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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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そして、こんどは
ドラマスペシャル永遠の0
http://www.tv-tokyo.co.jp/tx_drama_eienno-zero/cast/
を観た。

今を生きる若者が、自分の本当の御爺ちゃんの戦争のときを生きた実像を知り、
今を生きる若者が、自分のこれからの生き方が変わっていく、物語。

東京で雑誌の編集の仕事に就くのが夢だった佐伯慶子が、初恋の人、藤木秀一の田舎の鉄工所の女房になる覚悟をきめた。。
司法試験に何回も落ち、弁護士の夢を諦めかけた佐伯健太郎が、また自分の夢に向かって挑戦しはじめた。


人生は、人の一生は、オギャ―と生まれて、何年か経ち心臓の鼓動が止まって臨終の瞬間が来るのかもしれないが、その後、自分の生き方が他のだれかに影響を与えるのかもしれない。

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昨日見た そこまで言って委員会で知った本「夫の○ん○が入らない」
こんな本が、今話題だという。

タイトルがタイトルだけに、こんな本は買わないぞ。
そんな風に思ったが。
57才のオッサンとしては気になるタイトル。
興味津々。。。。

試し読みをしてみた。
http://www.fusosha.co.jp/special/kodama/
ネタバレブログも読んでみた。
http://kaigyou-turezure.hatenablog.jp/entry/2017/01/21/150932

アマゾンの上位の肯定的レビュー上位の批判的レビューも読んでみた。
こんな本は買わないぞ。
そんな風に思っていたけど、、、、今ポチしてしまった。
 

昔、自分は本を読む習慣は無かった。
それが、そんな自分がなんか昔とは違う性格になってきた。
それは人との出会いが変えているのかもしれない。
「夫の○ん○が入らない」
田舎者の筆者が進学のために生まれ育った最果ての集落を離れていく描写には共感できる部分がある。
人生って教科書どうりには行かない。わかっているけど模範解答を求めてくる。
「夫の○ん○が入らない」
過激なタイトルに興味を持ち買わないぞと思ったけれどヤッパリ買うようにした、今回の一冊。
57才のオッサン、この本を読んで何を感じるのだろうか。
送られてくるのが今から楽しみだ。

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1994年(平成6年)6月27日
長野県松本市で起きた「松本サリン事件」
オウム真理教教徒らにより、神経ガスのサリンが散布されたもので、被害者は死者8人、重軽傷者660人に及んだ。
サリンのような化学兵器クラスの毒物が一般市民に対して無差別に使用された世界初の事例、その事件で被害者であった、また第一通報者であった河野義行さん

この本は、松本サリン事件で冤罪未遂事件・報道被害事件に遭遇した河野義行さんの本。
2月26日(日)
 そこまで言って委員会で冤罪問題についてやっていた時に河野さんが出ていたので、昔買った「命あるかぎり」を読み返してみた。
河野義行
命あるかぎり
松本サリン事件を越えて
プロローグ  ユリの花
Ⅰ オウムとサリン
Ⅱ 犯罪被害者として
Ⅲ 家族の絆
Ⅳ 我が家の子育て
Ⅴ 友情に包まれて
Ⅵ 長野県公安委員会
Ⅶ 冤罪防止の第一歩
Ⅷ マスコミ報道への苦言
Ⅸ スイカ畑と空気銃
Ⅹ 渓流釣りを愉しむ
エピローグ  幸せに生きるために

1950年生まれの河野さんは愛知県豊橋生まれの人だ。
Ⅸ スイカ畑と空気銃
で、学生時代かなりツッパッテいた時の思い出を綴っている。
中学校一年のときの思い出で
運動会の準備をサボっている生徒を教壇のまえに立たせた教師の話
サボっていた生徒に「なにか言い訳はあるか?」その質問に「ない」と答え、教師は突然の往復ビンタ。
一発二発なら私も素直に反省しただろうが、その教師は感情的になり十往復以上も殴り続けたそうだ。
その間、河野さんはその教師の目を見つめたまま瞬きもしないで殴られていた。それも、担任の感情を高ぶれせていなのかもしれない。
ようやく殴り終わると「帰れ!」と、担任は言った。
私も腹の虫が治まらず、まさか殴りかかるわけにもいかないので「卒業式のとき、覚えていろよ」などと、すごみをきかせた。
当時の先生は生徒を殴るという行為を何とも思わないような人もいたのは事実だ。
また、生徒も、そんな不条理な教師に卒業後、殴り返す報復みないなものもあったのも事実だ。
昔はこんなことが普通にあった。
また
自分のことしか考えないような優等生よりも、筋が一本通っている彼らと一緒にいる方が楽しかった。
という事も書いてあった。
最近は筋の通っている輩の少なくなったことか、昔、教師に逆らった奴が最近は子猫みたいにゴロゴロしている奴の多いことに寂しく思う。
 
