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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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佐久間中学校時代の同級生が、オーストラリアのメルボルンに暮している。
そんな彼女から、今日お菓子が届いた(^O^)

ありがたいことです。

その同級生は
佐久間中学校時代、接点は少ない人でした。
彼女は成績上位で、背も高く、遠い存在でした。

私が横吹(斜面集落)から今暮している半場に越してきて、
隣の家が、彼女の実家でした。

何も知らない私は
近所のうわさで、その家の娘はオーストラリアで暮らしていると聞いていました。
流石、佐久間は違う、横吹と全く違う、そう思った。
町だナ~っと。


私が半場に越して次の年、その隣の家の奥さん突然、亡くなり
近所の人が集まって葬儀の話の時に

オーストラリアから急遽帰ってきた、オーストラリアに住んでいるという、その娘さんが電話で流暢な英語で話していました。
横吹では聴いたことのない言葉、佐久間中学校での英語の先生が発音するのとはゼンゼン違いました(^0_0^)

そんな女の人が、近所の人に挨拶をするため、集まった人たちの前に顔を出した時
あっ~。
同級生だとビックリした、そんな思い出があります。

彼女は成績上位で、背も高く、遠い存在でした。
そんな人でしたが
バカで成績下位の私の事を覚えていてくれ、嬉しかった(^0_0^)

彼女との思い出は
私のブログ
電子メール
メルボルン在住の同級生
で保存してある。

佐久間町が浜松市になり、これから益々佐久間町は過疎になる。
だから5年に一回くらいは佐久間町で楽しく同窓会を行おうと始まった
佐久間中学校同窓会
そんな、同窓会も55歳からは浜松市内での開催になった。
そんな淋しさから。
去年から勝手に同窓会「今宵もはじまりました(^.^)/~~~in佐久間」を浦川キャンプ場でやり始めた。

今宵もはじまりました(^.^)/~~~in佐久間(昔のワル)

その時に、このお菓子持っていこうと思っている。
いつか、浦川キャンプ場で飲もうゼ。
オーストラリア メルボルンの仁美ちゃん(*^^)v
byしんしん

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今年の忘年会、5回目。。。
11月27日
山に生きる会忘年会
12月12日
竜神忘年会
12月19日
浜名湖半周忘年ラン
12月23日
舘山寺サゴーロイヤルで職場の忘年会
そして今回、
12月26日は
1975年佐久間中学校卒業生の忘年会、なのだ。

10年前、佐久間町が浜松市に合併すると決め、この佐久間町も益々過疎化が進んでいくだろうと思い。
地元同級生のメンバーで、45歳の時に浦川の清流荘で始めたのが、この集まりの最初の一歩だった。
佐久間中学校の同窓会だから、佐久間でやるのが一番でなないか。そんな思いもあったが、今はその様には別に思わない。

今回の忘年会は、今年の55歳の同窓会を企画してくれた浜松市内の同級生からのメールで知った。
「忘年会のお誘い。12月26日土曜日18時、浜松肴町「百里」いかがですか」

スマホの予定帳でも丁度空いている。

佐久間から浜松市に飲みに行く場合は、宿泊の手配から始まる。
ネットで検索して駅南のコートホテルを予約。

朝5時に佐久間を出発して、浜松駅に13時50分に着いた。
ホテルでシャワーを浴び汗を流し、缶ビルを飲んで仮眠。。。
夕方浜松肴町の「百里」に予定の30分前に座敷の席に着いた。
今回の同窓会の忘年会を企画してくれた幹事にお礼を言って他の同級生はどの様な人が来るのだろうかと心待ちにしていた。
同級生の(^O^)(^O^)(^O^)
同じ時代を生きてきた同志。。。

チャッピーから注がれた生ビールを手にカンパ―イ。
今年も様々なことがあった。
二時間飲み放題で宴が終わり近づくと幹事が二次会の手配もしているという。
ありがたいことだ。


二次会はカラオケjoyjoy
ミ―ヤン、三井も合流。。。

三次会まではとても付き合いない。
一人で「すき屋」で牛丼大盛を食べてビールを飲んでホテルに帰って就寝ZZZzzz...

2015年12月27日(日)朝5時、浜松駅南口を出発。。。


動画は、佐久間町が浜松市に合併した年に
私が大きくなった浜松市を走ってみたいと始めたマラニックです。
マラニック=マラソン&ピクニック
10年前自分が走り始めた道。
10年たった今も走っている。
10年後、65歳になった自分も、出来るなら今と同じように走り続けていたい。

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オーストラリアのメルボルンに住んでいるという中学生時代の同級生が居る。。。
その人は、私が暮らしている半場の人だった。
私、30歳の時に、半場に越してきて、少したった時だった。
隣のオバサンが急に亡くなった。
隣近所が集まって、これからの葬儀の話し合いをし。
家族の方の挨拶があった。
子供は皆、佐久間町から出ていって、急遽 半場に帰ってきた。
長男の挨拶につづいて、長女があいさつ。
長女は、海外の人と結婚して、今はオーストラリアに暮らしているという。
電話で英語で話している後ろ姿が印象的だった。。。
その長女が、さっきまで英語でペラペラ話していると思ったら。
挨拶では日本語で、隣近所の人にお礼を丁寧に話、顔をあげたら・・・なんと。
中学生時代の同級生だった。

