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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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夢街道とは。
毎年、水窪町の秋のイベントでの名称だ。
それが竜頭山のスーパー林道を走っている時、駐車場で見つけた看板がある。
 
この看板には
我々北遠6市町村の若者は
と書いてある。
天竜市・龍山村・佐久間町・水窪町・春野町・○○○。
何年前だか知らないが、北遠の若者がココの地に植樹をして、その記念の看板に「夢街道」と書いて残したのだ。
と言うのは、水窪だけではなく北遠のみんなが「夢街道」を夢見て、多くの人たちがこの街道沿いの小さな町を訪れてほしいとの想いがあったのではないかと思う。
夢街道90㎞
 
今回で9回目になった。
多くの思い出がある。
走る人、それをサポートしてくれる人、遠山郷で待ってくれてる人。
八丁坂を明光寺峠を超えて水窪川沿いの斜面集落「横吹」が、私の故郷である。
そこからの景色は、植林した杉・檜が成長し幼少の頃見た景色とは、ずいぶん変わってきた。

これからの、その景色は、もっともっと変わっていくだろう。
綺麗に整備された茶園は、過疎高齢化の影響で整備されることは出来なくなり、荒れてくるだろう。
だから、今のうちに多くの人に見てほしかった。ここにきてほしかった。

夢街道
人がきて、地域が潤うためには如何するか。
多くの物を買ってもらう。
酒を飲んでもらう。
 
来年の課題ができた。
2020年
オリンピックの年、夢街道は進化し続ける。
思い出とともに。。。
 
今年の夢街道
走る前に浜松のヒロタップダンススクールの若者たちに盛り上げて頂いた。
 ○石さんが手配してくれたのだ。
多くの出逢い、仲間の応援があって、夢街道は進化して行く。

2019 動画

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1937年(昭和12年)
「君たちはどう生きるか」吉野源三郎著
叔父さんがコペル少年に伝えたかった事とは。。。。

2019年(令和元年)
 定年を迎えようとする自分は、これから如何なる生き方をするのか?

「未来からの宿題」 漫画でよくわかるLPガス : 君たちが作る未来のエネルギー
出版社 全国lpガス協会
今から約500年の未来・・・・・。
皆さんは想像したことがありますか?
から始まる、この物語「未来からの宿題」
西暦25〷年。
地球温暖化が原因で、海面が上昇して都市が水没。
ほとんどの都市機能は停止し多くの人々は避難生活を余儀なくされていた。

さらに、台風や竜巻、地震などの大規模な自然災害により建物は崩れ、都市機能は荒廃していた。
オゾン層は破壊され作物は育たなくなっていた。
地上にはもはや人間の姿を見るのは難しかった。

マンガの絵は海面が上昇しているのか高層ビルが並ぶ都市に海水があふれている。中にはそのビルが倒れて隣のビルに寄りかかっている描写だ。
西暦25〷年。
その年に暮らす少年が、今の地球環境がこうなったのを導き出し、コンピューターが選んだ20〷年の少年に会って地球環境のことを、もっと真剣に考えてもらおうと過去にタイムスリップしようとする物語だ。
しかし、どんな理由があろうとも歴史を変えることは出来ない。

西暦25〷年。
今から500年後のこと。
今現在の自分の姿は、自分が生きてきて様々な事をやってきた結果の姿。
環境も未来も地球も、人類が生きてきて様々な事をやった結果、だ。
500年後、地球は、都市は、マンガのようになるかもしれない。

「未来からの宿題」
未来の自分の子や孫に負担をかけない生活
エネルギーをなるべく使わない生活、エコな生活が求められるのでは。。。

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毎回、遠山郷に行ったときには、龍渕寺・青龍寺だより をいただいてくる。
遠山郷の御寺が発行している新聞だ。
No1047号(人生とはすべて出会い)
No1058号 (朱印が結ぶ縁1)
No1049号 (戒名の疑問に答える)
No1050号 (笑いの薬を飲む31)
No1051号 (朱印が結ぶ縁2)
No1052号 (朱印が結ぶ縁3)
No1053号 (お寺の掲示板に学ぶ)
No1054号 (笑いの薬を飲む32)

No1047号(人生とはすべて出会い)には、選手を褒めて伸ばす陸上競技の指導者、小出義雄さんが死去したことから話が始まっている。
小出監督が指導した有森裕子さん鈴木博美さん高橋尚子さん、その人がその人に出会い人生が変わっていく。
人生はすべて出会いであり、わたしたちの一生はすべて誰かと出会い、誰かに巡り合って成り立っています。
今回、知り合い4人での遠山郷の旅、いい思い出になり、素敵な出会いがあった。

