忍者ブログ
平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6

インドは深刻な水不足、5年以内に解決できなければ数億人が生命の危機に、朝のCNNニュースでの放送だった。
国連の人権に関する報告書によると、世界は壊滅的な干ばつ、飢餓、熱波に直面した際、富裕層しか基本的資源を購入できない、いわゆる「気候アパルトヘイト」の状態に急速に近づきつつあるという。
「気候アパルトヘイト」とは?
https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_2019_07_post_103189_entry/

日本三百名山ひと筆書き
グレートトラバース3
https://www.greattraverse.com/
を観た。
浜松市の300名山は熊伏山(1654m)黒法師岳(2068m)高塚山(1621m)がある。
 
浜松市は水道民営化を考えている。
民営化する前に、無駄に水を使うことを止め、山のこと山間部のこと、今一度考えるときだと思う。

拍手[1回]

PR

ドーナッツ現象
大都市の中心部の居住人口が地価の高騰や生活環境の悪化などのために減少し、周辺部の人口が増大して人口分布がドーナツ状になる現象。
ストロー現象
〔人間・物資・資金などがストローを使ったように吸い寄せられてしまうことから〕
交通ネットワークを整備した結果、経路上の大都市が繁栄し、小都市が衰退してしまうこと。小都市の住人が大都市に買い物に出かけたり、小都市にある企業の支店が閉鎖されるなどの現象をさす。ストロー効果。
どちらもコトバンクから引用。

東京都などでは、その「ドーナッツ現象」の対策として魅力ある都市づくりをスタートさせた。都市部の緑化、より便利な都市を目指し様々な事をして都市部に人を呼び戻した。
ストロー現象では、新幹線、交通網が発達して地方は便利になってきたけど、その便利になった影響で大都市から地方に日帰りが可能になり宿泊客が減ったりして地方はますます衰退してきたという。
地元にいる人も、より便利な都市部に吸い寄せられてしまう。

12市町村が合併した、巨大になった浜松市、その中でも北遠地域、ストロー現象は深刻だ。
最初に吸い取られたのは旧龍山村、合併後は龍山町になった地域だ。
ココには龍山中学校があり、龍山北小学校があり龍山第一小学校があった。
横山トンネルができ、秋葉トンネルができたらストロー現象で人が減り学校も無くなった。
地域での話し合いで、地元住民は学校の存続を希望した。PTAは少ない生徒での授業よりと都市部への学校へと希望した。

佐久間町に三遠南信道路が開通した。今年度中には新々原田橋が開通するという。
私が暮らしているところは便利になったと感じている。しかし、より便利なところを人々は求める。
北遠に今現在残っている小中学校は浦川小学校・佐久間小学校・水窪小学校・佐久間中学校だ。
これからどの様になるのだろうか?

生活するうえで大切な問題、店が無い。少ない。
地価の問題もある。山間部の将来に希望を見いだせないことも大きな影響だ。
魅力ある山間部づくり、一個人では難しい。

拍手[4回]

幼少のとき、母親の後を着いて斜面集落「横吹」の家に相月駅から登ったことがある。
「ドウシテ、こんな山の上に家があるのか」
子供心に母親に質問した。
「先祖から暮らしていた所だからションナイョ」
飯田線にゆられ早瀬・下川合・中部天竜・佐久間・相月駅、そんな駅近くにある家の人が羨ましく感じた。

人は人と比べたくなる生き物らしい、
ナニナニちゃんは綺麗な洋服きているのに、私は御下がりばかり。
隣りの家は立派だけど、自分の家はボロボロだとか。
他者との比較の中に生きている者らしい。

その、比較によて「羨ましい」感覚が生まれる。
しかし、「羨ましい」こととは、自分が思う事だけではないようだ。
他の誰かが自分を「羨ましい」と思うこともあるようだ。

そこが、自分では分らない「羨ましい」と思われることがあることが。
謙虚に生きなければならない。

運が良いとか悪いとか、人は時々、口にするけど
人を「羨ましい」と思うより。
自分の道を生きることだ。

拍手[3回]

