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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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山本 周五郎(1903年(明治36年)6月22日 - 1967年(昭和42年) 2月14日)日本の小説家。
この人の言葉を知った。
人生とは?
『人間の真価は、彼が死んだ時、何を為したかではなく、何を為そうとしたかである。』

今日はオンデマンドで、その山本周五郎「さぶ」を観た。
幼いころ両親を失って天涯孤独の栄二、愚図でのろまなサブ、二人は支えあって表具屋の仕事に精を出す。
そんな栄二が、罪をきせられ人足置場に流される。人を信じられなくなり心を閉ざしていく栄二、お金の力で自分の心を売る役人、女を女郎屋に売り飛ばした男が、女を助けるために死んだ、人の心に何かを感じた。

「サブ駆けようぜ」

いくら頭の良い奴だって、自分の背中を見ることはできないんだ。

山本周五郎「さぶ」
人の数だけ人生があり、人の数だけ幸せがある。
いい作品を見た。

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遺伝子スイッチONの奇跡
そんな本がやってきた。

「自分の奥深くまで届くような”我を忘れる深い祈り”は、眠っている潜在的な力を呼び起こすのです」
余命一ヶ月と癌の告知をされた主婦の本当の話し。

子供たちに遺書まで書いて死を覚悟した、その人は、ある本を読んで甦った、そんな話し。

その本は
生命の
 暗号

村上和雄

「体重60㎞の人は、約60兆個の細胞を持っている。生れたばかりの赤ちゃんでも数十兆個の細胞を持っている」
「その細胞の一つ一つの中に遺伝子が組み込まれている」
「ヒトの細胞一個の核に含まれる遺伝子情報は三十億の科学情報が書かれている」
細胞一つ一つが遺伝子情報をオンにして身体のあらゆる臓器を作っているのだ。
「人間のDNAのうち、実際に働いているのは全体のわずか5パーセント程度で、その他の部分はまだわかっていない」
ならばその他の95パーセントのスイッチをオンにする生活を、そんな書き出しだった。

明日は、湖西連峰トレイルラン、飯田線に乗っているとき、この本を読みながら行こうと思っている。

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走る仲間から癌になった女性の実体験を書いた本の話を聞いたことがある、その人は「ありがとう」という言葉を言い続けて癌細胞が無くなったという話だった。
全ての臓器や細胞に感謝の言葉を語りかけ、余命宣告をされたその人は十か月後には癌細胞は消えていた。という実体験を書いた本だという。
その本は「ありがとう」100何回の奇跡

多くの出来事が私の周りで起こっている。多くのことを感じている。そんな夜、先日、ありがとうで検索してみたら、こんな本がヒットした。
ツキを呼び運命を開く・「ありがとう」といえたとき、夢が叶う人生が始まる!
「ありがとう」は魔法の言葉佐藤富雄
本の題名より、私に響いたのは著者の佐藤富雄さんの事、知り合いに同姓同名の人がいる、10月の浜名湖を走った時の夜、一緒に酒を飲んだ前職場での大先輩の人と同じな名前だったのだ。
そのときのブログ↓
浜名湖ウルトラ60㎞2019

「ありがとう」は魔法の言葉佐藤富雄著
不思議なことがある、先日サンタクロースの格好で浜名湖半周忘年ラン2019を走った。ウッチャンとラインで話し合ってそんな恰好で走ることを決めた。羞恥心があったが走ってみると。な、なな何と、サンタクロースが次々と自分の目の前に現れるのではないか、ビックリ!
この現象は、この本にも書いてある、自分の意識したものが見えてく現象だという。
感謝の言葉を意識すれば、感謝する自分になる。愚痴や嘆きばかりの言葉を発していれば、そんな人になってしまう。そんなことが書いてある。それも脳科学的に。

私たち人間の脳と身体は常に快の言葉を欲している。よい言葉がよい人生をつくる。
人間の脳には大きく分けて
思考脳→大脳新皮質(人間の脳)
感情脳→大脳辺緑系(哺乳類の脳)
身体脳→自律神経系(爬虫類の脳)
とある。
脳トレなどは思考脳をトレーニングすることだ。
この本では、肯定的な言葉を口から発し、自分の感情脳に働きかける、こと。自律神経にも。

