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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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浜松市の中山間地の地域づくりの可能性を考える交流会議
「まちむらリレーション市民交流会議」
に、行ってきたのだ。
場所は二俣、テピヤが昔あったとこらへん。懐かしいナ~。。。

水窪のNPO山に生きる会で呼びかけがあり、今日は運転免許証の書き換えがあったのでついでに行くことにした。
内容は下記
第一部
基調講演
>熊本大学名誉教授 徳野貞雄
「『集落ドクター』から見た地域再生:世帯と家族は違う。子供は近場にいる」

第二部
>講演 
静岡文化芸術大学 船戸修一
「浜松市の中間山地の集落を残していくために:船戸ゼミによる佐久間町調査から」

第三場
>講演
浜松市市民協働・地域政策課 北嶋秀明
「浜松市の中山間地政策について」
 
徳野先生のお話は強烈だった。
ふるさと応援隊として都会の若者を呼び込もうとする行政の政策に
自分の娘・息子が都会に出て行っているのに、縁もゆかりもない他人が、、、来るか。。。
等々。
片手をズボンのポケットに突っ込んでの講演は、感心したり驚いたりだった。

次の文化芸術大学の船戸先生はというと、
なんか早口。
先の先生の話しで時間を使い過ぎたか。
パワーポイントの使い方がスマート。
おっと、、、内容
佐久間町の、ある集落の調査の話
羽ヶ庄の話かな~。
オバサンがいるので聞いたことがある。
「大学の先生が来た話していった」と
オバサンは諦めきっているけど、船戸先生はあきらめてはいない。

次は、よいよわたしが聴きたかった話し、北嶋さんのアワビのこと。
その前に浜松市の中間山地地域振興策についての話
★龍山の森林文化会館の管理運営を地域に人に委ねることにより、地域のコミュニティ活動を活性化させる。
★市内観光事業ということで春野の山の学校に都市部の小学生が行くことにより中山間地の魅力を体験する事業。
★毎年、ソラモでで開催しているザ・山フェス、だいたい4万人ぐらいの人が集まり中山間地のアピールをして山に行っていただけるよう切っ掛けづくりのイベントをやっている。
★地域づくりインターン事業、都市の大学生が、中山間地域集落に短期滞在し、地域の課題やまちづくり活動について考える活動。
★移住の話、29年度で今現在493人の方が移住の事について相談に来ている。多くの人が中山間地に住んでみたいとの人が居る。いろいろな方と話をしてつなげていきたい。
移住したいという方で、問題となるのが仕事。
そこで、アワビの陸上養殖、、、、そんな感じでアワビの話に繋がっていった。
よいよ始まった。何故、何故と思った事が、今解明される。

北嶋さんが今の部署にきて中山間地を廻って思った事元気が無い、市は何をやっているのか地域振興とはいうけど何処も同じようなことをやっている。
金太郎飴と同じ。これでは中山間地には注目を浴びない。
そのときある中山間地でトラフグの養殖の話を聴いた。これだ!!
山の中で海の物を育てる。それがアワビに繋がった。そうだ。
アワビが始まり佐久間に何回も通った、がんばらまいか佐久間のオバちゃんが「大変ですネ~」と言ってくれた。
浜松の市役所から佐久間町まで約2時間。
物理的距離はは変わらないが心理的距離は変わった、佐久間までが短く感じてきたのだ。

女性たちのパワーはに圧倒されアワビ養殖は続いていった。
アワビの殻をイヤリングにしたりストラップにしたり。
可能性が広がって来る。
わたしがやりたいのはアワビがやりたいのではなくアワビによる地域づくり
不可能だということに地域の人と挑戦することに意味がある。
過疎はチャンスだ!!
と話を結んだ。
 
長かった市民交流会議、外に出たら薄暗くなっていた。
一日職場で休みをもらって参加した市民交流会議、過疎の地域佐久間で暮らす一人として大変参考になりました。
夢を持って楽しく頑張ること。
また、続けていれば応援してくれる人が必ずいるということを知りました。

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を見た。


ブータン王国に農業技術を伝授し、国王から「最高に優れた人」を意味する”ダショー”の称号を与えられた日本人・西岡京治さんの話。


向井 理が見た、幸せの国のキセキ


読売テレビ・日本テレビ系で、本日午後3時00分~4時25分までだった。

 

世界で一番幸せな国・ブータン。
如何してブータンは、ブータンの人たちは幸せを感じるのだろうか。
いま、テレビを見て思った事は、仏教だったり、住民が素直だったり、多くの自然に囲まれての生活がそうさせているのではないか。
などと思う
が、どうだろうか。


国土の大半が山岳地帯で食糧事情も厳しいブータン。
そこに派遣された一人の日本人西岡京治さんのブータンに人々に残したものは計り知れない。


俳優 向井 理が話している
人の思想や努力はずっと残るんだと今回強く感じました。西岡京治という日本人が、敬虔なる仏教国家であるブータンで認められた唯一の外国人であることをすごく誇りに思います。

