平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。
ほくえんの風を
身体中に感じながら。
キム君の悩みの一つ
マイノリティーとして生きていくこと。在日コリアンとして生きていくこと。
が、ある。
日本で生まれた韓国の人、遠い過去、様々な事があり、今の自分がいる。
そんな人に、日本名もある。
だが、キム君は、なんだかウソついているみたいでイヤだ、と。

その悩みと共に、シルクロード自転車の旅、自分が決めたユーラシア大陸のゴール、ポルトガルのロカ岬、
自分なりの答えが出たのだろうか、
「フリーハグ」そんな本に、桑原さんが日本に帰ってきてキム君との会話に、そこ答えが書いてあった。
マジョリティー・マイノリティー 多数派と少数派
多数決で可決される人たち意見そのものをマジョリティーと呼んだりもする。
マイノリティーの人たちは社会的にも弱い立場に置かれていたり、不利な経験をしていることもある。

日本に暮らしているから、日本人以外の人がマイノリティーになる。
日本人が韓国に行けば、日本人がマイノリティーになる。
シルクロード自転車の旅、ユーラシア大陸を東から西に向け、ヨーロッパをゴールとした。
二人
桑原功一「フリーハグ」
人の出逢いの本だった。
多様性、多くの人との出会いをスキンシップで、フリーハグという動画で世界をつなげている。

桑原功一「フリーハグ」
人の出逢いの本だった。
多様性、多くの人との出会いをスキンシップで、フリーハグという動画で世界をつなげている。
多様性、「ダイバーシティ」という言葉
いろいろな種類や傾向のものがあること。変化に富むこと。「生物の多様性を保つ」
多様な種類の生き物の中の、この私もその一人なのだ。
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フリーハグとは、いまから20年前にアメリカで始まり、ネットの普及で世界中に広まり「戦争反対」「世界平和」といった、おおきなテーマを掲げる人もいれば、「僕は地方から東京に出てきて新聞配達をやっていますが、いつも孤独を感じています。それでも人を信じたい。共感してくださる方はハグを!」というように個人的な思いを掲げる人もいます。ちなみに新聞配達の男の子は、東京・渋谷のハチ公前の広場で実行し、じつに多くの人たちにハグされて励まされました。
桑原功一さんがフリーハグをするときは
桑原功一さんがフリーハグをするときは
たとえ「国」と「国」とがいがみあっても、
「人」と「人」とが嫌い合っているわけではない。
それぞれの国に、相手国との友好を願う多くの人々がいる。
私はみなさんを信じています。
みなさんも私を信じてくれますか?
もしそうなら、Give me a HUG!
はじめにから一部引用
【元祖】日本人が韓国でフリーハグをしてみた
日本人が南京でフリーハグをしてみた
日本人が反日デモでフリーハグをしてみた
日本人がフィリピンでフリーハグをしてみた
日本人が台湾で目隠しをしてフリーハグをしてみた
インドで日本人がフリーハグをしてみたら
【元祖】日本人が韓国でフリーハグをしてみた
日本人が南京でフリーハグをしてみた
日本人が反日デモでフリーハグをしてみた
日本人がフィリピンでフリーハグをしてみた
日本人が台湾で目隠しをしてフリーハグをしてみた
イスラム教の国で目隠しをしてフリーハグをしてみた
インドで日本人がフリーハグをしてみたら
桑原功一さんのこの行動は、世界各地で行われている。
まだまだ彼の動画は多くある。
桑原功一さんの行動に刺激を受け、韓国の女性留学生が大阪のでのフリーハグのことも書いてありました。
韓国人が反韓デモでフリーハグをしてみた
韓国人が反韓デモでフリーハグをしてみた
フリーハグ
私の記憶では、昔HNKのドキュメントでやっていた。
9.11
アメリカ同時多発テロ事件
湾岸戦争
1990年8月2日のイラクによるクウェート侵攻をきっかけに、国際連合が多国籍軍(連合軍)の派遣を決定し、1991年1月17日にイラクを空爆して始まった戦争
そんなとき、ある男性が始めたフリーハグ、だと思う。
憎しみからは、なにもうまれない。
桑原功一さんの行動を応援します。
平成3年の夏、蒸し暑い夜、一冊の本を注文した。
翌朝、10時、その本が我が家にとどいた。
はや~。。。。
浜松市の隅っこ佐久間にダニ~。速い、早い、有り難い。
浜松の倉庫に、その本はあったらしい。それにしても早い。
流通業界の車が、ドライバーが、その本を運んできてくれたのだ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
佐久間までこんなにも早く届いた、その本は
桑原功一「フリーハグ!」
その人は、この動画の人だ。
日本人には、とくに私と同じ年代の人には、分からないだろうナ~。。。
知らない人とハグするなんて
知らない人とハグするなんて
実際、森町三倉「勉強会」で話したことがある。
今の日本の青年が、このような行動をしている、と。
あ、
これは、私のスタイル、この高く上げた手を、もう少し下にすれば、桑原功一さんの姿になる。
後私に足りないのは笑顔かな(笑)
桑原功一「フリーハグ!」
韓国・中国・台湾・・・世界とつながった10年間の記録!
昨日、はじめに・第一章ソウル光科門、2009年8月、まで読みました。
本との出会い、人との出会い、
様々な本がある。いろいろな考え方の人がいる
本との出会い、人との出会い、
様々な本がある。いろいろな考え方の人がいる
パソコンで夜中クリックした書物が、翌朝我が家にとどいた。
それは、たまたま倉庫にあったのかもしれない。本屋で出会った本もある。とりあえず私の手元に届いた。
動画で出会った桑原功一、本で彼の今までを感じ取ろう。
森町三倉「勉強会」
勝手に送ります。
ご迷惑の方は連絡ください。送信を控えます。
「人生を学ぶ」勉強会のご案内です。添付をご覧ください。
森町・三倉の別荘で
いっしょに学びたい方は気軽にご参加ください。
きっと・・・すばらしい一日になることでしょう。
遠方だからとか、今更とかではなく
人間学ぶということは・・・いくつになっても大事なことだと思います。
現に、千葉から、岐阜から、東京から勉強会に参加する方がおります。
こんなメールで、森町三倉「勉強会」に参加するようになった。
そして今、コロナ禍で参加しないようになった。