ドーパミン・セロトニン・gaba・ベータエンドルフィン其々の脳内で機能する神経伝達物質をたくさん出して人生を豊かにしよう。そんな本だった。
自分の人生の価値、それは自分が感じること。
また、その人生は其々の人にその人なりの価値がある。

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12月、ヒロボーさんの御縁塾(勉強会)
人生の大先輩、そんな人たちとの語らい。自分は謙虚に耳を傾けているつもりだが、集まった仲間には私を謙虚だと思う人もいれば、そうは思わない人もいる。
修身教授録を読んでも感じ方は其々だとは思う。
ヒロボーさんの御縁塾(勉強会)
今回集まった10人、女もいれば男もいる。顔も違えば考え方も違う。
自分の意思で集まった人たち、育った環境も歩んできた道も様々だとは思う。
その、
12月のヒロボーさんの御縁塾(勉強会)隣りの席の山草人さんが小説を書いたというので、お借りしてきた。そして読んでみた。
 

とても面白かった。
刹那とは。仏語、時間の最小単位。
人生とは過ぎてしまえは、、、、いものだ。
 

深夜特急で書いてあった。
インド、デリーからイギリス、ロンドンまでのバスでの一人旅、地中海を渡るフェリーの舳先で酒を飲み
「飛行よ飛行、汝に一杯の酒をすすめん」

小説を読み終わり。ページを閉じ。題目「時が輝くとき」を見て感じた。
が輝くとき。
時→時間
、それは交通事故で車いすの生活になった枝さんのことだろうか?
 
速くても遅くても。走ってる人も走っていない人も。若くても年老いても。
其々の人生を輝くものに、その様に著者山草人さんは伝えたかったのではないだろうか。と思った。

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東京タワーという本は、リリー・フランキーのと、他にも江国香織の書いた東京タワーもある。
リリー・フランキーの東京タワーをまた読みたいと図書館で借りてきてまた読んだ。
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
同じ本でも、読んだ時の年齢や環境で感じ方が変わる。

本を読むことは心にビタミンを与えることだという。
同じ本を読んでも感じ方は違ってくる。
東京でも佐久間でも人々は必死に生きている。

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酒井雄哉とは?
天台宗の僧侶。比叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行した行者として知られる。
酒井雄哉阿闍梨
阿闍梨とは?
仏教において,精神的な指導をする僧侶をさし,特殊な場合は戒を授ける師をさす。日本では僧職の一つに用いられる。
この行をやることで、行者から阿闍梨になる。
酒井雄哉大阿闍梨とは下の動画を見てもらえば良くわかる。

この本は昨日、私の先祖が御祭してある寺、相月の東林寺で借りてきた。
過去に、このお寺で塩沼亮潤の本を貰たことがある。
そしてブログも書いた。
人生生涯小僧のこころ(塩沼亮潤)
この人は、大峰山千日回峰行者だ。

酒井雄哉
1926年(大正15年)9月5日 - 2013年(平成25年)9月23日
最後、大病を患て静養中にインタビューしたものをまとめた本です。
生きるとは、何か?
「命の長さよりもどう生きたかが大事」
「命は預かりもの」
「この世に何しに来たの?」

酒井雄哉大阿闍梨、有り難い御言葉のいっぱい詰まった本でした。
謹んで酒井師のご冥福を祈ります。合唱。

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第16章
ローマの休日 東ヨーロッパⅠ
第17章
果ての岬 東ヨーロッパⅡ
第18章
飛光よ、飛光よ 終焉

