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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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西鹿島駅を朝の九時
スタート。

浜松市天竜区佐久間町
そこに中部という地域がある。
中部と書いて(なかべ)と読む。


8月12日は、中部の お祭りだ。
そこの花火は「地割れ花火」といい、チョット珍しい花火だ。

地割れ花火

そんな花火を、見に行こう(^.^)/~~~
エイエイお~。

それが
「地割れ花火マラニック」
距離にして約40㎞
ルートラボ
https://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=245f1773ed0ac13049efc362609906d2

2017年8月12日(土)
参加者10名
途中まで2名
エイド参加2名
ご苦労様でした。ありがとうございました。


私が暮らす
北遠(ほくえん)
12年前に浜松市に吸収合併された。
 

12年前
中部の「地割れ花火を」走る仲間に紹介したくってマラニックを企画し、
走りはじめた、この道。

当初、佐久間の「上島キャンプ場」に宿をとってのマラニックだった。

それが
中部にある旅館「かぢや旅館」に宿をお願いし、数年続けた。

村の祭りは、年度の初め、役員が決まり、それからその年の行事の日程が決まる。

中部の祭りに合わせてのマラニックは難しい。

地割れ花火と関係なくマラニック、それが八月最終土日に開催する「浜松縦断
 

地割れ花火マラニック

来年の開催の日程は不明です。
今年の区長からの話では、たぶん・・・お盆近くの土日。
2018年8月11日12日になるのではないかと思われます。
だから、8月11日(土)に開催。
の予定。
です。

ブログを覗いてくれる皆さん
私が富士山頂郵便局から投函した暑中見舞いです。

イジメのない世界、差別のない世界、大人から

千里の道も一歩から

大きくなった政令指定都市「浜松市」
田舎に暮らそうとも都会に暮らそうとも良かったと言える政令指定都市を目指そう。
いま、田舎での過疎化は、新しい局面を迎えている。
昔、長男は家に残り家を守っていた。今、長男と言えども仕事が無いを理由に都会に出ていく。
人生80年時代、仕事をリタイヤひた人は田舎に帰ろう。また、そんな人を温かく迎える田舎づくりを目指そう。


千里の道も一歩から

一歩一歩

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浜松市天竜区佐久間町
そこに中部(中部)という町がある。
中部と書いて(なかべ)と読む。

本日は中部のお祭りだ。
そこの祭りで奉納される花火、そこでは地割れ花火がある。

佐久間町が浜松市に吸収合併されて、そんな花火を見に行こうとマラニックを企画した。

12年前。

今年も、そんな日がやってきた。

祭りばやしが、脳裏に甦る。

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2008年2009年2010年と富士登山競争に参加した。

そんな時から萩田氏に出会いマラニックを知り、超長距離を走る仲間に出会った。
その仲間から「富士山頂往復マラニック」の話を聴かされた。
富士市「田子の浦港」の白灯台横の海水を汲んで富士山頂(剣ヶ峰)まで持っていく。
2011年、このマラニックに挑戦してみたい、そのように思ったのが、その夏 
しかし、その夏は 病気になり断念した。

2012年、初めての挑戦。
富士山頂往復マラニックは第10回目記念大会。最初の挑戦は時間外だった。
真っ暗な田子の浦みなと公園に一人でゴールした。
2013年2014年2015年はギリギリだが何とか時間内にゴールした。
去年2016年は気力が失せ富士宮駅から電車でワープしてのゴール。

今年2017年は自分にとって6回目の「富士山頂往復マラニック」
電車でラン友と合流しゴール地点である「田子の浦みなと公園」を目指した。
参加者過去最高の269人だという、顔ぶれも随分変わった。
顔見知りに挨拶をして、海岸に行き富士山頂に持っていく砂を取に行く。
 
(昔はフイルムケースに海水を入れていたと聞いている)

