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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪
こんな歌いだしのさだまさしの曲「案山子」

案山子 (さだまさしの曲)
「案山子」(かかし)は、日本のシンガーソングライター・さだまさしが1977年11月25日に発表したシングル。「雨やどり」「道化師のソネット」「親父の一番長い日」「関白宣言」などと共にさだの代表作の一つとされている。同年のアルバム『私花集』のほか、『さだまさしベスト』などのベストアルバムに収録。また、ライヴ・バージョンも多数存在する。
都会で一人暮らしをする弟(あるいは妹)を雪の中にぽつんと立つ案山子になぞらえ、故郷にいる兄が気遣うメッセージを送る歌である。
解説
さだによれば、この曲のきっかけは大分から福岡へ弟の佐田繁理と共に移動する際に、列車から見た景色だという。
その日は雪が降っており、車窓から雪の中に案山子がぽつん立っているのを見たさだは、「かわいそうにな、雪の中に立ってて」と話しかけた。繁理は鈍い反応しかしなかったが、さだはその風景と、自身が経験した都会での一人暮らし、そして弟の台湾留学中の思い出などが重なり、この曲を思いついたという。さだ曰く「曲の原風景は津和野(島根県)、インナースリーブの表紙の写真の撮影は琵琶湖のほとり」とのこと。
なお、「お金はあるか」「『金頼む』の一言でもいい」という歌詞があるが、これは親からの仕送りだけが頼りだったさだ自身の経験が基になっており、冒頭のメロディは、アマチュア時代に既に書かれていたものを使用しているという。
ウィキペディアから

1977年(昭和52年)この曲は発売されている。
「お金はあるか」「『金頼む』の一言でもいい」という歌詞があるが
あれから平成の時代になり、故郷に暮らす親に おれおれ詐欺が横行する時代になった。

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夢街道90㎞
今年で9回目となる。
毎年、参加してくれた人が、今年は参加することができなくなった。

平成18年8月2日、早朝、一人で走り出した、この道、多くの走る仲間と知り合い。
今走る仲間数人でのマラニックとなっている。

毎年、参加してくれた人がいた。
わたしの話を親身になって耳を傾けてくれた人がいた。
 

その人はもういない。
過去の思い出にと案山子を作った。
案山子とネット検索したら。さだまさしの名曲「案山子」がヒットした。


元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪


田舎に暮らし、田舎から出ていく家族を見送って、田舎者同士が些細なことで口論となって。
元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪

 

元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪
この歌いだしは聞いた覚えはあるが、さだまさしの唄だとは知ってはいたが。
案山子(かかし)という曲だとは知らなかった(笑)

 

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すべてはそこから始まった―。

12市町村が合併した、大きくなった浜松市を浜松駅南口から走った。

次の年、仲間を誘って走った。

2011年6月
浜松駅南口から大きくなった浜松市を突き抜け、浜松市、静岡県の県境を越え長野県、南信州の遠山郷まで走った。


俺たちは、仲間だ!!!

職業も暮らしているところも、性別も考え方も、なにもかも違っているけど

目指すところは一つ

遠山郷

 

hokuenRUN

旅はまだ、途中だゾ~~。。。。。

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朝、庭の草取りでも始めようとしたらスマホに着信。

豊橋の人からだ。

梅雨の晴れ間、新緑の山間部を目指して車を走らせているそうだ。

佐久間に遊びに行くと。

それよりも、久しぶりに愛知県民の森に行きたいと提案。

愛知県民の森に待ち合わせて二人でBキャンプ場から南尾根を登った。

南尾根はからは県民の森「モリトピア愛知」の屋根が見えた。遠くに三河の町が見えた。

空にはどんよりと雨雲、西尾根に行く頃は雨粒が一つ顔に当たった。

それでも北尾根まで行き、三河地域の水源昭和33年に建設された宇連ダムのダム湖(鳳来湖)を見たいと北尾根を目指した。

宇連山の分岐に、北尾根を目指した。
鳳来湖は確認できなかった。
そんなとき雨が本降りになってきた。

次の分岐で、尾根から山を下った。

澤のせせらぎの音、木々の緑が雨でキラキラ輝いていた。

林道に出て林道を歩き、モリトピア愛知でお風呂にはいた。

雨で濡れた冷えた身体を温めた。

モリトピア愛知で愛知県民の森の地図で今日歩いたところを確認すると。

鳳来湖は見えないはずだ。

と思った。

愛知県民の森「地図」
  
 
写真は佐久間ダム

山がある。都会に水をもたらすダム湖がある。

今回、三河地方の水がめ鳳来湖は見えなかった。

 

