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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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毎月一回、森町三倉で行っている
勉強会・読書会
何時もは森信三先生の本「修身教授録」を読んでの授業だったが、9月から少し変わった。
それは、ある人が
「チョット難しすぎる、昭和初期の森信三先生の言葉、難しすぎる」
わたしも同じように思っていた一人。
しかし、難しいなりに、わかろうとするのが良いのではないかとも思っていた。

生き方のセオリー
人間学を学ぶ本「到知」の編集長藤尾秀昭著
第一章
言葉とともに生きる
第二章
運命を好転させるもの
第三章
忘れ得ぬ人との出逢い
第四章
学びが人間を創る

この本を読んで始まった今回の勉強会・読書会
チョットした 心の工夫が 人生を好転させる

わたしが読んだのは
第一章の松下幸之助さんの言葉
100人募集して30人集まった時、30人しか集まらなかったのではなく、30人も集まってくれたと考えること。
全て肯定的に考えること、おかげさま、人のせいにはしない。
成功したら他の人の協力を感謝し。
失敗したら自分の不甲斐なさを反省する。

また、本の中で
『森信三訓言集』に心を洗う
が、あった。
本によると、私たちが買って読んでいる本「修身教授録」は
森信三氏による修身(=道徳)の講義録。
昭和10年代初め大阪府天王寺師範の専修科の教室にて授業内容・風景を当時三人の生徒が書いた内容だ。

夜には水窪で、わたしが昔働いていた職場の人たちとの飲み会がある。
今回は10名の参加者。三回目になる、この集まり。

お蔭さま。
楽しい飲み会になるといいナ~。。。

拍手[6回]

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28㎞エイドで左足首に着けてもらった
ミサンガ
「チチンプイプイ、こらからの長い道のり気をつけて、ころばないようにオマジナイ」
ボランティアの少女に着けてもらたミサンガ
木の根っこ、チョットしたコンクリートのふくらみでつまづいて、何回もコケそうになったけど、オッととと、、、と、なっただけで、手をついて転ぶまでにはならなかった。
ミサンガの効き目だろうか?

ミサンガ
日本で流行り始めたのは、自分まだ若かったころ子供たちがまだ小さかったころ。
日本でサッカーがJリーグが始まったころとだと思う。
ネットで調べたら
サッカー大国のブラジルからラモス瑠偉という選手がやってきたのですが、彼が巻いていたの紐をミサンガと呼んだことから、日本ではこの名が定着したのです。
と、書いてあった。

流行りに乗って、自分も足首に巻いたこたあった。
願が叶って、切れる前に、うっとおしくなり、自分で取った。
長続きにしない、自分であった。

そんな、自分が、お父ちゃんと呼ばれるようになった頃から始めた、走るということ、未だに続いている。
ミサンガ
日本で流行り始めたころ、自分の走る趣味も始まった。
 

10月8日(日)
ぐるっと浜名湖一周エンジョイ・マラニック
真夜中の三時。
28㎞地点のエイドで着けた貰った。

ミサンガ
まだ、自分の足に着けたままにしておこう。
知らぬ間に切れて無くなっているうちに願が叶っているかもしれない。

拍手[7回]

今年から、スタートが夜中の0時になった。
今までのように前夜祭も無くなった。
楽しみの酒・カラオケ・ダンス・ネ~ちゃん・その他の前夜の楽しみも無いので、ユックリ自宅を出発した。
18 時20分中部天竜発の飯田線に飛び乗ると、水窪祭りで出会った人が団体で席を陣取っていた聞けば隣地域の浦川に飲みに行くと言っていた。
同級生のメンバーだそうだ。

(写真は私の同級生)

18時20分発、豊橋駅には20時16分着
1時間56分の飯田縁の旅、深夜スタートのマラニックに参加のため今自分は、この電車に揺られている。
明日からは、丸一日かけて浜名湖を楽しむ、楽しんでもらう。
主催者はそんな思い出「エンジョイ」というタイトルと付け加えた。
 
そうエンジョイしよう楽しもう。そのためには少しでも今のうちに少しでも眠ろう。
そう思うが、眠れない、、、、。心が興奮しているのだろうか。

豊橋駅に到着し20時33分の東海道線で弁天島駅まで約20分
21時ごろ弁天島海浜公園のマラニック スタート・ゴール地点に到着。
主産者に頼まれた簡易テントを渡し、近くのコンビニで夜食を買い空腹を満たし公園のベンチで横になる。

