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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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参加人数8名。

顔見知りの走る仲間とのマラニック
3月の後半というのに肌寒い中の走りとなった。
目指すは龍山町の一番高い集落「寺尾」
峰の沢橋で写真

ココから上りとなる。
「不動滝」によって寺尾を目指す。
寺尾集会所

ココで昼食。

山の集落から一気に駆け下り。
瀬尻橋

たつやま秋葉ダムさくらマラソン
20㎞コースだった路を北上。


ココからは上平山までひたすら上り。

上平山集落・下平山集落を抜け


林道を通り、朝走りはじめた「やすらぎの湯」に到着。
約6時間のマラニックだった。
距離は約35㎞
やすらぎの湯では、浜松東区から来たという山登りが好きな女性と話が出来、意気投合。
しんしん57才
遅すぎたモテ期にニヤニヤしながら家路に帰るのであった。
ジャンジャン(^O^)/

 

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城西小学校の閉校が決まり、城西小学校の同窓会をやりたいナ~。
そう、思っていた去年の春。
佐久間中学校の同級生の母親が亡くなり、通夜で○井君と出会い同窓会の話をした。
その夏、相月のお寺で施餓鬼があり○井君も話をして、
城西小学校同窓会2017
は、始まった。
幹事長 三○敏郎
福幹事 ○井 誠
事務局 新○ 勉

昭和46年度卒業
城西小学校同窓会
1904年(明治27年)から続いた城西小学校は平成28年度で閉校します。
112年の間、佐久間町城西地区の小学校教育を担ってくれた学校に感謝するとともに、過疎で衰退する地元の事を考える場にと、今回こてを機に同窓会を計画しました
日時 2017年3月18日(土)
会場 水窪「中村館」
会費 7000円
幹事長 三○敏郎
福幹事 ○井 誠
事務局 新○ 勉

当時、私たちのクラスは二組。
先生には往復ハガキでの連絡。
生徒には普通ハガキでの連絡とした。
大部分の人が佐久間町に住んでいない人だ、少しでも故郷を思い返してもらえるように
西渡(にしど)郵便局から西渡郵便局の風景印を押してもらって送ることにした。

真っ先に連絡が来たのは、北○先生
往復ハガキだったけど電話での連絡だった。
最近腰痛が酷くて参加できないとの連絡だった。
ハキハキとした声にはハリがありまだまだ若さがみなぎっているようだった。

2017年城西小学校同窓会
参加者は16名
タイムスケジュール
13時00分(城西小学校内見学)

13時30分(講堂に集合)

14時00分(見学終了)

15時00分(同窓会開始)

18時00分(同窓会終了)

今回は、城西小学校の閉校式があるので、それにからめての同窓会の計画だった。
城西小学校に連絡して、学校内を見学できないでしょうか?と聞いてみた。
最後だから、もしかしたら閉校の後、その小学校は解体されるかもしれない。
校長先生の配慮で、それが叶った。

私たちが小学校6年生のときの教室で集合写真を撮った。

城西小学校3階の教室の窓からは
城西の街並みとエス型鉄橋が見える。

校長先生に、城西小学校の閉校までの経緯の説明をしてくれないかとお願いした。
閉校後、城西小学校の生徒は佐久間小学校に行くのか水窪小学校に行くのがよりよい方法なのか。
何回も何回も会合を重ね、PTAの皆さんの話し合いがあったこと、先生は中立の立場で見ていたこと。

これも時代の流れの1ページ。

最後、校庭に集まり。
記念写真。

城西小学校の、この鉄筋コンクリートの校舎は、私たちが小学校2年のときに完成した校舎だ。
いい記念の1枚になるだろう。

それぞれの人の車に便乗して同窓会会場である水窪の「中村館」に向かった。
飲んで飲んで酔っぱらって同窓会が終わってからだと集合写真が写せなるかもしれないと、飲む前の集合写真。

後ろにある城西小学校の横断幕。
城西の太○さんに書いてもらった。
ありがとう。141年。
長い長い城西小学校の歴史は閉じた。

城西小学校の歴史は閉じたけど
また、これを機会に同窓会は続けていこうと思っている。
ヤハリ同窓会は地元で。

関連ブログ
小学校の同窓会をやろう!!
同窓会。。。
城西小学校の同窓会(その三)
城西小学校同窓会まで、あと少し
城西小学校同窓会の打合せ。






 

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先の土曜日は「城西小学校同窓会」の打合せだった。
参加する人から連絡が来て、おおよその参加名簿を作り、打ち合わせに来るマコト・トシロウ・キヨミちゃん・俺の分の参加名簿を持って打合せ会場である浜松市の駅前にある居酒屋を目指した。

途中よった道の駅「花桃の里」ではお祭りの準備なのかオジサン・オバサンが忙しそうに動き回っていた。

浜松駅に着いたのは13時半、予定より早くの到着。
まだまだ時間があるので、海を見に行くとする。
中田島砂丘だ、浜松市の、この砂丘には高さ13mの防潮堤を建設する計画がある。
同じ浜松市民として、気になっていた。

中田島砂丘に入ると、このような看板が。

防潮堤工事区域、かなり砂丘よりに建設するみたいだ、こんなんだと中田島砂丘が無くなってしまう。
そんな風に感じだ。

途中、警備の人がいたので、聞いてみた。
「防潮堤、かなり大きな建設予定だけど、どうなるんですか~」
警備の人だから、迷惑かも知れなかったけど聞いてみた。
その人は親切に、「中田島砂丘の景観と自然に配慮した建設になっていますよ」と。
またこのような看板も。