人間学を学ぶ雑誌「到知」
この雑誌は、ある人から送られて読み、定期購買をした、二年三年問読んだ。
大変ためになる本で、渡辺昇一さんのコラムは毎週楽しみの一つだった。
「渡辺昇一少年日本史」が私の本棚にある。
日本人にしか見えない虹を見る
一冊の雑誌から、その人を知り、その本に出合った。

一冊の雑誌から、その人を知り、その本に出合った。
森町三倉「勉強会」&人間学を学ぶ雑誌「到知」
どちらも「人間学」そんなことを学ぶ、ことに重みを置いている。
人間学を学ぶことは人間力を高めること。仕事をするうえで、人間力は非常に重要なこと。『致知』では、人間力をいかに高めるかを、各界各分野で一道を切り開いてこられた方々の体験や. そこで得られた英知から学ぶことがでる雑誌なのだ。
そんな雑誌、良書なのだが、今定期購買を止めている。
到知出版社来るからメールだけで満足している。
森町三倉「勉強会」&人間学を学ぶ雑誌「到知」
勉強とは縁のない世界にいた自分だ、今更と思う。が自分なりにやってみた。
今、自分の器は、コロナ禍で伏せている状態なのだと思う。
お酒を飲んで、ご飯を食べて、もうこれ以上食えません飲めませんと伏せている。
状態なのだと思う。
今コロナ禍、自分の器を大きくする時期なのだと思う。
ある会社の社長は
「人間にとって最も大切なことは、人と付き合い、本を読み、旅をすることだ」
と言いました。
原文まま
この言葉は、昔ライフネット生命の社長、今は立命館アジア太平洋大学の学長の人の言葉だな。と、感じた。
哲学を中心とした「生とは何か」を問うのがかつての教養で「いかに生きるか」を問うのがこれからの教養と言ってもいいかもしれません。
これも原文まま
教養なき自分が本を読み始めた。
ブログも書こうと思っている。
これは、物覚えが悪い自分が読んだ本の中に
インプットも大事だがアウトプットも大切
と
本を読み知識を吸収することも大事だが、人と話し議論することも大事だと言うこと。
今はコロナ禍、ブログで書いて、自分で読み直すことも大事だと思て書いている。