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N先生の本を読んだ。
豊かな緑と清流が流れる中で
~ふるさとで教職員人生をおえるとき~

仕事中、些細なオシャベリのなかで、N先生が本を出していることを知った。
N先生とはラン友だ。昔一緒に焼津マラソン(ハーフ)ほ走りに行ったことがある。
焼津のビジネスホテルで前泊をして近くの居酒屋で海の幸に(泡)、その時はベロベロでは無かったと記憶する。
話の中で川上鶴ヶ会のKさんが本を書いていることは聞いていたが、まさか本人が書いているとは知らなかった。
早々、Amazonで注文して昨日ちょうど仕事が休みだったので読んでみた。

内容は、、、、、。
はじめに
―子供の教育に情熱を傾けて―
第一章
子供の可能性は無限大
第二章
教師たちへ 
―情熱と生きがいを持って―
第三章
幼稚園教育から学ぶ 
―園長として考えたこと―
第四章
私が出会った凄い人々
第五章
豊かな緑と清流が流れる町
第六章
生きることの素晴らしさ 
―幸せに生きるための道標―
第七章
自分のこと
 ―私はこんなふうに生きてきた
おわりに
豊かな自然にあふれる故郷を誇りに!―
こんな感じで書いてあります。

なかでもN先生が佐久間小学校に勤めていた時、新原田橋を建設中に崩壊事故があり、迂回する道路で通勤していたときの話は考えさせるものがあった。
P98
「原田橋崩壊」
ココにも書いてありますが、浜松市の見解として
「今回の崩土が想定を超えていて、落橋は想定できなかった」
と説明があった。と。
崩落した斜面は金網が貼ってあり地元住民が見ても、大丈夫かと心配していた場所だった。
これも大きくなりすぎた合併の弊害といえると思う。
そんな住民の悩みを一冊の本の中に残してくれたことは、大きくなった浜松市の片隅に生きる住民の一人として有り難く思った一冊だった。

N先生に、アッパレ。
を、あげたい。

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 森信三
死は人生の総決算である。肉体の朽ち果てたあとに、なお残るものは、ただ、肉体が動いている間に成した真実のみである。』

考察
自分の命の火が消えた後も、尚そこに残る、その人の面影。例えば、子供だ。そこに宿っているのは、間違いなくその人の血であり、細胞である。

だとしたら、まだ死んでいない。続いているのだ。人間は、そんな『命のリレー』をして、もうずいぶん時間が経っている。

別に、より多くの人の記憶に残ればいいというわけではない。例えば、生まれてすぐに死んだ赤ん坊の命はどうだ。親の勝手な都合で、流された尊い命はどうだ。その命は、人知れず消えていった。誰にも知られることなく、生まれて、すぐにその命を追えたのだ。

 

より多くの人間の記憶に焼き付くのが良いのであれば、これらの人間の命は、『無価値』であるということになる。

 

しかし、それはない。

 

断じて、それはない。

 

それに、『より多くの人間の記憶に焼き付く』のであれば、歴史的な幼児無差別連続強姦殺人魔だってそうだ。それに該当することになる。では、そうした人間の価値が高く、人知れず死んだ命が無価値だと思うだろうか。 

断じて、それはない。

山本周五郎は言った。

『人間の真価は、彼が死んだ時、何を為したかではなく、何を為そうとしたかである。』

https://www.a-inquiry.com/
ココから抜粋!

 

森信三
『人生二度なし』
人は生れ、幼年期 少年期 青年期 壮年期 中年期 高齢期 老齢期と生きて行く。
幼年期   : 0~ 5歳
少年期   : 6~14歳
青年期   :15~30歳
壮年期   :31~44歳
中年期   :45~64歳
前期高年期 :65~74歳
中後期高年期:75歳~

良き人生の先輩の生き方を見習い、自分のこれからの人生を考えていきたい。



良き出逢いに感謝!!

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自分のアマゾンカードがあり、そこからお支払いしている。
本の買い物だけでもバカにならない額だけど、本よ読むことは修身教授のなかで森信三先生が進めている。
第十講に「尚友」があった。
「尚友」→昔の書物を読んで、すぐれた古人を友とすること。

この前、富士山一周マラニックを走った翌日、知り合いが本を書いているのを知りその本を買って読んだ。
空につづくカミーノ
内容も素晴らしかったが、こんな近くに何気なく話していたあの人が、こんなすごい人だと驚いたことを未だ覚えている。
今回は、もっと驚いた
山ちゃんの芸能ニュースより驚いた。。。
わたしにとっても驚愕のニュースだ。
今回の本は、佐久間町の大先輩の人の本だ。それも走るのが趣味で一緒に焼津マラソンも走ったことのある人だ。
まさに灯台下暗し

