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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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昔 話題になって、ベストセラーになった、藤原正彦「国家の品格」を読んだ。

あらすじは
↓↓↓↓
http://www5b.biglobe.ne.jp/~michimar/hon3/053.html


この本は2005年11月20日に発売、多くの人に読まれベストセラーになった。
また最近の日本の情勢に不安を持った一般の人たちが、一人で何冊も買い知人に配ったという話も聞く。
その後、
「女性の品格」坂東眞理子
が2006年9月16日に発売される。
いまや女性の社会進出、活躍が当たり前となった現代の日本。学校や職場でも、優秀で元気なのは女性ばかりである。
女性の価値観、果たすべき役割が大きく変化しているのだ。
では、古い型の「女らしさ」はもはや求められないのだろうか?
いや、女性の時代であるからこそ、従来の男性とは異なる価値観、よき女性らしさを、
職場や家庭に持ち込んでほしい、と著者は語っている。
「礼状が書ける」「約束をきちんと守る」「型どおりの挨拶ができる」
「姿勢を正しく保つ」「贅肉をつけない」「人に擦り寄らない」「よいことは隠れてする」
「得意料理をもつ」「恋をすぐに打ち明けない」
??本書は、ビジネスから装い、話し方、恋愛にいたるまで、女性としての振舞い方を具体的にアドバイス。
何げない日常の立居振舞いに、女性の生き方と品位はおのずと表われるものである。
楽天ブックスから引用

この時、品格という言葉がもてはやされた。

国家の品格
昔、日本人は武士道精神で品格ある生き方をしていた民族だったが、
戦後、急激に廃れてしまった。
そう、自分もそのように思っていた。
戦後、GHQの占領政策で骨抜きになった、そう思っていた。
武士道精神、廃れる
武士道精神は戦後、急激に廃れてしまったが、実はすでに昭和の初期の頃から少しずつ失われつつありました。
と、書いてあり。
中国侵略という卑怯な行為に走るようになった。
と。
日露戦争および日米戦争は、あの期に及んでは独立と生存のため致し方なかったと思っております。あのような、戦争の他に為す術のない状況を作ったのがいけなかったのです。
しかし、日中戦争は別です。まったく無意味な「弱い者いじめ」でした。武士道精神に照らし合わせれば、これはもっとも恥ずかしい、卑怯なことです。江戸時代は遠くなり、明治も終わり、武士道精神は衰えていました。
このような弱い者いじめをしたというのは、日本の歴史の汚点です。明治以来、欧米の列強が例外なく弱いものいじめという卑怯に走っていったとはいえ、この日本までがそれにならったということは、武士道精神が廃れつつあったことの証拠です。
そして、日本は、戦後は崖から転げ落ちるように、武士道精神はなくなってしまったと。

そして
武士道精神を見直さなければいけない、悪いものは悪い。卑怯なことはやってはいけないと、、、、。
警鐘を鳴らしている。
 
俺は、日本人だ。。。
横吹(よこぶき)で育った。
如何して、先祖は、こんな山の中腹の斜面集落に住み着いたのだろうか?
南向きの斜面集落、横吹は、作物が良く取れたと聞いている。
 

しんしん若き頃、髪の毛フサフサ(≧▽≦)

そんな子供の頃を経験した、今の自分は、次の土曜日に60㎞を走ろうとしている。
男性10人女性4人
 
私が、超長距離を走るようになって、出会った女性の仲間は
「女性の品格」坂東眞理子
が書いてある。
女性としての品格のある方が多いように感じる。

俺も俺なりに
田舎で暮らす者として品格を持って、これからも楽しく暮らそうと思っている。
byしんしん

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浜松市の
山の奥
天竜区佐久間町中部
には
地割れ花火という
世にも珍しい花火があるという。。。。。

そんな花火を知り合いのラン友に紹介したく始めた
地割れ花火を見に行こうラン約40㎞
もともとは
佐久間町が合併した10年前、一人で浜松駅から自分が暮らす佐久間町半場まで走ったのが第一歩なのであった。
フルマラソン(42.195km)までしか走ったことが無い自分が、
フルマラソン以上を走る仲間と出会って、一人で挑戦した60㎞だった。
まだそのときにはサンストリートの前は歩道が工事中で走りにくかったのを覚えている。
秋葉トンネルを抜け、やっと来た山奥の町に龍山に新緑の眩しさを感じた。。。

