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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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月地区
天竜にもあるが 東栄町にもある。
 
愛知県北設楽郡東栄町の花祭り。
命の躍動を感じる祭り。
河島英五が遺してある曲がある、それが
「月の花まつり」

今、子供である河島アナムが唄っている。
「月の花まつり」
全ての者が死ぬんじゃなくて、空に上って星になって、また時間がったったら地上に咲く花となる

その歌に一部に
別れて行った人も
帰ってきておくれ
肩をだきあって
許し合おうよ
との詩がある
 

中部の祭りのも都会に行った人が帰って来てくれていた。
何もかもが巡りあえるよ
生きていれば旅を続けていれば
命はやがて空に昇って
地上を照らす幾千万の星
 
兄は49歳で亡くなった。空に昇って地上を照らす星になった。
私は生きている、地上に暮らし花を咲かせなければならない。

希望のを。

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浜松縦断は中部のお祭りの時に合わせての開催だった。
ところが祭りのときは宿泊場所が確保できなくなった。
 
今年は152号線の瀬尻地区の崩壊、そのための迂回、バスは迂回路を通れない為、西渡(にしど)からの西鹿島駅への移動はできない。
正確にはスタート場所に9時までに行くことができない。
飯田線で行くことにした(^O^)/
 
今日は飯田線・東海道線・遠鉄を利用で行くことにした(^O^)/
中部天竜駅~豊橋駅~浜松駅 新浜松駅~西鹿島駅
丁度、豊橋や湖西からのラン仲間と一緒の電車になったので、浜松駅前での記念写真を撮った。

今回の参加者
女性  5名
男性  5名
サポート1名
西鹿島駅をスタートした。

動画 ↓

参加のみなさん
ありがとうございました。
サポートの下さん
本当に感謝です~♪

2014年からの「地割れ花火マラニック」軌跡・轍
第一回2014年
第二回2015年
第三回2016年
第四回2017年
 
元祖
中部の祭りを見に行った最初のメンバー
 
かじや旅館を利用したときの写真


佐久間にも希望がある。
希望があった。
(^_-)-☆

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8年前父親が亡くなり、家系図をつくり、話に聴いていた父親の兄弟について知った。
10人もの兄弟がいたが、戦争前の食料不足栄養不足で小さいころに亡くなった兄弟がいたと。
春、私の地区では慰霊祭があった。
次の春、慰霊祭の話が合ったけど仕事の都合で断った。
次の春、その春は仕事の休みの日だった。
慰霊祭に行って来た。←ブロブを書いた。

城西地区の慰霊祭はこの時解散する話をした。
次の年
城西地区戦没者慰霊祭解散 。←ブログを書いた。

昭和十七年十二月十八日午前六時十分
ニューギニア島ブナにて於て戦没
             俗名 新間徳一
                                    享年 二十四歳

叔父の位牌を目の当たりにした。

今回、広島に行った。
広島平和記念公園まで走った。
それぞれの団体が、平和について意見していた。
若者が平和について語っていた。
「アベの悪政治を通してはダメだ!」

若者が自国の総理に向かって言う言葉だろうか?

自分の国を愛さない人、自分の国のリダーに芥をいう人

叔父の位牌は、その他の人と共に天に消えた。
しかし、自分の心に残っている。

家族の概要
大切な家族がどのように生きかた、広島の旅はそんな理由もある。

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広島の旅
最後は福山市の駅前に宿を予約してあった。
(カプセル&サウナ日本)
チェックインは午後4時、まだ時間があるので荷物を宿に預け福山駅から瀬戸内海を目指し走った。
暑い熱いギラギラと輝く太陽の熱、舗装道路からの照り返し、溶けてしまいそうな暑さだ。
道沿いにバラの花の花壇がある、福山市はバラの町だそうな。
2015年9月18日に「福山市ばらのまち条例」を制定し。この条例は、市民と行政が一体となってばらのまちづくりを進め平和の尊さや心の豊かさが実感できる活力ある福山の実現をめざしています。
と謳っている。

コンビニによってガリガリ君とスポーツドリンクを買って体を冷やす。
しばらく走ると、釣り用品の店が出る、海ももうすぐか?
橋が見えてきた。

川沿いの遊歩道沿いに歩き芦田川大橋の下の日陰で休む。
もう帰ろ。暑いし、かえって風呂に入ろう。
瀬戸内海の広い海までは行くことは断念した。

今回 走ったコース

片道約5㎞
福山駅に帰ってきて北出口にある福山城を散策

駅でお土産を買い、ついてに明日帰る中部天竜駅までの乗車券も購入
7時24分(福山駅)

