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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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中学生の兄に抱かれ無邪気に笑う自分がいた。
 
私の人生のスタートは
昭和35年、
静岡県磐田郡佐久間町相月
横吹(よこぶき)
で始まった。
父親・母親・兄・姉に見守られて育っていった。
 
その兄は、今はもういない。
横吹から半場に引っ越してきて数年たった夏、中部のお祭りの時に緊急入院の連絡が来た。
出張先で吐血して救急車で運ばれた。
医者に余命宣告され、残りの命を燃やしてこの世を去って行った。
 
今、自分は生きている。
兄が命を燃やしたつくした時よりも長く生きている。
兄が生きたかった道を進んでいる。
 
未来へススメ
今日は愛知県奥三河の山
明神山
に走りに行く。

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若い奥さんが、いうことを聞かない我が子にスマートフォンを向けて
「鬼が来るゾ~」
そんな光景を見た。
今日も昨日もその前も。
何だろう?
鬼・躾・でググってみた!(^^)!
でた~
【iPhoneアプリ】鬼から電話(音声あり)

子育てで困ったときの、子育てサポートアプリだそうだ。
昔、子供たちがゆうことを聞かないとき「鬼に言いつけるよ」「お化けが来るよ」などと言われて子供を叱った。
今は、スマートフォンでリアルに電話が来る。
世の中、子育ても変わってきたもんだ。

また、こんなのもあった。
悪い子はどこだ

凄すぎる~。恐ろしい(((。・´ω`・。)))オォ怖~
ションベンチビル~~~。。。
そう言えば、秋田のナマハゲというのもある。
「悪い子は何処だ~」と、人の家にまで入って鬼が脅かす風習。

話は変わるが、遠山での「チャレンジマラニックin遠山郷」後夜祭の時
佐久間から参加したとの私に話に来た人が、佐久間町中部の出身の人で
「中部のお祭りで鬼のジャジャに追われたことが忘れられない」
と話していたことを思い出す。

小さいころの恐ろしい体験は、脳裏を離れない。
今どきの子供は、スマートフォンの鬼の話をわたしたちのような中高年になったとき、思い出として話すのだろうか。

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10月15日(日)
「中村館」で朝6時半に朝食、7時に「国盗り」で水窪役場前で待ち合わせだというので行ってみた。
 
水窪のNPO山に生きる会に入って今年で4年目になる。
佐久間からはチョット遠いので、自分のやりたいこともあるので、なかなか活動には参加できなかったが、今回浜松市ギャラリーモール ソラモでやる「山フェス」の参加の依頼が来たので行ってみることにした。

山に生きる会の会員になって、黄色いジャンパーをもらい、事務局長から「活動の時にはこのジャンパーを羽織って来てください」と言われたのだが、登山・ハイキング・山の道造りでは持っていくの忘れたり暑くて必要なかったりで着たことが無かった。
今回、初めて山に生きる会の黄色いジャンパーにそでを通した。

山に生きる会では「つる籠づくり」「木工工作」など。
水窪から浜松駅まで約二時間、大きくなった浜松市の隅っこから黄色いジャンバーを着てやってきた。
 
あいにくの雨降り、屋根の下の作業で助かった。
 浜松市ギャラリーモール ソラモ
浜松市では一等地、そんな場所の雨もしのげる場所、一等地の中の一等地での出店。
 
こんなチャンスはめったにない話。
チャンスを生かさないと、田舎、何もないとこかもしれないが、何かをつかむチャンスは与えられている。

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森町三倉での勉強会・読書会を早くに終わらせてもらい、次なる予定「ユニバンス水窪事業所同窓会」会場である水窪に車を飛ばした。
萩田氏の
「横断幕持った!」
の言葉に、シマッタ忘れてシマッタ。
夕方6時の予定までには時間があるので、直接水窪には行かないで佐久間の家まで帰って忘れ物を持ってから水窪に向かった。
途中、相月バイパスの切開(キイナマ)三叉路で車が横転している事故発見!!!
小雨降る中の運転でスリップしたのだろうか、乗っている人が心配な事故現場だった。

ユニバンス水窪事業所同窓会
今年で3回目になる。
1回目2015年は23名
2回目2016年は 8名
そして今年
3回目2017年は10名
の参加者が集まった。
勉強会で読書会で教えられた、おかげさま、10名もの人が来てくれ、ほんとうにありがたいことだと思っている。
しかし、今回で終わりにしようと会の最後に、みんなに言おうと思っていた。

ユニバンス水窪事業所同窓会の会場は「中村館」
5時15分ごろ到着
会場に持って行ったものは去年の集合写真

ユニバンス水窪事業所同窓会の横断幕、これは萩田氏に書いてもらったものだ。
メンバー表
一人5000円の会費
10名×5000円=50000円になる。
一人二人と集まって来る。
定刻の夕方6時、まだ二人の人が来ていない。
電話をしたら7時と間違えた人、日にちを勘違いしてた人。

1年ぶりに再会して、それぞれの近況を話し、懐かしみ合い笑い酒を飲んだ。
「今日は、ありがとう」
「タクシーを呼んであるで先に帰るで」
と言って帰った人が居た。
「時間が来たので、中締めしたほうが」
そんな話が出た。
そうだ、横断幕で集合写真を撮らなければ。
 
パシ!!。
フジユニバンス水窪事業所同窓会2017年の集合写真だ。
残念なことをした。
先に帰った人を一緒に写さなかった。
いろいろ不手際の多い幹事でスイマセンでした。
 
会が終わり。
森町三倉から帰って来る時に、この飲み会も今年いっぱいで辞めようと思っていたが
そんな考えは自分の頭から消えて無くなっていた。
フジユニバンス水窪事業所同窓会
一人でも喜んでくれる人が居る限り、続けていくのが自分のやるべきことだと思っている。
そう思うようになってきた(*^^)v

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28㎞エイドで左足首に着けてもらった
ミサンガ
「チチンプイプイ、こらからの長い道のり気をつけて、ころばないようにオマジナイ」
ボランティアの少女に着けてもらたミサンガ
木の根っこ、チョットしたコンクリートのふくらみでつまづいて、何回もコケそうになったけど、オッととと、、、と、なっただけで、手をついて転ぶまでにはならなかった。
ミサンガの効き目だろうか?

ミサンガ
日本で流行り始めたのは、自分まだ若かったころ子供たちがまだ小さかったころ。
日本でサッカーがJリーグが始まったころとだと思う。
ネットで調べたら
サッカー大国のブラジルからラモス瑠偉という選手がやってきたのですが、彼が巻いていたの紐をミサンガと呼んだことから、日本ではこの名が定着したのです。
と、書いてあった。

流行りに乗って、自分も足首に巻いたこたあった。
願が叶って、切れる前に、うっとおしくなり、自分で取った。
長続きにしない、自分であった。

そんな、自分が、お父ちゃんと呼ばれるようになった頃から始めた、走るということ、未だに続いている。
ミサンガ
日本で流行り始めたころ、自分の走る趣味も始まった。
 

10月8日(日)
ぐるっと浜名湖一周エンジョイ・マラニック
真夜中の三時。
28㎞地点のエイドで着けた貰った。

ミサンガ
まだ、自分の足に着けたままにしておこう。
知らぬ間に切れて無くなっているうちに願が叶っているかもしれない。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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