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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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昨日の勉強会で「ニュートン微分積分」の話が出た。
7月の勉強会で、ヒロボーさんからの宿題で「偉大な人の伝記を読め」があったのでアイザック・ニュートンの伝記を、その人は読んだそうだ。
私は通信教育の高校生活だったので「微分積分」という言葉を聞いたのは40歳過ぎの中年と呼ばれる時期に初めて聞いたのだった。
ニュートンといえば、リンゴの木からリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を発見した。そんなことぐらいしか知らない自分は、興味津々と聞いていた。
「ニュートン微分積分」この公式を用いて簡単に速度がわかる。とか言っていた。真剣に聞く私と目があい質問された。
まったくチンプンカンプン。の、わたし(≧▽≦)

昔、N学の通信教育のレポートで微分積分の問題が出た。土曜日で仕事が半ドンだったころ仕事が終わってから、化学室にこもっている理科の先生に、こっそりレポートを持って行って、微分積分の問題を聞いてみたことがある。
答えだけを聞きたかった。だけど丁寧に説明してくれた(自分はチンプンカンプンだった)。
若い先生として、生徒に微分積分を教えるにあたり、どうしているのだろう?
その先生はロケットの速度の導きに使えると言ったけど、ませた生徒には「そんな仕事はしないから、いいもん~♪」と返されるそうだ。

『バカの壁』著者養老孟司先生は、学生たちに、勉強するという行為の意味を、こう伝えている。
「知るということは根本的にはガンの告知だ」と。
「君たちだってガンになるときがある。ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう」と
知るという事は、そういうことだと。
富士山頂マラニックで、田子の浦から走り富士宮・料金所跡・真っ暗な九十九折の道路を必死に歩みを進め五合目近くで、振り返ると夕方走り出した田子の浦港・富士市の夜景が見える。
必死に走って歩みを進めたからこそ、その景色に感動を覚える。こと。そういうことだと、私は解釈した。

宝塚 ブスの25ヶ条

1.笑顔がない
2.お礼を言わない
3.おいしいといわない
4.目が輝いていない
5.精気がない
6.いつも口がへの字をしている
7.自信がない
8.希望や信念がない
9.自分がブスであることを知らない
10.声が小さく、いじけている
11.自分が正しいと信じこんでいる
12.愚痴をこぼす
13.他人をうらむ
14.責任転嫁がうまい
15.いつも周囲が悪いと思っている
16.他人に嫉妬する
17.他人につくさない
18.他人を信じない
19.謙虚さがなく傲慢である
20.人のアドバイスや忠告を受け入れない
21.何でもないことにキズつく
22.悲観的に物事を考える
23.問題意識をもてない
24.存在自体が周囲を暗くする
25.人生においても、仕事においても、意欲がない
宝塚劇団には歌劇団の人なら誰もが目にする場所にこの「ブスの25ヶ条」の紙は貼り出されたそうだ、25の戒め。
この反対の頃を思い考え生きることがいいのではないだろうか?
第9の
☆.自分がブスであることを知らない。
★.自分がバカであることを知らない。

ヒロボーさんの勉強会に参加するようになり。
様々な人と森信三先生の「修身教授録」を読んでいて、そんな人の考えを基に話し合って、何時の日にか自分もみんなと同じように感じていた。
★.自分がバカであることを知らない。
自分がバカであることを忘れていた、よ~な気がする(笑)

しかし、最近思うのである。
こんなバカがいるからこそ天才とか秀才とか偉い人が輝いているのだと。
これからも胸を張って生きて行こう。
バカに誇りを持って行こう。
そう思った(笑)

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今日は森町三倉での勉強会だった。
 修身教授録
第15講 「一時一事」
第16講 「良寛戒語」
こんな予定で始まったけど、第15講 「一時一事」の感想で話が膨らんできた、のだった。
第二次世界大戦、あの戦争は何だったのか?
「誰が考えても負けるとわかっている」と、その時代背景を分ろうとしない。また、調べようとしない。
いや、人間学を学ぶ月刊誌「到知」には、そんな記事が書いてあったのだけど、そんな人たちにの耳には目には入らなかったのだろうか?
戦争の時代、特攻で若い命が散った
【終戦記念日特別配信】 若者よ、君たちが生きる「今日」という日は死んだ戦友たちが生きたかった「未来」だ
この記事を観なかったのだろうか?
https://www.chichi.co.jp/web/20180815yasugi-1/
享年31歳、命をくださった高射長