次の年
ヒロボーさんに相談し
走る仲間で同じコースを走った。
私を入れて8名
真夏の日。
その中の二人は
あまりにも早く中部天竜駅に到着し電車で豊橋に帰った。
残る6名で、ゆっくりマラニック。
その日は
中部のお祭りの日。
走り終わってビールを飲み、仲間を連れて花火を見に行った。
一発目の花火が上り轟音とともに夜空に広がった大輪を見上げていると、胸が熱くなった。


泊りは
上島キャンプ場。
次の日の帰りは飯田線で帰るようにと言ったけど、浜松市に暮らす浜松市の町の方に暮らす人には飯田線で豊橋駅まで行って、また浜松まで行くことに理解できなかったようだ。
昨日来た道を歩いて帰っていった。。。
初めて自分が企画したマラニック「浜松縦断マラニック」の話。。。
ただ走るだけの疲労ではない、その他の疲労で、走る仲間が帰る後ろ姿を見送ったら家に帰って寝てしまったZZZzzz
  

その日の午後。
うっちゃんが、「佐久間まで走ってきたョ」
と携帯に連絡が入った。
ビックリ仰天
着替えて駅に行ったら、少しの差でうっちゃんは車中の人となっていた(;_;)/~~~

そんな思い出の「浜松縦断マラニック」
次の年には往復にしよう。と話が大きくなり。宿泊場所も中部のかぢや旅館になった。
その後、旅館の女将さんが高齢のため宿泊できなくなり、川合の伊藤さんの別宅がゴールになった。

ゴールが中部でなくなったので花火の話も無くなった。

また、中部自治会の行事であるお祭りの開催の日も、まちまちである。
田舎の行事は多忙で、お盆にも行事が多い。
お祭りの日程が決まるのは年度初めの頃。

浜松縦断に花火は無くなった。
だけど
地割れ花火は素晴らしい。多くの人に見てほしい。
そんな思いから
中部のお祭りが決まった時に参加者を集っている。
地割れ花火を見に行こうラン約40㎞
今回二回目
その様子は動画で↓


前回の動画↓


なんとか無事に終了した。
花火を見ながら美味しいビールを飲むことができた(^O^)/

次は、
浜松縦断マラニックだ。。。

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 昨日は
ムーハウスでの勉強会
第12回 修身教授録 を学ぶ
「捨欲即大欲」シャヨクソクタイヨク


捨欲
欲を捨てる事
即ち
それが
大欲
自分なりの大きな目標に進む。
 
人生、謳歌型 シニア

謳歌する
コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E8%AC%B3%E6%AD%8C-448760
③恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと。「青春を謳歌する」「平和を謳歌する」
 
自分の欲

腹減ったな~ポリポリポリ
欲のまま目の前のお菓子に手が出る。
また
佐久間なんか、これからもっと不便になるから、大きなお金が入ったら、便利な町に引っ越そうか?
便利に暮らしたい、
そんながある。
これ捨欲、、、かな?
佐久間町が浜松市に合併した10年前
「何年か先のことを考えて悩んでいるより、今この時を楽しもう」
と始めたマラニック
ほくえん旅ラン
自分が育ったとこを、大切にしていきたい。
そんな気持ちもあるけど、今まで続けてきたけど、過疎化には歯止めが無い。
 
「捨欲即大欲」シャヨクソクタイヨク
Yさんが
「欲は大切な事、欲があるから多くの事を成し遂げてきた」
そんな感じのようなことを言っていた。

欲、欲があるから人類は発展してきた。
先進国 日本。
 
人工衛星から見た日本、キラキラ輝いている。

しかし、その欲が、様々な争いになってきたことも事実だ。
先進国日本。
科学技術の発展で、車の中、建物の中では快適に過ごせる。
先日
佐久間町から西鹿島に行くバスの中の電光版で
総務省消防署
の案内があった。
こちらは消防署です。7月は熱中症予防強化月間です。熱中症の予防には、「水分補給」が大切です!喉の乾きを感じる前に、こまめな水分補給を行いましょう!特に、高齢者の方は、暑さを感じにくく、室内でも熱中症になることもあるので十分注意しましょう!

