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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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三月の終わり。
送別会があり、多くの人が佐久間を出て行くのを見送った。
そして、先日
見送った、ある人から
お礼の、贈り物とハガキをいただいた。


大過なく職務を全うできた。

大過なく→大きなあやまち。大変な失敗。

今、私が読んでいる本
「明日の学びの舎」
走る先生
 若い体育の先生の授業をもとに進んでいる内容の本だ。
その中に
大変→大きく変化すること
と書いているところがあった。

しんしん、56才

今年のゴールデンウィークには
天竜川を諏訪湖から河口の太平洋まで走ろうと思っている。
「天竜川リバーサイドマラニック」
大変なこと、大きく変化すること。

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先日、行った
中田島砂丘を未来につなげるシンポジュウム
九州大学准教授 清野 聡子先生の
「景色が悪くなると人がいかなくなる、どうでもよくなる」
そんな言葉が気になる。

私が暮らす浜松市の天竜区
特に、佐久間・水窪・龍山
多くの物が無くなっていく。
私が暮らしている半場、28年前には酒屋があり食堂ありスーパーもあった、今は何処も営業を辞め、なにも無くなった。
最近は、車で3㎞先の店に買い物に行っている。
浜松に出た時に買い物を済ましてくる。

もし、今、自分の家が無くなって、次に、どこに家を建てようか、家族で相談してみるときが来たとする。
また、今の半場に建てようか?
そんな答えは出るだろうか?

家族のそれぞれが、今の暮らしているところで知り合いができ、コミュニティが形成されている。
ここ北遠(半場)に暮らしたいけれど、今までの北遠(佐久間・水窪・龍山)ココに暮らしていて、57年間、ココの北遠の移り変わりを目の当たりに見て、それでもココで暮らしたい、そういう地域になっているだろうか?


九州大学准教授 清野 聡子先生の
お・こ・と・ば
「景色が悪くなると人がいかなくなる、どうでもよくなる」
私は横吹という山の中腹にある斜面集落を出た。
それは、今これからの車社会の時代に村道を造ることができないことに覚悟を決めて越してきた。
その横吹の家は畑は、昔の面影など何もない正にどうでもよくなった状態になった。

今、時代が変わり。
28年前の横吹を出た時とは変わり。、
私たちの暮らす、北遠(佐久間・水窪・龍山)も、このままではどうでもよくなる、そんな所になっていく、住んでいて浜松市の行政の対応、でそんな雰囲気が漂ってくる。


去年11月に
近畿大学名誉教授・文化功労者
野本寛一先生の記念講演があった。
第30回 常民大学合同研究会 だそうだ。。。  
その先生の、第一声に
われわれ一人ひとりの主体性をどうするか、一人ひとりが主人公で考えなければならない。行政が悪い政治が悪いそんなこと言っててもはじまらない、自分はどうだなのだ。だからどうするんだ。というふうに考えなければならない。
そんな言葉があった。

私の敬愛するヒロボーさんからコメントがあった。
近江商人の商道に
「三方よし」という教えがある。
これは
あなたよし
私よし
世間よし
これが・・・三方よしです。

浜松市も
山間部よし
海岸部よし
中心市街地よし
の「三方よし」の地域になって欲しい。

九州大学准教授 清野 聡子先生の
「景色が悪くなると人がいかなくなる、どうでもよくなる」

このままでは どうでもよくなる地域になるかもしれない北遠(佐久間・水窪・龍山)
本当に「三方よし」の地域になって欲しい。
浜松市。

 

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に、行ってきました。
数年前、遠州灘に防潮堤を造るという話があり、浜松市南区に暮らしているラン友が松の伐採が始まったとFBで投稿していた。
丁度そのとき、次女が馬込川近くにアパートを借り引っ越しに行った。
そんなとき書いたブログ
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0/%E6%9C%9D%E3%83%A9%E3%83%B3%EF%BC%88%E6%B5%9C%E6%9D%BE%E7%B7%A8%EF%BC%89
 

中田島砂丘が無くなる。
シンポジュウムで講師が話していた。
人の手で砂丘に、何らかの対策をすることによって、砂丘独特の風紋が無くなり草原化していく。
また、今、心配している防潮堤を造ることによって、中田島砂丘がタダの砂浜になり、また砂浜も無くなるかもしれない。
しかし、浜松市街地に暮らしている人は、防潮堤は欲しいだろう。あの東北の大震災、津波被害を目の当たりにして、そんな気持ちはわかる。
何かやることには、良いこともあれば悪いこともある(リスクとベネフィット )世の中の全ての物には、必ず良い面と悪い面がある。

