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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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毎月一回、森町三倉で行っている
勉強会・読書会
何時もは森信三先生の本「修身教授録」を読んでの授業だったが、9月から少し変わった。
それは、ある人が
「チョット難しすぎる、昭和初期の森信三先生の言葉、難しすぎる」
わたしも同じように思っていた一人。
しかし、難しいなりに、わかろうとするのが良いのではないかとも思っていた。

生き方のセオリー
人間学を学ぶ本「到知」の編集長藤尾秀昭著
第一章
言葉とともに生きる
第二章
運命を好転させるもの
第三章
忘れ得ぬ人との出逢い
第四章
学びが人間を創る

この本を読んで始まった今回の勉強会・読書会
チョットした 心の工夫が 人生を好転させる

わたしが読んだのは
第一章の松下幸之助さんの言葉
100人募集して30人集まった時、30人しか集まらなかったのではなく、30人も集まってくれたと考えること。
全て肯定的に考えること、おかげさま、人のせいにはしない。
成功したら他の人の協力を感謝し。
失敗したら自分の不甲斐なさを反省する。

また、本の中で
『森信三訓言集』に心を洗う
が、あった。
本によると、私たちが買って読んでいる本「修身教授録」は
森信三氏による修身(=道徳)の講義録。
昭和10年代初め大阪府天王寺師範の専修科の教室にて授業内容・風景を当時三人の生徒が書いた内容だ。

夜には水窪で、わたしが昔働いていた職場の人たちとの飲み会がある。
今回は10名の参加者。三回目になる、この集まり。

お蔭さま。
楽しい飲み会になるといいナ~。。。

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二次会は最後までは付き合わなかった。
早めに就寝、寝床で修身のお話を思い出しながらの睡眠。爆睡。
 
隣で爆睡中の爆音に気が付き目が覚めた。
何時だろうか?
辺りは真っ暗、走る用意をし、布団で目をつぶるも寝付くことはできない。

夜明け前、森町三倉ムーハウスの玄関を開け、運動靴を持って外にあるソファーに座る。
外は真っ暗。AM4:00
チョットした屈伸運動を終え走りはじめた。
ハンドライトをたよりに上り坂の道路を、昨日寄った「神楽坂」方面に向けて走りはじめる。
山や木の陰で狭くなった空が時より見える。その狭い空に星が輝く。
斜面にある郷にでて、狭い空が少し広がり、私が唯一知っている星座「オリオン座」が見えた。
その横に、ひときは輝く星(後から聞いたら金星ではないかと言われる)その上に切れるような三日月が、、、、ぽっかり浮いている。
汗をかき息が弾み、峠に着いたのが5時近く、あたりは白み始めていた。
ココの峠を、北に下ると川根に至る。
峠のフェチとしては、せっかく極めた峠、下ってみたい、そして下ったところにある郷に行ってみたい、そんな衝動に駆り立たれる。
が、
少し下ったが、帰ってきた。
峠に帰り、その道を今まで走ってきた道を帰ることもできるが、もう一本の南に尾根沿いを向かう道を行くことにした。
この道は、数年前、山草人さんの後を着き走ったことがある道だ、昔の記憶を辿って走ることにした。

杉林の中のジョギング、夏の季節の終わりを告げえるヒグラシの合唱が聞こえる。
昨日、勉強会での「血・育ち・教え」その中の「血・育ち」変えることのできない昔からの自分。
横吹で生まれて横吹で育った、横吹(よこぶき)斜面集落。
山で一人で走っていると感じる。一人で気ままに走る自由さ楽しさ解放感。
血統も育ちも良くないけれど、戦後それを個性と呼ぶようになった。
個性、灰汁、だらけの自分だけど「それでいいのだ

  随分走ったが、そろそろ目的地に着いてもいいのではなっか、そう思ったころ、こんな看板が。

「美しい自然は、みんなの財産です。自然を破壊するような行為はしないで下さい」
自然保護

そこが三差路、真っ直ぐ行くと上り坂。左に折れると下り坂。
そろそろ山を下るときだと考え、左の道を選び下りの道を進んでみた。ところが右手を沢が流れる、この道。見覚えが無い、もう少し進むと何か思い出すだろうか?
ヤハリ違っている、もと来た道を帰る上る、さっきの三差路、今まで来た道を戻ろうか、それとも真っ直ぐすつづいている上り坂を行こうか、悩んだ末、真っ直ぐの上り坂を進んだ。
その上り坂を登り切ると、今まで杉林の中だったのが、広葉樹に囲まれてのコースになった。何となく昔の記憶が蘇る。
数キロ進むと下り坂、昔の記憶に重なり合いこの道ではないかと確証してきた。
不安だった気分も安堵に代わる。道は下り坂。下り坂、、、最高(^O^)/