高齢者→シニア

人生、謳歌型 シニア
どちらもシニア。。。

私の大欲、わ

「ダイバーシティ」→「多様性」
そんな世界を望んでいる。
同じシニアでも様々な人がいる。
田舎でも都会でもそこに暮らしている人がいる。
乙武洋匡さんが言うような みんな違ってそれでいい そんな世界。

欲・欲・欲・・・。
どんな人にも欲がある。
私も56歳だが、それなりの欲がある。
捨てなければならない欲が多いかも。。。
byしんしん

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池の平・白神街道

今年から8月11日が山の日
山に関する団体が山の事を知ってもらいたくて
できた
国民の祝日山の日
この祝日についてもっと詳しく知りたい人は日本山岳会HPへ
「山の日」特別プロジェクト
また、如何して8月11日にちなったのか?、8月12日が候補に挙がっていたそうだが、その日は昭和60年にジャンボジェット機が墜落した大きな事故があった日、だから次の日になったとの話もあるという。
遠い昔の話を思い出した。その日私は青森県の兄夫婦が暮らす八戸のヤマハの社宅に父母とお邪魔している時だった。
その年は東北でも熱い暑い時だった。

話を元に戻し。
水窪山に生きる会「池の平」と「白神街道」ウォーキング
昔、水窪にまだ飯田線が通ってなかったころ、水窪に暮らす人たちは、この「白神街道」を通って天竜川沿いに通る三信鉄道「白神駅」に通った道のウォーキング。
途中、あの「幻の池」池の平がある。
ウォーキング、白垣街道
大嵐駅までは、夏焼隧道がある。
水窪総合体育館(8時集合)→池の平登山道入口→池の平峠→池の平→十四曲り→白神→夏焼隧道→JR大嵐駅(16時04分)ー飯田線ー向市場駅(16時14分)
この様な予定での道程である。

会長の挨拶から始まり、体操をして、参加者の皆さんとともに白神街道に向けて出発。
池の平登山口で、登山計画書を出した。

ここから白神街道、みんなユックリ登山を開始、、、、これからの厳しい道のりがあるとも知らず(#^.^#)

私も知らなかった。。。

途中、の振り返り坂
遠くむこうに、高根条が見える。

池の平峠に到着。

○宮さん
浜松から来たそうだ。
話してみると、私が横吹で暮らしているころの隣のオジサンが浜松に住んでいる、今、間○さんは、その人と知り合いだそうだ。
友達の友達は皆友達だ(^O^)/

池の平に到着
集合写真

ここに、7年に一回周期で水が沸く、なんと不思議なところだろうか。
水が無い時は、本当にただのスギ林。
知っている人でないと分らないところだ。

池の平から少し行ったところで昼食。
30分くらい休憩して、後は白神駅を目指して下山。
下りだから楽なもんだ、そのように思っていたものの。
それが大変。

こんな感じ。

詳細は控えておく。

いろいろあって、やっと出た。
夏焼隧道

○宮さんとツーショット。。。

今まで暑かったが、隧道の中は涼しく快適だった。

JR大嵐駅に16時に到着。
なんとか無事に到着。

飯田線で向市場まで。
事務局の人は、
電車内に残っている人は居なっかと心配していた。
「アンジャないな~」
徒歩で、水窪総合体育館まで
全員無事に帰ってきた。

8月11日山の日
丸一日をかけて、自分なりに、山の事、自分が暮らしている北遠(ほくえん)のこと。
考えることができた。
水窪山に生きる会
ありがとうございました。。。
帰りに元禄のモツを買って、佐久間への家路を急いだ。
早く帰って今晩はモツを肴にビールだ。
byしんしん

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私は第10回大会2012年から参加している。
息子が2011年の春、富士吉原駅前のアパートに引っ越し、そのアパートに泊まった朝、スタート・ゴールであった田子の浦港の白灯台に行ってみた。
ヒロボーさんの仲間はココから富士山頂を目指しているんだナ~。。。
2011年第9回大会に申し込むも、野暮なことがあり、参加できなかった(≧▽≦)
次の年から私の富士山頂往復マラニックが始まった。
2012年第10回 時間外完走
2013年第11回 完走
2014年第12回 完走
2015年第13回 完走
そして今回
2016年第14回 
は、時間内にスタート・ゴールである富士川緑地公園に戻ってきた。
18時00分、まさにギリギリ。。。