「ゼロ富士」「ゼロ戦」
富士山を24時間以内に往復するマラニック、そんなことを企画している人がいる。
そんなことをしていると「何れ事故があり、死者が出る!」と言った人がいる。
そんな忠告があったが、聞いていたのだろうか?
今年は、そのゼロ富士に富士山一周をプラスした「ゼロ富士プラス」を企画した。
来年は「ゼロ富士」はどうなって行くのだろうか?
「ゼロ戦」太平洋戦争で特攻でアメリカ空母に突っ込んだ兵士がいる。
戦争のとき、手が届くような先輩が特攻を志願した。今生きる者がそれを間違いだったと語る、田舎に暮らし施餓鬼をやって戦没者供養をしてきた者にとって不思議に感じる情けなく感じる。

今日の勉強会第15講が終わってからの会話が長くなり、第16講「良寛戒語」は来週にとなった。
良寛和尚といえば
「散る桜 残る桜も 散る桜 」があまりにも有名だ。
この句は太平洋戦争の末期の特攻隊員の遺書に見られるそうだ。
私は佐久間町が浜松市に合併したとき、佐久間中学校の同窓会を始めることになった。
同級生の実家を訪れ同級生の住所を調べた。そのときにある同級生の母親が
「息子は数日前に岐阜のホテルで亡くなった」と言われた。
その第一回の同窓会のときハガキに、その「散る桜 残る桜も 散る桜 」と書いた。今ある人生楽しみましょう。と添えて。

人は生れ、そして死んでいく。
何時どの様に死を迎えるかわ誰もわからない。
『現在は過去の結果である』また『未来とは今の積み重ねである』
その今は、それは多くの先人立ちが育んでくれた今なのだ。自分だけが造った結果ではないのだ。
今日という日を、ありがたいと想い一日を暮らすことである。
未来に汚点を残さない生き方が肝要である。と考える。

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人間学を学ぶ月刊誌chichi到知
記載している内容は素晴らしい、自分の心にズドンと響く内容が多い。分かっているけど本読む時間が無いし、とか悩んでいるとき、昔の到知を開いてみた。2016年3月号、そこの《巻頭の言葉》ウシオ電機会長牛尾治郎『清規と陋規』を読み返していた。
清規(せいき)とは表向きの道徳。陋規(ろうき)とは裏の道徳だそうだ。
陋規、裏の道徳、????今の人には分らないかもしれない。
それは大泥棒ネズミ小僧治郎吉がお金持ちの屋敷から盗みを働き庶民に、その金をばらまいた。
またヤクザの世界にも義理と人情の世界があった。
悪の世界にも、それなりの道徳があったという話しだった。

そんな昔の2016年3月号の到知p34に「日米資本主義の父が願ったもの」渋沢栄一とフランクリンとの記事が目に留まり目を通した。
日本の渋沢栄一と米国のベンジャミン・フランクリンは資本主義の父といわれ共通点が多いと斎藤孝明治大学教授が、その二人を語った内容だ。
生まれた国も生きた時代も異なる二人の精神的基盤となったもの、行動原理は何だったのか。また、二人の願った社会とはどんなものだったのか。
アメリカの独立宣言は1776年、ベンジャミン・フランクリン70歳のとき。イギリスと戦って独立し、アメリカ合衆国という国が生まれ、その中でフランクリン、は経済はもちろん社会貢献という面でも中心的な役割をした。
渋沢栄一は明治維新という日本の独立の渦中の中で、天下国家を論じるだけではなく経済をもって国の柱としなければいけないと考えた人です。
二人の心を支えた『論語』と『聖書』
士農工商、商業は卑しいものと言われていた時代から生きた渋沢栄一は経済発展で卑しい人にならぬよう『論語』道徳の心を持っていた。

日本に、素晴らしい人がいるのだナ~。そんなことを思ってネットで検索してみた。
「渋沢栄一」
するとなんと!
2024年度前半に日本の紙幣の図柄が変わり一万円札の肖像画が、渋沢栄一になると4月9日に発表したとあった(ビックリ)

日本!!素晴らしい。。。
自分!!アンテナ低い(涙)

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この日は勉強会&読書会だったけど、母親の初盆の飾りつけの展示会の用事で午前中だけの話し合いだけになった。
数日前朝早く、オジサンから電話がきて
「その日、休みを取る」と。
「その日は用事がある」と言ったら。
「たった一人の母親だゾ~」云々。。。
「わかりました、時間は追って連絡します」
そんな会話があり。
勉強会を午前中で終わり、水窪の展示場にかけつけた。

