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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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12月9日(金)
夜、水窪で「山に生きる会」忘年会。
次の日
12月10日(土)
は、遠山郷(木沢地区)ここで、「霜月の祭り」があるというので遠山郷に行ってきた。

水窪から遠山郷まで、青崩峠を越えれば一直線で行けるのだが、車では国道152号線で兵越峠を越える大回りとなる。
国道と152号線、国道と言っても、すれ違いも困難な狭い道だ。
遠山の人たちは、この道を利用して浜松の「ららぽーと」「プレ葉ウォーク浜北」などに買い物に行くと聞いたことがある。
 

朝早く兵越峠を越え、急な坂道を下っていくと、最初に合わられる遠山の村「このた」がある。
クニャクニャ曲がった狭い道を下り切ると、遠山郷の街が
街を貫くバイパスがある。
このバイパスができたおかげで、道の駅「遠山郷」がある「和田地区」と、今日の目的地「木沢小学校」のある「木沢地区」は近くなった。

(水窪と佐久間も何時の日にか、このような道が峰トンネルの車の道ができないかな~)

早朝、まだ早いので、バイパスを通らずに、チャレンジマラニックin遠山郷のコースを車で通ることにした。
合戸峠、周り。
ランニングでは走りやすい道だが、車では狭い道。
峠から下ったところが木沢地区、木沢小学校がある郷だ。
時計は朝の7時。まだ早い。小学校前の校庭に車を駐車して仮眠でもと思って木沢小学校に行くと。
管理棟に明かりが灯っていた。


その管理棟のドアーを開ける。
一人、先客がいた。
お互い自己紹介をして、自分は、昨日「山に生きる会」の忘年会でいただいた残り物の御飯を食べた。
先客は、朝から焼酎を飲んでいた。
酒も飲まないか?
と勧められたが、朝からの酒は、断った。
その人は群馬県からの人だった。
 
モチロン猫校長も居た)タカネちゃん

暫くすると、また一人。
この人は知っている人だ。
千葉県から来たという。
朝からビールを飲み始めた。
「ビール、一本欲し~」
3人で、木沢小学校で酒盛りが始まった。

本日の予定は、
木沢地区の「霜月の祭り」を見る。こと。
自分は、早めに木沢小学校に行き、そこに車を置いて、走って木沢地区を散策してから、和田地区にある道の駅「遠山郷」の温泉「神楽の湯」に行く。
そこで、ある人と昼12時に待ち合わせ。

時間は10時半、そろそろ走りに出よう。
遠山郷と言えば、下栗の郷、今日は下栗の郷から見える
下栗の郷の向かい側の林道をランニングすることにした。
木沢地区から国道を下り、遠山川の吊り橋を渡り、そこに出る斜面集落を目指し走って行った。
斜面集落が終わると、林道。
杉が大きく、展望は望めない。
微かに見えるのは下栗の郷だろうか?
時計は11時30分。そろそろ折り返さないと待合時間に間に合わなくなる。
諦めて同じ道を帰る事にした。

神楽の湯に着いたのが12時15分。
風呂に入って。連れの人に出会って。
風呂から出たら、近くのスーパで買出しをして、木沢小学校に行き、(泡)の始まり。

おっと、霜月の祭りは、もう始まっている。
毎年、一昼夜祭りは行っていたというが、今年から夜中の12時に終了だと言いう。

遠山の人は
毎年、冬、霜月の祭りという神事を続けている。
世の中が、いくら便利になろうとも、車が自動で動こうとする時代に、何百年という前から行っている神事。
遠山の夜は寒い。
太鼓の音、笛の音を聴きながら
 木沢小学校の理科室で就寝。

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NPO法人「山に生きる会」中間報告

山住古道
山に生きる会では、今年度、山住古道を整備したそうだ。

昔、城西小学校の遠足で、この山住の道は歩いたことがある。
たしか、家康腰掛の岩などがあったのを覚えている。

竜頭山スーパーマラニックのときに、河内浦(こうちうら)の 鳥居の所を覗いてみたが、昔の面影もなく朽ちていたような気がするが、整備してくれたのだナ~。

来年の「竜頭山スーパーマラニック」のときには、山住からの下山は、この山住古道を利用しよう。きっと昔の思い出が蘇るだろう。

水窪警察署長の挨拶があった。

平成28年度の「水窪100山」入山リスト
池の平登山口、城光寺山登山口、麻布山登山口、門桁ゲート、戸中山ゲート、奈良代山ゲート、権現橋ゲート、青崩峠登山口、それぞれの月別に入山者を記録してある。
「入山ポストに投函してあるこものだけだから、実際に山に入っている人は、この倍はいるだろう」
という話だった。