その同級生はオーストラリアで病院で働いている。
旦那さんもだ。
2009年、職場の仲間を連れて佐久間に来た時がある。
そのときのブログは↓
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB


Eメールで同窓会の情報も発信しているが、地球の裏側に暮らすので、ナカナカ帰っては来れないだろうな~。。。
と、思っていたら。

今日、車で彼女の家の前を走ったら、旦那さんのシバさんが・・・見えた。
目の錯覚だと思った。。。

「Long time no see」

6年ぶりの再会だ。。。

元気そうだった。
 
彼女、hitomiさんも何にも変わっていない様子(^O^)/

そうそう、お土産も頂いた。

Baker's Cottage と書いてあったぞ。
田舎のパン屋さんという意味かな~?

「麦可思」で検索してみたら↓のページが出てきた。。
http://www.thebakerscottage.com.my/mooncake.asp

中身は、こんな感じ。

 
味は、甘くて、香辛料の効いている日本のお菓子とは一味違った味だった。

私は、今、縁あって、浜松市の北の隅っこ佐久間町半場に暮らしている。
田舎に暮らしていると、なんか「井の中の蛙」でこの人生を終わってしまいそうで悲しい(/ω\)
オーストラリアか~。。。。

メルボルンか~(^O^)

人生で一回ぐらいは、行きたいナ。
海外(≧▽≦)

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2014年8月23日(土)は佐久間中学校の同窓会だった。

2007年に佐久間町が浜松市に合併することになり、
様々なことが、その合併のことで進んでいった。
中高一貫・NPOがんばらまいか佐久間。。。など。

佐久間に暮す人たちも、それぞれに考えていたであろう・・・これからの生き方。

私はこの年の春、大きな病気をした。
死ぬか生きるか、そんな狭間を経験した。

浜松の聖隷病院を退院して、親に迎えに来てもらい、龍山のトンネルを抜けた時、
眩しい新緑に感動した、山に帰ってきたゾ~~っと。

家に帰り、居間に座り、そこにテレビがあること、この場所にこの本が置いてあること。。
当たり前のことに感謝すら覚えた。

その夜、いつもの自分が寝ている布団で寝て、朝を迎え、
倒れる前に、いつもの日課だったジョギングのコースを
散歩しようとした。

が、走ることはおろか、歩くことも、、、。
太腿の筋肉が落ち、ユックリしか歩けない、ふらふらだった。
その日は天竜川の堤防まで・・・。

数日がたち、働けるようになり、職場から帰ってくる途中。

中学校の同級生に出会った。
金○くんだ。

病気の事を心配してくれ、身体の調子を聞かれたときに、
「中学校同窓会をやらないか?」
そんな話が出した。そして中学校時代のアルバムを開き始めた。

佐久間町が浜松市に合併すると時、
佐久間中学校の同窓会は始まったのだ。

中部のお祭りのに同級生が集まり、30年ぶりの同窓会の開催に向けての話をした。

当時、私が思っていとことは、
合併で、この町(佐久間町)は益々過疎化が進むだろう。
5年に一回ぐらいは、この佐久間で楽しく集まろうと。

一回目と二回目は、45歳と50歳の時には浦川の清流荘で開催したのだが、、、。

地元でやるより、町に出て都会に出てやりたいという話が出てきた。

「佐久間でやっても旨いもんないし、二次会で面白いところもないし」

そんな話が聞こえてきた。

実際、二回目の時に、清流荘に泊まった。
ヤス・コウリュウ・ブーチュと私。
酒は余ったのがあったが、ツマミが無い。
ラーメンを食いに行こうかとヤスは言う。
佐久間には、そんなところは・・・・無い。

こんなことで、今回の「第三回佐久間中学校同窓会」はホテルコンコルドになったのだ。

開催場所は佐久間ではないけど、佐久間町の中学校を卒業した人の同窓会。
佐久間町の地で中学生時代を育った人たちの同窓会、私は佐久間観光協会のゆるキャラ「さくまるくん」と共に出席した。





今回、三回目。
初めて参加してくれた人が何人かいた。
懐かしかったな~(^^)

さくまるくん 
と一緒に写真を撮った動画↓

次5年後、還暦の年だ。

まだ、参加していない人は是非、参加してほしい。

人生、色々なことがあるけど、それなりに楽しく生きて行こうではないか。


人生は一度きり。

byしんしん

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今年最後の忘年会は・・・・佐久間中学校を1975年に卒業した人の忘年会だった。

当時の佐久間中学校の同級生は3クラス120名くらいの同級生がいたのだが、今はそんな同級生も佐久間に住んでいる人は数少なくなってきた。

今回の同窓会、地元に住んでいる人、地元に親がいるので帰ってきた人、9名での忘年会。

場所は、地元で寿司屋を経営いる同級生の店「江戸芝」
会費は5千円

それにしても、同級生での飲み会は楽しいものだ。

同じ時代を生きてきた仲間の話に、自分の脳裏にもその時代の思い出が甦ってくる。


来年の夏、8月23日(土)には浜松のホテルコンコルドで同窓会がある。
浜松市で準備しているみなさん、宜しくお願いします。
たくさんの同級生が集まるといいですネ。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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