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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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水窪のNPO
山に生きる会
七月の初めハイキングの案内が来た。
盛夏の候。
皆様には、ますますご健勝のこととお慶びを申し上げます。
下記のとおり『みさくぼ百山「朝日山」「水梨山」』ハイキングの開催をします。
ご都合のつく方はご参加をよろしくお願い致します。
1 7月23日(土)午前7時 集合出発
2 内容 みさくぼ百山「朝日山」「水梨山」ハイキング
国盗り駐車場7時バス移動→ヒョウ越峠から入山→水梨山・朝日山へ
ヒョウ越登山口~「朝日山」間の片道の所要時間は概ね3.5時間~4時間
国盗り駐車場には17時頃になります。

がんばらまいか佐久間10周年記念事業
佐久間町が浜松市に合併したときから、佐久間町のNPO「がんばらまいか佐久間」に
携ってきた9年間。
多くの事を経験させてもらった。
が、もういい辞めにしよう。
そう思っているときに
知り合いから紹介されて水窪のNPOの門をたたいた。
今年で2年目
多くのやることがあり、なかなか活動に参加できないが、今回参加することができた。
 
今日のコース


参加者は
山に生きる会 会員
6名
サポーター・一般参加者
11名
集合場所である「国盗り駐車場」からヒョウ越峠まで水窪タクシーのマイクロバスで移動
ヒョウ越で軽く体操をしてから、17名のメンバーは「朝日山」「水梨山」を目指して歩き始めた。

メンバーの中にキノコに詳しい方がいて、様々な食べれるキノコの話を教えてくれた。

写真はタマゴダケ
食べることができるそうだ、卵の黄身の味がするそうだ。

また
ツルアジサイも可憐に咲いていた。

また、この山の登山道にはシキミ(シキビは俗称)が多く生息していた。
山に生きる会の人が、秋になると実が赤くなって綺麗だと言っていた。

あいにく天気は曇り空だったので景色は望めないが、多くのキノコや植物の話を聞けた。

朝日山山頂に着いたのは10時50分
ヒョウ越峠から
3時間10分くらいで登頂できた。
朝日山の三角点
 
一等三角点のマニアには特に注目されている山
黒法師岳

朝日山は何やら深い関係があるらしい。

予定では17時頃に国盗り駐車場
となっていたが、大幅に早く帰ることができ
今、こうしてブログを書くことができた。
よかった良かった。
今から風呂に入って
ビールだ(^O^)/

 

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「夏焼山・塩沢集落ウォーキング」

佐久間町の私だが、縁あって水窪町のNPOの活動に参加するようになった。
水窪「山に生きる会」は一昨年の冬、佐久間町野田に暮らす人が
「私も入って活動している」
そんな言葉から私もその年の春、水窪「山に生きる会」に入会、しかしその年は忘年会だけの参加、去年は新年会と忘年会だけの参加だった。
今年は初めてのイベント活動の参加になった。
「夏焼山塩沢集落ウォーキング」
事務局の人に電話して、集合場所(集合場所:JR飯田線 水窪駅)には行けないことを伝え、飯田線で平岡駅から大嵐駅に向かった。
朝の大嵐駅は静かで沢のせせらぎの音、野草のさえずりの声しか聞こえない。
今日はどの様なイベントになるだろうかと、水窪からの飯田線上り列車を待つ。

電車で来たメンバーは予想以上に多かった。
知っている会員の方に、ご挨拶。
資料を手渡され、
「1班2班3班ごとに責任者を決めてあるので3班の責任者です」
と、資料を手渡された。

「夏焼山・塩沢集落」ハイキング スケジュール

1、3月21日(月)午前7時50分 JR飯田線 水窪駅集合

大嵐駅でも集合して今回の会費を徴収。
三信鉄道建設に尽力した河村カ子ト氏の説明が守○先生からあった。
(川村カ子ト氏とは)↓
http://www.kmatsum.info/Sinsyu/Iidasen/kkaneto.html

一団は夏焼隧道を歩き、夏焼の村を目指した。

真っ暗な夏焼隧道を抜け、夏焼の村に向かう。

夏焼の集落では元夏焼集落で暮らしていた川根さんから夏焼での昔の暮らしの思い出を説明してもらた。

説明が終わり、この村の頂上、夏焼山の山頂(651m)を目指す。

登頂が終わり。
来た道を引き返し、大嵐駅に
大嵐駅で昼食、集合写真

大嵐駅13時14分の飯田線で小和田駅に移動。

小和田駅からは、塩沢集落に向けてウォーキング。

天竜川沿いの歩道から山道に、赤いスリル満点の吊り橋、変化にとんだウォーキングだった。
塩沢集落は、水窪から林道が通じていたのだけど、今は途中の所で崩壊があり通行止めになっているそうだ、迂回路は遠く長野県を経由しての遠回りだそうだ、浜松市市内の人には想像することのできない迂回だと思う。

塩沢集落、到着。
集落の大○宅にて「塩沢茶」を頂く。
ある人が水窪のお茶は苦くておいしいっと言っていた。

ココ、塩沢集落では、無農薬の野菜を作っており、その栽培方法が独特だという。
カマキリやテントウムシを使って害虫を駆除するらしい。
カマキリを越冬させているとも言っていた。

ところ変われば様々な工夫と考え方で人は生きていくのだ。

塩沢集落にサヨナラをして、一行は小和田駅に帰っていく。
途中、リタイヤをしようかと迷った人などの声を聴いて、どうなることやらと思っていたが
全員無事に小和田駅に戻ってきて、16時01分の飯田線に乗車して帰ることができた。
 