18時からは「忘年会」
山住古道の話が出た。古道の入り口に看板を建てよう。目立つように大きな立派なやつを。
水窪も佐久間と同じ高齢化している。
それでも、自分たちが立ち上がれなければと頑張っている。
そんな気持ちが伝わってくる。ビンビンと。

最後に、事務長から
「万歳三唱は、お前がやれ!」
と耳打ちされた。
「えっ」とは思ったが。
会の終わりに自分がみんなの前で
「水窪 山に生きる会が益々 発展していきますように・・・・・バンザ~イ」
を両手を上げた。

追記
私の暮らす北遠は、平成の合併で浜松市になった。
そのとき佐久間ではNPOを作り、私も活動委員として参加するようになっていた。
しかし、そこのNPOは、理事長とは事務長とは、水窪の「山に生きる会」のような関係ではなかった。
まるで会社組織のような、お前はボランティア活動さえしていればいい。そんな感じだった。
今、そのNPOではアワビを手掛けていると新聞で報道されている。
どんな経緯だかわわからないが、佐久間に暮らす者として、心配でならない。

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「おもしろき こともなき世を おもしろく」

昨日は、長野県平谷村の蕎麦屋「侍」に行ってきました。

今年の9月
チャレンジマラニックin遠山郷
を走った後、走り終わって後夜祭でお酒を飲んで、そこの観光協会「アンバマイカ」横の足湯で知り合った蕎麦屋
ソバ処「日向」
の大将。

そのとき聞いた。
「大将オススメの蕎麦屋は何処?」
その大将が、言うには。
「開田高原の『時香忘』、平谷村の『侍』」

だ、そうだ。

そこで、昨日は、その平谷村の 蕎麦屋「侍」に行ってきたのだ。

標高1000mの自然に包まれた古民家(明治21年築)で、石臼挽十割蕎麦『侍(さむらい)』手臼粗挽蕎麦『野武士(のぶし)』二種類の個性あふれる手打蕎麦

「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは心なりけり」

幕末の風雲児、高杉晋作が読んだ句、
今風に言えば

『面白いと思えることのない世の中を面白く。それを決めるのは自分の心もち次第だ』

現代の『侍』が打った蕎麦、たいへん美味しく頂きました。

 

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川根で
南アルプスマウンテンマラソン
が、あるのだ。

目的は、走るだけではない。
佐久間町に暮らす者として、川根を尋ねてみたい。
そんな気持ちがある。

地図でみれば、お隣さんの地域も、大きな山に隔てられ、そこの地域に行くには
大回りをしていかなければならない。

だけど、もっと昔は、東名高速道路しかなかったときは、もっともっと遠い地域だった。
が、今は新東名ができ、遠いお隣さんの地域「川根」もだいぶ近くに感じるようになった。

遠い  近い

新東名ができ、川根が近く感じるようになった。

便利  不便

こんだ引っ越すなら浜北だぞ~。

横吹は不便だった。
半場にきて、自分は便利を感じた。


遠い  近い
便利 ⇔ 不便
それらは全て、なにかと比べて自分で感じることだ。

明日は
南アルプスマウンテンマラソン
45㎞

スタート  (7:00)
22.5km関門  (11:30)
34.5km関門  (15:00)
ゴール    (16:00)

前回
2014年の冬
寸又峡カモシカトレイルアドベンチャーラン
これも走ったことがある。
 

今回はどんな大会になるのだろう。

今からワクワクしている。

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正式には
佐久間ダム竜神まつり
と言うそうだ。


今日は、その祭りに行ってきた。

佐久間ダムを舞台に竜神の舞
その保存会の お手伝いをチョットだけやらせてもらった。

はじめダム湖の隅に隠れ、無線の知らせ巨大な竜神がダム湖に、煙幕と爆竹の音と共に現れる。
そして、その竜神が佐久間ダム湖畔広場に行き、竜神の舞が始まる。

そんなストーリーだった。

私は、この竜神の舞は、今回初めて見させてもらった。
地元の人が誇りを持って受け繋いできた竜神の舞

過疎高齢化で、重い竜神を操る人が少なくなってきた現実もある。

今年で58回
58年前、この祭りは賑やかなことだっただろう。
佐久間ダム祭り
竜神の舞
聞いてはいたけど、始めて見た。

これから先、佐久間町も、他の中山間地と同様に人口の減少は避けて通れない。

だから、田舎に暮らす一人として、手助けできることは、なるべくしたい。

しかし、自分がやろうとしていることも多い。

まっ、今回、いい経験をさせてもらった。

またネ(^O^)/

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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