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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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自分のアマゾンカードがあり、そこからお支払いしている。
本の買い物だけでもバカにならない額だけど、本よ読むことは修身教授のなかで森信三先生が進めている。
第十講に「尚友」があった。
「尚友」→昔の書物を読んで、すぐれた古人を友とすること。

この前、富士山一周マラニックを走った翌日、知り合いが本を書いているのを知りその本を買って読んだ。
空につづくカミーノ
内容も素晴らしかったが、こんな近くに何気なく話していたあの人が、こんなすごい人だと驚いたことを未だ覚えている。
今回は、もっと驚いた
山ちゃんの芸能ニュースより驚いた。。。
わたしにとっても驚愕のニュースだ。
今回の本は、佐久間町の大先輩の人の本だ。それも走るのが趣味で一緒に焼津マラソンも走ったことのある人だ。
まさに灯台下暗し

灯台下暗し→身近な事情はかえってわかりにくいたとえ。

Amazonで今ポチしました(^O^)/
Amazonで本を購入した(^O^)/
自分の自由に使えるお金は少量だけど、本での出費は将来の自分への投資だと思っている。
「尚友」→昔の書物を読んで、すぐれた古人を友とすること。
大先輩、また何時の日か焼津マラソンを走りに行きましょう(^O^)/

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沖縄出身の伊是名夏子さんの本「ママは身長100㎝」を読んだ。
春生まれなのに夏子。沖縄の夏の太陽のように元気にと両親が名付けたそうだ。
元気が伝わる、この本を読み終わって、自分の不甲斐なさ言い訳ばかりの生き方に克が入りました。
そして、もっともっと工夫してたった一度しかない人生を楽しく生きて行きたいと思った一冊だった。
 
支えあい、認め合うこと。
お互いが大切な存在だと思うこと。
夏子さんが学生に頃に経験し感じたこと、階段が多い高校だと先生方が難色を示したこと、友達はそれを応援したこと。
大人は経験でものを考える。
バリアフリーの学校を進められた。
自分の意思を通して階段の多い高校への進学、そこでの経験が今にいきているように感じた、そう思った。
 
まだ何もできなかった子供の頃、親はその子供のために尽くした。
その子供は大きくなり色々なことができるようになってくる。
ハイハイができ、歩くことができ、走り回るようになる。
子供は挑戦することが好きだ。
しかし、大人になると挑戦しなくなる。

「ママは身長100㎝」を読んだ。
夏子さんはキャンプ好きだそうだ。
できる人ができる事をやって、協力し合うのがキャンプ。
人は得意なこと不得意なことがある、協力し合って支えあって楽しむのがいい。
最後の最後にやりたいリストが書いてあった。
様々な事に挑戦していく姿は眩しい。
 
多くの良書に出会い自分の考え方も変わっていく
「こんな夜更けにバナナかよ」を読んだ。
「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」を観た。

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おじさんパッカーのサンティアゴ巡礼の旅」を読んだ。
5月18日
 富士山一周2019を走って、その翌日、MFさんと話した。

「今年は夢街道、如何?」

MF「今年は6月にスペインに行くので、走れない。来年は絶対行くからネ」

「わたしも還暦の年齢に近づきました。自分の今までをまとめようとしている。本にしたい」

MF「わたしも本を出している。Amazonにあるので買って」

そんな話でMFさんは巡礼の旅にいっている人だと知った。

スペインか~。。。

ヒロボーさんが行ってきたと言っていたな~。
カミノ・デ・サンティアゴ

家に帰りAmazonで、その本を注文した。そして昨日の夜、その本を読み終わった。
ひたすら歩いて910キロ!
フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ボーから、スペインのサンティアゴ、さらに最西端のフィステーラ岬までの「てくてく歩き」の記録を綴ったエッセイ
表紙を開くとスペインの地図、フランスとの国境から最西端のサンティアゴまで太い線で書いてある。てくてく歩きの行程だ。
フランスの道。

巡礼者は、カタツムリの生活に似ている。家財道具をザック一つに詰めて、自分の力で運ばなければならない。
人それぞれ、巡礼のスタイルは違うが、皆身の丈の歩き方をしている。そんな巡礼者の姿が眩しかった。
原文まま