こんなことに配慮しています。
・砂で覆うことで、極力、砂丘の景観を崩さない。
・砂地を利用する動植物にも配慮している。
完成予定は2020年だそうだ。

浜松市は防潮堤があるから大丈夫。

6年前の今日。東北で地震があり多くの人の命が奪われた。
仕事中だった私は不気味な揺れを感じて事務所に行ってみた。
すると、テレビで津波の映像が映し出されていた。

浜松市は防潮堤があるから大丈夫。

10年前に広域合併をした政令指定都市浜松市。
その山の奥、佐久間町から走って来て、浜松市が建設予定の防潮堤を観に来た。

6年前の今日。東北で地震があり多くの人の命が奪われた。
仕事中だった私は不気味な揺れを感じて事務所に行ってみた。
すると、テレビで津波の映像が映し出されていた。
あれから6年。

海に向かって手を合わせ。
海に背を向け、同窓会の打合せの会場がある浜松駅まで、今度はバスに乗って移動した。

二次会は佐久間の辰美屋の人が開いているという お店に寄った。

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昨日見た そこまで言って委員会で知った本「夫の○ん○が入らない」
こんな本が、今話題だという。

タイトルがタイトルだけに、こんな本は買わないぞ。
そんな風に思ったが。
57才のオッサンとしては気になるタイトル。
興味津々。。。。

試し読みをしてみた。
http://www.fusosha.co.jp/special/kodama/
ネタバレブログも読んでみた。
http://kaigyou-turezure.hatenablog.jp/entry/2017/01/21/150932

アマゾンの上位の肯定的レビュー上位の批判的レビューも読んでみた。
こんな本は買わないぞ。
そんな風に思っていたけど、、、、今ポチしてしまった。
 

昔、自分は本を読む習慣は無かった。
それが、そんな自分がなんか昔とは違う性格になってきた。
それは人との出会いが変えているのかもしれない。
「夫の○ん○が入らない」
田舎者の筆者が進学のために生まれ育った最果ての集落を離れていく描写には共感できる部分がある。
人生って教科書どうりには行かない。わかっているけど模範解答を求めてくる。
「夫の○ん○が入らない」
過激なタイトルに興味を持ち買わないぞと思ったけれどヤッパリ買うようにした、今回の一冊。
57才のオッサン、この本を読んで何を感じるのだろうか。
送られてくるのが今から楽しみだ。

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1994年(平成6年)6月27日
長野県松本市で起きた「松本サリン事件」
オウム真理教教徒らにより、神経ガスのサリンが散布されたもので、被害者は死者8人、重軽傷者660人に及んだ。
サリンのような化学兵器クラスの毒物が一般市民に対して無差別に使用された世界初の事例、その事件で被害者であった、また第一通報者であった河野義行さん

この本は、松本サリン事件で冤罪未遂事件・報道被害事件に遭遇した河野義行さんの本。
2月26日(日)
 そこまで言って委員会で冤罪問題についてやっていた時に河野さんが出ていたので、昔買った「命あるかぎり」を読み返してみた。
河野義行
命あるかぎり
松本サリン事件を越えて
プロローグ  ユリの花
Ⅰ オウムとサリン
Ⅱ 犯罪被害者として
Ⅲ 家族の絆
Ⅳ 我が家の子育て
Ⅴ 友情に包まれて
Ⅵ 長野県公安委員会
Ⅶ 冤罪防止の第一歩
Ⅷ マスコミ報道への苦言
Ⅸ スイカ畑と空気銃
Ⅹ 渓流釣りを愉しむ
エピローグ  幸せに生きるために

1950年生まれの河野さんは愛知県豊橋生まれの人だ。
Ⅸ スイカ畑と空気銃
で、学生時代かなりツッパッテいた時の思い出を綴っている。
中学校一年のときの思い出で
運動会の準備をサボっている生徒を教壇のまえに立たせた教師の話
サボっていた生徒に「なにか言い訳はあるか?」その質問に「ない」と答え、教師は突然の往復ビンタ。
一発二発なら私も素直に反省しただろうが、その教師は感情的になり十往復以上も殴り続けたそうだ。
その間、河野さんはその教師の目を見つめたまま瞬きもしないで殴られていた。それも、担任の感情を高ぶれせていなのかもしれない。
ようやく殴り終わると「帰れ!」と、担任は言った。
私も腹の虫が治まらず、まさか殴りかかるわけにもいかないので「卒業式のとき、覚えていろよ」などと、すごみをきかせた。
当時の先生は生徒を殴るという行為を何とも思わないような人もいたのは事実だ。
また、生徒も、そんな不条理な教師に卒業後、殴り返す報復みないなものもあったのも事実だ。
昔はこんなことが普通にあった。
また
自分のことしか考えないような優等生よりも、筋が一本通っている彼らと一緒にいる方が楽しかった。
という事も書いてあった。
最近は筋の通っている輩の少なくなったことか、昔、教師に逆らった奴が最近は子猫みたいにゴロゴロしている奴の多いことに寂しく思う。
 
命あるかぎり
日本人の平均寿命は80歳とるすと、私の残りの人生はあと24年間。
この人生を何に使うのか。決めるのは自分だ。
 
エピローグ  幸せに生きるために
まず臨終のことを学んでからほかのことを学べきである。という教えが仏教にはあるようだが、私はこの考え方に共感する。私の人生観は、まさしく人の死を見つめることで形成されてきたように思うからだ。
原文まま

数日前、隣の御爺さんが亡くなった。
享年91歳だった。
昔、まだ若かったころ、その人に清酒を一杯ご馳走になったことがある。
コップに並々注がれた清酒の味は今も忘れられない。
命あるかぎり
この河野さんの本を数十年前に読んだ、今、また数十年たって読み返した。
自分もまた命あるかぎりやならけらばならないことがある。
それは・・・・・。


 

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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