ザワザワ近くが騒がしくなる、真夜中、静かにしてくださいと の看板を持って歩くも思わぬ再会や久しぶりにあった人との話に花が咲きテンションも上がってきて騒がしくなる。
大人の遠足マラニック、他の人に迷惑にならないようにしたいものだ。

2017年10月8日午前0時
ぐるっと浜名湖一周エンジョイ・マラニック
がスタートした。

ココで、
ぐるっと浜名湖一周エンジョイ・マラニック100㎞
のコース説明&私の走り。
スタート地点は
弁天島海浜公園
ココを東へ、三番の橋を渡り、舞阪の旧東海道を浜松方面へ、松並木を進み舞阪駅へ左折、東海道線高架下を抜け宇佐美橋北を左折。
雄踏総合公園前交差点を左折、雄踏大橋を渡り先端まで行って折り返し雄踏総合公園交差点まで戻り左折、北へ行く。
古人見町まで行くと県道が右に曲がっている、間違えるところ。
ココを真っ直ぐ、砂利道を真っ直ぐ行くのである。
湖沿いにこの道を行く。
そうすると、はまゆう大橋がやがて見えてくる。
その橋の下を通り、直ぐ右折、県道49号線が出るのでそこは左折。
後はヒタスラこの県道沿いを走る。
49号線沿いにはコンビニが所々にあり、どこで休憩しても良いが、湖東団地のサークルKまでは我慢しようとガンバって走る。
坂を下って、トイレ休憩しようと目指すが、なんか暗い、営業していない、店が閉まっている。
残念。。。カックシ(/_;)
これから先にはコンビニは無い。
と思って途方に暮れていたら、直ぐ近くすじかい橋の交差点にコンビニが新しくできていた。
そこでトイレ休憩。
すじかい橋の交差点を県道48号線に行く。
和地西の交差権を左折、舘山寺街道に行けば舘山寺までは近道だが、左折。
28㎞地点のエイドを目指す。
しばらく行くと、はまゆう大橋が見える。
しばらく前にこの橋の浜松側の下を通った。今度は舘山寺側から見ることになる。
ココの交差点を右折、庄和町の交差点を左折、しばらく道なりに走り突き当りを左折。
県道323号、浜名大橋の元有料道路に出る。そこを右折。
自転車道に入ると約28㎞地点のエイド。
浜名湖県立自然公園
3時14分

ココまでケッコウ飛ばしてきたので、疲れた。
ゆっくり休んで、後はのんびり、そう思っていたが、やはり走ることにした。
が、調子が悪い。お腹の調子。
トイレは舘山寺に行くまで無い。
舘山寺のコンビニを目指す。我慢・ガマンの走り。
この自転車道の長かったこと。歩くことはできない、何とかトイレまで頑張らないと。
コンビニまでは難しい、舘山寺海水浴場に公衆トイレがある、そこを目指す。
舘山寺の明かりがダンダンに近くになって来る、やっとの思いで舘山寺海水浴場に着く、公衆トイレで汗だくのウエアを脱ぎ用を済ませた。

舘山寺のコンビニで、温かいココアを買って飲んだ。

辺りは、まだ闇夜だ。

浜名湖一周100㎞
100㎞を走ること、私の暮らしている佐久間町が合併して浜松市になると決まった時に、このようなウルトラマラソンを走る人と出会った。
そんな人の話は・・・、なんと無謀な冒険の話をしていた。
わたしとは違うところの人と感じていた。
が、今 自分がそんな世界にドップリと入り込んでいる。

浜名湖一周100㎞
を、申し込んで、しばらくして
佐久間町から引っ越した、私が城西小学校時代に6年1組を担任していた恩師に電話した。
「浜名湖100㎞というマラニックに参加する、6時~7時までには気賀の関所に行くから来てくれませんか?」
出会う約束をした。

2017年、3月。
今年、
城西小学校は閉校した。
その閉校の年に、同窓会を開いた。
城西小学校同窓会2017
 当時二組、恩師の先生は佐久間在住の人と、もう一人は浜松市の息子の家にいると知り、御誘いの往復はがきを出した。
ところが、どちらの先生も用事があるので参加できないとの連絡を頂いた。