人生下り坂最高!
こころ旅。火野正平気分(^O^)/
 

苦しみがあり。不安な事があったり。偶然の出会いがあったり。道に迷ったり。
毎日が旅、
am5:50 森町三倉ムーハウス、無事に帰って来ることができた。

朝食の味噌汁に感謝した。

am9:00
萩田氏「カミノ・デ・サンティアゴ巡礼の旅」報告会

別にキリストの信者でもないが、巡礼の旅に行ってきた。
萩田氏、69歳の原動力は何だろう。

莫大な資料、旅を有意義なものにする行く前の準備、普通の人では考えられない下準備。
自分の財産は、人との繋がりだという萩田氏、自分も参考にしたいところが多くある。

今回の巡礼の旅、ヨーロッパ「スペイン」の歩き旅。

私、昔書いたブログ
#旅は人生そのもの。
ノンフィクションライター沢木耕太郎の本
深夜特急新潮社
 第三便 飛光よ、飛光よ
たまたま出会った本で感動し書いたブロブ
インドからバスを経由してヨーロッパまでの旅の話。
萩田氏に最後質問した。
「スペインを32日間787㎞歩いて最後サンティアゴに着き、大西洋を見た感想は如何でしたか?」

未だ海外にすら行ったことが無い自分。聴きたいことは山ほどあった。

コース設定をシッカリして、仲間を連れての旅。
当初、萩田氏が「カミノ・デ・サンティアゴ巡礼の旅」に行くことは聞いていた。
そのときは、誰かほかの人が、私の知らない萩田氏の仲間が、計画を立て、その仲間に連れられて行くのだと、勝手に思い込んでいた。

その資料をまとめ、今回の
「カミノ・デ・サンティアゴ巡礼の旅」報告会に至った。
その苦労たるものは尋常ではないだろう。
萩田氏のよく言う言葉
「時間が無い、お金がない、それはやりたくない」
萩田氏だからいえる言葉だろう。

報告会が終わり、片付けを済まし、次は希望者でアクティ森横のソバ処「ほっとり」で昼食をとることになる。

その後、希望者で「大田川ダム」へ。

このダムは、発電用のダムではない。
治水の他、河川維持用水や上水道用水確保の目的を持っている。

話によると、さっき蕎麦を頂いた近くの「アクティ森」で、ダムカレーが食べれるという。
何時か食べてみたいナ「ダムカレー
竜川のダムカレーより工夫がされているみたい。
https://twitter.com/tsunagarubike/status/834240284657528832

一周2.5㎞の遊歩道を散歩、途中少し走る。

二日間大変お世話になった諸先輩にお礼のあいさつをして佐久間への家路を急いだ。
途中、家に夕ご飯にとピアゴ森町で寿司を買う。

周智郡森町は平成の合併で単独での道を選んだ。
袋井からの強烈の合併の話をけって単独での道を選んだ。
森町三倉は、森町の山間部の里だ、昨日は、その三倉にある「神楽坂峠の茶屋」にて夕食を食べた。

森町三倉ムーハウス
は、元佐久間町の人所有の別荘だ。
城西地区と聞く、私の兄と姉と同じ年頃だとい聴く。

佐久間町は佐久間ダムができたとき城西村・山香村・浦川町・佐久間村が合併して出来た町だ。
そして平成の合併で浜松市に編入合併を選んだ。

佐久間に帰る道程、天竜あたりに家があればどんなに楽だろう。
その様に思う時がある。


今回、森町三倉に勉強会に行く。
そんなことをwifeに告げたら。
 先に書いた

「片岡鶴太郎、離婚したんだって」こんな言葉が気になった。
Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170818-00000002-spnannex-ent

ガビーン(≧▽≦)

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「片岡鶴太郎、離婚したんだって」
Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170818-00000002-spnannex-ent

 
毎月、森町三倉ムーハウスで私たち仲間での勉強会がある。
8月19日(土)
8:15(ピアゴ森町)→8:15(ムーハウス)勉強会準備・近況報告・・・・・
勉強会は、そんな感じで始まる。

年間の計画があり、月の計画があり、勉強会があり、自分の手帳に今日の計画を入れていた。
自分が暮らしている田舎「半場」
お祭りが終わり、盆が過ぎ、盆踊りが終わって、盆踊りの片付けが雨で延期になり、丁度この日に重なった。
「用事があるから」
勉強会を優先で、森町に行くこともできたが、村の盆踊りの片付けを終わってから森町には行くことにした。
 

