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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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第16章
ローマの休日 東ヨーロッパⅠ
第17章
果ての岬 東ヨーロッパⅡ
第18章
飛光よ、飛光よ 終焉

沢木耕太郎 深夜特急もよいよ6になった。
26歳の日本の若者が、仕事を全て辞め旅に出た話、インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行く話し。
インドに行く前の香港での話、まだ中国に返還されていない時の話しには、今の香港のデモと重なり考えさせられた。
また当時の香港の若者の様子も、なんか伝わってきた。
インドに行き、未だにカースト制度の残る世界を知る。またカースト制度にも属さないアウトカーストと呼ばれるこどもを支援する学校に行った話し、日本の若者も参加していたとの話し、最後のプレゼントの話し、そこからデリーに行き旅が始まっていく。
今回、6冊目、ヨーロッパに入って近代文明の世界、イギリスでは日本の磯崎夫婦から紹介された人との話し、日本人の女性の扱いが下手だとの話し、その点イギリス人は上手だと、笑った。
イタリアからフランス、スペイン・ポルトガル、リスボンで危なそうな人に安い食事何処を紹介してもらい「肉か魚か」と問われ魚を注文し、他愛もない会話をし「ビールを呑まないか」と誘われた、ビールはスペインならセルベッサだが、ポルトガルではセルべージャとなるらしい、店の人にセルべージャの小瓶を持ってきてもらい、そこのラベルにザグレスとあった。
イベリア半島の南西の岬、ザグレス。その同じ名前のビール。
日の登る国、日本からユーラシア大陸最西端のポルトガル、そのイベリア半島の南西の岬ザグレスを旅の終わりにしたのだった。
飛光よ 飛光よ、爾(なんじ)に一杯の酒を勧めん。
飛光とは、日月の光、それは同時に流れる時間のことである。
日曜日、朝日に照らされた浜名湖を走り出した。
そして夕刻、夕日を追いかけてゴールを目指した。

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人生を旅に例える人がいる。ウルトラマラソンを人生に例えてエッセイにまとめて書いている人がいる。
人生を時計に例えて一時間を三年で例えて考える。
今回の浜名湖ウルトラ60㎞、最後国道一号線を走っているとき、遠く弁天島の空に満月のきれいな月が私たちを迎えてくれた。
ウルトラマラソンを人生に例えると、丁度今から臨終も迎える直前に神様から御褒美を頂いたようだった。

関電の原発金品問題、当時の高浜町の元助役が金品を受け取った話、人の上に立ち甘い汁を吸い尽くして云ってしまった人の話し。
ウルトラマラソン・マラニック、自分の楽しみは走る仲間との語らいにある。身体のアッチコッチにがたが来ても毎年走っていた浜名湖は走りたかった。
気心知れた走る仲間と。

浜名湖ウルトラ60㎞を人生に例えて、ウッチャンが人生のストップウォッチを押した。
何時もの弁天島の何時ものスタート地点、2019年10月13日朝7時30分、浜名湖ウルトラ60kmという人生が始まった瞬間だった。
「人生は選択の連続である」ハムレットは言った。
しかし、今始まった浜名湖ウルトラ60kmという人生は決められたコースがあり、決められたゴールがある。その決めた人は神様かもしれない。

風と昨日の台風で濁った白波のたつ浜名湖を左に私たちは舘山寺に向かった。コンビニに立ち寄り細江に向かった細江の関所に行く遊歩道は通行止めのバリケードがあった。散歩の人との会話、水窪の話し、細江の関所はよらずに先を急いだ。交通教育センターレインボー浜名湖その横の遊歩道ではクロダイの大物を釣り上げる人がいた。
礫島の横を走り、白亜の建物の横を走る、浜名湖は左手に見える、朝とは違い穏やかな様子だ、遊歩道を掃除している人、ウッチャンが挨拶を交わした「ありがとネ」と。お互い様だと地元の人が、心が和む。

知波田のコンビニで、冷やし中華とノドごし生500mi、後は20㎞弱身体にご褒美。

湖西高校の前を走り、フジユニバンス横を行く頃には辺りは暗くなってきた。ライトを照らして進んで行く。

24時間の時計で言えば、20時くらいか?

