドがあるかもしれない、行ったら無かった。
船明ダム堰堤を渡り、鹿島橋横を歩き、飛龍大橋(国道152号)を行く時に道路沿いに歩いてしまった。突き当り、そこを右に大回りをして飛龍大橋(国道152号)を渡る、長かった飛龍大橋、次の交差点で迷わづに二俣のコンビニに行くことにした。腹が減ったから。欽ちゃんヌードルで腹ごしらえ。
5月5日午前3時半、重い腰を上げ、天竜川河川の最後の行程を楽しんだ苦しんだ。

天竜川橋(新東名高速道路、浜松市浜北区、磐田市)
浜北大橋(静岡県道61号浜北袋井線)
あった。サポートの人だ。ヒロボーさんの知り合いの方だナ~。ボランティアを集めるのが大変といっていたナ~。
そんなヒロボーさんの熱い気持ちが伝わった人だ、感謝しかない。寒い時、あったかなココア身も心も温まった。
橋を数えての、この道、橋と橋の間がメチャ無茶長い。車だとあっという間なのに。
かささぎ大橋(静岡県道374号浜松袋井線)
天竜川橋(東名高速道路、浜松市東区、磐田市)
新天竜川橋(国道1号、浜松市東区、磐田市)
新新天竜川橋(国道1号、浜松市東区、磐田市)
あった。あった。エイド。
豊川の人だと言っていた。ありがとうございます。美味しかった。フルーツポンチ。
天竜川橋(静岡県道261号磐田細江線、浜松市東区、磐田市)
天竜川橋梁(JR東海東海道本線)
天竜川橋梁(JR東海東海道新幹線)
朝日がでて暖かくなり、眠気も出てきて途中自転車道路で横になり寝た。
サイクリストが行き倒れかと心配して声をかけてくれた。
「大丈夫です」と答えた。
 掛塚橋(国道150号、静岡県道316号舞阪竜洋線)
遠州大橋(国道150号、掛塚バイパス)
本当は、コースマップ上は、掛塚橋を潜り真っ直ぐ行くはずが、今回はトモゾウさんの道案内で違う道を行く。最後の遠州大橋は潜りましたョ。
そこから、太平洋までがケッコウ長い、1キロぐらいか、見えているが遠い。太平洋に注ぎこむ天竜川の最後、そこは水の勢いが無く砂に埋もれている。そこに釣り人なのか何台もの4輪駆動車、本当の河口は、ほんとうの河口はそこから東に、まだ先に。トモドウさんと二人、その河口を臨んだ茂垣苦しんだ行程を何のために苦しんだのか何のためになったのか、答えはわからない。
天竜川から注ぎ込んだ水と太平洋の海水が入り混じって波が立っている。そこに魚が多くいるのか釣り人がいる。竜洋モータースと書いた軽トラのオジサンが「どうだ」と聞いてきた。
一瞬走ることだと思ったが、すぐに釣り人の様子とわかり「釣れてませんね」と答える。

2019年の天竜川リバーサイドは終わりを迎えようとしている。
振り返り灯台からゴール地点を見るも、防潮堤の建設だろうか?、見えるはずのゴール地点が見えない。前を行くランナーを追いかけトモドウさんとゴールに飛び込んだ。

ビールはエビスとスパードライ、迷わずエビスの缶ビールを手にした。
発泡酒より、エビスビールは美味かった。
おわり。

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14日(日)に、ホウジ峠に走りに行った時から右臀部から太腿後ろ側が深部に違和感が、一週間走るのを控えていた。
金曜日の昼、調子が悪いので仕事を半日で終え、豊田町の成良治療室にて身体のケアをしてから余呉湖を目指した。
ラインで猪肉を持っていくョと連絡、ウッディパル余呉湖に夜七時に着いた。

身体のケア、揉みほぐしたその時はよいが、やはり違和感が。
そんな感じで前夜祭を終わり、バンガローの帰って睡眠ZZZzzz
20日(土)7時
ウッディパル余呉湖のスキー場をスタートした。

今回も、楽しい仲間が集まり走り出した。
昨日マッサージしたが、やはり、足が〜~痛い~。
騙しだまし、走った。

途中、いつものように踏切でストップ。
余呉湖に入って、一周二周、お、ユーレイが居た。
着物では走りにくいのか、裾をあげて生足をモロダシで走っている。
鼻耳ブ~
(* ̄ii ̄)ブー

