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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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国道152号線、またや通行止め。
 
写真は切開の時のです。

浜松市ホッとメール
国道152号線(天竜区龍山町瀬尻地内)におきまして、土砂崩落による全面通行止めを実地しております。
・通行止め区間
 雲名橋から瀬尻橋まで(約10㎞)
現時点において復旧の予定は未定です。
ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただきますようお願いします。

先週の金曜日の午後、152号線通行止めの話が舞い込んだ。
土曜日に浜松に行く予定があると言うのに、なんてこったい。

土曜日、8時50分出発、瀬尻に着くと3台の車が警備員の指示で止まっていた。
しばらくすると、若い浜松市の職員が回って来た。土木課の職員だろうか?
「浜松市です。土砂崩れのタメ30分くらい、お待ちください」
わたしたちの車の窓ごしで立膝を突き、いかにもすまなそうに説明してくれた。
わたしは何も言わなかった。
ホッとメールで事情は分かっていたし、文句言ってもしょうがないし。

土砂崩れが、大雨の度に起きるもの大変だが、龍山は、迂回路がある。
合併前の龍山村の時代に村道をつくっていたのだ、瀬尻の村々に家々に道が付いている。
今思うと、助かっている。

国の道と書いて国道。
そんな国道が土砂崩れ。
県の道と書いて県道
国道が土砂崩れなので、県道を迂回路に使わせてもらう。
また、龍山村だったころ誘致した村の道を使わせてもらう。

なんてこったい。
そう思うけど、龍山村だった時代の道を利用させてもらうと考えたなら、ありがたく思う。

また、浜松市の土木課も丁寧に説明も大切だが、国道の維持管理を徹底してほしい、と、、、思った。

 

 

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目的は、とら兄の墓前に手を合わせること。

西浦田楽、長い長い伝統を受け継ぎ、別当での使命を果たした男。

そんな人に、私の人生の中で、少し出会うことができた、、、こと。

時代は変わっても、変わってはいけないこと変わらないようにしなければいけない事もある。

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人間の寿命がいつ尽きるかは、老若にかかわりなく、老人が先に死に、若者が後から死ぬとは限らないこと。人の生死は予測できないものだということ。▽人生の無常をいう仏教語。「不定」は一定しないこと、決まった法則や規則がないこと。「少」は若い意。
goo辞書から引用
 
先の勉強会で下さんが言っていた言葉「老少不定」若いからと長く生きるのではなく、年寄りだから老い先短い事はありません。
そんな下さんは、オリバー先生の父親と同い年だと言う。
  

「命のアサガオ永遠に」
光佑くんは小学校一年生でこの世を去った。

今の世を生きている人は、どの様に生きていくのか。
最高の人生
2016年3月、に書いたブログ。
三月になり、佐久間にも春の訪れが朝のランニングで感じられた。

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命のアサガオ永遠に
このような本に10年前に出会た。
それは、佐久間町がまだ、浜松市に吸収合併していなく単独で佐久間町という行政区だったころ。
静岡県市町村駅伝大会が行われていたとき、佐久間町は、その駅伝大会に参加していた。
それが、佐久間町が浜松市に合併すると決め、最後、静岡県市町村駅伝大会に参加できる年、佐久間町は静岡県市町村駅伝大会には参加しないと決めていた。
 
その年、他の北遠(佐久間町・龍山村・水窪町)も同じように静岡県市町村駅伝大会には参加しないと決めたいた。
佐久間町の役場でやらないなら、と。
そんなとき・・・・。
有志、が集まり、佐久間町で最後の静岡県市町村駅伝大会に参加しようと話が出て。話が進んで。ボランティアでの参加が決まった。
まずは資金集めから始まった。
町内の郵便局、農協の窓口に青竹で作った貯金箱を設置した。
その有志とは「佐久間町体育協会のメンバー」だった。
 
佐久間町最後の静岡県市町村駅伝大会が終わり。
その大会に参加したメンバーで「さくまRC」は結成された。
駅伝大会、マラソン大会に参加した。
10年前の春、早朝、いつものようにジョギングをしていたら、「さくまRC」のメンバーのひとりと出会い、こんな話を聴いた。
「○木さんが白血病になった」
その人はその年に浜名湖クオーターマラソンを走った人だ。
何故
 
その年、自分は、骨髄バンクを知り。
静岡県骨髄バンクを推進する会を知って。
そこの襷をかけてマラソン大会を走る骨髄バンクの広報をするボランティアを知った。
 
そして、先に書いた「命のアサガオ永遠に」を知って、丹後まみこさんの講演を聴いて、骨髄バンクをもっと世の中に知ってもらう活動に思いを馳せた。
賽の河原の石積み
昔、若くして、まだ小児で、亡くなる人が多かった。現在、医療は発達し助かる命がある。
今を生きるプレミアム世代。
プレミアム→オマケ
そのプレミアム世代が、オマケの時代をどう生きるかを、後を追いかけていく世代が見つめている。

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死んだ子供が行く所といわれる冥途(めいど)の三途(さんず)の川、賽の河原。ここで子供は父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとするが、絶えず鬼にくずされる。
そんな話からか、やっても意味のないこと、という感じで使われることがある。賽の河原の石積み。
やっても意味のないことの例えとして使われる言葉になった。と言う。
「ひとつ積んでは父ののタメ。ふたつ積んでは母のタメ。」

この話には、つづきがある。
最後に、地蔵菩薩が現れて,今日より後はわれを冥途の親と思え,と抱きあげて救うようすがうたわれている。 そうだ。

いっけん意味の無いようなことが、続けて行っていると、人々の心を引き寄せる。

今日の夕方、いつものように、佐久間ダムまでランニング。
電力館に行ってダムカード。
 
走るという行為、フルマラソンを走りたく、走り込みをする。
目標があり、その目標を達成するために走り込む。
最初、フルマラソンを走りたくて走っていた自分が、いつも走ることによて走ることがライフラークになってくる。
 

走ることを続ける。賽の河原の石積み のように。
いっけん意味のないことのように思うことも、続けることによって何かを得ることができる。

走ることによって、得た者は、ラン友。。。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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