人生後半。

:「む、ほほほ。おまえも大人の女であれば分っているであろう、チコウよれ」

:「なりませぬ。私はそんなつもりでココに来たのでは無いのです」「あれ~~♡」

真実は一つ。その真実を知らないので夢想が次から次へ・・・・。

関電の原発金品問題、当時の高浜町の元助役が金品を受け取った話、話しの大小はあるが地位が上がるとそんなことは往々にして起こり得る話となだめられる。

人間とは神だ。様々な動物連鎖の頂点に立つ神様だ。

しかし、人間には理性がある。

我々三人は、ウルトラマラソンという人生を誠実に走ってきた。


新居の関所を通過して、新居の駅を通過して、湖西署の前を歩いていると、東の夜空に満月が輝いていた。


ウルトラマラソンという人生の最後に神様が御褒美をくれたように綺麗に輝いていた。


後一キロのプレートを確認し、弁天島の浜名湖リゾート スパ THE OCEANの裏門をゴールとした。

 

ウルトラマラソンという人生の終焉を迎えた私は、昔働いていた富士鐵工所(今フジユニバンス)の先輩と新居の居酒屋で再開する約束をしていたのだった。

走るということ、そのような事、なにが面白い?

走り終わってからのビールが格別美味しいのだ。

昔の思い出、今までの生きてきた話し。

様々の話しをした。

 

ありがとうございました。

また酒飲みましょう(^O^)/

ウルトラマラソンという人生、その人生を終えたあと美味しいビールでの祝福のとき、自分の人生も笑って最後を迎えることができたなら最高の人生なのではないだろうか

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毎月定期購買をしている本「致知」の小雑誌にこんなことが書いてあった。


人生は春夏秋冬、だと。


青春(誕生~25歳頃まで)朱夏(25歳頃~60歳頃まで)白秋(60歳頃~75歳頃まで)玄冬(75歳頃~) 


私は29歳で佐久間町に越してきた。そう人生の朱夏が始まったころにココに来た。青春が終わり春が終わり、ギラギラと太陽が照りつき始めた頃に帰ってきたのだ。


人生の中では夏、そのときに佐久間に帰ってきて、走り始めたのだ。


私の人生、その中の朱夏、


朱夏(しゅか)→季節の「夏」を示す言葉。転じて、人生の真っ盛りの年代、主に壮年時代を指す言葉として用いられる。
みんなでつくるpixivの百科事典から引用

 

そのギラギラと太陽に照りつく夏が終わろうとしている。私の朱夏が白秋の季節に移り替わろうとしているのである。

 

白秋→季節の「秋」を示す言葉。転じて、生涯において人間的に落ち着き深みの出てくる年代、主に中年期を指す語として用いられる。
みんなでつくるpixivの百科事典から引用

 

白秋、人生の秋の季節に辿り着こうとしている。

 

白秋、今までやってきた事の集大成の時期、季節のときだ。

 

まいた種が実り、その実を収穫する時期なのだ。

 

自分なりの白秋を楽しもう。

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「深夜特急5」トルコ・ギリシャ・地中海

目次
第13章 使者として。トルコ
アンカラで「使者」としての役目を果たした。

第14章 客人志願  ギリシャ
何かが違っている。トルコからギリシャ、アジアからヨーロッパ、イスラムからキリスト教、茶の国からコーヒーの国へ来た。
 
第15章 絹と酒   地中海からの手紙
世界中の宝物を打ち砕いて敷きつめたような地中海、、、。

アジアからの絹の道(シルクロード)最後に来たのがトルコ。ここでアララト山の麓をバスで通過する。
私の知り合いも、このアララト山(標高5,137m)に登ったことのある人がいる、この山はノアの箱舟伝説の山だという。
ノアの箱舟がたどり着いた最終地点がトルコのアララト山だと、箱舟とは旧約聖書に記されている話の1つ。神が起こした大洪水で人間をはじめすべての生き物が死に絶えてしまうが、ノアとその一族、地上のあらゆる動物種の1対のつがいだけはノアが造ったこの箱舟に乗って助かる。その山がアララト山だと。