今回、水窪の自分が知らないところを拝見することができ大変貴重な時間を体験することができた。
NPO水窪「山に生きる会」
本当にありがとうございました。

マテよ
飯田方面からの参加者も1名いたので、全員というのは誤りかな(#^.^#)
その人は、小和田駅で手を振って私たちを見送ってくれた。
ありがたいことです。感謝。。。
byしんしん

 

 

 


 

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佐久間町が浜松市に合併して
佐久間町は
NPO「がんばらまいか佐久間」
を立ち上げた。

そのNPOの最初の活動は
「ふるさとの森」だった。


宮脇博士の方式の植樹の方法を学ぶため
私は
半場のコイジのみに~に誘われて、浜松駅前に行ったのであった。

浦川の島中峠に、その「ふるさとの森」は始まった。
旧佐久間町の、元おえらさんだった方が、スーツ姿だった人が
鎌や鍬を手に持って汗をかいていた。

そんなNPO「がんばらまいか佐久間」の活動に合併当時から9年間お付き合いしていた。
しかし、もうやめた。この活動はつまんない、と思うようになった、から


2014/12/07
に私が書いたブログ
山に生きる会in水窪町 

水窪「山に生きる会」の人と付き合い始めて、はや二年が経つ。

昨日の新年会の時には
私の熱い気持ちを話したつもりだ。


そのときプロジェクターで流した動画
「進歩の名のもとに、古き姿は次第に失われていく。だが、人の力で救えるものは、なんとか残してゆきたい。古きものは古きがゆえに尊いのである。」

この話を知って
佐藤良二さんの事を知って
この本を読んだ。
 
そして、この言葉を知った。
この地球上に、天の川のような美しい花の星座を つくりたい。 花を見る心がひとつになって、人々が仲よく暮らせるように」.

そして去年の春、本物の荘川桜を見に行った。

2016年は始まったばかり。

今年もマラニックの計画がたくさんだ(^O^)/

byしんしん

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昨日は、あれから、水窪に行って。
水窪町のNPO「山に生きる会」の忘年会に行ってきた。

マンガでわかるNPO法人「山に生きる会」

佐久間町には「NPOがんばらまいか佐久間」があり、私はその活動に合併当時から活動委員として自分なりに がんばらまいか と頑張ってきたつもりだ。
が、、、最近疑問に思っていることが。
佐久間観光協会との話を知ってからだ。
観光協会は予算がなく大変だと聞く。がんばらまいか佐久間は今更どうして観光協会だけをNPOが助けなければならないのか、という。
NPOに託した元の佐久間町のお金はNPOの理事の事務局のもの?
違うと思う。
また、観光協会もお金がないからと言って、安易にお金があるNPOに縋るのも・・・・・なんだかな~っと、
思う。

昨日の「山に生きる会」の忘年会
会員は地域の人から、地域外の会員もいる。
高齢者と言われる人ばかりだ。
それでも、山が好きだからと地域の為に水窪のためにと熱い自分の気持ちを話してくれた。
まるで、遠山郷に初めて行ったときに木沢小学校で木沢の人たちと出会った時と似ている。

がんばらまいか佐久間」と水窪の「山に生きる会
くらべることは良くないと思う。
それぞれに好い所もあれば大変なところもあるだろうから。
一つだけ言えるところはマンガでもわかるように「山に生きる会」は、やろうとしているところがハッキリしている少数精鋭のNPOだということだ。

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佐久間町が合併した時に設立した「がんばらまいか佐久間」
今年は10周年ということで、記念事業を行うそうだ。

私は「文化・スポーツ社会教育活動委員会」に入っている。
そこの委員長が、この手紙を持ってきたのだ。

先日書いたブログ
やめまいか・・・佐久間
で、私の気持ちを綴ったのだが、、、、。

ご高齢の委員長の顔を見ると、断りずらかった。
11月9日
「フェスタ佐久間」の時と同じ日に開催だそうだ。
あれもこれも、やることが・・・・・多い。
同じ地域で暮らす、先輩のお願いに快く引き受けたい気持ちもあるのだが、私には思うことがある。
「がんばらまいか佐久間」はこのままではダメだと。

だから、心を鬼にして言った。
その委員長に

何かを頼むときには、人の話を聞いているような感じなのに、いざその頼みを受けると話を聞く様子すらなくなる」と。

今のNPOの役員は、佐久間の10年先20年先のことを思って活動しているとは思えない」と。

若い人の話も少しは聞いてくださいョ」と。

ココにまた「がんばらまいか佐久間」のNPO憲章を書きたいと思います。

NPO憲章 
  私たちのふるさと「さくま」は、美しく豊かな自然と古い歴史文化
  に恵まれ、互いに支えあうやさしさとまちづくりへのあふれる情熱
  により、これまで発展してきました。
  私達のNPO法人がんばらまいか佐久間は、この貴重な財産と先人の
 教えを受け継ぎ、更にNPO活動を通じて新しい時代への飛躍を
 目指し、すべての住民の願いをこめてこの憲章を定めます。

          私たちNPO法人がんばらまいか佐久間は

   1.住民自治を基本にみずからの手で住みよい「さくま」をつくります。

   2.なかよくお互い助け合い健康長寿の「さくま」をつくります。

   3.創意と工夫で希望と活力に満ちた明るい「さくま」をつくります。

   4.ともに学びともにきたえた文化の香り高い「さくま」をつくります。

   5.恵まれた豊かな自然を次代へおくる美しい「さくま」をつくります

   6.いきいきと活動する女性がかがやく「さくま」をつくります。

   7.次代をになう子供たちを育てふれあう「さくま」をつくります。

10年前、佐久間町の代表となるメンバーが集まり決めたのだろう、この憲章。
今こそ原点に帰って、地域おこしを頑張っていく時だと思う
それは誰あろう、地元の人、ここ佐久間で暮らし続てて行く人が頑張らなければならない。
私はそう思う。

byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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