次の講師は女性の講師だ
九州大学准教授清野 聡子先生
http://hyoka.ofc.kyushu-u.ac.jp/search/details/K003606/
軽快な口調でのお話、日本のあらゆるところで砂浜が無くなっていく現実、人の営みを津波から守るため壁で囲まれた漁村。村民の「今まで海を見ながら育ってきた、海を見たい」そんな要望に壁に海を見る穴を施した行政の話。
防潮堤を地域の人に知らせるためのパンフレットには砂浜が無く、川もない。
中でも、私の心に残った話
「景色が悪くなると人がいかなくなる、とうでもよくなる」

今年の3月11日
私は中田島砂丘に行った。
始め、浜松駅前で城西小学校同窓会の打合せのため駅前で終わりにするはずだった。
丁度3月11日、中田島砂丘まで足を延ばした。
http://hokuen.blog.shinobi.jp/%E5%9F%8E%E8%A5%BF%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A/%E5%9F%8E%E8%A5%BF%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%90%8C%E7%AA%93%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%89%93%E5%90%88%E3%81%9B%E3%80%82

質問者の中に舞坂の人の話が合った。
「防潮堤を造ることによって、天竜川などに津波が集中して二次災害になることはあり得るでしょうか?」
「浜名湖、今切れ口からの津波が心配です」
リスクとベネフィット
浜松市は、中心地の事ばかりを考えるのではなく、過疎地にことも考えてほしい。
それは、上から目線で、これをやっている、そういうのではなく、もっと地元の人と会話して一歩進む、そんなことを考えてほしいと思った。
公務員は人の役に立ってこその公務員なのだから。

byしんしん

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土曜日の昼、滋賀県長浜市余呉町
天女の羽衣伝説ウルトラマラソン71㎞を走ってゴールして、ウッディパルまでの送迎バスの中で携帯を見ると、佐久間の珍しい人からの着信があった。
何の用事かと電話すると
住み慣れた佐久間を引っ越すという連絡だった。


その人は80才、佐久間で一人で暮らしている。いや、いた。
昔は山が好きで、方々の山を登ってきたと話してくれた。
今は御婆ちゃんになったから、息子が危ないから登るなとい言われていると言っていた。
その人が私の所へリックを持ってきた。45Lのリックだ。
 

今回、私が余呉に担いでいったリックは、その人から頂いたものだ。

その人は、私が暮らす、佐久間町半場の市営住宅に暮らしていた。
浜松市として古くなった市営住宅に暮らす人に、新しい住宅に移ってほしいとの提案があったそうだ。
その人は、佐久間からは離れたくないのだが、佐久間には希望の住宅は無いとの話だった。

また、息子が街にいるので近くに越してくれる方が安心だと言われている、とも話してくれた。

新しい住まいは、舞阪だそう。
舞阪、、、、。
浜名湖一周のスタート・ゴール 弁天島のすぐそばジャン。


今年は、その人を、浜名湖一周ウルトラマラニック100km
ゴールボランティアに誘おうと思う。

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まさに,、花・鳥の楽園・パラダアイス。

入園してすぐ、花の香りイッパイの園内は色とりどりの花で入園者を歓迎。

日本では見られない珍しい鳥も、ココでは御目にかかることができる。
「動かない鳥」として有名なハシビロコウだ。
  
自分、こんかい初めて見た。
野生ではアフリカのタンザニアにある湿地帯に暮らし、主に魚を食べているそうだ。
じっと動かず待ち伏せして魚を捕まえるそうだ。

掛川花鳥園に行ってきた。

日本に居ながら、アフリカの奥地に暮らす鳥たちに出会うことができた。
掛川花鳥園
 
楽しかった(^O^)/
そんな気持ちと裏腹に
先日、読んだ本
「ローマ法王に米を食べさせた男」
の中で書いてあった言葉。
神様が人間以外の動物や植物から
「なにか一つ願を叶えさせてやろう」
ということになった。
人間以外の動物や植物は話し合った。
そして神様に お願いした。
次の日
世の中から、人間が居なくなった。
 
佐久間という山奥に暮らしていると野生動物が、自分たちの暮らしている里にきて畑など荒し放題だ。
シカ・サル・イノシシ・ハクビシン
どうにかならないものかと悩んでしまう。厄介者だ。
しかし、本当は、一番、この世で
厄介者は、人間なのだ。
byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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