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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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日本の多くの地域が抱える大きな課題のひとつ
駅前の商店街の活性化。

また、山奥の町や村の過疎高齢化の問題もある。

わたしが暮らす浜松市も。
平成の合併っで 12市町村が一緒になった日本で二番目に大きくなった政令指定都市浜松市も、大きくはなったが政令指定都市にはなったが、駅前は前ほどの人通りは無くなっ た。

自分の持っている、使えるお金、それを地域で使う。
其々の人が自分の地域で使おうと考えるならば、其々の地域は潤ってくるのだろうと、と思って始まった。
今宵もはじまりました(^.^)/~~~
観音寺まちなか再生プロジェクトの一つ。
メンバーの一人が、晩酌する写真を「今宵もはじまりました」というフレーズとともにFacebookでほぼ毎晩のようにアップしたのが始まり。

観音寺まちなか再生プロジェクトの二番煎じだけど
佐久間でも水窪でも、浜松駅前でもやっていこうと思っている。
2015年6月
2016年6月
2017年6月

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ほくえん旅ラン
2018年
たつやま凸凹マラニック(冬)
開催。パチパチパち~。。。
コースは↓
https://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=af7b0a12041373f5d3317dd5a6a4a05e
ルートラボ

浜松市天竜区龍山町
そこには1958年(昭和29年)に完成したダムがある秋葉ダムだ。
そのダム湖の両岸の急峻な山々に点在する斜面集落を旅するマラニック。
 
今回、冬のステージ
参加者5人

北遠の冬は寒い。
日陰にある「やすらぎの湯」を後にして秋葉ダム湖沿いの道路を北上した。
吊り橋を渡り青谷ポケットパーク

ここからグングンと高度を上げる。
青谷集落を経て「不動滝」へ行く。

寺尾集落に到着。

ココの集落では、毎年6月に「瀬尻ぶか凧あげ」がある。
私の産まれた育った、私の故郷、横吹(よこぶき)も斜面集落。
私の産まれた時もその「ぶか凧」という凧を揚げたときく。
父親が話してくれたことを記憶している。
目の前に広がる山々の稜線を眺めながらそんなことを回想した。

ここから一気に高度を下げる。
グングンと高度を下げる。

瀬尻橋が見えてくる。
ドラゴンママで食事、ウドンを注文する。
他の人は味噌田楽。
休憩が多く、時間を浪費し、ショートカットを提案。
瀬尻橋を渡り、本来のコースはダム湖を北上するはずだったが、今回、上平山をパスすることになった。
瀬尻橋を渡り下平山の農村公園を目指すことにする。
この公園は、龍山村立下平山 小学校跡地を利用した公園です。
階段を登り、大きなヒマラヤスギが私たちを迎えてくれる。

そこ横の道路沿いにあるモクレンの木、春には「たつやま凸凹マラニック」(春)のときには、キット、綺麗な花を咲かせてくれることだろう。

今回、ショートカットのタメ、時間的に余裕があった。
冬で日がかげるのも早く、薄暗くなってからのゴールが毎度のことだった たつやま凸凹(冬)しかし、こんなのも良い気ままなマラニック。
走ることが好き。一生懸命な気持ち。
ソレゾレ、暮らすところも育った環境も違う、一緒のことは走ることが好き、こと。
動画です↓

その龍山町は浜松に合併する前は龍山村だった。
村が町に変わろうとも、地域は何も変わらない。
竜頭山はラクダ山はそれに続く稜線は、昔とチットも変わらずにわたしたちの目を楽しませてくれた。
アリガトウございました。
感謝です~♪

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昨日はNPO「山に生きる会」の新年会だった。
平成30年1月 吉日
「山に生きる会」新年会の開催について
新年あけましておめでとうございます。
皆様には益々のご健勝のこととお喜び申し上げます。
今年は「冬季オリンピック」「サッカーワールドカップ」と世界では大きな催しが開催され楽しみな一年になりそうです。
山の会でも、今年も健康で楽しく事業が実地できるよう一杯飲みながら語り合いたいと思います。
つきましては、下記のとおり新年会を開催するのでご出席を宜しくお願い致します。
2018年の幕が開け、地元の氏神様(大日如来様)に初詣に行き、二日には田峯観音様に初詣。
仕事が始まり、自分の机の上に、この案内が来たので、新年会に行ってきた。
毎年同じことの繰り返し。ルーテーン。
場所は水窪地頭方向市場「つぶ食 いしもと」
 
飯田線の佐久間駅を16時46分の電車に乗ってでかけた。
向市場の駅で下車、まだ時間が速いので向市場周辺をブラブラ、酒屋の前で知っている人に出会う。
酒屋でワンカップでも買って時間をつぶそうか、いや体育館の方に行ってみよう。
体育館では何かスポーツをしているようだ。
 

途中、教伝様という碑があった。
向市場地区と水窪本町地区とを結ぶ橋、通称(高橋)が以前は木製のため、洪水のために幾度となく流されこの橋の木代にこの地の人々は大変困り果てていました。
この地に暮らしす教伝様は、所有する山林を村に寄付し、その木で橋の架けかえをするよう言い残し、西国巡礼の旅に出たままこの地に二度と戻りませんでした。村人は深く教伝様の徳を慕い、この碑を建てました。
祀ってある食べ物を狙っているのか野良猫が、一匹2匹と集まっていた。