灯台下暗し→身近な事情はかえってわかりにくいたとえ。

Amazonで今ポチしました(^O^)/
Amazonで本を購入した(^O^)/
自分の自由に使えるお金は少量だけど、本での出費は将来の自分への投資だと思っている。
「尚友」→昔の書物を読んで、すぐれた古人を友とすること。
大先輩、また何時の日か焼津マラソンを走りに行きましょう(^O^)/

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152号線
浜北バイパス、遠州鉄道手前(新原東北原)交差点手前
ふじ姫饅頭
http://tohyamago.com/stay_and_eat/tonomachi/


秋葉ダムの公園
庄司さんエイド


西渡(にしど)エイド
午前四時ごろ開店

間庄(ましょう)エイド
今回は水だけ、タンクで置いておきます。

切開(きいなま)エイド
夢街道の看板あり。
水タンク


飯田線「城西駅」手前カーブのところ右側に麦茶を用意してくれると地元の人から連絡有り。
あったら有り難くちょうだいしてください。

城西エイド
コーラ他、スナック菓子

山に生きる会エイド
ありがとうボーロ
https://www.takedaseika.com/tuhan/arigato72.html

小松屋
生クリーム入り栃大福

はくりや
○×△●▽、、。

マイカップ
持ってきた下さい。。。

 

遠山郷のおみやげ
ふじ姫饅頭
http://tohyamago.com/stay_and_eat/tonomachi/

水窪小松屋の注文は↓
https://5028seika.com/
ネットショッピングにて。

そんな感じで行います。
宜しくお願いします(^O^)/

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「ありがとう」100万回の奇跡
工藤房美さんの本、知っていますか?
子宮頸がんと余命先行、残りの人生一ヶ月と告げられた著者が「人間のDNAのうち、実際に働いているのは、わずか5パーセントで、その他の部分はわからない」ということを知って、眠っている95パーセントのDNAのうち1パーセントでも働かせようと思い、ありがとうを言い続けた結果、ガン細胞が無くなったという話です。
感謝の気持ち、ありがとうをいい続けることで奇跡が起こる。そんな話です。

科学が発達して、車が自動に走るようになり、人類は宇宙に暮らす日が近い将来来るのではないか?
そんな夢のような話があります。
夢は夢、それはそれでも良いのではと思いますが、今生きているその瞬間にも不思議なことは多くある。化学では証明しきれないことが多くある。
噂をすれば、その人がやってきたり。
自分が求めている人が、最近で出会ったり。

今年の夢街道のテーマは「感謝」
様々な人に、また走れることに、感謝の気持ちを伝えるマラニックにしたいと思っています。
 
100万回のアリガトウ。
今年は麦ファーでは無く
ありがとうボーロ80袋入りを注文しました(^O^)/

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昨日の昼、浜松市中区田町のお好み屋さん「こなこな」でNPO法人ハーモニーの総会があったので参加してきた♪

NPO法人ハーモニーと、その理事長を知ったのは理事長の本「こう考えれば、もう少しがんばれる」を読んだからだ。

佐久間町~浜松市内まで車で2時間、約60㎞

6月に「夢街道90㎞」がある。

自分の想いを伝えたかったから総会に参加した。

いい出会いもあったのかと思う。

FBでの友達もできた。

それが終わって、車での帰り、エブリィビッグデー 有玉南店 で買い物、夕方からの上島キャンプ場での飲み会の買いだした。

6人だから一人三千円として18000円の予算、買ったのは12532円

もう少し買えるので杏林堂により買い物、2015円

12532円+2015円=14547円

あとはキャンプ場を借りるお金、丁度ガッチリでした(^O^)/

昨日の夜は、プチ同窓会、去年は女性の同級生も二人きてくれた。今年は声をかけなかった。
今年は7月に城西小学校時代の還暦同窓会も計画している。
自分で自分がやりたいことで、地元で楽しく暮らしたいと思っている。
2015年
2016年
2017年
2018年
そして今年
2019年
と続けてきた、このプチ同窓会、こらからもズーット続けていきたい。
継続は力なり。

日本で二番目に大きな浜松市、山間部は人が少なくなり悩み多き地域だ、しかし希望をもって暮らしていきたい。
そのように思って生きてきた。
合併から14年目が過ぎようとしている。
人は繋がりの中で生きている(^.^)/~~~
あの合併があったので
人は繋がりの中で生きている(^.^)/~~~
そのように感じて、今をこれからを生きて行く。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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