今回、約束した先生が気賀に暮らしていると知り、今回、会ってくれると嬉しいと連絡した。
大変 失礼なことだと思っても、連絡した。

約束した時間は朝の6時~7時

気賀の関所までは20㎞くらいか。

舘山寺を後にして、歩を進める。
気賀方面へ。
舘山寺の若草山に登る坂道、
かんざんじ荘に間違えそうになる道。
そこが初めて走る人には心配だった。
ところが、そこには道に道案内のテープが張ってあった。
主催者の気配りが感じられた。
東名高速道の下をくぐり、浜名湖サイクリング道路「ゆ~りん」湖岸の自転車道をユックリ走っているといつの間にか左側に浜名湖が見えなくなった。
知らないうちに、道を間違えたらしい。
まだまだ辺りは暗い、手持ちライトで地図を見て間違えたところを確認し、左手にある自転車道に戻った。

幼稚園の看板を左折して、自転車道を進むと赤いアーチの橋が見える。
みおつくし橋

その橋を渡り、気賀の関所に4時45分ごろ着く。
トイレにより、用を済ませ、関所の前で先生を待つ。
早朝、多くの人はマラニック参加者だけだった。
そこに一人、いた~。。。恩師だ。

御年81歳。
懐かしい話をした。佐久間の状況を話した。
わたしたち城西小学校同窓会を、60歳の時に還暦の時に、水窪でやるので是非、参加してほしいとオネガイしてみた。

わたしのワガママな出会ってほしいという願いがかなった。
恩師に丁寧に挨拶をして、気賀の関所を後にした。
今来た道を少し戻って「みおつくし橋」を渡らづに真っ直ぐ、自転車道では釣り人が糸を垂れている。
「釣れますか~」の声に釣果無しの悲しいお知らせ。

プリンス岬、うっちゃんの後ろ姿。
プリンス岬の出口付近に50㎞

ようやく半分。

天浜線・気賀駅を横目に走り、天浜線の高架橋出前で左折。
ライブチャート・寸座ビラ
の、横を走り。
東名高速道路 浜名湖PA
の、所を通り。
天浜線・佐久米駅
の、横を走るとき、佐久米・佐久間・との関係を考えた。
北海道にはサロマ(佐呂間)なんてのもある。
ココのHPには森と湖の町と宣伝している。
佐久間も杉とダムの街と宣伝しよう(*^^)v
と、思っても今は浜松市、地元の名もない一般人の意見など通るわけもなし。。。。

瀬戸方面に左折、うっちゃんから
「これからは自動販売機も店も三ケ日の駅前まで無いのでペットボトルを買うのが良い」
との助言で自動販売機にてスポーツドリンクを購入。

それからしばらく行くと、57㎞エイド
8時05分

ココのエイドには菊地さん特製のカレーがあった。

「旨い」
疲れた身体、カレーを食べた。
飲物も飲んだ。
57㎞エイドに別れを告げ、うっちゃんの後を着いていく。
三ケ日青年の家を通り越すと、階段を下り湖沿いの遊歩道、海のレジャーで楽しむ若者がいた。
ヨット・ジェットスキーetc

しばらく行くと、浜名湖に浮かぶ小さな島
伝説の巨人ダイダラボッチゆかりの島
「礫島」だ。

幸福の科学の道場?、かな。。
そこの横を通て、レイクサイドの歩道橋を上って、三ヶ日町の猪鼻湖に入いる。
コスモスの咲く猪鼻湖ロード

松並木の遊歩道、松の根がコンクリートを割り走りにくい、猪鼻湖の遠く反対側に三ケ日の街が見える。
東急リゾートタウン
初めて、このマラニックを走った時、自分の三ケ日のイメージが変わったのを覚えている。
フリフリのスカートでテニスでボールを追いかけている人。
別荘のテラスでバーべキュウ。
佐久間では見たこともない高級外車。。。
お~。。。。
リゾートタウンを抜け、湖岸の自転車道。
まだまだ遠くにある、三ケ日の街。
クネクネと曲がっている自転車道。
たまらずに歩くことにした。