来年は、何処へ行こうか(≧▽≦)

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掛川の人と天竜の人二人と私四人で遠山郷に行ってきた。


遠山郷の「島畑」で、送別会をやろうとの話だった。


車でお昼に迎えに佐久間にやってきて、ホウジ峠まで行って伝承館でソバを食べた。


ホウジ峠を下って、城西・水窪、小松屋で御土産を買った。


浜松市の北部は道が狭い。浜松市最北端の町「水窪町」は人口流失が止まらない。


草木トンネルを抜け、国道152号線は酷道152号線に変わる。


兵越峠を越え信州遠山郷に入る。


峠を下り終えると、遠山郷のバイパスになる。


木沢小学校で懐かしい人たちと出会う。


森林鉄道の見学者の宴会の準備で忙しそうだった。


遠山郷土館[和田城]によって、龍禅寺に行った。


今晩の宿「島畑」に行き、お風呂に入って、夕食を食べた。


ジビエ料理は島畑の名物だ。


生ビールがお酒になって酔いがグルグル回った。


翌朝は、宿の周りを散歩した。


次の日は、下栗の里に行った。


下栗の里ビユーポイントにも行ってきた。


車で しらびそ高原に向かった。


しらびそ高原駐車場でかっぽれの踊りを見た。


しらびそ高原から矢筈トンネルの出口に下り、遠山郷のバイパスで和田に向かった。


和田の蕎麦屋「丸西屋」で食べたソバは美味しかった。


追記
私が宿泊した「島畑」に、あの田中陽希さんが前日宿泊したそうだ。


突然本人から電話がきて「田中ですが」と言われたそうだ。


突然すぎて多くは受け入れなかったそうで、撮影スタッフは断ったそうだ。


田中陽希さん
日本三百名山。
NHKではいつ放送するのだろうか?

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夕張市のホームページ
https://www.city.yubari.lg.jp/mvpr_index.html
市民の人たちの映像だろうか?


夕張は、倒れたままか。
夕張は、言い訳するのか。
夕張は、メロンだけか。
夕張は、高齢化を嘆くのか。
夕張の、夜明けはまだか。



夕張を佐久間に替えてみた(笑)
佐久間は、倒れたままか。
佐久間は、言い訳するのか。
佐久間は、アワビだけか。
佐久間は、高齢化を嘆くのか。
佐久間の、夜明けはまだか
再出発、挑戦あるのみ。

Restart. Challenge More.

佐久間町

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元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪
こんな歌いだしのさだまさしの曲「案山子」

案山子 (さだまさしの曲)
「案山子」(かかし)は、日本のシンガーソングライター・さだまさしが1977年11月25日に発表したシングル。「雨やどり」「道化師のソネット」「親父の一番長い日」「関白宣言」などと共にさだの代表作の一つとされている。同年のアルバム『私花集』のほか、『さだまさしベスト』などのベストアルバムに収録。また、ライヴ・バージョンも多数存在する。
都会で一人暮らしをする弟(あるいは妹)を雪の中にぽつんと立つ案山子になぞらえ、故郷にいる兄が気遣うメッセージを送る歌である。
解説
さだによれば、この曲のきっかけは大分から福岡へ弟の佐田繁理と共に移動する際に、列車から見た景色だという。
その日は雪が降っており、車窓から雪の中に案山子がぽつん立っているのを見たさだは、「かわいそうにな、雪の中に立ってて」と話しかけた。繁理は鈍い反応しかしなかったが、さだはその風景と、自身が経験した都会での一人暮らし、そして弟の台湾留学中の思い出などが重なり、この曲を思いついたという。さだ曰く「曲の原風景は津和野(島根県)、インナースリーブの表紙の写真の撮影は琵琶湖のほとり」とのこと。
なお、「お金はあるか」「『金頼む』の一言でもいい」という歌詞があるが、これは親からの仕送りだけが頼りだったさだ自身の経験が基になっており、冒頭のメロディは、アマチュア時代に既に書かれていたものを使用しているという。
ウィキペディアから

1977年(昭和52年)この曲は発売されている。
「お金はあるか」「『金頼む』の一言でもいい」という歌詞があるが
あれから平成の時代になり、故郷に暮らす親に おれおれ詐欺が横行する時代になった。

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夢街道90㎞
今年で9回目となる。
毎年、参加してくれた人が、今年は参加することができなくなった。