ブータン
私が暮らす「北遠」、中間山地。
ココで暮せることの幸せを感じることのできるようにしたい。
幸せ、それは自分が感じるもの。

先日
たつやま凸凹マラニック
で訪ねた、寺尾集落の家に饅頭を持ってお邪魔した。
そこのオバサンの笑顔が、ブータンの人とダブって見えた。

ブータンが愛した日本人

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ウソ
「人生、報われる生き方」渡部昇一
を、読んでいる途中。
幸田露伴とは
 1867年~1947年 慶応3年~昭和22年に生きた人、 小説家・随筆家・考証家。江戸下谷 生まれ。本名,幸田成行
そんな昔の人が書いた小説を自分には読めない。と思っているときに出会った本
「人生、報われる生き方」渡部昇一
この本は、そんな幸田露伴の「努力論」を読んで渡辺昇一さんが書いた本だ。
自分でも何とか言わんとすることがわかる。
 
惜福・分福・植福

惜福、惜しむ福と書いて惜福(せきふく)
昔、自分が働き始めたとき、給料が少ないと嘆いていると、ある人が
「20万貰っても20万使えば残りは0円。10万貰って8万使えば残りは2万」
「この生活を10年続ければ後者には20万の貯金が残る。前者には貯金は無い」
そんなことを言って諭してくれた先輩がいた。
今思えば、こんなことが惜福かな。
惜福とは「ケチ」とは違う、自分の使うお金を全て使い果たさずに、一部別に置いとくということ。

分福(ぶんぶく)
文字通り、自分の福を分け与えること。
惜福で残した物を他者に分け与えて二重の幸せを得る、そんな考え。
福を、お金を独り占めする、そんな生き方は良くないと言っている。
のだ。

植福(しょくふく)
自分の持つ力や情、知恵を使って世の中に幸福をもたらす、こと。
福を植える、こと。
植えることによって、その木はやがて実が付き大きな収穫がある。そんなこと。
100歳を超え現役の医師として働いた聖路加国際病院名誉院長日野原氏は、少子化で今の時代は小児科は儲からないと知りながら増設した、そんな生き方が植福なのではないかと思う。
 
保守派の論客で英語学者の上智大名誉教授、渡部昇一さん
2017年(平成29年)4月17日ご逝去された。
歯に衣着せぬ発言の人だった。

そんな先生の本
人生、報われる生き方
自分の、これからの生き方を考えながら読み進めていこうと思う。
しんしん

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佐久間ダム往復10㎞
仕事が終わり、今日は佐久間ダムまで走ることにした。
せっかくダムまで走るのだ、佐久間ダム電力館によってダムカードをもらおう。
そう思って走り出した。

佐久間ダム
静岡県浜松市天竜区佐久間町と愛知県北設楽郡豊根村にまたがる一級河川・天竜川本流中流部に建設されたダムである。
工事が着工したのが1953年 完成したのが1956年、わずか三年で完成した。
日本の高度成長時代、電気の時代の幕開けの大事業だった。
仕事も多くあり、多くの人であふれていた佐久間の時代だった。
あれから62年、当時観光客でいっぱいだった佐久間ダムも、昨夜ふった雪がうっすらと残った山々に囲まれひっそりとしていた。

わずか三年で完成した佐久間ダム
その工事で犠牲になった人が居る、慰霊碑には96名の名前が、尊い命が犠牲になった。
自分たちの今の平和な豊かな生活は、このような犠牲の上に成り立っていることを知らなければならない。

佐久間ダム電力館に行くと三名の職員の方がいた。
知った人ばかりだ。
働くところがあり、ココに暮らしていける。
それだけで幸福を感じる。
ダムカードをもらい家路を急いだ。

ダムカードは「夢街道」の初参加者にコースマップを送るときにオマケとしてつけようかと思っている。

ダムカードは一回の入館で佐久間ダムと秋葉ダムのダムカード二枚もらえる。
何回ダムランできるだろうか?

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「瀬戸ワンタン、日暮れ天丼。ゆうなみこなみ~♪ あなたの島へ♪」

わたしと同年代の人は、誰しも口にしたことがある小柳ルミ子の瀬戸の花嫁です。
瀬戸の花嫁の替え歌です。

昨日は、職場の新年会でした(^O^)/
佐久間から車に揺られ浜北まで行き、そこの某食堂での会でした(^O^)/

宴もたけなわ、そんな時、仲間は会場の窓から皆既月食を見ましたが、
わたしは浜北の賑やかな町通りに、華やかなネオンに目を奪われました。

籠に乗る人担ぐ人、そのまた草履作る人
いろいろな立場の人が居る。
暮らすところも様々だ。

「瀬戸ワンタン、日暮れ天丼。ゆうなみこなみ~♪ あなたの島へ♪」
昔、多くの人が、瀬戸の花嫁のように不安を抱えながらお嫁入りをしていた時代がありました。
 
佐久間から浜北まで車で約一時間。
お酒を飲まない人に運転してもらい、お酒を飲む私は、本当に本当に感謝です。

多くのランナーに
様々な地域の人に、
夢街道、参加してもらいたい、大きくなった浜松市を体験してもらいたい。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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