元号が令和に代わり、最初の夏が訪れた。
NHK総合8月8日夜10時から、そのドラマは始まった。
戦後の昭和・平成を生き抜いたヒロイン・凛子を、岸 惠子さんと清原果耶さんがリレーで演じます。
ヒロイン・凛子と、フィリピンで出会た親友・日下部綾の物語。
私は昭和35年生れ戦後15年が経ちライフラインは整いはじめ、小学校の頃には電化製品もそろい始めた時代に生きてきた。父親が昭和10年母親は大正15年。戦争のことは親から聞いたり本で知ったり。今回のようにテレビドラマで思い巡らす事しかできない。

この作品は、太平洋戦争の最中フィリピンのルソン島に暮らしていた生存者の手記を基に作られた作品です。
激戦の太平洋戦争の最中フィリピンで何が起きたのか?
食うものが無く餓死状態で人は普通ではなくなる。


敗戦になり、二人は東京で暮らす。
最後、綾が凛子の横で亡くなる。
凛子が綾の一生を日本で暮らしたことを、ほんとうに良かったのか回想する。
「人が生きる場所は、国でもない土地でもない、人なんだョ」
田宮役の(伊東四朗)のセリフが心に残った。

凛子役の岸 惠子さん70歳。
老人ホームに行く決心をした。
私、59歳。いつまでもココで暮らしたい。
そのためには、今何をやるべきか。

先日読んだ、『国家の品格』
藤原氏は西洋の「論理万能主義」を批判していた。
世界で唯一の「情緒と形の文明」を持つ日本の“国家の品格”を取り戻すことを書いていた。

しかし、あの戦争は国を愛するがために自国国民が命を懸けて戦った。
また『国家の品格』の中で、情緒とは四つの愛が大切だと書いてある。
「家族愛」「郷土愛」「祖国愛」そして「人類愛」だと。

世界で唯一の「情緒と形の文明」を持つ日本。あの太平洋戦争で、国のために戦った人たち。
マンゴーの樹の下で~ルソン島、戦火の約束~
BSプレミアム8月21日(水)夜10時~
BS4K    8月24日(土)夜 7時~

日本の歴史の中で、様々な事があり、今がある。

拍手[4回]

去年亡くなった母親の初盆のため、八月前半は一日家の中にいる。
森信三先生の本を買って読み始めた。
森信三
人生
二度なし
[悔いなく生きるために]

p17
素質と天分の問題
「人は何のために生きるのか」この人生の根本の問題について考えてみるに、それをもし一言でいうとしたら、結局各自が生まれながらにもって生まれた素質、天分を発揮し、それを実現することを通して、世のため人のために尽くすことにあるというほかないと思います。
素質→将来すぐれた能力が発揮されるもととなる性質や能力。「音楽家としての素質に恵まれる」
天分→天から与えられた身分・職分。「天分をわきまえる」

昨日、SBS静岡放送で夜6時30分の番組消えた天才を観た。
短距離界のエース、サニブラウン。中学生の頃、そのサニブラウンを超える天来ランナーが居た。彼は今、何処に行ったのか。
甲子園で歴代天才といわれた内野手が居た、その人は今、何をやっているのか?
小学校6年生、リトルリーグで大活躍の完全試合の天才投手の話だった。
その少年投手はその後、中学生になり、病・スランプ様々な格闘があり、野球から離れた。
やる気のない毎日をおくっていた。
 
そんな、やる気のない毎日をおくっていた少年の目を覚ませさせたのは、母親だった。
ベットでスマホをいじっている少年に水をかけたのだ。

人は何のために生きるのか?
その後、その少年は高校に入って野球を始めた。
そして現代、高校を卒業して警備会社で働いているという。

素質→将来すぐれた能力が発揮されるもととなる性質や能力。「音楽家としての素質に恵まれる」
天分→天から与えられた身分・職分。「天分をわきまえる」
自分の、素質・天分
それは、他の何かと比べて決めるものではない。
自分なりに自分の与えられた道を進めばいい、と思う。