平成18年8月2日、早朝、一人で走り出した、この道、多くの走る仲間と知り合い。
今走る仲間数人でのマラニックとなっている。

毎年、参加してくれた人がいた。
わたしの話を親身になって耳を傾けてくれた人がいた。
 

その人はもういない。
過去の思い出にと案山子を作った。
案山子とネット検索したら。さだまさしの名曲「案山子」がヒットした。


元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪


田舎に暮らし、田舎から出ていく家族を見送って、田舎者同士が些細なことで口論となって。
元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪

 

元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る~♪
この歌いだしは聞いた覚えはあるが、さだまさしの唄だとは知ってはいたが。
案山子(かかし)という曲だとは知らなかった(笑)

 

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すべてはそこから始まった―。

12市町村が合併した、大きくなった浜松市を浜松駅南口から走った。

次の年、仲間を誘って走った。

2011年6月
浜松駅南口から大きくなった浜松市を突き抜け、浜松市、静岡県の県境を越え長野県、南信州の遠山郷まで走った。


俺たちは、仲間だ!!!

職業も暮らしているところも、性別も考え方も、なにもかも違っているけど

目指すところは一つ

遠山郷

 

hokuenRUN

旅はまだ、途中だゾ~~。。。。。

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朝、庭の草取りでも始めようとしたらスマホに着信。

豊橋の人からだ。

梅雨の晴れ間、新緑の山間部を目指して車を走らせているそうだ。

佐久間に遊びに行くと。

それよりも、久しぶりに愛知県民の森に行きたいと提案。

愛知県民の森に待ち合わせて二人でBキャンプ場から南尾根を登った。

南尾根はからは県民の森「モリトピア愛知」の屋根が見えた。遠くに三河の町が見えた。

空にはどんよりと雨雲、西尾根に行く頃は雨粒が一つ顔に当たった。

それでも北尾根まで行き、三河地域の水源昭和33年に建設された宇連ダムのダム湖(鳳来湖)を見たいと北尾根を目指した。

宇連山の分岐に、北尾根を目指した。
鳳来湖は確認できなかった。
そんなとき雨が本降りになってきた。

次の分岐で、尾根から山を下った。

澤のせせらぎの音、木々の緑が雨でキラキラ輝いていた。

林道に出て林道を歩き、モリトピア愛知でお風呂にはいた。

雨で濡れた冷えた身体を温めた。

モリトピア愛知で愛知県民の森の地図で今日歩いたところを確認すると。

鳳来湖は見えないはずだ。

と思った。

愛知県民の森「地図」
  
 
写真は佐久間ダム

山がある。都会に水をもたらすダム湖がある。

今回、三河地方の水がめ鳳来湖は見えなかった。

 

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N先生の本を読んだ。
豊かな緑と清流が流れる中で
~ふるさとで教職員人生をおえるとき~

仕事中、些細なオシャベリのなかで、N先生が本を出していることを知った。
N先生とはラン友だ。昔一緒に焼津マラソン(ハーフ)ほ走りに行ったことがある。
焼津のビジネスホテルで前泊をして近くの居酒屋で海の幸に(泡)、その時はベロベロでは無かったと記憶する。
話の中で川上鶴ヶ会のKさんが本を書いていることは聞いていたが、まさか本人が書いているとは知らなかった。
早々、Amazonで注文して昨日ちょうど仕事が休みだったので読んでみた。

内容は、、、、、。
はじめに
―子供の教育に情熱を傾けて―
第一章
子供の可能性は無限大
第二章
教師たちへ 
―情熱と生きがいを持って―
第三章
幼稚園教育から学ぶ 
―園長として考えたこと―
第四章
私が出会った凄い人々
第五章
豊かな緑と清流が流れる町
第六章
生きることの素晴らしさ 
―幸せに生きるための道標―
第七章
自分のこと
 ―私はこんなふうに生きてきた
おわりに
豊かな自然にあふれる故郷を誇りに!―
こんな感じで書いてあります。

なかでもN先生が佐久間小学校に勤めていた時、新原田橋を建設中に崩壊事故があり、迂回する道路で通勤していたときの話は考えさせるものがあった。
P98
「原田橋崩壊」
ココにも書いてありますが、浜松市の見解として
「今回の崩土が想定を超えていて、落橋は想定できなかった」
と説明があった。と。
崩落した斜面は金網が貼ってあり地元住民が見ても、大丈夫かと心配していた場所だった。
これも大きくなりすぎた合併の弊害といえると思う。
そんな住民の悩みを一冊の本の中に残してくれたことは、大きくなった浜松市の片隅に生きる住民の一人として有り難く思った一冊だった。

N先生に、アッパレ。
を、あげたい。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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