ゴール後
ヒロボーさんに「ポーズをとって」と言われるも。
その顔に喜びは少なかった。それは富士宮駅から富士駅まで240円でワープしたから。。。。。

残念な結果に終わったけど。
しんしん
56歳の「富士山頂往復マラニック」
それなりに楽しんだ。
今回は、ランナーの給水に使ってもらおうと佐久間の名水
消防署横の湧水を持って行った。
スタートは8月5日(金)18時00分から5分ごとに6組み分けての出発。
私はゼッケン88番、第2、18時05分出発。
蒸し暑い公園内を富士山を目指し走り始めた。
富士宮、浅間神社に20時12分
マックスバリューで夕ご飯
オニギリを買いたかったけど、すべて売り切れ。
270人ものランナーが全て買ってしまったのだろうか????
パンとコーヒー牛乳で夕食とした。
これからは上り、全て歩くことにする。
標高1000mは
23時15分
料金所跡
1時07分
睡魔が襲ってくる。
標高2000m
2時53分
新五合目
4時17分
ここから、登山口、一気に登るぞ!!
いつものように6合目「雲海荘」で500円のカップヌゥードルを買おうと思ったが、今回営業していなかった。
宿泊客が多かったのかナ~。入り口付近にもたくさんの人が寝ていた。
「雲海荘」横で、どこの国の人だろう。
一緒に写真。

富士宮口新七合目「御来光山荘」

まだまだ元気
ダンダン疲れてきて、お腹がすいて、マックスバリューで買ったソーセージを食する(^O^)/
表口「元祖七合目」
をパスし
八合目に到着すると
クニさんが居た(^O^)/
 

山頂から
タイガーマスクが下りてきた。

やっと到着、富士山表口九合目「万年雪山荘」


あと少し、ガンバルぞ~。。。

表口九合5尺「胸突山荘」

まだ山小屋がある。
何回登っても、山小屋、よっく分かっていない。
「雲海荘」→「御来光山荘」→「元祖七合目」→「池田館」→「万年雪山荘」→「胸突山荘」→「山頂」
よいよ頂上まで、あと少し。
イケさん発見!!

後ろに輝く、太陽で、なんか眩しい
イケさん。

しんしん
山頂に到着。。。
8時00分

剣ヶ峰に富士川から拾ってきた砂をまく。
山頂御迎え隊に、接待される。
本当にありがとネ~。

来た道を帰ろうと思ったが、持ってきた暑中見舞いのハガキを投函する富士山頂郵便局が御殿場ルート降り口の近くだったので、

帰りは
御殿場ルート、宝永山回りで帰ることにした。

5合目に着いたのは
9時50分
標高2000m
10時35分
料金所跡
11時55分
何と、ココでバイキンマンに出会う。
ジュビロ磐田の仮装マラソンではお馴染みの人だ(^O^)/

佐久間中学校時代の同級生(飛脚)もシッカリ知っていた。
標高1000m
13時13分
浅間神社
15時40分
もう諦めよう。
富士宮駅から電車に乗ろう。
そんな気持ちでフラフラ歩いていると。
何時もアイスを提供してくれるボランティアの女性が手招きを。。。。。
まさに地獄で仏、女神さま。。。
冷たい麦茶・ガリガリ君・きゅうり。。。
上手かった、勇気100倍。
よ~し
一度はあきらめたが、もう一度。
と走り始めた。
が、やはり、足が痛い。
もう無理。
富士宮駅の改札に向かった。
240円の切符を買った。
富士駅に下り。
地図を頼りに富士川直地公園を目指す。
18時、ギリギリにゴールした。

しんしん
56歳の
「富士山頂往復マラニック」が終わった。
ヒロボーさん
スタッフの皆さん、本当にありがとうございました。
動画です↓

今、平和で、こんなことを自分の趣味と言えるこの国に暮らしていることに
感謝です。
byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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