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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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水窪祭りの仮装コンクール、去年は参加させてもらった。
今年も・・・。と、思ったがこの夏に不幸があり今回はやめにした。
去年、お世話になった山に生きる会「交流所」に今年は、そんな挨拶をしに一升瓶を片手に訪問した。
 
山に生きる会 初代会長
ノボルさん
水窪老人会会長
ギンに~。
水窪実践塾 塾頭
クニジさん
が、これからの水窪の話をしている最中に お邪魔した。
「浜松市になったが、この水窪から元気を出してみんなで楽しくやりまいか」
「水窪が先頭にたっていけば、佐久間もついてくる」
「高齢化は水窪だけではない、都市部でも同じダ」
「今、自分本位の人が多すぎる、自分さえ良ければいい、そんな人が」
「自分のことは大事、だけど地域のことも考える時代」

なにか用事のない限り。
「夢街道90㎞、協力するゾ~」
とも言ってくれた。
 
あの
松下幸之助さんも82歳の時に私財をなげうって「松下政経塾」を立ち上げた。
若い人たちに、日本の未来を託すために。
ノボルさん・ギンに~・クニジさん
水窪の未来を語っていた。水窪には本当に水窪を愛する人がいる。

今回、水窪に来たのは、もう一つ目的がある。
10月27日
峠の国盗りマラニックの情報集め。
山に生きる会「交流所」を早々に切り上げ、また耳塚酒店により一升瓶をかついで向市場の知り合いの家に急いだ。
向市場の壮年衆が集まっていた。
みたことある人、初めて出会う人、北遠のそこらじゅうを走っているので自分を知っている人は多い。
中に城西の人がいた、今回初めて顔を合わせる人だが、その親戚は知っている人だった。
多くの御縁をいただいた、今回の水窪祭り。

よき宴が、よき縁を招いてくれて、未来の自分の夢を叶えることの希望につながった。
少々飲み過ぎたのか、夜中ションベンに何度も起きた。
二日酔いの気分は暫く残った。
そんな感じだけど、夕飯前にはビール。
そしてブログ。
土曜日は酔っぱらって書けなかったので今日は二回書いた。

お世話になった水窪の宴でのご縁、本当にありがとうございました(^O^)/
水窪祭り2017
水窪祭り2016

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コメント
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無題
なんだかんだ言って飲みたいだけじゃないか。
家にいて孫の守んり~でもやれちゅう~の。
2018/09/17(Mon)04:22:15 編集
無題
おっしゃるとおりです。
スイマセンです。
しんしん 2018/09/17(Mon)04:23:13 編集
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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