トルコで本当のトルコ風呂に入り。(昔の日本のトルコ風呂は違った。トルコの人がきてその名前を変えさせた)雑談。。。

トルコの人は親日の人が多いときく、この本を読んでもその様に思う。

筆者がトルコのトランプソンに着き、ある店での老人との会話があった。

老人
「どっから来た」
日本からです。
「そうか、日本か、それはよかった」
ええ、まあ・・・。
「トルコと日本は仲間だ」
はあ・・・。
「トーゴは偉かった」
東郷元帥ですね。
「あのロシヤをやっつけた」
そう聞いてます。
「日本はインドの隣にあるのか」
いえ、もっと遠くにあります。
「日本には共産党があるか」
あります。
「あれが誰だかわかるか」
髭の老人はそう言うと、遊戯場の正面の壁に掲げられている肖像写真を指差した。
ケルマ・アタチュルクですね。
「そうだ、よく知ってたな」
そのくらい学校で習いましたよ。
「そうか、学校でケルマ・パシャを習ったか。やっぱりトルコと日本は仲間だ」
原文まま。
チャイハネでであった少年との会話も親日が感じられる。
「ジャポン、フレンド」と言ったり「アメリカ、ロシア、ノーグット」と言ったりする。そうだ。
別れ際、君に何かプレゼントしたいと言ったとき「マネー」と言われ失望し、それが勘違いだとわかる。
「ノー、ノー」
「・・・・・?」
「ジャポン、ジャポン」
「・・・・・?」
何が言いたいのか、理解できなかった。
「ジャポン、マネー?」
私がそう言って自分の胸を指差すと、若者は大きく頷いた。どうやら日本のコインが欲しいらしいのだ。私は日本のコインを手に広げた。
「どれでも好きなものを」
彼は、それを見ると5円のコインを一つ選んだ。
いくつでもと言ったが一つだけにした。
「どうして?」
と尋ねると
「メモリー」
記念だから
「ワン」
ひとつで?
「ノー・ツー」
ふたつはいらない?
「イエス、イエス」
原文まま。
イスタンブール、ブルーモスクの話し。変なの日本語を話す人の話し「ハナモチデスカ」、その人が紹介してくれた人が後から自分を助けてくれる。

旅を人生に例える文章がある。旅は人生そのものだと。
深夜特急5を読んで、トルコ・ギリシャと旅した話を読んで、自分も旅をしているような気分になる。
船に乗って水を切り裂いて進むフェリーの舳先にたって、過行く旅の思い出に浸る。それを人生になどって。
香港-マカオ-バンコク(タイ)-マレーシア-シンガポール-カルカッタ(インド)- ブッダガヤ(インド)- ベナレス(インド)-カーブル(アフガニスタン)-テヘラン(イラン)- アンカラ(トルコ)- イスタンブール(トルコ)-ギリシャ・・・・
旅が始まって、最初頃の思い出が鮮明に甦る。それは旅のゴールが見えてきて、幼年期 少年期 青年期 壮年期 中年期 高齢期 老齢期と続く人生と同じように自分の旅も高齢期・老齢期と進んで行くのだと。
旅の目的であるイギリスが近くになってくる。

深夜特急1
深夜特急2
深夜特急3
深夜特急4
深夜特急5
深夜特急6

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デリーからロンドンまでバスで行く。


東京で、そういう事を友達の前で言った。


今している仕事を辞め、デリー行のチケットを買ったが、香港んに寄ったりマレーシア半島を往復したり、様々な寄り道をした。


そして「深夜特急4」で本来の目的であるデリーからロンドンまでバスで行くのデリーからの話しである。


目次
第10章
峠を越える  シルクロードⅠ
インド・デリーのバス乗り場で多くのインド人に混じって野宿しながら、これまで通ってきた国から、これから通るであろう国々に思いをはせた。
最初の目標である旅が始まった。

第11章
柘榴と葡萄  シルクロードⅡ
カブールに着いた。そこの宿で客引きをした。
そこの宿のカルマとの話、彼は年下だけど宿のマネジャー、英語が得意だった。

第12章
ペルシャの風 シルクロードⅢ
テレランで日本人の知り合いに出会いご馳走してもらった。
テヘランからシーラーズに行き、そこの安宿でロンドンの青年に出会った。
イスファハンのバザールで時計を買った。値切った。
2,000リアルが、最終的に950リアルにして買った。
本当は1,000リアルが目標だった。次の日50リアル分の菓子を持って、その商人の店に行った。
「王のモスク」で老人たちの神への祈りコーランの朗読を聞いた。

深夜特急1
深夜特急2
深夜特急3
深夜特急4
深夜特急5
深夜特急6

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毎週日曜日の夜放送されている「ポツンと一軒家」を見た。


今週は四国地方の山の中にある一軒家だった。


普通乗用車だと狭くて大変な道路を進んで行く。


山の中腹にある、その一軒家は高齢の夫婦が二人で暮らしている家だった。


我が佐久間町も、そんな所は多い。


わたしが暮らしていた横吹も、今は三軒になった。
(純粋の横吹の家は二軒)


そのうち一軒の嫁さんが最近亡くなったときく。


その人はわたしが中学生の頃、横吹に嫁いできた。


中学生だった自分は、その家の庭で嫁様の来るのを他のガキ友と待っていたのを覚えている。


最近も佐久間町に暮らしている人が、天竜に家を建てたと噂で聞いた。


佐久間町で働くところがあるのに、暮らすところは町場に家を移し、父ちゃんは佐久間まで通っている、そんな人が多い。


なんでかナ~????