拍手[5回]

昨日の昼。NHK BS1にて
巨大戦艦 大和 ~乗員たちが見つめた生と死~
を観た。

去年書いたブログがある。
2018/08/18
中高年よ、私たちが生きている時代は戦友たちが生きたかった「未来」だ。

今、わたし達は平和な世界に生きている。
今日は
嵐の富士山麓165km ウルトラトレイル・マウントフジ2019
を観た。
165㎞長い長いレースだ。
ゴール後のトップ選手の言葉
「辛いことは考えずに前に進んだ。」
印象的だった。

拍手[4回]

「おもてなし」フリーアナウンサー、滝川クリステルさんが国際オリンピック委員会にてフランス語で日本をプレゼンしたスピーチした内容が話題になりました。
そのプレゼンの詳細を記します。
皆様を私どもでしかできないお迎え方をいたします。
それは日本語ではたった一言で表現できます。
「おもてなし」。
それは訪れる人を心から慈しみお迎えするという深い意味があります。
先祖代々受け継がれてまいりました。
以来、現代日本の先端文化にもしっかりと根付いているのです。
そのおもてなしの心があるからこそ、日本人がこれほどまでに互いを思いやり、客人に心配りをするのです。
一例を挙げてみましょう。
皆様が何か落し物をしても、きっとそれは戻ってきます。
お金の入ったお財布でも、昨年1年間だけでも3000万ドル以上も現金が落し物として警察に届けられました。
世界各国の旅行者7万5000人への最新のアンケートでも東京は世界一安全な街とされました。
公共交通機関も世界一しっかりしていて、街中が清潔で、タクシーの運転手さんも世界一親切。
世界最高峰のレストラン、ミシュランガイドでは世界一星の数が多い東京。
それらすべてが未来を感じられる街を彩っています。
(中略)
大都市の中心での初めてのオリンピック、文化とスポーツが一体となってかつてない形で
響きあうようにとオリンピックの会場から会場へは、ファンが歩く為の散歩道が整備され、
そこではライブや誰でも無料のイベント催されていて夢のような素敵な雰囲気で盛り上がります。
そして訪れた方、全てに生涯忘れえない素敵な思い出を残すことでしょう
そんなフリーナウンサー、滝川クリステルさんが政治家小泉進次郎さんとの結婚が報道された。
滝川さんは話すことのプロ。小泉進次郎さんも父親譲りの上手な演説で人気を得ている。
政治化の話す言葉での影響力は絶大だ。些細な一言が世の中を変えると言っても過言ではない。小泉進次郎さんのこんな演説がある。
「政治家イコール政策で世の中が動くわけではない。政治というのは面白いですよ。Aという政治家、Bという政治家、Cという政治家。3人の政治家がいて同じことを言ったとしてもAさんの言うことなら聞こうとなる。最後、政治は人がやるんです。政策は1人ではできません。多数が必要です」
国民から聞いてもらえる「Aという政治家」になるため。小泉進次郎さんという政治家は「おもてなし」の伴侶と共に「言葉の力」の真髄を基に日本という巨大な船を真っ直ぐに導いてくれるところ期待している。


父親 小泉純一郎元総理
1942年〈昭和17年〉1月8日 - )は、日本の政治家。
衆議院議員(12期)、厚生大臣(第69・70・81代)、郵政大臣(第55代)、内閣総理大臣(第87・88・89代)、自由民主党総裁(第20代)、農林水産大臣(第38代)などを歴任した。血液型A型。
ウィキペディアから。
もっと詳しくは↓
小泉純一郎ウィキペディア
クリック
この人、総理大臣時代は原発推進の立場だったが、今は脱原発を声高に叫んでいる。
この時代に政治化から「自己責任」そんな言葉が出たように記憶する。
私は小泉総理だと思っていたが。
イラク日本人人質事件 - Wikipedia
当時、環境相時代の小池百合子氏が言ったことだと、今ネットで見て知った。

