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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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半場に越してきて、家族で新城のユニーへ買い物
日用品、買い置きの食料等々。。。

 

ユニーの駐車場で車の運転席に座り、まだ買い物に行っている子供たちを車中で待っているとき。
そのとき、後ろの席に座っている母(まだ元気だった母)が
母:「丸ごとバナナ食うか~
と言ってきた。
そんな、食わない、いらない、と言い返した。
運転席で雑誌を読んでいたら、アマーイ香りが、後ろで母が丸ごとバナナを食べていた。
私:「カロリー取り過ぎだぞ~」
母:「昔、食えんかったで今食う~」
 
 丸ごとバナナをまるさら食べちゃた。
カロリー取り過ぎー。
まだ60歳代だった母、食べるのが好きだった母
 


今年の6月で92歳

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夜中、NHKの放送で・・・・・。
その番組は若者と中高年の対談形式のかたちでの内容だった。

バブルがはじけて、これからの日本どうなる!!!
そんな内容だったと思う。
今思うと、その若者と中高年は(団塊世代と団塊ジュニア世代)での討論だったのではないだろうかと思う。

私は、この団塊世代と団塊ジュニア世代の真ん中ぐらいの世代である。
こんな内容の放送は好んで観る。
若い世代は、就職難 フリーターやニートなどの問題がある。自分の将来のことに悩んでいる若者の意見があった。
こらからどうなるのだろう。と自分も思った。

番組も最後の方になり。
今の中高年の定年退職している人のあるシーンがテレビで放映された。
それは豪華客船で世界一周の旅にでる日本の中高年の姿である。
夜はダンスパーティー、昼はクルーズ、世界の主要な港にいくゴウジャスな旅のビデオだった。
そのビデオが終わり、其々の立場から意見が出て、最後に団塊世代の女性の言葉が、私の脳裏から離れない。
「わたしたちは戦後 苦労をしてきて今まで働いてきた。自分御金で旅に行って何が悪い」

これからの自分の生き方、自分の自由になるお金の使い方を考えている。
自分の自由に使えるお金の範囲で走りを楽しんでいこうと思っている。
自分の為だけでなく、走る仲間が楽しんでくれて自分も楽しもうと考えている。

夜中、NHKの放送で・・・・・。
その番組は若者と中高年の対談形式のかたちでの内容だった。
団塊世代と団塊ジュニア世代の討論会という形だった。

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カラ元気、男の介護体験記 八ッ塚実
を読んだ。

どうしてこの本に辿りついたかは、萩田氏が進めてくれた本
詠み書きマラソン
のP31「八ツ塚先生より教えれてる」があったからだ。
休み済み 何やらむなし この晩夏
家内より薦められて、八ッ塚先生の著書を読ませてもらった。そして感想を書いて便りをだしたのがきっかけである。ここ二年間で先生より戴いた年賀状の文章に只々感動して「さわやかな思い」にしたったものだ。まだ八ツ塚先生にお目にかかったことはないが、すっかり先生の『意見』『考え方』に共鳴した。現場での教育についてこれほど「強烈に」鋭く描かれているのも数少ないと思う。
実はこの八月、二度目の「八ツ塚先生」と出会ったことになる。一つは八月の初めに全くの偶然、深夜放送(NHK午前四時心の時代)で先生の話を伺った。眠りそうな時間帯にもかかわらず、『現代の教育課題』について語られているのをウトウトしながら聞き及んだ。「いじめ問題」「登校拒否」「笑いについて」「教室の顔」「共感教育」その他「人間教育」について話されていた。
原文まま

そこで
「一生一度の学び」を紹介していた。
中学校の教員生活30年、母親が脳梗塞で倒れ、夫婦で相談し夫である自分が母親の介護に専念する話である。
現役の頃、荒れていた生徒と心から接し天職として行っていた仕事だった。
教員生活最後、体育館での挨拶で「人間、生涯に一度くらいは、自分の一番やりたいことを、やめなくてはならないこともある」静かに話したという。

―老いを支えるのは女だけか―
やがて必ず年老いる私たちは、今の生き方こそが自分の老いた日々をかたち作っているのだと言う自覚をもたなくてはならない。
●これからの男はどう生きるべきか
●夫婦とは、夫婦の協力とは
●家族の在り方、「家族えらびの功罪」について
●教育・子育てに欠いてはならないものとは
●「老い」とは、ほんとうの福祉社会とは

排除の思想を底流に持つ社会は、必ず老人を切り捨てる。充実した施設が、老人の捨て場所になっては、めざす福祉国家が泣く。
原文まま

こんなこと書いている私も、実は母親を施設に委ねている。
詠み書きマラソンの著者、玉井さんが書いてあるとおり先生の介護体験記を読むと何だか自分が小さく、惨めになってくる。
 

最後に
八ツ塚実先生
こんなブログが見つかりました。
良き先生が増えることを祈っています。

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3月9日金曜日
浜松市天竜区龍山町瀬尻で山の斜面が崩落して国道152号が通行止めになった。
そんなとき書いたブログ
なんてこったい

