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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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今日は森町三倉で勉強会(^O^)/

走る仲間、高齢者の集い(*^^)v
 
そんな中に、若い人が来てくれました(^O^)/


本日、参加者13人

老いも若きも一緒に走って汗をかいて、お昼ご飯を食べ。
本を読み、それぞれの人生を語る。

昔、私が暮らしている山間部は、多くの人が勉強合宿に来たという。
勉強は何も学校に行っているときだけではない、社会人の今こそ何かを学ぶべきだ。
それはスポーツも。
生涯スポーツと提唱されてもう幾年か経つ、健康寿命の話がある。
自分の人生、これからどのようになっていくのかわからない。


自分なりに
「良い人生だった」
そう思えるようにしたい。
byしんしん

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森信三先生の本

日本の覚者 森信三

覚者とは、人生の真理を悟り、自らの人格を完成させ、世に大きな感化を及ぼす人のこと。

人には迷いがあります。
森信三の若い時代も迷いの連続でした。
しかし、真摯な取組みで人生の真理の解明にあたり、独自の人間哲学、教育哲学の道を切り拓いてきました。

膨大な著作、中でも「修身教授録」は大ベストセラーとして信三の名を高め、半世紀以上経た今でも広く読み継がれていますが 、信三は著作以上に実践のひとでした。

学校での講義の合間に全国津々浦々に脚を延ばして人間教育の土台づくりを図りました。
精力的な教育行脚は晩年を迎えて更に拍車がかかりました。

信三に接した人々は皆、信三の一言で迷いが消え、新たな気持ちで職務にあたれたと語っています・・・・・
 森信三の世界HPから引用
 

自分には迷いがあった。
道州制や平成の大合併と時代の変化に着いていくべきではないかと。
12市町村の合併で浜松市になると、佐久間町の役場の人が地域の区民センターに説明に来た事が、先に大合併をした静岡市の井川地区を例にとって説明したことを。
主要の人で井川地区を視察に行ったことを。主要な人の説明で「佐久間町も、静岡市に合併した井川地区みたいになるでしょう」との無責任な言動も。
また、浜松市都市部の人の「こんなとこ浜松市ではないよ~♡」 などの言葉も。
 
笑って跳ね返すことができるようになった。
それも、この勉強会のおかげ。修身教授録(森信三)の本に出会ったおかげ。

修身教授録
第16講 一道を開く(Ⅰ)
10年後20年後を考えて生きる。
漠然と生きていたのではダメだということ。

人間とはパソコンだ。
パソコンはキーボードから指令を出し様々なことをやってくれる。
人間にとってのキーボードは目であり鼻であり口である。
目鼻は感じることだけだが、口は声に出して発することができる。
これからなりたい自分の姿を口に出して何回も何回も発し続けていけば願いは必ず叶うものだ。
それは、自分で声に出すことにより、自分の耳でその言葉を認識し自分がそのようになるように行動するようになるからだ。
 
佐久間町も「ここは良いとこだぞ~」と言い続けていけばいい所になる。
「こんなとこ何やってもダメだぞ~」と言ってばかりだとダメになる。
今回も一つ利口になった(^O^)/
しんしん

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ヒロボーさんの勉強会「修身教授録」を学ぶ

第15講 諸君らの将来

 今日は先生、たくさんの書物を持って来られたので、始めに書物を紹介されると思ったら、教卓の左の隅に置かれたままで、本の紹介は講義が一応すんでからだった。

月に一回 ヒロボーさんの勉強会の時がやってきた。
勉強会・・・読書会
「修身教授録」
明治29年生まれ、平成4年11月21日逝去 享年97歳
森信三先生の本を読んで、今を生きる私たちは、どうあるべきかと話し合う。

ヒロボーさんは、わたしより一回り年上。
団塊の世代だ。
日本で、第一次ベビーブームのときに生まれた世代。第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)に 生まれ、高度成長時代を生きてきた人たちだ。
 