その道は、世界各国の巡礼者が、それぞれの巡礼のスタイルでゴールであるサンティアゴを目指している。
その道程にスペインの歴史を感じ、その仲間との触れ合いで、これからの平和な時代を祈り、ゴールであるサンティアゴを目指したMFさんのエッセイを交えた旅日記、素晴らしい。
スペインは、この巡礼の道は、信仰心の篤い人は勿論のこと、自己への挑戦、自分探しの旅、アドベンチャーの旅など、様々な人たちが、様々な目的をもって、巡礼の旅に出かけている。

普段、何気なく会話している人が、こんな本を書いている人だとは知らなかった。
イタリア。
大空に続く道、広い大地、大西洋、海を見ると心が昂揚する。

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私は早生まれ、昭和35年2月生まれだから本当ならば、まだ還暦ではない。
しかし、同級生では還暦になった人もいる。
7月には廃校になった城西小学校の還暦同窓会だ。
還暦、干支が一巡し誕生した干支に帰る事。つまり干支の60周年だ。
そんな年度に、自分なりに残したいものがあった。
それは自分の足跡、轍(わだち)60歳になって振り返る事。自分史を書いてみた。
ほくえんの風↓
http://run2.ina-ka.com/ftp2/pdf/hokuen.pdf

成形の功徳 (せいけいのくどく)
森信三先生の『修身教授録』を読む読書会・勉強会がある。そんなときに、その言葉を知った。
何事も形に残して、その行いは効力を生むという意味だと思う。
立派なものでなくていい、自分が読んで納得すれば。
面倒くさい。そんなことやって何になるダイヤ~。自分は今までそうだった。
自分は自分、他の誰でもない。自分は自分、それは自分勝ってと言う意味ではなく、自分を大切に生きて行くこと。

村上春樹の言葉ではないが、走っていると
「僕は僕であって、僕ではない」
そんな感じに思えることがある。
自分の身体は借り物で、自分の魂が、その借り物の身体をお借りして生きている。ような。

還暦、干支の60周年。
因みに30周年を半還暦・120周年を大還暦という。
120歳、大還暦まで生きて、また自分史を書いてみたいものだ。
                                                  byしんしん

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今日からできる、誰でもできる!

「60歳を人生のピークにもっていく法」

10年前買った本を書棚から出して読み直した(そろそろその年だから)

その前に「芸人学生」という本を読み、そのまんま東に興味を持ち、この本も買ってみたと記憶する。

彼は大人の社交場渋谷のメイクラに行った事から人生が変わっていった。

そのクラブで働いていたその女性が未成年だったということで、任意で事情聴取に同行した。協力したことから。騒ぎは大きくなった。

その後、事務所で話し合いが行われ「自主謹慎」という形でテレビから姿を消した。

その謹慎しているときに学びなおす生活をして大学に入学、その思いを書いたのが「芸人学生」

また、その頃は国が地方に合併を進めていたときだった。自分の故郷の事を考え、宮崎県知事を目指しているときに書いた本
それが「60歳を人生のピークにもっていく法」だと思う。

素晴らしいことが書いてある。

僕が実行してる「小さいことだけど大切にしてること」
①目覚ましの五分前に起きるようにする
②寝る前に一日の反省をし毎日を更新する
③遅刻をしない
④電車では席を譲る
⑤脱いだ靴はそろえる
⑥服はたたむ、洗濯は自分でする
等々

なかでも、すごいナ~っと思った一文がある。
p38の最後から三行目
本文から抜粋する
ほとんど破城している公的年金。この不安感が高齢者予備軍の方たちに翳りをおとしているのだろうか。僕は社会人の責務として、今の高齢者の方たちを支えるために年金を納めているけれども、僕が受給者の年齢になってもきっと受け取ることはないだろうと思う。

素晴らしい。
そのまんま東
だだのお笑い芸人ではない。
10年前、わたしも読んで、いろいろなことを感じたのだろう。
自分も走り続けている。
学ぶことは萩田さんの勉強会に参加している。

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2017年2月
「カエルの楽園」を読んでブログを書いた。
百田尚樹「カエルの楽園」を読んだ。

今回、私の尊敬する人のブログで今を生きる人は読んだ方が良いのでは?
との感想が書いてあったので早々アマゾンで注文して読んでみた。

百田尚樹さんと石平さんの対談形式の本だ。
石平さんとは
日本の評論家。主に日中問題・中国問題を評論している。中華人民共和国四川省成都市出身。2007年に日本国籍を取得(日本名は石 平〈せき へい〉だが、石平だと日本では苗字だけだと思われることもあり、Twitterでは差別化を兼ねて冗談半分で太郎を付けて使っているが、そのために本名が石平太郎であると間違える人が居ると言う)。2008年4月より拓殖大学客員教授。
ウィキペディアから