そんな、国道152号線にトラックが走らなくなったとき、その国道を自分の足で走った。
そのとき、旧龍山中学校から南へ数キロの所に「鎮魂」石碑があった。
今回の「たつやま凸凹」(春)でドラゴンママに行ったとき、玉ちゃんに聴いたら、学校の先生が被害にあたところではなかったかという話だった。

たつやま凸凹(春)2018
今回は迂回道路のタメ、また「みどりや」で塩大福を買うタメ、家を早めに出た。
7時20分
やすらぎの湯に
8時20分
到着、10分、20分経ってくると知り合いが集まってきた。
9時00分
予定だった10名が集まり、いつものとおり荘川桜の孫の前で写真を撮ってからスタートした。

今年の桜は早く、千本桜は満開で桜吹雪の中のジョギング、迂回路の警備員に丁寧に挨拶をして宮の沢の吊り橋を目指した。

9時30分
青谷ポケットパークに到着
10時25分
不動の滝に到着
10時57分
そこに後から走ってきた池ちゃんが追いついてきた。
 
寺尾集落に到着
少し早いが、ここで昼食。眼下に天竜川が目の前に竜頭山がそびえている。
「いいところだネ~」
景色は良いが、住むには暮らすには大変なところ。

新聞では過疎の山間部にドローンで宅配をやろうと実証実験!!そんな記事があった。
 それは、中央に暮らす人が、立場の上位な人が、過疎地を”どうにかしよう”そこから始まっている。
そんな人の中には、その過疎の地を故郷に持つ者もいる。
いや、そんな人ばかりではないだろうか?
過疎地に暮らしていると何時の日か、食べ物 その他生活物資をドローンの来るのを待つ人になるのだろうか?
浜松市で中央で、過疎地がお荷物 そんな話をよく聞く。

12時13分
ドラゴンママ「よらんかね」に到着。柏餅を購入。
瀬尻橋を渡り、秋葉ダム湖東岸を北上、上平山入口、上平山へ。

14時20分
下平山 農村公園、岩下かっちゃんがいた、地域の人も散歩をしていた。

15時12分
やすらぎの湯に到着。
お風呂に入って、汗を流し身体を癒し窓からの大嶺の斜面集落に目を向ける。
風呂から出て、血圧を測定 上120下75 いつも高目の血圧だが走ると低くなる。
休憩所いくと、な、なななんと。君チャンが居た。ビールとワインの差し入れをいただいた。
今回一緒に走った仲間が集い様々な話をした、数時間たって
16時40分

やすらぎの湯を後にして、車で佐久間に帰る。迂回路で15分待ち時間があった。
家に帰り、仏壇にドラゴンママで買った柏餅を供えた。

過去の出来事が、今に繋がっている。
先祖がいて、今の自分がいる。
国道152号線では、いままで崩落事故が多くあった。被害者も出た。
死んでいったものは何もできない。
だから今生きている人が拝む。

今日も ありがとう。

 

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私の走り書き人生
まえがき
 人間にとって「思い出せない一日はなかったに等しい空白の一日」であると言われる。考えてみれば、「その空白」に近い毎日の積み重ねが人生ともいえる。
原文まま

先日の勉強会、萩田氏に「読んでみなさい」と手渡された一冊。
詠み書きマラソン(玉井宰氏著)
波乱万丈の人生のなか仕事やマラソンで、様々な出来事、様々な人に出会った事でのご縁を、歌に託して書いている本、自身の心にしみわたった一冊だった。

最後に
『長生きではなく、中味の濃さに人生の意義がある』
『人の心は言葉と態度と行動によって測定できる』
平成九年七月十二日(土)
原文まま

 著者は山一證券に勤めていた人である、1997年(平成9年)11月2日その証券会社は経営破綻で廃業した。
この本を書き終えてからの失業したことになる。
さいごの最後に、
この事件を後の評論家がどのように扱うかは、別にしても一万人近い者が職を失ったことは事実である。筆者自身、11月23日が「勤労感謝の日」であったことを全く失念していた。皮肉なことに実質的な失業者になったのである。今だまだ再就職の意欲も目途も立っていない。この間多くの方々より『励まし』の声援、便りを戴き感激している。この場を借りて厚くお礼申し上げるとともに、ご心配かけ、お気遣いしてもらい、身にあまる光栄である。
 この小雑誌でも、ところどころに書いたように『明るく』『前向きに』そして『悔いのない』歩にしていきたい。ピンチこそチャンスであることを信じて飛躍につなげていきたい。
 最後に皆様方のご健康とが繁栄を祈念します。
原文まま

読み書きソロバン
基本的な教育内容、日本では幕末から明治にかけ,計算は主としてそろばんで行ったので,これを〈読み書きそろばん〉といってきた。
詠み書きマラソン
基本的な教育内容に走ることを重ねた言葉。
読むことも書くことも未熟な私、走る方は何とか月の目標である300㎞を今月は今朝達成できた。

わたしも著者があとがきに書いてある
『明るく』『前向きに』そして『悔いのない』歩にしていきたいと思っている。

たつやま凸凹(春)
色んなことがあったマラニックだったけど、ピンチこそチャンスであることを信じて多くの人に北遠の現状を伝えて北遠の飛躍につなげていけるようにしたい(^O^)/

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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