沢木耕太郎 深夜特急もよいよ6になった。
26歳の日本の若者が、仕事を全て辞め旅に出た話、インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行く話し。
インドに行く前の香港での話、まだ中国に返還されていない時の話しには、今の香港のデモと重なり考えさせられた。
また当時の香港の若者の様子も、なんか伝わってきた。
インドに行き、未だにカースト制度の残る世界を知る。またカースト制度にも属さないアウトカーストと呼ばれるこどもを支援する学校に行った話し、日本の若者も参加していたとの話し、最後のプレゼントの話し、そこからデリーに行き旅が始まっていく。
今回、6冊目、ヨーロッパに入って近代文明の世界、イギリスでは日本の磯崎夫婦から紹介された人との話し、日本人の女性の扱いが下手だとの話し、その点イギリス人は上手だと、笑った。
イタリアからフランス、スペイン・ポルトガル、リスボンで危なそうな人に安い食事何処を紹介してもらい「肉か魚か」と問われ魚を注文し、他愛もない会話をし「ビールを呑まないか」と誘われた、ビールはスペインならセルベッサだが、ポルトガルではセルべージャとなるらしい、店の人にセルべージャの小瓶を持ってきてもらい、そこのラベルにザグレスとあった。
イベリア半島の南西の岬、ザグレス。その同じ名前のビール。
日の登る国、日本からユーラシア大陸最西端のポルトガル、そのイベリア半島の南西の岬ザグレスを旅の終わりにしたのだった。
飛光よ 飛光よ、爾(なんじ)に一杯の酒を勧めん。
飛光とは、日月の光、それは同時に流れる時間のことである。
日曜日、朝日に照らされた浜名湖を走り出した。
そして夕刻、夕日を追いかけてゴールを目指した。

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「深夜特急5」トルコ・ギリシャ・地中海

目次
第13章 使者として。トルコ
アンカラで「使者」としての役目を果たした。

第14章 客人志願  ギリシャ
何かが違っている。トルコからギリシャ、アジアからヨーロッパ、イスラムからキリスト教、茶の国からコーヒーの国へ来た。
 
第15章 絹と酒   地中海からの手紙
世界中の宝物を打ち砕いて敷きつめたような地中海、、、。

アジアからの絹の道(シルクロード)最後に来たのがトルコ。ここでアララト山の麓をバスで通過する。
私の知り合いも、このアララト山(標高5,137m)に登ったことのある人がいる、この山はノアの箱舟伝説の山だという。
ノアの箱舟がたどり着いた最終地点がトルコのアララト山だと、箱舟とは旧約聖書に記されている話の1つ。神が起こした大洪水で人間をはじめすべての生き物が死に絶えてしまうが、ノアとその一族、地上のあらゆる動物種の1対のつがいだけはノアが造ったこの箱舟に乗って助かる。その山がアララト山だと。

トルコで本当のトルコ風呂に入り。(昔の日本のトルコ風呂は違った。トルコの人がきてその名前を変えさせた)雑談。。。

トルコの人は親日の人が多いときく、この本を読んでもその様に思う。

筆者がトルコのトランプソンに着き、ある店での老人との会話があった。

老人
「どっから来た」
日本からです。
「そうか、日本か、それはよかった」
ええ、まあ・・・。
「トルコと日本は仲間だ」
はあ・・・。
「トーゴは偉かった」
東郷元帥ですね。
「あのロシヤをやっつけた」
そう聞いてます。
「日本はインドの隣にあるのか」
いえ、もっと遠くにあります。
「日本には共産党があるか」
あります。
「あれが誰だかわかるか」
髭の老人はそう言うと、遊戯場の正面の壁に掲げられている肖像写真を指差した。
ケルマ・アタチュルクですね。
「そうだ、よく知ってたな」
そのくらい学校で習いましたよ。
「そうか、学校でケルマ・パシャを習ったか。やっぱりトルコと日本は仲間だ」
原文まま。
チャイハネでであった少年との会話も親日が感じられる。
「ジャポン、フレンド」と言ったり「アメリカ、ロシア、ノーグット」と言ったりする。そうだ。
別れ際、君に何かプレゼントしたいと言ったとき「マネー」と言われ失望し、それが勘違いだとわかる。
「ノー、ノー」
「・・・・・?」
「ジャポン、ジャポン」
「・・・・・?」
何が言いたいのか、理解できなかった。
「ジャポン、マネー?」
私がそう言って自分の胸を指差すと、若者は大きく頷いた。どうやら日本のコインが欲しいらしいのだ。私は日本のコインを手に広げた。
「どれでも好きなものを」
彼は、それを見ると5円のコインを一つ選んだ。
いくつでもと言ったが一つだけにした。
「どうして?」
と尋ねると
「メモリー」
記念だから
「ワン」
ひとつで?
「ノー・ツー」
ふたつはいらない?
「イエス、イエス」
原文まま。
イスタンブール、ブルーモスクの話し。変なの日本語を話す人の話し「ハナモチデスカ」、その人が紹介してくれた人が後から自分を助けてくれる。