出口治明さんが言っている
人・本・旅
この三つが大事だと、言うこと。
これは、15年前、萩田氏に出会い、ウルトラマラソンを知って、そんな人と走ってきた思い出、そんなことから。
旅ラン、走りながら偉大なる先輩の話に耳を傾ける事を知った。
藤原正彦「国家と教養」を読んでる途中、私のスマホにメールが入った。
ほくえんを応援してくれる信念の男、城内さんからのメールだった。
YouTubeで藤原正彦さんとの対談があると書いてあった。
マイノリティー(社会的少数派)を応援してくれる人、中にはおるのだと感じた。
過疎だから出来ることもある。
過疎になったからこそ、考えることもある。
バカにする人もいるけど、応援してくれる人もいる。
過疎だから出来ることもある。
過疎になったからこそ、考えることもある。
バカにする人もいるけど、応援してくれる人もいる。
この動画の音楽もイジメのない社会を目指すバンド一途(イチズ)の「そのままでいて」と言う曲だ。
過去を振り返る、ことに寂しさを感じる。
夢街道の追憶
最初に2011年参加したメンバーは私のホームページにある。
ココの第一回夢街道の赤字をクリックすると出てくる。

第一回目から伊藤さんは西渡で待っていてくれエイドをしてくれた。
近藤さんも観光協会として私たちを迎えてくれた。
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クリック
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クリック
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クリック
クリック
夢街道の追憶
過去を振り返る。これから夢街道はどうなって行くのか。過去を振り返り未来を夢見る。

ブログには残していなかったけど、三回目だったけかナ~。
前日大雨が降り、飯田線が不通になり水窪駅までしか下りの電車は行かなくなった。
近藤さんは電話で、遠山には来ないでください。と言われた。
青崩れ峠を越えた、遠山側の山が動いて崩れそうだとの連絡が入ったのだった。
夢街道、予定の日より3日前の連絡だった。大雨の時の話しだった。

金曜日仕事を休みを取っていた。
幟を付け看板を付け夢街道の準備をして遠山に向かった。
台風が去り、曇り空から青空がのぞいていた。
天気は良いけど、走り終わり帰る人は電車は、平岡駅には来ない。
途中の城西駅によってJRの連絡先に電話した。まだ不通のようだ。
車で兵越峠を超えるとき、参加者に
「泊まる人は遠山まで行けますが、電車で帰る人は水窪までしか行けません」
と言おう。決心した。
しかし、荷物はどうしようか何かいう人がいるだろうか。悩みは尽きなかった。
遠山の観光協会につき、そこのシンちゃんが
「たった今JRから電話が来ました。飯田線開通です」
と
助かった、地獄で仏、天は見放さなかった。ホットした。

「遠山には来ないでください」
その人はその人の立場として、当然の言葉だろう。
また自分は自分に聞いてみた。
「如何して、こんなことやるのだろう」
と
もし、なんかあったら責任は誰とるダ。言われたことがある。
責任・責任・責任
その回の夢街道は私一人で浜松駅に行き、参加者と出会った。
ウッチャンと今は亡きヨッピーが言った。
「近郷さんは?」
私は言った。
私は言った。
「原点に返り自分の荷物は自分で背負って走って下さい」
と
ウッチャンとヨッピーが言った。
「近藤さんも本当は来たいんだよ〇×▼△・・・」
私はスマホで近藤さんに電話をかけ、二人に渡した。
その年
遅れて近藤さんは夢街道のサポートに来てくれた。

近藤さんは何故、ココまでしてサポートしてくれるのだろう。
それは遠山郷のため、だと思う。
「何のために貴方は、そんなことをやるのですか?」
第四回目に来た女性の新聞記者の問われた言葉だ。
何のために、何のために、何のために
難しい問いだ!
その女性記者は
「地域おこしのためですか?」
と、聞きな直した。
その時は、地域おこしではない自分のためだと思った。
今は
11回目になた今は、通りすぎて感じたこと、
人との出会いが、大切な思い出とともに自分の宝物だと思う。
しんしん
森町三倉「勉強会」
戦前師範学校の生徒に行った授業、森信三先生の記録の本「修身教授録」の読書会
長い年月をかけて読み終わった。
講師の先生が言った。
「この本で森信三先生のどのような言葉が印象的でしたか?」
私は『尚友』だった。
他にもためになる言葉はあった。
が
自分には尚友という言葉が一番腹に落ちた。

