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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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政治の事は、よく分らないが、こんな本を読み始めた。


安倍晋三の「晋」は松下村塾で吉田松陰に学び、明治維新を成功に導く導火線になった高杉晋作の「晋」をとっている。
NHK大河ドラマ「花燃ゆ」明治維新のために、日本の夜明けのために生きた人々の話。

日本はどうなっていくのだろうか。

田舎は切り捨てられるのだろうか。

いや
自分の思いを貫いて生きよう。

byしんしん

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次の日曜日は
「湖西連邦トレイルラン」
の日だ。
私にとって、毎年恒例になっている。

前回も書いたが、湖西市は私の第二の故郷。
第一エイドの多米峠は思い出がいっぱいだ。

第二エイドの本坂峠
ここのトンネルは、ここら辺では心霊スポットとして超有名なところだった。
私が昔居たころは。

そ・う・い・え・ば。
夜中に女の子を連れて行ったとがある。
お化けは出なかったけど、気味が悪かったナ~。

遠い昔、多くの悲しい出来事があり、この場所にその様な噂が出てきたのだろう。
そんな場所に、数十年たって、まさか今度は二川から湖西連邦を自分の足で走ってココに来るとは、誰が想像しただろうか。

人生って不思議だナ~。

去年の動画

今年もいい天気になるといいな~(^O^)/
自分探しのマラニック。。。

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百田尚樹の本は面白い。
私みたいな低能の者にも理解しやすく親しみやすい。
そんな百田の本、今まででも何冊か読んだ。
殉愛」「影法師」「海賊よばれた男」「永遠の0」「ホォルトゥナの瞳
今回はどうかな?
「大放言」・・・放言→無責任な発言
本の帯にも読みたくなる内容が満載(^O^)
★なんでも「コスパ」で考えるな!
★地方議員はボランティアやれ!
★原爆慰霊碑の碑文を書き直せ!
★日本は韓国に謝罪せよ?
★刑法を変えろ!
★図書館は新刊本を入れるな!!!!
★「少数派意見」はどこまでか!
★本当に格差社会なのか!
★炎上発言の真意!


 

なんでもコスパで考えるな。
何て、私たち浜松市の隅っこに暮している者も声を大にして言いたい。
原田橋の件がそうだ!!!!
今の浜松市がコストを考え、住民の言葉などに耳を傾けずに一番安上がりなところへの原田橋の建設を始めたので、こうなったのだ!!!!
ダイタイ市民の暮らしに直結する道路づくりにコスト考え、安全安心を考えない浜松市っていったい・・・・なに
おおっと、こんなところで自分が愚痴ってもしょうがない(^O^)

図書館は新刊本を入れるな
そうだよな~。映画とか音楽などは守られているけど、本は図書館にあるもんな~。
因みに、「大放言」は職場の仲間に借りた本です。
「永遠の0」は買った、Amazonで古本300円だった。
世知辛い世の中、節約できる物は節約したいからナ~(^O^)

その他、百田尚樹さんの世の中の愚痴が満載の本「大放言」買ってネ。
何が本当で何が嘘なのか。
考えるのは自分だ。

百田尚樹 炎上で検索したら
http://matome.naver.jp/odai/2140437297678819101

こんなのが出た。
大変だな~。
ネットは、参考として観ている。
ウソも多い世界だから。。。

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本も映画を観る前に買ったが、今だ最後まで読み終えていない(≧▽≦)

戦後70年がたった今だから問題になっていることがある。
平和や故に自分かってな人が増えて来た世の中。

70年前、戦争が終結しようとしていた時に、日本では何が起きていたのか。
連合軍からポツダム宣言を受諾するかしないかの連日の議論、最終的に
昭和天皇の判断に従った。

昭和天皇が降伏を決定した8月14日正午から、天皇自ら玉音放送で国民に終戦を知らせた8月15日正午まで、この24時間に起きた事件や人々の葛藤を描いている映画
「日本のいちばん長い日」

陸相、阿南惟幾(あなみこれちか)
は、本土決戦を主張する陸軍を代表して終戦に反対し続けたが、最後は昭和天皇の聖断に従って賛成に転じ、玉音放送の朝に自決した。

この映画の前には
永遠の0
硫黄島からの手紙
も観た。


半世紀以上も前に、この国で起きた出来事。
戦争。

「反省すべきことは反省し、評価すべきことは評価する」
いま日本は平和だ
これからは、この平和な日本の行いを世界に広げるときが来たのではないだろうか。。。

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浜松駅から大きくなった浜松市を県境にある青崩峠を越え
南信州の遠山郷まで90㎞を走った。
その遠山郷で宿泊した宿「島畑」で見つけた本だ。

「消えた峠の村」


昭和45年11月30日(1970年) 集団離村
200年あまりの歴史を残して大平村は無くなった。

しかし、今、
大平村は、歴史的に残しておきたいと
「NPO活動法人 大平宿をのこす会」ができ
大平村の古民家を維持しているそうだ。
以下、
ココのHPで、ご覧ください。
http://www.oodaira.org/

私が暮らす佐久間町の場合はどうだろうか?
この地はもう発展することはない、そのように口走って佐久間町を出ていく人が何人いるというのか。
今年の冬、原田橋が崩壊した時も、過疎化で暮らす人が少ない中山間地に多くの予算を使うのは如何なものかという意見が出ていた。
地域を守るのは、そこに暮らす人
行政が守るのではない。それは分かるが。
その行政に勤めていた人が、ココを出ていく人ばかりでは、やる気も失せてくるというもの。

12市町村が合併して新浜松市が誕生して10年たった今、取り残された感がる中山間地の佐久間町に住む私は
考えさせられる本に出合ったのであった。
それは、27年前、佐久間町に越してきて、信州に家族で遊びに行ったとき
「こんな山奥にも人が住んでいるのだな~」と思った遠山郷の宿で見つけた本だった。。。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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