勉強会は、午後から本番
森信三先生の本「修身教授録」
この本のを読んでその講の内容を基に話し合うの勉強会なのだ。
今回は「血・育ち・教え」
「血」 → 遺伝
「育ち」→ 家族の教育
「教え」→ 家族以外の教育

森信三先生は「血」「育ち」は根強い力を持っていると言っている。
「血」「育ち」に対しては、よほど立派な教えを説かないと、このあくというものはなかなか容易なことでは抜けないと言っている。

自分の「血」と「育ち」における卑しさが、自分の言動のどこに、いかなる形態をとって現われているかということを、まず知らなければならぬと思うのです。
と言っている。

この卑しさに気づく手がかりは、気品のある(血筋も育ちも良い人)の言動から學が良い。
と言っている。

ああ、なんと、この自分の今までの言動の卑しいことか、「血」「育ち」の悪い、このあくだらけの自分よ。
そう思う。そう思っていた。そう感じ始めた。

そんな卑しい自分を直すには、「血」「育ちの」の良い人の言動を見習うこと。
私たちの周りの人で「血」「育ち」の良い人を参加者の中で上げてもらった。
関東のアノ人、関西のコノ人、近くにもいるじゃない、あの人育ちが良いのでは?
様々な人が上がった。
 

森信三先生の本「修身教授録」
戦前、天王寺師範学校で行われた森信三氏による「修身科」の講義録。
平成の時代に生きる中高年が、先生の本を基に勉強会。
侃々諤々と話が弾む。

そんな時、ある人が、この内容の
このあくというものはなかなか容易なことでは抜けない
「このあく、灰汁、このあくは、戦争が終わり今の時代、教育の世界では、個性と呼ぶようになった」
そんな話が合った。
 
個性か~。
卑しい自分に、光が差した瞬間だった。
個性か~。

卑しいランナーだった自分は
気分が良くなり本日の勉強会は終わりを迎えた。

もう、何年やってきたのだろうか、この「勉強会」
毎月一回行っている「勉強会」
予定が合わず参加で出来なかったこともあるが、なるべく参加するようにしている。
森町三倉ムーハウスで行っている「勉強会」何時もは日帰り、ここで解散だが、今回は合宿での参加者もある。

日帰り参加者は、帰っていく。
何人が宿泊するのだろう?
食事は?
夕ご飯は「神楽坂峠の茶屋」だという。

こんなとこに、御食事処があったのか。

料理もオシャレ。

アユは揚げ物

塩焼きでしか食った事なないアユ、揚げたアユもまた美味。

お酒も入って、カラオケは「ららら」
ムーハウスに帰って二次会
卑しい自分だけれど、お酒もホドホドに就寝ZZZzzz

つづく

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今日は
毎月一回の修身教授録の読書会。

佐久間の街から
森町の三倉まで車で毎月通っている。

が、今日は佐久間で用事があったので、その読書会には参加できなかった。
その用事とは
特別雇用老人ホーム
さくまの里
の草刈り(庭木の手入れ)
 
今回は
修身教授録の読書会、
第19講「松陰先生の片鱗」

自分で一人で読んでみた。

吉田松陰(1830年~1859年)
江戸時代末期の志士、長州藩士、思想家、教育者、兵学者。明治維新の精神的指導者

書では、森信三先生が山陰地方を回って萩に行き、遺跡を訪れ、多くの人に松陰先生の話を聴いたことが書かれていた。
松陰先生はたいへん優しい方だったと書いてあった。

吉田松陰
1830~59。長州藩出身。54年、下田沖の米・ペリー艦隊(黒船)に密航を企てて失敗し投獄された。出獄後は萩で松下村塾(しょうかそんじゅく)を開き、高杉晋作や伊藤博文、山県有朋ら維新の人材を多く育てた。日米修好通商条約に絡んで幕府を批判して再び投獄され、安政の大獄で死罪となった。
享年30歳(満29歳)

歴史があり今日の日本の繁栄がある。

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今日は森町三倉で勉強会(^O^)/

走る仲間、高齢者の集い(*^^)v
 
そんな中に、若い人が来てくれました(^O^)/


本日、参加者13人

老いも若きも一緒に走って汗をかいて、お昼ご飯を食べ。
本を読み、それぞれの人生を語る。

昔、私が暮らしている山間部は、多くの人が勉強合宿に来たという。
勉強は何も学校に行っているときだけではない、社会人の今こそ何かを学ぶべきだ。
それはスポーツも。
生涯スポーツと提唱されてもう幾年か経つ、健康寿命の話がある。
自分の人生、これからどのようになっていくのかわからない。


自分なりに
「良い人生だった」
そう思えるようにしたい。
byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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