三ケ日中学校で部活のソフトの練習をしている。
指導している人は女性。
激しい激を飛ばしている。
幼いころから、このような指導で男女同権を学んでいるのだろう。

三ケ日中学校の裏口では、男性の父兄だろうか、それとも先生だろうか?
タバコを吸っていた。

わたしが子供の頃とは、確実に時代は変わった。


子供は
大人は偉いと刷り込まれていた。
今は、わたし大人だけど、大人になったけど、何も偉くない。
自分が大人になった今、家庭の中での親父の威厳は何もなくなった(涙)

話は脱線した、走り過ぎて頭が混乱してきた、そんなこんなで
よ~やく着いた三ケ日の街、駅前のコンビニで冷たいガリガリ君でも買おう。
そのコンビニの前が丁度70㎞地点。。。

が、ががが。
そのコンビニが営業をしていなかった。
がっくし。

しかし、三ケ日町はコンビニは一軒だけではないのだ。
三ケ日駅横にもあるのだ。
そこに寄って、ソフトを買った。
佐久間は、店が無くなると遠くの所に買い物になる。
今ある お店を大切にしなければ。。。

うっちゃんまゆみちゃんが踏切近くでやっている「軽トラ市」に行くというので私も見に行く。
200円でナスとかぼちゃをゲット。
良い買い物をした。。。。
う、ふふふ。
しかし、この買い物が、これからの走りを大変にしたのだった。
重い~。
ナスは良いが、かぼちゃが重い。
かぼちゃ一つだと思ったが、違った(/_;)

そんな野菜を持ってのラン、いや歩き。
入河屋五代目前治郎
和洋菓子店
に、美味しい三ケ日みかんソフトクリームがあるとコースマップに書いてあったので、フラフラと店に寄った。
10時50分

店に入ると「みかんソフト」と「栗ソフト」があるそうだ。私は迷わずに「みかんソフト」
メニューを見ると「金泊で包んだみかんソフト」も1000円であるそうだ。
是非、下の二人に「金泊ソフト」を食べてほしい↓

店を出て、知波田のエイドを目指して進む。
ナス&かぼちゃの買い物袋が手に食い込む。重い。重い。
この野菜は、知波田エイドの佳江さんへの御土産だ。
いつも笑顔で、エイドや差し入れ、本当にお世話になっている。
わたしからのプレゼント。
このナス&かぼちゃ、本当に重い。思い。
重かった。自分の思いを運んだ。

やっとこさで着いた、知波田エイド。

佳江さんにナス&かぼちゃを手渡しし、私の使命は終わった助かった。
おいしそうな、食べ物はあるが、飲物しか受け付けない。
冷たい(泡)をイッパイ。。。

これがバカ旨。
キンキンに冷えているのが旨い。

先を急ぐ。。。
川口さんに激励をされ知波田エイドを後にする。
80㎞地点を通り。
最後の間違えやすい道。
今、帰って来て復習して結果、やはり間違えた。
広場トイレで用を足し、コースマップを広げて考えたのだが、間違えてしまった。
そこの公園で前で曲がらずに宇津山の方に行ってウロウロして元の道に戻って進んだ。
なんとか、自販機は確認し、日の岡の坂手前のうっちゃんパパエイドにたどりついた。
難聴の人だそうだ、静かななエイドに二人きり。
ひと言ふた言、話してくれた。
エイドを出すタイミングのこと、今日の先頭は速い人だったこと。
走る人の飲物はコーラを良く飲むという話。

わたしもヤッパリ、コーラを二杯、頂いた。

「ありがとうございました」
挨拶してエイドを後にした。

日の岡の坂、GS東海興産の前を通り、喫茶店「ピノキオ」の三叉路を左へ。
昔、鉄工所で働いていた自分、懐かしい香りがした。鉄の臭い。

湖西高校の正門前を通過。
イオンタウン、前を通過。
昔、ここはウナギの養殖場だったところだ。

新居町に行き、湖西高校正門前を通り、左折して新居弁天海水浴場の方へ進む。
ココの先端、海釣り公園入口に折り返し地点があるのだ。

数名の今回マラニック参加者であろうランナーに出会う。
そこに、三ケ日でみかんソフトクリームを一緒に食べた、知波田のエイドで
「お先に」と言っておいていった、あの人が、先に折り返してきた。