↓のぞみ

9時20分(名古屋駅)
9時29分(名古屋駅)

↓こだま

9時57分 (豊橋駅)
10時08分(豊橋駅)

↓伊那路

11時21分(中部天竜駅)
乗車券   8960円
新幹線   4540円
伊那路    590円
 計     14090円

宿に行きサウナに入って汗を流した。
風呂上がりに休憩室で高校野球を見ながら生中二杯
ウツラウツラ少し眠った。
腹が減り、外に飯を食べに出る。
目についた、この看板

焼き肉
スタンダードコース
2280円
飲み放題
1280円
上ハラミ・ケタカルビ・ハナハナ
何だかわからないが食べた、腹いっぱい。
しかし一人の食事は味気ない。

ビルに帰って就寝。
カプセルの中に忍び込んだ。

予約の時に
「一番安いの」
と言ったので、今回はテレビも無い。ラジオも無い。
何も束縛するものがない。
ただ眠るだけ。

8月7日(火)早朝7時24分
バラの街 福山駅を後にして新幹線は発車した。
4時間後には、11時21分には、杉の街 佐久間町に到着した。
何年か前に佐久間町が町として存在しているときに、杉の街として提案する人がいたのだろう。
佐久間町で検索してみた。
ウィキペイアがヒットした。
佐久間町(さくまちょう)は、かつて静岡県磐田郡に存在した町である。
2005年(平成17年)7月1日、周辺10市町村とともに浜松市へ編入合併され消滅した。同時に地方自治法第202条の4に基づく「佐久間地域自治区」が設置された。
2007年(平成19年)4月1日に浜松市が政令指定都市へ移行したことに伴い、天竜区の一部となった。政令市化後も佐久間地域自治区は存続したが、2012年(平成24年)3月31日をもって廃止された。
ウィキペイアから

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基本的に「見る」と書き、「観る」「視る」「診る」「看る」は意味を強調したいとき使う漢字である。
「観る」「視る」「診る」「看る」を「見る」と書いても間違いではない。

テレビなど、なんとなく見るのであれば「見る」を使い、じっくり見る場合は「観る」を使う。

「看る」は、「看病」「看護」の熟語があるように、世話をするという意味で、病気のこどもを「看る」などと使う。

八ツ塚先生は、母親の看病のため大好きだった教員の仕事を退き離任式で、こんな言葉を残している。
「人間には自分がしたいことを断念しなければならない時もある」
八ッ塚先生の本を読み
このブログ
https://blog.goo.ne.jp/fuifui_dec02/e/bc7bc960321445137bc013b9530d9684
で八ッ塚実先生の資料館の事を知った。

松永駅を降り、北口には八塚酒店があった。
テクテク歩いて町人に先生の資料館の話をして聞いてみた。
丁寧に教えてくれた。
チャイムを押し、頭を垂れて資料館を観たいことを伝えた。
資料館は家の隣の車庫の上だった。
奥さんの後に着いて階段を登ると下がり切っていないガレージに頭をぶっつけた(涙)
学級歴史年表
受け持った生徒の一人ひとりの歴史が、そこにはあった。

授業も本物を使う八ッ塚先生は「百姓一揆」の授業で番傘を買い当時の一揆で使用したという番傘をつくった。

人権がテーマの授業では

まさに本物の授業を展開しての人なのだと思う。
人権?
 人権を説明する前に
権力
 自分たちの暮らす社会には、様々な権力関係がある、警察と一般市民。会社の経営者と、被雇用者。学校の先生と生徒の間に力関係がある。
どのような社会においても、権力は生まれてくる。秩序をつくるために権力は必要だが、その権力を乱用することがある。
「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する。」という格言もあります。
 何も策を講じなければ、弱い側は虐げられる一方になりかねません。そこで、権力関係の中でも人間の尊厳が守られるように、弱い側が「人権」という概念を生み出したのです。
人権
 人間が人間らしく生きるために必要な権利
あなたは、どっちを選ぶ?
生きていく日々、あなたは選ぶ!
特権・人権
みんなで生きる道・自分だけを守る道
生徒たちに考えさせる授業

生徒との絆を大切にして生きてきた八ツ塚実先生の資料館を訪ねて来て
今思う。

こんなにも膨大な資料、デジタルで保存して後の世に伝えていかなければならないと。
働くということ、お金を稼ぐということ、今の世の中お金に支配されてはいないだろうか?

そんなことを感じながら
本物の中学校教師、八ツ塚実先生の資料館を後にした。

薔薇の町「福山市」
広島県の旅、最後のレポートに
つづく

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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