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江戸後期の僧・歌人。良寛さんの戒語、戒めの言葉。


毎月一回、森町三倉で勉強会をする。


老若男女が集まって。


今回は、「良寛戒語」


◎のところがある。


子供をたらす


たらすとは、騙すの意味


良寛さんは子供の頃、親に


「そんなことすると、カレイになる」


と言われカレイになるかもしれないと心配したことがある。


そんな経験から出た戒めなのか。

良寛
辞世の句

うらをみせ おもてを見せて ちるもみじ

散る桜 残る桜も 散る桜

人は生れ、そして死んでいく。

それが人生というものなのだ。

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「深夜特急1」を読み「深夜特急2」を読み、昨日「深夜特急3」を読み終わった。

 

「深夜特急1」日本から香港に行き、様々な出会いがあった。

 

宿の鉄火の女に「ハンサム」と言われ、その意味が「助平」だと知った。


「深夜特急2」マレーシア半島を南下し、ペナンで娼婦とヒモの関係を見た。

 

子持ちの娼婦に迫られて、東南アジアの生きて行く術を垣間見た。

 

タイ・バンコック、日本人一人の旅人に娼婦をしつこく紹介しにくる。

 

日本語を話せる娼婦が一番高い、そんな現実を知る。

 

そして「深夜特急3」インド・ネパール

第7章 
神の子らの家 インドⅠ
ガンジーが「神の子」と呼んだ最下層の人々の子供たち。

第8章
雨が私を眠らせる カトマンズからの手紙
旅の途中の若者が死ぬ、ハシシを吸い夢うつつの中を仿。

第9章
死の匂い インドⅡ

インド航空でカルカッタに着き、そこで出会った日本人三人で売春宿に行く、太った男性が連れてきた女は・・・・・。
買うのは辞め、三人で酒場でビールを飲んだ。ワリカンデ勘定を払う。一人10ルピー三人で30ルピー医大生が言った「ビール四本分か・・・」

1ルピーが当時約35円、40ルピーで、そういうことをできた時代だった。40ルピー日本円で1400円

「深夜特急」の時代から、インド事情もだいぶ変わっただろう、しかし、こんな時代があり今の時代になっている。

日本は先進国で素晴らしい国だ、しかし忘れ物をしてきたような気がする。

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ランニングの途中、知り合いから話があった。

k:「○木のバーさんが訳の分からないこと言って歩いてた。見守って」

私:「了解」

走りも終盤になり家に近づくと前に誰か歩いている、走り寄り顔を見たら違う人だった、半場の人だった。

私は言った。

私:「○木のバーさんが歩いていたと、半ボケ?」

青:「そうよ~。寺のコーちゃんも言っていた」

私:「寺のコーちゃん?和尚さんの事」

青:「そう」

私:「和尚さんも、最近忘れっぽくなったとみんな言っている」

青:「・・・・・」

私:「・・・・・」

そう言えば、そんな自分も、最近物忘れが・・・・・。

自分も今週の安全協会を忘れた(涙)

私:「私も最近、細君に忘れたと怒られることが多い」

青:「私も良く家の人に言われる」

私:「ま、お互い様ということで」

青:「そうだね~」

佐久間の朝のチョットした出来事だった。

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第一回目の「チャレンジマラニックin遠山郷」木沢小学校からのスタートだった。


神奈川県から来た最勝寺さんトドさんが企画してくれたマラニックだった。


最勝寺さんは白のBMWに乗っていた郷ひろみに少し似ていてカッコよい人だった。


トドさんは太っていて釣りが好きで頼もしい人だった。


第二回目からかナ~。


スタート前にジャズダンスの先生が来てくれてウォーミングアップのときの先生のレオタードが刺激的だった。


そんな時から治郎さんの豪華絢爛のエイドが始まった。


走っている途中のエイドでビールを飲んだのは初めてだった。


なんか、いけないことをやっている少年のような気持になった。


自己責任、いかなる事故が起きても責任は問いません。


そんな事を書いても、本人が死んで他の誰かが「泣きわめき、夫を返して」と訴えたなら。


どうなるのだろう?


最近、バカな大人が多すぎる。


死んだら後の事は知らない、そんなことを真顔いう大人(オジイ)


私は、どんなに偉い政治家よりも、素晴らしい概念を唱えた人よりも(限界集落を言い始めたある人)大野晃・高知大学名誉教授よりも。


治郎さんは素晴らしい男気を感じる。

 

今度はランナーが恩返しをするばんだ。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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