私の兄も、団塊の世代だ。
いや、だった。
出張先で倒れ、緊急搬送され、悪性腫瘍が見つかり余命宣告を受け、この世を去った。
享年49歳だった。

また、この「ムーハウス」の所有者。
(有)丸宗建築の社長も、団塊の世代。
この人は、佐久間出身、城西小学校卒業ときく。
私の兄貴より、一学年年下。

ヒロボーさんの勉強会「修身教授録」を学ぶ

第15講 諸君らの将来

森信三先生は、生徒らに、多くの書物を読み、その書物から色々な知識を吸収し、嚢中に多くの知識を取り込み、それをいざというときに役立てなさい。
忙しい中でも、時間を作って本を読みなさい。
そんなようなことを言っていた。

今回、参加者の人から教えられてこと。
センテナリアン100歳以上の人物のことである。
スーパーセンテナリアン→110歳以上の人物

デカンショ節学生歌、かけ声の「デカンショ」は、「デカルト」「カント」「ショーペンハウエル」の略であるという良く知られた説もある。 他に「出稼ぎしよう」の意味であるなど、諸説ある。
人生ニコニコ顔で命がけ。。。
目指せスーパーセンテリアン(^O^)/

森信三先生の教え
動画 ↓


 
  
 

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 「東京には、日本には、ありとあらゆるものがあります。しかし、そこに一つ足りないもの、それは希望ではないでしょうか。希望の塾を通して、みんなで希望を見つけていこうではありませんか」 小池百合子都知事)

東京都小池知事が立ち上げた「希望の塾」

日本は、明治維新後、希望を持って前へ前へと進んでいった時代がある。

戦後70年、日本は戦争からの復興を遂げ豊かになった、しかし、その豊かさと引き換えに希望を失いかけている。
豊かさとは、よりお金があること、そんなふうに勘違い している人がいる。

これからの、東京都知事小池百合子氏の手腕による都政に注目したい。


一局集中で東京園には人口が集中している。
佐久間町の元町長も東京に家があると聞く。
浜松市に合併した、北遠は、合併後急速に若い人の流失が進んで来たように見える。
その、合併から10年以上たった。
 

東京と違い中山間地は、様々なもが(学校・観光トイレ・その他)無くなっていく。
しかし、最後に残った者がある。

それは希望です(^O^)/

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朝、八時前、半場の家を出て、森町三倉のムーハウスへ車で向かう、
森町は祭りだろうか、山車を引っ張る若者で賑やかい。
午前9時15分から午後16時まで勉強会。
何を勉強しているのか?
人間学
人間学とは
〘哲〙 人間の心身の本質を論究する哲学的考察。宇宙における人間の位置,人間の身体や気質,魂や精神などの在り方を研究し,古来哲学の一部門をなす。これと区別される現代の科学的人間学は人類学と呼ばれる。アントロポロギー。
weblio辞書から引用

ムーハウスでの勉強会では、戦前の師範学校講師 森信三先生の本「修身教授録」を読みながら、今戦後の平和の社会を生きている自分たちは何をなすべきかを参加している性別も年齢も違う人たちが集まり侃々諤々話し合っている。

今回
第14回 修身教授録 を学ぶ

第15講 諸君らの将来
森信三先生が、師範学校の生徒に向けて
こらから先生になろうと志している人に向けて
の講話

立身出世を夢見ることは素晴らしいことだ。
しかし、そればかりではない、そのように話しているようだった。

人が生きていく
一段一段、梯子段を上っていく。
頂上にたどり着き、下界を見渡すのは気持ちがいいものだ。

しかし、そればかりが良いのでなない。

途中の道すがらにのぞかせている草花にも季節の移り変わりを感じる人生

萩田さんの勉強会が終わり
午後の4時
マイカー(軽トラ)で、城西のお祭りに向かった。
田舎の祭りは、閑散としていたが、祭事を祝う気持ちに変わりわない。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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