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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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参加予定チーム
100チーム
棄権チーム
4チーム
多くの人が佐久間にやってきた。

今回、佐久間中学校の生徒が、全員ボランティアの佐久間駅伝のスタッフとして働いてくれた。

佐久間は過疎たけど、アッタカイところ。
そんな感じが伝わっただろうか?

 多くの人に考えてもらいたい。
過疎高齢化のこと。

大人も子供も

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一時間前に里に行き、母親の顔を見て会場に向かった。
痴呆歴10年以上。
 
の私の母よ
自分の家が分らなくなって、散歩に出かけて迷子になって、捜索願が出て、近所の人に迷惑をかけたことが数知れず。
地域の区長さんから さくまの里を紹介され、入所の手続きをして順番待ちになって半年後、施設長さんから電話か来た。
2007年の冬
施設長:「老人ホームに入所できますが、、、如何ですか?」
 私 :「配偶者である親がいないので相談してから電話します」
父親の部屋に行き、その事を話すと
父親 :「たのむゾー」
早速手続きをしてさくまの里の三号館に入所して、部屋のベランダから観た景色が、綺麗だと思った。
母親は入所を拒むこともない状態だった。
 
水窪町の上村に産まれた
人生のスタートは水窪だった母親
水窪上村スクリプト公開↓
http://run2.ina-ka.com/www3/Untitled3.html
斜面集落の横吹に嫁いできて、老後半場に来て痴呆になり佐久間の里に入所

そんな母親が お世話になっている特別養護老人ホームさくまの里の新年会に参加してきた。
会長さんの挨拶の中で「君たちはどう生きるのか」の本の紹介があった。
自分一人で生きているのではない、みんなのつながりの中で生きているのだ。

施設長の挨拶で、今の佐久間町の人口推移の話が合った。
五年前から1000人ほど佐久間町の人口が減ってきた。

隣の若い職員と話し、子供を持つ若い夫婦のココでの暮らしぶりを聞いた。

地元で暮せることは、ありがたいことだ。
しかし
いま現在、地元が過疎で疲弊して暮せる状況でない方向に進んでいるという現実がある。

今回、資料でいただいた、
佐久間町の人口推移・人口ピラミッド
多くの町民に参照していただきたい資料である。

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昨日、愛車2シーター(フャレデイK)が車検のために近くのモータースにもっていってもらった。
今朝は何時もと違う代車、これも2シーター。。

朝ユックリ寝すぎてしまい、起きた時には時計は6時半を回っていた。

車だから、10分のすれば職場に着く。
そう思った。
が.

ところが、その代車、朝からご機嫌斜め。

セルが回ってエンジンがかかったが、吹かない回転数が上がらない。

ボソボソとローかセカンドでユックリしか走って行かない。

なんとか300mくらい走って、昔の牛乳屋さんの前まで行き、その昔の牛乳屋さんの横に駐車して、職場までダッシュすることにした。
あいにく外は雨降り。

B型鉄橋を渡り、特別養護老人ホームさくまの里の横を走り、中部の商店街へ。
そこのがんばらまいか佐久間でやっているいどばたで、知り合いのオバちゃん塩○さんが
「なんだいね雨の中、風邪ひくに~」
「傘かしてやるか~」
と声かけられ
「いろいろあってネ」
と言って職場を目指した。
早くいかないと遅刻になると懸命だった。

職場に着いて、雨でぬれた上着を着替え、何食わぬ顔で何時ものルーティンワークを始めた。

やれやれ、しかし、走るのが趣味でほんとうに良かった。


車は便利だが、それが用を足さなくなったとき、不便を感じる。

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水窪祭りで出会ったのが運の付き。
名刺を頂いて、電話して、西浦公民館に用事で行ったときの帰り、草をむしっている人が、その原さんだった。
話すとなが~い何時までも話している。
最後に
「水曜日の夜、実践塾みさくぼをやってるで、是非きて~ネ」
そんな言葉で、行ってみた。
みさくぼ実践塾

場所は、永福寺。
佐久間から車を飛ばし、みさくぼに着いたのが7時。
間に合った。
もう数台の車が、駐車場は満車だ。
 
原さんのこの塾のことは
静岡新聞で読んで知ってはいた。
水窪盛り上げ 知恵生かす 「脱・限界集落」テーマに塾
住んでいるところは水窪ではないが、誘ってくれたので顔を出してみた。
同じ北遠、過疎高齢化に苦しむ浜松の北の隅っこの地域だから、気にはしていた。
 
参加者に35歳の名古屋から来た青年がいた。
子供を連れて水窪に移り住んでみようかと言っていた。
そんな青年に、地元の人が興味を示した。
 
このような活動で、地域を世に知ってもらい、出会いがあって、過疎地域に人を呼び込むことができるかもしれない。
可能性はゼロではない。
まずは、実践してみること。

過疎だ過疎だと嘆いているより、まずはやってみること。
「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは心なりけり」
平谷村の蕎麦屋「侍」
やったらどうか?
ではなく、実践してみるから答えがでるのだ。

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去年のブログ「水窪祭り2016」

一昨年は遠山郷で行われている「チェレンジマラニックin遠山郷」と同じ日だったので遠山郷に行く途中に仮装を観に寄ってきた。
遠山郷に行く前に。。。
 

今年「水窪祭り2017」は、な・なな何と、仮装に申し込んでしまった。

二年間、水窪祭りを観に行って、水窪の人たちの仮装の意気込み完成度は感じていた。

この様な、すご~い仮装はむりだが、自分なりに伝えたいこともあった。

自分は毎年春、12市町村が合併して大きくなった政令都市浜松市を浜松駅南口から、ココ水窪町(ほくえん)と通て県境である青崩峠を越え南信州「遠山郷」まで走っている。
2011年の6月春、協力してもらうランナーを集って初めて超えた青崩峠。
参加者20名
http://run2.ina-ka.com/yumekaidou/sionomiti.htm
ネットにそんな仲間を残してある。


2014年のときには中日新聞の記者が浜松駅に現れて矢継ぎ早に質問された。
「何のために、このようなことをやっているのですか?」
「地域おこしの為ですか?」
当時、そんな言葉の返答に困った。
しかし、今では言える。
自分が楽しいから。と。
 

今回、申し込んだ水窪祭りの仮装も同じ、楽しもうと思ったからだ。

浜松市の北の果ての街「水窪町

この景色が、政令都市浜松市の、このままのやり方では維持していくのは難しいと思う。

多くの人に考えてもらいたい問題だ。
中山間地が抱える問題、過疎高齢化のこと。

byしんしん

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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