たった一人の母親。
バカな息子だけど、初盆、ちゃんとやらなければ。
カーチャーの思い出。

第36回「人生を学ぶ」勉強会
第二部修身教授録
第9講「情熱」
第10講「三十年」
今回は自分で読むことにしよう。

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昨日の修身教授録、勉強会&読書会、主催の萩田さんの悩みの話があった。
それは保険屋さんが良く言う「2人に1人はガンになる」「3人に1人はガンで死亡する」という言葉からガン保険に入ろうか入らまいかの悩みであった。

私は、この会に出会い、悩める自分の心が落ち付いてきたと感じる一人である。
自分、このままでいいのだろうか?
とか思っていた、そんなときがある。あった。
「やらないで後悔するより、やって後悔した方が良い」
そんな言葉で励まされたことがある。

誰だって悩みがある。
自分の昨日の悩みは、スマホを忘れた事。
たぶん家に、自分の部屋の寝床の枕元にスマホを充電したままになっていると思う。
もしかしたら、西渡(にしど)のミドリ屋で塩大福を買おうとするときにジャージのポケットから落としたのかもしれない。
悩んだ。

森町三倉の勉強会&読書会が終わり、家路を急いだ。
佐久間までの車の運転、最近の腰痛で難儀だ途中、龍山の やすらぎの湯によって腰を揉んで帰ろうと思って寄った。
大きな風呂に入り、ストレッチをして、マッタリして、腰の調子も少し良くなった。
脱衣所で着替え、ボーっとしてたのか、休憩室に行って、またストレッチ。
受付の人に挨拶をして、駐車場に行って車に乗って秋葉ダム堰堤を走っていると時計が無いのに気づいた!
慌てて やすらぎの湯に戻って脱衣所に行ったら、あった、大切な時計。
は~。

そこから佐久間を目指し、まだ車での移動、ようやく家に到着、部屋に行って枕元・・・あった。スマホがあった。助かった。ホッとした。
一日スマホのない不安な時だった。スマホがあるとホッとする♥
スマホを起動して予定を見ると、なんと、夜7時半半場親睦会の会合の日だった。
悩み事は誰でもある。人それぞれいろいろな悩みが。

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今回わ。。。
第7講「大志を抱け」
志を立てるということは、ローソクに火を点すようなもの、ローソクは、火を点けられて初めて光を放つものである。
同様に人間も志を立てて初めて人としての真価が現れるもの、志を立てない人間は酔生夢死の徒に過ぎない。
真の志とは、この二度とない人生をどのように生きたら、真にこの世に生まれてきた甲斐があるかということを考えて、心中につねに忘れぬということ、結局最後は、「世のため人のために」という所がなくては、真の意味での志とは言いがたいのです。
原文から
酔生夢死 (すいせいむし)
何もせずに、むなしく一生を過ごすこと。生きている意味を自覚することなく、ぼんやりと無自覚に一生を送ること。酒に酔ったような、また、夢を見ているような心地で死んでいく意から。
最後の話し合いで
私:「佐久間中学校では立志式をやってるョ」
立志式とは
元服にちなんで(数え年の)一五歳を祝う行事。参加者は、将来の決意や目標などを明らかにすることで、おとなになる自覚を深める。
旧佐久間中学校では中学校3年生の時に将来の夢を書き、体育館前の真珠が丘の中に保存して二十歳の時にそこから出して見ることを続けていた。たぶん。
昔の記憶では、そんなことをやっていたような気がする。たぶん。

第8講「気品」
気品とは
どことなく感じられる上品で気高い趣。「気品のある物腰」「気品の感じられる文章」
goo辞書から
気品とは先祖代々続いて出来てくるもの、後天的な人間一代の努力や修養だけでは出来ないもの。
相月駅から見上げた横吹の斜面部落で育った私には、気品だだよう品性ある人間になることは無理だ。
いや、多様性、気品ある人も、わたし達のように武骨な人間も、またいいのだ(^O^)/
武骨洗練されていないこと。無作法なこと。また、そのさま。「―な振る舞い」

最後萩田さんからの言葉。
縁尋機妙(えんじんきみょう) 多逢聖因(たほうしょういん)
https://ameblo.jp/dokugakuman/entry-11927730731.html
生きていることは、借りをつくる事
生きて行くことは、その借りを返す事
平成のときの勉強会は終わりました。
令和の時代に、また逢いましょう。
おわり