競技の説明があり、萩田氏のオカリナの演奏で参加者全員での唱歌「富士山」を歌う。
雲に隠れていた富士山が少し顔を出す。

何と、素晴らしい、富士山の山頂が少しだけだけど、見えた。

私はゼッケン88番、18時05分の出発。
1番から50番までの18時出発のランナーを見送ってからスタート。
今日は涼しいと感じていたけど、走ると蒸し暑い。

第一チェックポイント
15㎞
富士宮浅間神社(19時50分)
これからの富士登山の安全を祈願する。
神社の湧水で喉を潤す。

お腹も減ってきたので、牛丼屋で腹ごしらえ、牛丼汁だく、ビールも少し。

最終コンビニで夜食のオニギリ二つ、非常用の水分も、眠気覚ましにスルメも買った。

ココからの登山道は速足で歩く。
前を行く仲間のチカチカライトを眼印にヒタスラ歩く。

第二チェックポイント
標高1000m(23時05分)

200mくらい行ったころだろうか、手に持っていたタオルが無いのにきずく。
戻って、チェックポイントの脇にあったのを確認、良かった、そう思ったときに、ヒロ子ちゃんが声をかけてくれた。
ビックラポン。
そこから西臼塚駐車場33㎞地点まではヒロ子ちゃんの爆裂トークを聴きながらのウォークとなった。

西臼塚駐車場ではボランティアによるエイド。
ランナー生存CHECK
なるものがあり、自分のゼッケンナンバーを申告した。


第三チェックポイント
料金所跡(24時50分)
ここまで来ると大分涼しくなる、去年より涼しく感じた。

先輩ランナー シゲミツさんと一緒に歩く。
様々なお話をしながら。

お腹の調子が、トイレを借りよう。
料金所横にもあるけど仮設トイレだった。
料金所を越え少し行ったところに「富士高鉢駐車場」がある、そこのトイレを借りよう。
電気は来ていないが、すごく綺麗なトイレだった。

一人での歩き、眠気も襲ってくる。
スルメを出して、噛みながら歩く。
道路わきで仮眠している人が居る、私も道路わきで少し仮眠。

第4チェックポイント
標高2000m(2時40分)

第5チェックポイント
五合目(4時01分)
カッパを着て、コンビニで買ったオニギリを食べる。

登山道に入ろうとすると、三河のウメさんが居た。

初めての「富士山頂往復マラニック」だそうだ。
まだまだ元気な様子。

新六合目の山小屋でヒロ子ちゃんがカップ麺を食べていた。
当初、ココでカップ麺を食べようと思っていたが、コンビニオニギリでお腹は満たしていたので先を急いだ。

新七合目・元祖七合目・八合目・九合目

酸素が薄くなって苦しくなる、おもっきり深呼吸、指先を動かす、グー・パー運動をする。
この事によって、血流を促す。
(勝手にそう思っている)

九合五尺、山頂は近い。

頂上浅間大社奥宮に到着。。。。

第六チェックポイント
山頂(7時56分)

富士山頂往復マラニック
御迎え隊に歓迎を受けた。
荷物を、そこに置き、剣ヶ峰に田子の浦から持ってきた砂を置いてくる。

山頂御迎え隊から、チョコ・黒砂糖アメ・スープなどを貰う、生き返った(^O^)/
ありがとうございます。帰りも頑張ります。

山頂郵便局で、暑中見舞いを投函し、下山。

今年は富士宮登山道(もと来た道で下山することにした)
それが混んでいた。
サッキ鬼の形相で登ってきた登山道。
余流で上りの登山客を見ていた。
知り合いが登って来る。
ガンバレーと応援。
第七チェックポイント
五合目(10時06分)
コンビニオニギリ一個。自動販売機でコーラ。

ユックリだが、走りを止まないで下った。

第八チェックポイント
2000m(11時00分)

ユックリだが走りを止めない。

第九チェックポイント
料金所(11時55分)
バイキンマンと仲間たちが施設エイドをしてくれていた。
水を頂いた。

西臼塚駐車場 エイド
水分補給・糖分補給。。。。

ランナー生存CHECK
にゼッケンナンバー申告。

第十チェックポイント
1000m(13時00分)

調子がいいゾ~。

しかし、ここらあたりから歩きが出てくる。気持ちが切れてくる。
ワープも考えてくる。

私設エイドが、、、。
ワッキーだ(涙)

感謝・感謝・感謝。。。。

そんな時「必ず完走します」そんなことを口走ってしまった(笑)

それからは、次のエイド(浅間大社)を湧水で熱くなった身体を冷やすのを目指して走った(歩いた)