あれ~。
何処で抜かれたのだろう。
謎だ。
そう思った、そのときは。
今思うと、知波田エイドから少し行った公園のトイレで、それか、そこから間違ったコースをウロウロしているときに抜かれたのだ。
一人旅は、コースを熟知していないとダメだ。
こんどは、一人での行動が多かったし、今、コースの反省をかねてのブログも書いている。
次は間違えないで走ろう。

最後の折り返し地点。
もうすぐだ。
そんな時、みたことがある人が。
佐久間の歯医者さん、○賀さんに似ている人が。
この人は、双子だと聞く、もしかしたら、その片割れ。
声をかけてみる。
やはり、その人だ。
良いところで出会った。
折り返し地点の証拠写真を撮ってもらう。

「ありがとう、来年は一緒に走ろう100㎞」
と言って、その場を走り去った(^O^)/

いや、トボトボと歩いて行った(*^^)v

残り4㎞。
ユックリでも走って行こう。
そう心に決め、ユックリ走って、弁天島海浜公園を目指す。
国道一号線三番の橋の歩道を渡る。
(バイパスが国道一号線になったと新聞記事に乗っていた、今は国一では無いのか)
昔、湖西で仕事をしていた時、忘年会で入ったことがある「あさ潮」という民宿の前を走る。
その隣は、ゲームセンターが昔はあったけど、今は無くなっている。
その昔むかし、そこら辺にはサウナがあった。
それがつぶれて、ビニ本屋になった。
そんな、青春を思い出す浜名湖一周100㎞
 

アト1㎞。
の看板
二番の橋を渡る、最後の信号、国道の信号が赤から黄色に変わった。
国道の信号は長い。
長い信号待ちを終え、国道を渡り、弁天島海浜公園へ。

2017年10月8日(日)
16時27分
100㎞にかかった時間
16時間27分

午後の4時までには帰って来る、そんな目標があったけど、それは叶わなかった。
しかし、無事に帰ってこれた。
それだけで十分だと思った。

ありがとうございました。
このマラニックを支えてくださった皆さん。
感謝感謝感謝です~。。。

拍手[10回]

明日はハマイチ 浜名湖一周
と言ってもサイクリングではない。
自分の足で浜名湖を一周しようとするランナーだ。
浜名湖一周サイクリングコースが紹介されているが、そのコースは庄内湖が抜け落ちている。
わたしたちは庄内湖も気賀の関所もプリンス岬も走っている。
100㎞
 

主催者が100㎞に、こだわって、こんなコースを設定した。

ハマイチ
この言葉は、如何してハマイチか。
浜名湖を一日かけて一周する(浜一日)→(ハマイチ)
浜名湖一周100㎞(浜1)→(ハマイチ)

いろいろな意見がありましょうが、明日はハマイチ

無理せずユックリ、一日かけて楽しもうと思う。

拍手[7回]

FBの友達は511人
佐久間町内の人
その友達の友達
マラソン大会で出会った人
一緒にマラニックを走った人
その友達の友達
その出会いはいろいろだ。
 
この前、ある人からメッセージが届いた。
柏崎刈羽原発の再稼働に許可をださないでください
東電に運転の資格なし。
柏崎刈羽原発は廃炉に!
柏崎刈羽6・7号機の再稼働を認める・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

1500人の賛同者が必要です。

そんなメッセージが来た。
みるみる賛同者が集まり、1500人集まろうとしている。

しかし、私の考えは違った。
賛同することは、出来なかった。

私には原子力施設で働く知人がいます。
原子力関係で働く人の子供たちが「バイ菌」とイジメられる現実があります。
それは
原子力(悪)
自然エネルギー(良)
との考えがあるからだと思います。
それぞれの人たちが、認めあい共同し、仲良く暮らすことはできないだろうか?
常に考えています。

私の暮らしているところは
浜松市になり
佐久間町時代に佐久間町の役場で採用された人々が
これを機会に都市部に引っ越していきます。
そんな人が浜松市の地域振興課に配属になり、ほくえんの過疎かを何とかしようと考えています。

人々は自分は安全安心な所にいながら、正義を叫びます。

それは、原子力も過疎化も
沖縄問題も

メッセージ
ありがとうございました
m(._.)m
スイマセン。
キャンペーンには賛同
しかねます。
とメッセージを返した。

色々な考え方が、あっていいと思う。
しかし、自分が発信した意見が誰かを傷つけている場合もあることを感じてほしい。

拍手[9回]

プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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