手前のTシャツの人もたくさんいた。
飲むなら走れ、走ったら飲め

こんな人にも抜かれた。
「ナニ?」と聞いたら
「ブドウ」だって。
ネットで買った、そうだ。
あ、ワラーチじゃん。
凄すぎる。

私より、10歳以上も年上の山草人さんと並走、「もうダメ、先に行って」
今日はダメだ、もう少し走ったらリタイヤしよう。そう思ていた時に
7週目「下を向くじゃない、まっすぐ前を見よ」私にカツを入れる人が来た。
ヒロボーさんだ。
わかっちゃいるけど足が痛い。
ヒロボーさんの背中も小さくなってくる。
最後、周回、満身創痍、歩を止めないように進んだ。
朝7時スタート。制限時間は10時間、ゴールは17時
自分がゴールしたのは16時59分
しんしん五回目50周余呉湖を回った。
50週目は
ボロボロのゴールだった。

余呉湖、
天女の羽衣伝説ウルトラマラソンの楽しみは後夜祭

楽しい仲間と楽しく苦しく走って、最後に(酒)
そんな滋賀県余呉湖のイベントだった。

それにしてもユーレイ、チーム車座の人だと聞く、後夜祭のときもユーレイだった。
本物の顔はどんなんだかナ~、気になる(笑)

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毎年、コースは
やすらぎの湯~峰の沢橋~青谷ポケットパーク~青谷~大庭~不動滝~寺尾~瀬尻ドラゴンママ~瀬尻橋~上平山~下平山~やすらぎの湯
だったのが、今回はコース変更をしてみた。

やすらぎの湯~秋葉ダムの堰堤を渡り、大嶺の集落を訪ねた。大嶺の集落の頂上に、そこからの下りには岩明(ガンメイ)の集落がある。
岩明の集落を下りきって、
2018年3月のブログ
たつやま凸凹(春)スペシャルコース試走
この時には、夏秋の集落を目指したのだが、今回は下り白倉川まで行き、白倉川沿いを白倉峡を目指し走った。

 
昔、熊村方面から東海道自然歩道は龍山まで来たことがあるので、その分岐までは知っている。
そこから白倉までは初めての道だ。
初めて訪れた白倉の集落、意外と家の数が多かった。
60軒くらいあるだろうか?
富山村と似ている。富山村より急斜面ではない。
白倉川には白倉峡として遊歩道が整備されている。
 
白倉峡の遊歩道、入り口にも出口にも公衆トイレがある。
龍山村のときに整備したのだろう。
今、浜松市になり、様々な問題があることだろうと思う。
唯一働く場所だった村役場、そこで働く職員が浜松市の職員になることにより子も持つ世代の流失により人口減少。

白倉の集落から、二キロ先に行くと「龍山秘密村」に出る。
ココは国が進める故郷応援隊の人が経営しているという。
腹も減ったし、ココで持ってきた食べ物を出し合いお昼ご飯とした。

曇り空、雨が心配だったが、何とか降らないでいてくれた。
今回、参加してくれたメンバーの行いが良いのか、雨に見舞われることは無かった。

帰り
白倉峡の集落にピンクに咲き誇る桜の花に目が行った。
友さんが、サクラを見に行こうとの号令で、サクラ見物に行った。
その白倉の集落の真ん中に、大きなシダレ桜が満開だった。
昔、母親が佐久間の老人ホームに御世話になっているときに、白倉の人と話したことがある。
白倉に着たときには是非寄ってと言ってくれた。
農作業の人に聞いた、その家は留守だった。

(白倉のでは、ありません)

白倉の集落を後にして、ゴールである秋葉ダムに向かって走る。
西川の集落で秋葉ダム下流の吊り橋を渡り、秋葉ダムの千本桜を眺めながら、ゴールであるやすらぎの湯に着いた。
14時。
5時間ちょっとのマラニック、その後、やすらぎの湯での湯船で、朝登った大嶺の集落を眺め、ふとサクラ見物の人を見ると
マスクをかけた長身の人が、、、なんか見たことがあるような。

いろいろな出逢い、人も地域も景色も、そんなマラニック。
魅力を感じる。

2014年の動画↓

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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