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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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今年も多くの人たちに暑中お見舞いを頂いた。
その中の幾つかのハガキが富士山頂からの暑中お見舞いだった。

富士山頂には山頂郵便局があり、そこからの暑中お見舞いが我が家にも来たのだ。

そんなハガキを見て、残暑見舞は山頂郵便局から・・・と心に決めていた。

富士山頂郵便局 (ふじさんちょうゆうびんきょく)
http://map.japanpost.jp/pc/syousai.php?id=300123999000

同窓会が終わり、慰霊祭にも行ってきた。

家に帰って、息子と一緒に富士山に向かった。

富士山頂往復のコースを今回は、助手席の車窓から眺めた。

水ヶ塚公園に着いたのが夕方の6時。

シャトルバスの往復切符を買い富士山五合目に向かうバスの中で、先ほど頂いた案内を見ていると・・・・。

そのパンフの上の方に

山頂郵便局 開設時間6:00~14:00 7月12日~8月24日午後2時
今年度は御殿場口頂上での開設

え~・・・・。

今日は8月24日、、、時間は夕方6時。

山頂からの残暑お見舞いは、、、できない(泣)

気分を取り直して、今回は登山だけだ、曇り空の中、五合目で仮眠をとり。
富士山に登り始めたのは、八時半。

六合目から七合目までの登山の時には、空には星が見えていた。

それが、七合目から登り始めると霧雨が降ってきた。

もうすぐ八合目という所で雨が降り風も出てきた。

八合目の山小屋の前は深夜だというのに登山客が多くいた。

それにしても寒い。

そんな時に、萩田さんかメール。

「オーストラリアに来て20日になりました。ゴールのケアンズまで後150キロぐらいです。走行距離も一万キロになりそうです。体調もいいです。萩田」
私から震える指で返信した。
「今、富士山八合目、雨降りです(寒)」

隣の人で雨宿りをしている人は北海道から来たという、小雨になったとき山頂に行くと出て行った。

私たちは今回は諦めた、下山することにした。

五合目に着いたのは4時、シャトルバスは6時半だ。

6時には売店が開いた。

シャトルバスに乗り、水ヶ塚公園駐車場に戻り、

富士宮で朝食。

富士市の鷹の湯で疲れた身体を癒し、佐久間に帰ってきた。

下界は昨日までの寒さが、嘘のような暑さだった。

byしんしん

PS
昨日、富士山頂で送るはずだった残暑お見舞いのハガキ、
今朝、佐久間郵便局に行って出してきた。
局長に、
あれこれ、説明して佐久間郵便局の風景印を押してもらうことにした。

残暑お見舞い、、、。
涼しい富士山頂郵便局より、熱い暑い佐久間郵便局の方が残暑見舞いらしい・・・かも(^^;

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今日は13歳年上だった私の兄の17回忌だった。

あれは、16年前の夏、中部のお祭りの時に、家から電話が来て兄が転勤先で吐血して病院に運ばれたとの話が合った。
 兄(政彦)の話 

兄の横吹(よこぶき)での生活は学校から帰ってくるとランプの掃除、近くの井戸からの水汲みだったそうだ。
世の中は変わった。

今の自分より若くしてこの世を去った、兄。
人生の無常を感じる。

  
人が死んだ後に残るものは

 集めたものではない。

与えたものである」

                               ジェラール・シャンデリ


兄から与えられたものは数知れず。

 

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佐久間の家を朝早くに出発!!

三遠南信を通れば、一時間チョットで浜松に到着。

今日は、パパ、ママに用事があるので私たちが この子と一日一緒にいる。


最初のうち、機嫌が良いのだが・・・・・。

こんなふうに、泣いてしまうことも。

夕方、五時前にはパパが帰ってきた・・・・今泣いていた子もパパのを見ると泣き止んだ。


泣いても、笑っても、孫と言うものは可愛いものだ(^^)

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今月25日に肺炎のため都内の病院で亡くなった「バタヤン」こと田端義夫さん、

朝の番組で、「バタヤン」こと田端義夫さんの死を知った。

バタヤンは、今は亡き私の父親が大好きだった歌手だ。



父親の話によると、バタヤンは少年のころ大変貧乏で学校に弁当持って行けたかた、お昼の時間になると「俺は用事がある」と言ってみんなの弁当を食べているのを避け、一人河原に行き石を投げてたと。

そんなことを、話を父親は私にした。 貧乏でも負けんなよ!!・・・・・・と私に言っていたのだろう・・か。

そんな「バタヤン」こと田端義夫さんが無くなった(享年94)。

そんなバタヤンのドキュメンタリー映画「オース!バタヤン」の公開を5月18日に控えていた・・・そうだ。



昭和の偉大なる歌手、バタヤンこと田端義夫。

瞼を閉じれば、父親の思い出と共にバタヤンの唄が聞こえる。

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先日母親がお世話になっているホームから電話がかかってきた。

佐久間病院に入院したそうだ。

最近、ホームにも顔を出していなかった、バカ息子。

たまには親の顔を見に来い!

っと熱を出したのかもしれない。


母親の若いときは、子育てに追われ、子供から手が離れると、日雇いの土方の仕事で日ゼニを稼いだ。

化粧などしている姿は見たことはなかった。

そんな母親は今年6月に88歳になる。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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