一周して向市場の駅に戻り待合室で時間をつぶし17時40分ごろから「つぶ食 いしもと」に向かった。
二人の会員の方が座敷の囲炉裏で暖をとっていた。
定刻近くになりその他の会員も集まってきた。
事務局の説明、理事長の挨拶、乾杯。
まずはビールだが、水窪の人は清酒に代わっていく。
「みさくぼの酒」も注文する。味は?
少し酸味がある味わい深い味だ。
 
料理は、このとおり。
地元で採れた食材を利用してのオモテナシの料理だ。
だから、メニューは特にないそうだ。
理事長、元理事長、事務局の人、山に生きる会のHPを担当している人。
人生の先輩たち。
多くの人の話を聴き、地元を愛する人に導かれ私は電車に乗って水窪向市場に来た。
わたし
 
今年は「冬季オリンピック」「サッカーワールドカップ」と世界では大きな催しが開催され楽しみな一年
自分の楽しみはマラニック
去年より今年は、より盛り上がった「夢街道90㎞」になるようにしようと思う。
宴は盛り上がってきたが、終電の時間がやってきたので、挨拶をして早々に「つぶ食 いしもと」を後にし向市場駅に小走りで急いだ。
気が付いたら、コタツで寝ていた。
ZZZzzz。。。

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「君たちは どう生きるのか」を読んだ。
NHK(Eテレ)毎週月曜日 午後10時25分~10時50分に放送されている番組『100分de名著』(ひゃっぷんでめいちょ)その中で池上彰氏が講師で放送したことを本にしたものだ。
「君たちはどう生きるのか」
吉野源三郎著
今から80年前、第二次世界大戦前に書いた本だ。
その本を基に
第1講「豊かさ」について
第2講「友達」について
第3講「歴史」について
第4講「どう生きるか」について
考える授業だ。
 
「君たちは どう生きるのか」の主人公は中学校2年生のコぺル君。
主人公のオジサンが名付けたニックネームだ。
ニコラウス・コペルニクスの略でコぺル君と名付けたと聞いた。
たしか会長の挨拶のときそんなことを言ったような気がする。
コペルニクスといえばポーランド出身の天文学者、地球中心説(天動説)地球が中心で夜空の星が昼間の太陽が自分が住んでいる大地の周りを廻っていると信じられている時代に、それを覆す太陽中心説(地動説)を唱えた人だ。

なぜ紛争は無くならないのか?
今世界では、アメリカ大統領が「アメリカ第一主義」とか言っている。
東京では東京都知事が「東京ファースト」とか言って当選している。
強い物の考え方で世の中は廻っている。

今までそれはアタリマエと思ってきて突き進んできた時代だが、それは違う、お互いがリスペクトを持って暮らすことができたならキット世界平和は来る。
池上彰氏は、そんなようなことを優しく中学生相手に答えを言うのではなく自分で考えるように伝えている授業の本んではないかと思って読み進んだ。

 
それは
ニコラウス・コペルニクスが天動説を地動説だと覆したように。

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一時間前に里に行き、母親の顔を見て会場に向かった。
痴呆歴10年以上。
 
の私の母よ
自分の家が分らなくなって、散歩に出かけて迷子になって、捜索願が出て、近所の人に迷惑をかけたことが数知れず。
地域の区長さんから さくまの里を紹介され、入所の手続きをして順番待ちになって半年後、施設長さんから電話か来た。
2007年の冬
施設長:「老人ホームに入所できますが、、、如何ですか?」
 私 :「配偶者である親がいないので相談してから電話します」
父親の部屋に行き、その事を話すと
父親 :「たのむゾー」
早速手続きをしてさくまの里の三号館に入所して、部屋のベランダから観た景色が、綺麗だと思った。
母親は入所を拒むこともない状態だった。
 
水窪町の上村に産まれた
人生のスタートは水窪だった母親
水窪上村スクリプト公開↓
http://run2.ina-ka.com/www3/Untitled3.html
斜面集落の横吹に嫁いできて、老後半場に来て痴呆になり佐久間の里に入所

そんな母親が お世話になっている特別養護老人ホームさくまの里の新年会に参加してきた。
会長さんの挨拶の中で「君たちはどう生きるのか」の本の紹介があった。
自分一人で生きているのではない、みんなのつながりの中で生きているのだ。

施設長の挨拶で、今の佐久間町の人口推移の話が合った。
五年前から1000人ほど佐久間町の人口が減ってきた。

隣の若い職員と話し、子供を持つ若い夫婦のココでの暮らしぶりを聞いた。

地元で暮せることは、ありがたいことだ。
しかし
いま現在、地元が過疎で疲弊して暮せる状況でない方向に進んでいるという現実がある。

今回、資料でいただいた、
佐久間町の人口推移・人口ピラミッド
多くの町民に参照していただきたい資料である。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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