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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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私の走り書き人生
まえがき
 人間にとって「思い出せない一日はなかったに等しい空白の一日」であると言われる。考えてみれば、「その空白」に近い毎日の積み重ねが人生ともいえる。
原文まま

先日の勉強会、萩田氏に「読んでみなさい」と手渡された一冊。
詠み書きマラソン(玉井宰氏著)
波乱万丈の人生のなか仕事やマラソンで、様々な出来事、様々な人に出会った事でのご縁を、歌に託して書いている本、自身の心にしみわたった一冊だった。

最後に
『長生きではなく、中味の濃さに人生の意義がある』
『人の心は言葉と態度と行動によって測定できる』
平成九年七月十二日(土)
原文まま

 著者は山一證券に勤めていた人である、1997年(平成9年)11月2日その証券会社は経営破綻で廃業した。
この本を書き終えてからの失業したことになる。
さいごの最後に、
この事件を後の評論家がどのように扱うかは、別にしても一万人近い者が職を失ったことは事実である。筆者自身、11月23日が「勤労感謝の日」であったことを全く失念していた。皮肉なことに実質的な失業者になったのである。今だまだ再就職の意欲も目途も立っていない。この間多くの方々より『励まし』の声援、便りを戴き感激している。この場を借りて厚くお礼申し上げるとともに、ご心配かけ、お気遣いしてもらい、身にあまる光栄である。
 この小雑誌でも、ところどころに書いたように『明るく』『前向きに』そして『悔いのない』歩にしていきたい。ピンチこそチャンスであることを信じて飛躍につなげていきたい。
 最後に皆様方のご健康とが繁栄を祈念します。
原文まま

読み書きソロバン
基本的な教育内容、日本では幕末から明治にかけ,計算は主としてそろばんで行ったので,これを〈読み書きそろばん〉といってきた。
詠み書きマラソン
基本的な教育内容に走ることを重ねた言葉。
読むことも書くことも未熟な私、走る方は何とか月の目標である300㎞を今月は今朝達成できた。

わたしも著者があとがきに書いてある
『明るく』『前向きに』そして『悔いのない』歩にしていきたいと思っている。

たつやま凸凹(春)
色んなことがあったマラニックだったけど、ピンチこそチャンスであることを信じて多くの人に北遠の現状を伝えて北遠の飛躍につなげていけるようにしたい(^O^)/

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人間学を学ぶ月刊誌「到知」3月号、P126~
日本史は他人の物語ではない
中村学園大学教授 占部賢志氏
を読んで、最後に紹介された本が、この
日本史に学ぶ軍縮
鉄砲をすてた日本人
だった。

時には外からの目で日本史を見よう
占部  それからもう一つ、私が推奨したいのは時には外からの目で日本史を見ようということです。
教師A 外からの目?
占部  よく「灯台下暗し」というでしょ。それと同じで、日本史の美点についても意外と自分たちでは気づかないものなんですよ。そこで外国人が日本史をどう見ているかを参考にするということです。ここではノエル・ぺリンの『鉄砲を捨てた日本人』紹介しておきましょう・・・・・・・・・。
 人類の出現以来、武器の発展は止まることを知りませんね。石器に始まって槍や刀剣、弓などが創られ、火薬が発明されると、鉄砲という飛び道具が全盛期を迎える。
二十世紀になると、原水爆が開発され今日に至っています。常に右肩上がりでしょう。
教師C そうですね。
占部  ところが、こうした見方が適用しない事例がただ一つある。それが我が国なんです
到知から抜粋
 
そんな国、日本の歴史に興味を持った。
ぺリン
江戸時代になり鉄砲を捨てた、武器と言えば腰に差した刀。
刀は武士の命。
軍縮問題に関心を持ったぺリンが書き上げた、本。
鉄砲を捨てた日本人

それを、なんと今の静岡県知事「川勝平太氏」が日本に翻訳した。
平和はみんなの願い。

討幕を恐れて下剋上を恐れて、鉄砲をすてた。
結果的には長い戦争のない江戸時代があった。
現在、日本が戦争に負け、敗戦から立ち上がり戦争のない平成の時代が続いている。

これからの日本、どの様になっていくのか?
世界の識者が日本のこれからに関心を持っている。

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山草人さんの
ローな気分で 生きてたら
を読んだ。
 
萩田さんと出会い。萩田さんのマラニックに参加する様になり。多くの人に出会った。
景気の良い時代が終わり、平成の合併があり、中山間地の町からは人が出ていくようになった。
 
萩田さんのマラニックでは走り終わってから希望者で懇親会がある。
そんな時、出会った人に山草人さんが居た。
萩田さんの話では
「自費出版した人、自分で本を書いた人」
そんな感じで紹介してもらた。
 