第十一チェックポイント
浅間大社(15時00分)

ここの水は美味しい。どこの水より美味しく感じる。
ボロボロの身体に染み渡る。

残りは15㎞
浅間大社を後にしてフラフラ歩いていると、何時ものアイスサービスボランティア。
ありがとうございます。
キュウリも。
ワサビの金山寺を付けて食べた。

富士宮駅をパスした。
去年ワープしたところだ。

次は、新東名の高架橋を目指す。
それが遠くに感じる。
やっとの思いで、新東名高架橋をパス。
次は、東名の高架橋。

西富士道路の高架橋出前を右折。
ココから県道353号、後はこの道を真っ直ぐだ。

この道は帰り、東側を通らないと、田子の浦みなと公園に行けない。
知らない人が、間違えた人が、西側の歩道でコースマップを見ている。
大きな声で叫んだが、聞こえないみたいだ。

まっ
先を急いだ。

富士田子の浦みなと公園が近くなる。
知り合いから「お帰りなさい」と声がかかる。

ゴール
田子の浦みなと公園(17時36分)
無事に、何とか、今年はワープをせずに完走することができた。

富士山は雲で隠れて見えない。
雲の間から虹が出ていた。

ボランティアのみなさん、主催者萩田さん
本当に、ありがとうございました。


感謝!!


 

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浜松市天竜区佐久間町。

ココは佐久間地区・半場地区・中部地区がある。

天竜川が蛇行していて、三つの地区に分かれているのだ。

其々の地域が其々 
お祭りをしている。

其々の地域が夏祭りだ。
半場のお祭りは、その地域の中でも一番最初にやる夏祭りだ。

お祭りの前、区民会館前の広場に集まり、御囃子や神楽舞の練習を毎夜おこない、祭り本番に備える。

お祭り当日、
半場区民会館に集合し、半場の氏神様を大日神社までお向かいに行く、夏祭りだから暑さで熱中症にならないかと心配だ。
神社で神楽を奉納し、子供会の宝探し、持ち投げ、御神輿にご神体を乗せ村に下してくる。

神事を済ませ、夜、7時半、花火が上がる。

たった15分間の花火だけど、多くの人の協力があってこその花火。

半場には、その昔、花車は無かった。

私が、ココに越してきたとき、私の家の近くの空き地で、廃車になったジムニーの解体をしていた。
それが、いつの間にか、半場有志の会の人たちの手で花車になった。

その花車が今まで29年、半場の祭りに色を添えれくれている。

佐久間町(佐久間地区・中部地区・半場地区)は佐久間ダムで栄えた町だ。
ダムができた60年前は、日本の中でも注目された地域だった。
日本のエネルギーを支えた地域だったのだ。

そんな地域で、そこの一員として、ココの祭りに参加できることを誇りに思う。

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佐久間の体育協会に籍を置くと、毎年この時期に「北遠グランドゴルフ大会」のボランティアがある。
船明ダム運郷公園に旧天竜市・春野町・佐久間町・水窪町・龍山村の役員が集まり「北遠グランドゴルフ大会」のお手伝いをする。
もう何年、同じことを繰り返しているのだろう。
去年のブログ
第21回北遠グランドゴルフ大会~。。。。
 
毎年だが、このグランドゴルフで、私が一番聞きたいのが、天竜区の議員の先生の挨拶。
浜松市会議員の先生は三人。
そのうち一人は所要のタメ欠席だそうだ。
7月の開催で炎天下の中での挨拶は、高齢者の参加者に気を使ってか短めの挨拶だった。
その中で、一人の先生の挨拶が気になったので、ココに記しておこうと思う。
「全国で、色々な統計がありますが、この町に住みたいこの県に住んでみたいところの一位が長野県です。三番目が実は静岡県になってきました、何故かというと自然と一緒に共に生活をしたいというのが大きな理由だと思います。そういった土地柄・地域になりますので如何か健康づくりと生きがいづくりを目指してがんばっていただきたいなと思います」
そんな挨拶があった。
 
認定NPO法人
ふるさと回帰支援センター
2016年移住希望地域ランキング公開
のページがあった。

自然と一緒に共に暮らしている。
ココに暮らしていることに感謝

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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