私は水窪での「山に生きる会」のNPOに入っている。
水窪の人々の中には、この会で水窪の山を宣伝して多くの人が来るから、遭難があった時に水窪の消防団(ボランティア)が大変な思いをする。
との話を聞いたことがある。
たまに山に登る自分にとっても考えさせられる言葉だ「自己責任」

人に意識されない地域は、やがて消えてなくなる。
九州大学の先生が言った言葉がある。
「その地域の景色が悪くなる、その地域は、やがてどうでもよくなる」と


明日は知り合いが走って私の地域にやってくる。
お・も・て・な・し
の心を持って迎えたい。
しんしん

拍手[6回]

1937年(昭和12年)
「君たちはどう生きるか」吉野源三郎著
叔父さんがコペル少年に伝えたかった事とは。。。。

2019年(令和元年)
 定年を迎えようとする自分は、これから如何なる生き方をするのか?

「未来からの宿題」 漫画でよくわかるLPガス : 君たちが作る未来のエネルギー
出版社 全国lpガス協会
今から約500年の未来・・・・・。
皆さんは想像したことがありますか?
から始まる、この物語「未来からの宿題」
西暦25〷年。
地球温暖化が原因で、海面が上昇して都市が水没。
ほとんどの都市機能は停止し多くの人々は避難生活を余儀なくされていた。

さらに、台風や竜巻、地震などの大規模な自然災害により建物は崩れ、都市機能は荒廃していた。
オゾン層は破壊され作物は育たなくなっていた。
地上にはもはや人間の姿を見るのは難しかった。

マンガの絵は海面が上昇しているのか高層ビルが並ぶ都市に海水があふれている。中にはそのビルが倒れて隣のビルに寄りかかっている描写だ。
西暦25〷年。
その年に暮らす少年が、今の地球環境がこうなったのを導き出し、コンピューターが選んだ20〷年の少年に会って地球環境のことを、もっと真剣に考えてもらおうと過去にタイムスリップしようとする物語だ。
しかし、どんな理由があろうとも歴史を変えることは出来ない。

西暦25〷年。
今から500年後のこと。
今現在の自分の姿は、自分が生きてきて様々な事をやってきた結果の姿。
環境も未来も地球も、人類が生きてきて様々な事をやった結果、だ。
500年後、地球は、都市は、マンガのようになるかもしれない。

「未来からの宿題」
未来の自分の子や孫に負担をかけない生活
エネルギーをなるべく使わない生活、エコな生活が求められるのでは。。。

拍手[3回]

夕張市のホームページ
https://www.city.yubari.lg.jp/mvpr_index.html
市民の人たちの映像だろうか?


夕張は、倒れたままか。
夕張は、言い訳するのか。
夕張は、メロンだけか。
夕張は、高齢化を嘆くのか。
夕張の、夜明けはまだか。



夕張を佐久間に替えてみた(笑)
佐久間は、倒れたままか。
佐久間は、言い訳するのか。
佐久間は、アワビだけか。
佐久間は、高齢化を嘆くのか。
佐久間の、夜明けはまだか
再出発、挑戦あるのみ。

Restart. Challenge More.

佐久間町

拍手[3回]

はじめは浦川キャンプ場だった、この飲み会、いつしか上島キャンプ場になった。

2015年(浦川キャンプ場)
2016年(浦川キャンプ場)
2017年(上島キャンプ場)
2018年(上島キャンプ場)
2019年(上島キャンプ場)
同級生と始まった、この飲み会も、人数集めのため、それにはこだわらなくなった。
呑みたい。酒好き。話したい。いろいろな考えがあると思うが、とにかくやろう!その想いで55歳の自分が始めたことだ。

人生とは、自分の限られた時間を使って生きること。
その限られた時間の一部を上島キャンプ場へ来て酒を飲むこと話し合うことに使う。

いいじゃないか。
人生は楽しむためにある。

拍手[3回]

プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
カウンター
カレンダー
07 2019/08 09
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8
21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カウンター
忍者ブログ [PR]