命あるかぎり
日本人の平均寿命は80歳とるすと、私の残りの人生はあと24年間。
この人生を何に使うのか。決めるのは自分だ。
 
エピローグ  幸せに生きるために
まず臨終のことを学んでからほかのことを学べきである。という教えが仏教にはあるようだが、私はこの考え方に共感する。私の人生観は、まさしく人の死を見つめることで形成されてきたように思うからだ。
原文まま

数日前、隣の御爺さんが亡くなった。
享年91歳だった。
昔、まだ若かったころ、その人に清酒を一杯ご馳走になったことがある。
コップに並々注がれた清酒の味は今も忘れられない。
命あるかぎり
この河野さんの本を数十年前に読んだ、今、また数十年たって読み返した。
自分もまた命あるかぎりやならけらばならないことがある。
それは・・・・・。


 

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安住の地を求めて旅に出た
アマガエルのソクラテスとロベルト
やっとの思いで着いた国「ナバージュ」そこは平和で豊かな国だった。
 
百田尚樹「カエルの楽園」を読んだ。

その国「ナバージュ」は、もう何年も争い事が無く平和だった。
それは、その国のツチガエルは、「三戒」や「謝りソング」をと絶えているおかげで、この平和が保たれているのだと信じていた。

三戎
1、「カエルを信じろ」

2、「カエルと争うな」

3、「争うための力を持つな」

謝りソング
「我々は、生まれながらに罪深きカエル すべての罪は、我らにあり さあ、今こそみんなで謝ろう」

平和とは何か。 愚かなのは誰か。

ナバージュは日本なのか
自分はツチガエルなのか
小さなツチガエルの私は今年の5月、225㎞の走り旅に出ようと決心した。
天竜川リバーサイドマラニック。。。
byしんしん

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昔の書物ではないが(作者はまだ生きている)優れた地域おこしだと思う。
今日、職場の仲間に紹介された本
「ローマ法王に米を食べさせた男」
を、途中まで読んだ。

この本は、2015年7月19日から9月20日まで毎週日曜日21:00~21:54TBS系の「日曜劇場」のテレビドラマ
「ナポレオンの村」の原案となった本だ。
過疎の村を救ったスーパー公務員(高野誠鮮)の話なのだ。

今日は第二章まで読んだ。
最後まで読んでからと思ったが、内容が素晴らしい、のでココで一部 紹介させてもらう。

高野誠鮮(たかの じょうせん)とは
氷見市地方創生アドバイザーで、科学ジャーナリスト、日蓮宗僧侶、立正大学客員教授、1994年から2006年3月31日まで金沢大学理学部大学院等の講師も務めた。
羽咋市役所勤務時代に限界集落を蘇らせ、『スーパー公務員』と言われた。元・羽咋市教育委員会文化財室(歴史民俗資料館)室長(館長)。
ウィキペディアから

~はじめに~
最近の会社員、特に大企業に勤めている人は、公務員化しているようです。いざ新しいプロジェクトを始めようとすると、失敗を恐れてはじめの一歩が踏み出せず、前例ばかりに縛られて・・・・・。会議は何回も何十回も開き、企画書を作りたがる・・・・。
けれど私は聞きたいのです。実際に動き出すのは何時ですか?誰ですか?
たとえば天井の電球が切れていたとする。それをみんなで下から見て、あーだこーだ騒いでいたところで灯りはつきますか?誰かが電球を取り替えないと明るくはならないのです。
(本文から一部抜粋)

 

第一章
否定する。ーーーそして限界集落の惨状の本質を見抜く
第二章
人を動かす。---たった60万円で限界集落から脱却させる
第三章
伝え、広める。ーーー空前絶後。神子原米のブランド化PR作戦
第四章
人を巻き込む。ーーー「UFOで町おこし」を本当に実現!
第五章
くつがえす。ーーー腐らない米 を武器にTTPに勝つ!
第六章
最後も、やらかす。---定年前に、世界を相手に真剣勝負!

新聞やテレビを上手に利用し、限界集落というネガティブなイメージを変えさせる、すごいスーパー公務員の話。
中でも、学生を村に宿泊させる企画を「旅館業法にひっかかります、食品衛生法にもひっかかります。なんの許可申請もしてませんよネ」との話に
「わたし達がやっているのは烏帽子親制度なんです。『平家物語』を読んだ・・・・・・仮であっても親子関係なのだから、不特定多数の人間を泊めているわけではない」
なんという屁理屈、しかし、このような公務員がいるのかと感心というか、呆れた。。。ビックリポンだった。痛快だった。。。
その他、目から鱗の話が満載。。。

多くの人に、多くの過疎地域に暮らす人に読んでもらいたい一冊だと思う。
まだ途中だけど、、、、、。
byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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