旅を人生に例える文章がある。旅は人生そのものだと。
深夜特急5を読んで、トルコ・ギリシャと旅した話を読んで、自分も旅をしているような気分になる。
船に乗って水を切り裂いて進むフェリーの舳先にたって、過行く旅の思い出に浸る。それを人生になどって。
香港-マカオ-バンコク(タイ)-マレーシア-シンガポール-カルカッタ(インド)- ブッダガヤ(インド)- ベナレス(インド)-カーブル(アフガニスタン)-テヘラン(イラン)- アンカラ(トルコ)- イスタンブール(トルコ)-ギリシャ・・・・
旅が始まって、最初頃の思い出が鮮明に甦る。それは旅のゴールが見えてきて、幼年期 少年期 青年期 壮年期 中年期 高齢期 老齢期と続く人生と同じように自分の旅も高齢期・老齢期と進んで行くのだと。
旅の目的であるイギリスが近くになってくる。

深夜特急1
深夜特急2
深夜特急3
深夜特急4
深夜特急5
深夜特急6

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デリーからロンドンまでバスで行く。


東京で、そういう事を友達の前で言った。


今している仕事を辞め、デリー行のチケットを買ったが、香港んに寄ったりマレーシア半島を往復したり、様々な寄り道をした。


そして「深夜特急4」で本来の目的であるデリーからロンドンまでバスで行くのデリーからの話しである。


目次
第10章
峠を越える  シルクロードⅠ
インド・デリーのバス乗り場で多くのインド人に混じって野宿しながら、これまで通ってきた国から、これから通るであろう国々に思いをはせた。
最初の目標である旅が始まった。

第11章
柘榴と葡萄  シルクロードⅡ
カブールに着いた。そこの宿で客引きをした。
そこの宿のカルマとの話、彼は年下だけど宿のマネジャー、英語が得意だった。

第12章
ペルシャの風 シルクロードⅢ
テレランで日本人の知り合いに出会いご馳走してもらった。
テヘランからシーラーズに行き、そこの安宿でロンドンの青年に出会った。
イスファハンのバザールで時計を買った。値切った。
2,000リアルが、最終的に950リアルにして買った。
本当は1,000リアルが目標だった。次の日50リアル分の菓子を持って、その商人の店に行った。
「王のモスク」で老人たちの神への祈りコーランの朗読を聞いた。

深夜特急1
深夜特急2
深夜特急3
深夜特急4
深夜特急5
深夜特急6

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「深夜特急1」を読み「深夜特急2」を読み、昨日「深夜特急3」を読み終わった。

 

「深夜特急1」日本から香港に行き、様々な出会いがあった。

 

宿の鉄火の女に「ハンサム」と言われ、その意味が「助平」だと知った。


「深夜特急2」マレーシア半島を南下し、ペナンで娼婦とヒモの関係を見た。

 

子持ちの娼婦に迫られて、東南アジアの生きて行く術を垣間見た。

 

タイ・バンコック、日本人一人の旅人に娼婦をしつこく紹介しにくる。

 

日本語を話せる娼婦が一番高い、そんな現実を知る。

 

そして「深夜特急3」インド・ネパール

第7章 
神の子らの家 インドⅠ
ガンジーが「神の子」と呼んだ最下層の人々の子供たち。

第8章
雨が私を眠らせる カトマンズからの手紙
旅の途中の若者が死ぬ、ハシシを吸い夢うつつの中を仿。

第9章
死の匂い インドⅡ

インド航空でカルカッタに着き、そこで出会った日本人三人で売春宿に行く、太った男性が連れてきた女は・・・・・。
買うのは辞め、三人で酒場でビールを飲んだ。ワリカンデ勘定を払う。一人10ルピー三人で30ルピー医大生が言った「ビール四本分か・・・」

1ルピーが当時約35円、40ルピーで、そういうことをできた時代だった。40ルピー日本円で1400円

「深夜特急」の時代から、インド事情もだいぶ変わっただろう、しかし、こんな時代があり今の時代になっている。

日本は先進国で素晴らしい国だ、しかし忘れ物をしてきたような気がする。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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