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松下幸之助氏、とは。
松下 幸之助(1894年〈明治27年〉~ 1989年〈平成元年〉4月27日)は、日本の実業家、発明家、著述家。
パナソニック(旧社名:松下電気)を一代で築き上げた経営者である。異名は「経営の神様」。
その他、PHP研究所を設立して倫理教育や出版活動に乗り出した。さらに晩年は松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも意を注いだ。
ウィキペディアから

松下幸之の考えで、「衆知による経営」がある。
衆知とは「多くの人のもっている知恵」という意味である。
氏には従業員、みんなで築き上げた松下電器という考えがある。

また晩年は、政治家育成塾を設立した。
アジア諸国の繁栄を予測し、その受け皿としての塾だった。
1979年に約70億円の私財を投じ設立。
全国から約900人が応募、3次にわたる厳正な審査の末に、20人が入塾したという。
79歳の松下幸之助氏だった。

 

衆知による経営。
皆で築いていく会社。
地方自治体も国も、はたまたこの地球も。
多くの人の知恵でいい方向に持っていかなければならない。

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第5講「一つの目標」
氏曰く
諸君が将来真に力強く生きていくには、一つの目標を考えるのが良いかと思います。
試験を受けて、より上級に進む目標でなく、ほんとうの志す物を。
人として、この世に生れ、今師範学校で教育者になる道を歩んでいる人に。
そこで先生は提案した。
40歳になったら一冊の本を書いてみるのはどうか?
今日からこの目標を心に秘めて歩んだら、自分の歩んだ道が必ずしも間違いではなかったと感じるようになりましょう。
不惑の齢に達するときに一冊の本を。と言ったのであった。

第6講「意地と凝り性」
氏曰く
ひとかどの人物になる人は、小さいころからの特性がある。
意地とか凝り性というのもその一つ、そのように思う。
その意地とか凝り性の特性を純化する。
自身が持っている醜いもの人間の欲望などを純化することが大切。
生涯をかけて生き抜こう、という決心が生まれてくるんでなければ、真の修養とは言えないのです。
否、一つの目標を目指して、生涯を生き貫くというにとどまらず、さらには願わくば、この肉体が朽ち果てた後も、その人の歩みが後に来る人々の目標になる生きかたが、真に生き甲斐があると言えないでしょうか。

氏曰く(しのたまわく)
ココでの氏は森信三先生
森信三先生は おっしゃいました。
と。

戦前に大阪の天王寺師範学校の講師として勤めた頃の森信三先生の講義録。
 修身教授録
なんの御縁か、わたしも読むようになった。
 


修身教授録を読み終わり、仲間で意見を交わす。
勉強&読書の仲間は職業や年齢は様々な人がいる。
そんな話しの中で心に残った言葉がある。

氏曰く
100年先のことを考え生きていくことが肝要である。
この場合
氏は山草人先生、と。
山草人先生は、おっしゃいました。と。

その人の歩みが後に来る人々のためになる生きかたが、真に生き甲斐があるといえないでしょうか。
自分の生き甲斐、他の人にとっても生きる糧になる。。。
頑張れと言えば、ガンバレ~っと帰って来る。
そんな生き方(*‘∀‘)

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生まれつき身体に大きなアザがある首藤雄三さんの講演が岡崎市図書館交流プラザで行われることを知ったのは去年の暮れのことであった。
首藤雄三さんを知ったのは、FBでアザのある身体を見たからだ。
コメントには母親と雄三さんの会話があった。
母親:「どうして相撲やスイミングとアザを見せることばかりやるのだ」
雄三:「このアザを見せるのは私の使命だ」
母親:「そう」
そんな会話だと思った。

何気ない親子の会話
首藤さんは
「楽しい人権講話ナビゲーター」として日本全国をまわりアザと難病と障がい者とひとり親世帯の理解を深めてもらう講演をしている。
せっかく近くに来るのだ、会うしかない。
そう思い昨日は岡崎市に向かったのである。

飯田線で中部天竜駅~豊橋駅
 

そこからは旧東海道を自分の足で走って岡崎市を目指した。
豊橋駅7時30分岡崎公園に着いたのは13時30分だった。

岡崎公園で着替えをし、講演をする岡崎市図書館交流プラザに行く。
大きな建物だ、受付で会場を聞き、そこに顔を出して受付をすまし、小腹がすいたので館内のコンビニにて食事をした。

アルコールも少し注入。

ほろ酔い身分で、会場に行き、遅れ気味の首藤さんを待つ。

現れたのは、覆面レスラー姿ではなかった(笑)