この本は、到知の付録としてついていた一日一語のあるページに書いてあった、藤原ていさんの言葉から知った。
しかし
その時は本を読むことはなかった。
それが
コロナ禍、三人で明神山に登ろう、三人ならいいだろう。そう思って計画したチャレンジ明神山である。その時、ある仲間が、その藤原ていさんの話をした。
そして、その本を図書館で借りて読んだ。
感動して、自分の本棚に置こうとアマゾンで買った。そして藤原ていさんの本『旅路』も合わせて買った。
そして『旅路』はその、ある人に贈った。
森町三倉「勉強会」に通うようになり本を、読むようになり、「バカの壁」養老孟司「国家の品格」藤原正彦の本を読んだ。
その本に
「家族愛」「郷土愛」「祖国愛」をしっかり持って「人類愛」につなげていく、そのように書いてあることが記憶に残った。
藤原ていさんの本を読み、先人たちが、どのような想いで、子供を守り種を繋いできたのか、戦争があり、人々は敗戦の苦しみを知った。
私たち戦争をしらない時代に生きた者は、そんな先人たちの遺した書物で、過去を知る。
藤原ていさんは藤原正彦さんの御母さんだ。
その母親に育てられた人だからこそ、国家の品格は出たのだと思う。
「流れる星は生きている」
私は朝の4時ごろから走るのが常だ、
夜空に星がある。流れ星に出会うこともある。
流れ星は、その星の生命が無くなって流れていく。
私たちが暮らす地球は星の欠片が集まって何十億年前にできたのだと言う。

大正の時代に生まれた藤原ていさん
五木寛之さんは 1932年昭和7年生れ。
その人も終戦は平壌で知らされたという。
その人の本に
「山川草木悉皆成仏」という言葉がでる。
草木山川だって、等しく成仏できると言う意味だ。
「流れる星は生きている」
星も同じ。
流れ星に手を合わせる。自分の願いを言うのではなく、ただ手を合わせる。
15年、いや、もっと前の出来事、
3人で佐久間の居酒屋(ミノル)で飲んだことがある。
パソコンが流行りだし、ホームページをつくったわたしは、佐久間のそんな知り合いができ企画したのだった。
ネットの繋がりの三人だった(男二人女一人)
その時の飲食代を
「飲み食いしたものは、その人が払う」
と
した。

それから数年たち。
佐久間中学校の同窓会の話になり、会費の事で悩んだ。
女の人はあまり飲まないと思い、少し安くしたほうがと思っていた。
地元の同級生に相談したら、
「女だって酒豪がおるゾ~一緒にした方がイイ」
そんな話しで一緒にすることにした。

ワリカン(割り勘)
同じ集まりに参加した、同じ会費を払って参加した。
だから参加したみんなが楽しいと思う会にしたいと思っている。

今佐久間町の天竜川にかかる原田橋、立派な橋がある。
今は三千人を切っている小さな町につぎ込まれたその橋の総事業費47億円だと言う。
これもいわば、みんなの税を負担してもらったわけだ。
ワリカン(割り勘)
だと思う。

ワリカン(割り勘)
で会費を集め、その会費でその会を運営する。
そして、その会で、その会に参加した人、みんなが楽しいと思えるようにする。
楽しいと思えば、次にも着たいと思ってくれる。
その会は栄える。

萩田さんいう三方よし
売り手よし買い手よし世間よし
それは、参加者だけでなく、主催者だけでなく、最後の「世間よし」に意味があるのだと思う。

みんなが良いと思う、世の中、近江上人が商売の心得としての三方よし
昔書いたブログ→近江商人、三方よしの考え
日本に暮らすみんながココに暮らしてよかったという国にしてほしい。
21㎞ハーフを走ると、磐田市の其々の地域で様々な趣向を凝らした応援がある。
消防署のラッパ隊、高校の中学生のブラスバンド、幼稚園児の応援団、磐田市のゆるキャラしっぺい太郎に仮装した人、祭囃子の人たち・・・・・。
今年は、そのジュビロ磐田メモリアルマラソンは止めることを決定した。
多くの人を集めてのイベント、この時期の開催は難しい。
しかし、時は流れている。
自分なりにやれることを、やる。
応援してくれる人は必ずいる。
と、信じて。
と、信じて。
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
65
HP:
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
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”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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