大変、怖い恐ろしい背筋が寒くなるような内容だった。
石平さんは1989年に天安門事件を経験した人。
私も若き頃、テレビでその映像は見て記憶している。

古来、中国には杞憂という考え方がある。
心配する必要のないことをあれこれ心配すること。取り越し苦労。杞人の憂え。
中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという、「列子」天瑞の故事から、杞憂という。
今回読んだ「カエルの楽園」が地獄と化す日、これも杞憂で終わればいいと思う。

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今、知り合い(ラン友)がタイに走りに行っている。
また、あるラン友はサハラ砂漠のレースに参加した人。また、ある人はスペインにあるキリスト信者の聖地を目指す巡礼の道を歩いた人がいる。


そんな人が日本に帰って来て、思うだろうナ~。


日本人で日本の国に生れて、ほんとうに良かったと。


今回
安倍晋三さんと百田尚樹さんの対談形式の本
日本よ世界の真ん中で咲きほこれ
を読んだ。


この本は、2013年12月27日初版と書いてあるから第二次安倍内閣のとき安倍総理大臣のときの対談だ。


第5章
安倍総理大臣、熱き思いを語る
ー日本をもう一歩前にー
「批評するだけの人間に、価値はない」
そこに
防衛大学の卒業式での総理のあいさつ文があった。
そのなかに、カンボジア・インドネシア、モンゴル、大韓民国、タイ、ベトナムからの留学生への言葉もあった。

とにかく、読んでもらえれば、きっとわかると思う。


安倍総理と百田さんの想い。


日本人で、ほんとうに良かった。
パスポートも作ったことがない、外国には一歩も出たことのない私だが、そのように思った。


ヒロボーさんのタイ漫遊記。


報告会が楽しみだ(^O^)/

 


 

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わたしは村上春樹の小説は、なにも読んだことはない。


去年の秋、ラン友達「悦ちゃん」からのメールで知った村上春樹だった。
初めての村上春樹!!


今回は、村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫)


中でも、気になた部分があるので抜粋する。


「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきです」
聞き手 マリア・フェルナンデス・ノゲラ


国際賞を受賞した日本人作家村上春樹がスピーチで原子力を批判した。


「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です」


「我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有力なエネルギー開発を、国家レベルで追求するべきだったのです」


「それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです」


ムラカミは賞で授与される八万ユーロを、日本で地震や津波の被害にあった人々と、福島の原子力発電所の事故で被害に遭った人々に、寄付することにしている。


授賞式の翌日に、CNNはインタビューを行った。


このブログは、朝書いている。


早朝、目が覚め、パソコンに向かっている。


夢見るために目覚める。


この本は、最後に一緒に仕事をした、ある人の、ことが書いてある。


今はネットの社会


様々なドラマがあって、本が完成されているのだ、と、思った。

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先日読んだ本
「こんな夜更けにバナナかよ」
今日は、その映画を観てきた。

鹿野靖明役の大泉洋  ワガママ、おしゃべり、自由すぎ。
安堂美咲役の高畑充希 この人、サイテー。
田中久役の三浦春馬  もう勘弁してくださいョ~。

三人の役柄が最高によかった。
北海道の街並み自然の景色がよかった。
笑いあり涙あり。

筋ジスの鹿野をボランティアみんなで支える。
ボランティアの意味を考えるひとつの切っ掛けになっる作品だった。
人は必ず死ぬ日が来る。
42歳でこの世を去った鹿野靖明、彼の生き方。
医療行為だからタンの吸引は医師または看護師しかできない。
例外的に家族は研修を終えればできる。
そこを鹿野はボランティアは家族だからと言い張り、自宅での生活を押し通した。

42年間という人生を生きた鹿野
どんな環境にいようとも、明るく楽しく生きていこうとのメッセージを残した。

人という字の意味を実践を通して教えてくれた。

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筋ジストロフィーの鹿野靖明さんと、その人を支えるボランティアの人たちの、お話し。


人の数だけ、人生がある。生き方がある。


その生き方は、自分で決める。


自分の責任において、その生き方をきめる。


自己責任


そんなことを考えさせられた、一冊だった。


人生とは、自分が生きているとは。
時を使っている。こと。


今日という日は二度とない。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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