講師を近くに感じ、講演は和やかに進んだ。

首藤さんの生い立ち、考え方、etc

小学校の時代は、身体にあるアザを同級生から揶揄された経験を話してくれた。

また、人からは言われるが、自分自身はアザについて、卑屈には思っていなかった。とも。

少年時代から体格は大柄でスポーツも中学(柔道部)高校・大学と(相撲部)だったそうだ。

あるエピソードの話があった。
小学生四年の頃、初任で学級担任になった先生での話し。
先生の自宅に生徒全員が招待されて、お風呂に入った話し。
雄三少年は担任の先生と二人で入ったそうだ。
そのお風呂の中で、お互いに背中を流し最後に先生が
「雄三、ハンデキャップがあるが負けずに生きろ」
そう言われたそうだ。

私は、その先生の気持ちになって雄三少年の気持ちになって、ウルっときた(涙)

ところが、とうの本人、首藤雄三さんは違っていた。

小学校四年生、雄三少年はハンデキャップという言葉を知らなかった。

また、大人の会話でハンデキャップを知り愕然としたという。

ハンデいキャップ=実力差が大きい場合の設定

自分では、そんなこと感じていないのに、大人がそうみる。こと。

世の中、普通こうだから、そんなことがアタリマエに囁かれる。

今回、首藤さんの話を聞いて、そんな自分も自分の考えで同じように世の中のアタリマエを自分で作り出しているのではないかと考えた。

最後に首藤さんから質問は無いかと問いかけられ、聞いて見た。

私:「これだけ体格がいいので、不良になったことは無いですか?」

バカな質問かも知れないが、わたしと同じ世代の首藤さん。
自分の少年時代、そんな人が多かったので聞いて見た。

答えは、首藤さんは不良にはならなかった。そうだ。
逆に、ケンカをしている人を止めたと言っていた。

ここでも思う。

自分の時代はアタリマエだと思っていたこと。
大人なんか、と悪の道。。。

自分をしっかり持てば、たとえ環境が如何であろうと、自分の道を誠実に歩く。

そう思った。


首藤さんの事を知りたい人はユーチューブを

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森町三倉で森信三先生の本を相手に勉強会・読書会
先生の本も第二部になり佳境に入ってきた。

 

この人生は二度とないのです。
森信三先生の言葉

度々申すことながら!!
この人生は二度とないのです。
いったん決心したことは必ずやり抜く人間になることです。
例外をつくったらダメですぞ。
今日はまあ疲れているからとか、夕べはどうも睡眠不足だったとか考えてたらもうダメなんだ。
できないというのは本当にする気がないからです。
一生の志をたてるとが根本です。
つまり自分の生涯を貫く志を打ち立てるということです。
すべて物事というものは理想すなわち最終目標をあらかじめはっきりとつかんでいないことにはとうてい本当のことはできない。
一生を真に充実して生きる道は結局今日という一日を真に充実して生きる外ないでしょう。
一日は一生の縮図なり。
腰骨を立てるということなんだ。
性根の入った人間になる極秘伝は、朝起きてから夜寝るまで常に、腰骨を曲げんということだ。
結局最後は、
『世のため人のため』
という所がなくては真の意味で志とは言いがたい。
人間は徹底しなければ駄目です。
もし撤退することができなければ、普通の人間です。

内面的に強くなることです。
他の一切のことはすべてそれからのことです。
自己の与えられた条件をギリギリまで生かすことが人生の生き方の最大の最深の秘訣である。
人間は他との比較をやめて、ひたすら自己の、職務に専念すれば、おのずからそこに、一小天地が開けてくるのです。
人間には進歩か退歩かの、いずれかがあって、その中間はない。
現状維持と思うのは、実は退歩している、証拠だ。
人間は一生のうち、逢うべき人には、必ず逢える
しかも一瞬早過ぎず。
一瞬遅すぎない時に。
人間の偉さは、才能の多少よりも
己に授かった天分を生涯かけて出し尽くすか否かあるといってよい。
人間の値打ちというものは、その人が大切な事柄に対して、どれほどの決心し、努力することができる、かどうかによって決まる。
https://www.youtube.com/watch?v=IN28Y5K7SKU

命のアサガオ永遠に
静岡県骨髄バンクに関わるようになり、タスキを付けてマラソン大会を走るようになり、出会った本、命のアサガオ永遠に
丹後光佑クンはわずか7歳でこの世を去った。小学校に三ヶ月通って、そのとき撒いたアサガオの種を母親が見つけ育てた。
様々な本との出会い。
今回の修身教授録の読書会で、骨髄バンクで知り合ったその本の思い出が甦った。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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