本を読む習慣がなかった自分は
「ふ~ん」
と、だけしか感じなかった。
凄い人だとは思ったが、自分とはかけはなれた人だとだけ感じていた。
そんな10年前の思い出。
 
それが最近、本を読みだし、佐久間図書館にも行くようになり、10年前に聴いた「スローな気分で生きてみたら」という本を検索してもらったら、有った。
早々予約して取り寄せてもらって、読んでみた。
 
「スローな気分で生きてみたら」
団塊の世代の山草人さんはガツガツせかせかとひたすら走ってきた。それが、その時代のキーワード「スローライフ」に焦点を当て書き始めている。
①スローライフ
②時代の歩みを見つめる
③お茶の世界を垣間見る
④ビジネス農業への道

スローライフ、ゆったりとした暮らしを提案するもの。
山草人さんたちの世代、団塊の世代は、一クラス40人、ひしめき合って競争し合って切磋琢磨して生きてきた世代。
ゆったりとした暮らしを望んではいるが、性分が今までの生き方が、なかなかそうはしてくれ無いようだ。
 
山草人さん、次なる目標は砂漠を走る。
山草人のモノローグ
1960年生まれの私たちは、そんな先輩御ランナーの背中を追いかけていく。

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いま、生きる意味を問うすべての人に捧げる。


五木寛之 小説家・随筆家 稲盛和夫 京セラ・第二電電(現KDDI)創立者、
二人の対談をまとめた本
何のために生きるのか。

を、読んだ。

五木寛之の本は、昔「人生の目的」というのを読んだことがある。
まだ30歳代、若輩だったころだ。
それが、40歳代のときに病魔に襲われ退院して何もすることが無くなった時、もう一度本棚から引き出して読み返した。
小瓶に植えたライ麦の話、狭い瓶のなかイッパイに根が張り巡らせられていた、限られた環境の中で精いっぱい生きる。
『人生に決められた目的はない、と私は思う。しかし、目的のない人生はさびしい。さびしいだけではなく、むなしい。むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。人生の目的は「自分の人生の目的」をさがすことである。自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を見出すことである。へんな言い方だが、「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってもいい。私はそう思う。そのためには、生きつづけていてこそ・・・』
 

五木寛之 1932年(昭和7年)産まれ。
戦後、軌跡の復興で日本は世界の有数の新興国になった。欲福の国になった。
しかし、その陰で、この国は毎年3万人余りの人が自殺する国になった。
この本では
心が乾いていった日本人
としている。

稲盛和夫 1932年(昭和7年)産まれ。
1984年には私財を投じ稲盛財団を設立し、理事長に就任。同時に国際賞「京都賞」を創設し、毎年11月に人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰している。他にもボランティアで、全96塾(国内56塾、海外40塾)、12,084人の若い経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、経営者の育成に心血を注いでいる。

このままでは日本はダメになってしまう。

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ウソ
「人生、報われる生き方」渡部昇一
を、読んでいる途中。
幸田露伴とは
 1867年~1947年 慶応3年~昭和22年に生きた人、 小説家・随筆家・考証家。江戸下谷 生まれ。本名,幸田成行
そんな昔の人が書いた小説を自分には読めない。と思っているときに出会った本
「人生、報われる生き方」渡部昇一
この本は、そんな幸田露伴の「努力論」を読んで渡辺昇一さんが書いた本だ。
自分でも何とか言わんとすることがわかる。
 
惜福・分福・植福

惜福、惜しむ福と書いて惜福(せきふく)
昔、自分が働き始めたとき、給料が少ないと嘆いていると、ある人が
「20万貰っても20万使えば残りは0円。10万貰って8万使えば残りは2万」
「この生活を10年続ければ後者には20万の貯金が残る。前者には貯金は無い」
そんなことを言って諭してくれた先輩がいた。
今思えば、こんなことが惜福かな。
惜福とは「ケチ」とは違う、自分の使うお金を全て使い果たさずに、一部別に置いとくということ。

分福(ぶんぶく)
文字通り、自分の福を分け与えること。
惜福で残した物を他者に分け与えて二重の幸せを得る、そんな考え。
福を、お金を独り占めする、そんな生き方は良くないと言っている。
のだ。

植福(しょくふく)
自分の持つ力や情、知恵を使って世の中に幸福をもたらす、こと。
福を植える、こと。
植えることによって、その木はやがて実が付き大きな収穫がある。そんなこと。
100歳を超え現役の医師として働いた聖路加国際病院名誉院長日野原氏は、少子化で今の時代は小児科は儲からないと知りながら増設した、そんな生き方が植福なのではないかと思う。
 
保守派の論客で英語学者の上智大名誉教授、渡部昇一さん
2017年(平成29年)4月17日ご逝去された。
歯に衣着せぬ発言の人だった。

そんな先生の本
人生、報われる生き方
自分の、これからの生き方を考えながら読み進めていこうと思う。
しんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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