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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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明日は、
第43回佐久間駅伝大会の日だ。
昨日、明日の駅伝大会に向けての打合せをしたばかりだ。

多くの佐久間町のボランティアに集まってい頂き、
当日の佐久間駅伝大会の話し合いをやった。

去年の様子
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E9%A7%85%E4%BC%9D/%E7%AC%AC42%E5%9B%9E%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93%E9%A7%85%E4%BC%9D%E5%A4%A7%E4%BC%9A

今、外は雪が降っている。

日曜日の天気預は
一部曇りの晴れ模様。。。

明日の朝六時までに判断して連絡が来るだろう。。。。

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去年の佐久間駅伝のブログ
第41回佐久間駅伝はトン汁が無かった。 

去年の佐久間駅伝、多くの駅伝参加のみなさんに、
佐久間町という山奥に走りに来て寂しい思いをさせた
佐久間駅伝トン汁がなかった!!
事件。

今回は、役場の担当の人との話し合いもスムーズに行い、
トン汁を作る方向で進んでいます(^O^)/

また、今回の佐久間駅伝史上初めての試みである
五平餅の販売もあります。
他に佐久間町のお土産品販売コーナーもあると言われています。

第42回佐久間駅伝大会

スタッフ一同がんばっていますので、、、宜しくお願いします(^O^)/
 
  

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仕事が終わり。
今日の夜は、地元の駅伝「天竜区駅伝大会等実行委員会・佐久間地域部会」の会合。

毎年のように、佐久間駅伝の開催準備の話し合い。

今年度も、昨年度並みの駅伝ができそうだ。

が、浜松市になり、大きな政令指定都市の隅っこの地域は寂しい話ばかりだ。

人口は少なくなるし、夜は獣が徘徊し、どうやることやら・・・そんな話ばかりだった。

家に帰り、ビールを飲み、テレビを付けたら。

高倉健追悼番組「幸福の黄色いハンカチ」をやっていた。


 

この映画は、1977年(昭和52年)10月1日に公開された日本映画だ。

夕張市は2007年、353億円の赤字を抱えて事実上破綻した。

佐久間町は、2005年7月、浜松市に合併した。

今、その夕張市は、東京都から職員として出向していた鈴木直道さんが市長として頑張っている。
日本経済新聞↓
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO64609980W3A221C1000000/

夕張の街を背景に幸福の黄色いハンカチがたなびく最後のシーンを見て感動し、このブログを書いた。
そんな夕張市の、今の現状を知り、これからの佐久間町の行く末を考え考えたのだった。
ジャンジャン(≧▽≦)

来週は「寸又峡カモシカトレイルアドベンチャーラン」だ。
川根本町の地域づくりはどうなっているのだろう、、、今から楽しみだ(^O^)

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1月24日(金)に佐久間駅伝でのボランティアでの仕事の打ち合わせ会があり、駅伝の当日の役割分担の話し合いをした。

今回、選手移動バスでの添乗係が変わったので、その係りの人への説明が大変だったみたいだ。

それと、・・・・・トン汁を廃止した件で、話し合いがあった。

私たち佐久間体育協会の人には何も知らせがなく、地域の人に言われ始めて分かった状態だったことを話した。

NPOの女性活動委員会でも「予算がないのならNPOの方でやろうか」との話し合いもあったことも。

昔、私が勤めていた職場でビジネスマナーの「ホウレンソウ」のことを上司が言っていた。
「報告」「連絡」「相談」のことだ。
をただ伝えるだけでなく、相手に理解してもらうことが肝心です。とも。

しかし、もう時は遅し、、、このように進めるしかない(トン汁が無いまま)

そして迎えた、1月26日(日)第41回天竜区佐久間駅伝大会。

「ただいまから、第41回天竜区佐久間駅伝大会の開会式を始めます。参加チームの皆さん、並び大会関係者は駐車場へお集まりください」

<会式のことば><部長あいさつ><来賓紹介>と続き、
次に前回大会優勝チーム「佐久間地域在住在勤の部」選手宣誓だ。

「宣誓、私たち選手は走ってり終わって楽しみにしているトン汁が無いこにもめげず頑張って走りきることを誓います」

そんな内容の宣誓だった。

心配だった天気も快晴に恵まれ、順調に駅伝大会は終わった。

そして閉会式。

そこでの天竜区駅伝大会等実行委員会佐久間地域支部会部長のあいさつが、心に響いた。

「ホウレンソウ」報告・連絡・相談。
大事なことだ。

この記事に関係するブログ
2014/01/08佐久間駅伝が・・・・危ない。 
2014/01/15佐久間駅伝が・・・危ない(その2)

 

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月曜日「さくまっぷ」の時に、NPOの女性活動委員会の人がいたので、聞いてみた。

「今年の佐久間駅伝、トン汁がないそうだね~」

「それがよ~。今年はトン汁の話がないので、こっちの方から協働センターに聞いてみただがよ~。今年は予算がないので止めにしたそうだわいね」

私は体協の方も顔を出しているので、だいぶ予算をカットされているのは知っていた。

また、その女性活動委員会の人は、こうも言っていた。

「駅伝の時のトン汁も、毎年走る人が喜んでくれるので、女性活動委員会で何か出そうか? との話にもなったんだいね~」
「でも、協働センターでは止めにしているのを、こっちで勝手にやるのもよくないということで・・・止めることになったんだいね~」

とも言っていた。

今日、また違う女性活動委員の人と話す機会があったのでまたまた聞いてみた。
やはり同じように答えていた。

がんばらまいかのトン汁担当のスタッフとして、何とかならないかと考えたのだが何とかならなかった。
トン汁のサービスは、今年は出来なくなったそうだ。

たかがトン汁だが、それに携わる人は一生懸命にやっているのだ。

また、協働センターの担当の人も限られた予算の中、苦渋の選択でのトン汁をカットしたのだと思う。

しかし、体協の会議でも言っていた、来年になればさらに予算は削られる・・・・と。

佐久間駅伝、いったい何のために行っているのか?
伝統を守るため?
先人たちが、三村一町が合併してでき佐久間町を北から南まで走り町をまとめようとした。

今、その佐久間町は浜松市に合併し、その佐久間駅伝の存続が危ぶまれている。

予算がないのなら、その予算の中で行える新しいイベントを考えるべきだ。

何時までも、昔の様な地域ではないのだから。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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