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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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私の初100㎞は2012年の「チャレンジ富士五湖」だ。
19時の関門の30分前にゴールした。
思い出の100㎞マラソンだ。

初フルでも、身体のダメージは半端ではなかったけれど、初100㎞を走り終わった時もすごかった。
その日は、富士吉田でお風呂に入って、痛い脚を引きずりながら帰ってきた。
翌日は仕事、その翌日は、足が痛くて歩くのも大変だった。
左足の脛が痛くて痛くて、、、佐久間病院の外科に行ったのだ。
レントゲンをとって「骨には異常ないです」「筋肉痛ですネ」
と診断されて ホットした。
そんな、足を引きずっている私を見て、
下平(しもったいら)の春○さんのお祖母さんが
春○「どうしたいだいネ」
私 「100㎞走ったらこうなった」
春○「もう、そんな馬鹿なことやるなネ」
私 「・・・・・・・」
そんな会話を思い出す(笑)

春○さんの、あったかな忠告も聞かずに、私はまた走り始めた。
そして、2013年の「チャレンジ富士五湖」にも挑戦した。
その日は前日、季節外れの雪が降ってきた。
次の日の100㎞、富士北麓公園は雪で真っ白だった。

2014年、今年の「チャレンジ富士五湖」も走った。
100㎞を2012年2013年2014年と3回走った。

今年からこの「チャレンジ富士五湖」の参加費が上がった。
118㎞ の部19000円
100㎞ の部18000円
71㎞ の部14000円

来年2015年の「チャレンジ富士五湖」は参加するのをヤメた。

「チャレンジ富士五湖」は素晴らしい大会だ。

初めて参加して、スタート地点である富士北麓公園に入った時には、公園は霧の中で幻想的だった。

その時のゲストは はるな愛チャンで、これから100㎞を走るランナーを勇気づけた。

そのゴールである富士北麓公園に3回帰ってきてた。

その公園には富士山が観えるはずだが、一回も観ることができなかった。

一回は富士北麓公園にゴールして富士山を観たかったな~。

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2013年はワラーチで走った(^O^)

4時間11分07秒

今年は靴は履いて走った。

4時間27分24秒

この記録に違いは、、、何故(^^;)

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何時の年なら、秋のマラソン大会は13㎞だった。
今年は何故か距離が短くなった。

理由は数々あるだろう、、、、。

そんな大会に私は
1998年1999年2002年2005年と走らせてもらった。

今年は、なんと、9年ぶりに・・・その「秋のマラソン大会」に参加したのだった。

 
走る前、一緒に走る仲間と。


走った後、一緒に走った仲間と。


走った後の爽快感は、何とも言えない。

↓記録室↓
http://run2.ina-ka.com/kiroku.htm

昔と比べると、記録も落ちてきた(≧▽≦)

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毎年この時期10月に、磐田ではマラソン大会があった。
私が走り始めたころ(25年前)は磐田・大藤マラソンがあり、私の初マラソンの思い出の大会だ。
そんな大会が終わり、同じ時期に「第一回ジュビロ磐田メモリアルマラソン」は始まった。
スタート・ゴールは、磐田市民文化会館だった。
磐田・大藤マラソンは小さな大会だったが、ジュビロになり大会も磐田市が全面的協力の元、賑やかな大会になった。
ジュビロの選手が来てくれ、表彰にも参加してくれ入賞の選手の励みになった。
そのジュビロ磐田メモリアルマラソンも、どういうわけかまた、磐田・大藤マラソンが行われていた磐田原台地で行うようになり、
スタート・ゴールはスポーツ交流の里「ゆめりあ」になったのだ。
その当時は、ゴン中山がハーフの部のスターターをしていていた、私もゴン見たさに最前列に並んだことがある(^O^)
そんな思い出のあるジュビロ磐田メモリアルマラソン、今ではメイン会場がヤマハスタジアムになった。

そんな、思い出いっぱいのジュビロ磐田メモリアルマラソンに今日は行ってきた(^O^)/

佐久間町の自宅を朝の6時出発。
会場には7時15分到着。
毎年、この大会では、佐久間中学校時代の同級生と出会い、ミニ同窓会みたいな感じになっている。
途中、応援にも駆けつけてきてくれる同級生もいる。
その中の一人は、
25年前にマラソン大会で出会い、
当時は一生懸命走っていたのだが、今では仮装マラソンに熱心になり
主要のマラソン大会を自分のお気に入りの衣装で走っている
マラソン大会だか仮装大会だか(≧▽≦)

今大会の参加者10626人、様々な人がいる。

スタート時間がもうすぐ、スタジアムは人・人・人
そんな人ごみを潜り抜け、今回は後ろの方からスタートしよう。
そんな風に思っていたのだ、やっぱり前の方に出てきた。


1時間30分のプラカードの横に並んだ。
何時ものように「骨髄バンクにご協力ください」のタスキを付けて走る。
スタート30秒前・・・。
3・2・1・スタート。
号砲とともにハーフの部、4485人がヤマハスタジアム横のスタート地点から走り始めた。

太鼓の音に見送られ、一歩一歩着実に走る。
多くの人に抜かれ、焦る気持ちもあるが、もう私は若くはない。

最近、成人行検査で血圧も高め悪玉コレステロールも高いと言われている。
無理は禁物だ、
走り込みもサボりがちだから、多くのランナーに抜かれたも我慢して走るようにした。
今日はユックリ走ろう。

応援の各学校のブラスバンドの音に励ませれ、幼稚園の園児のハイタッチに感激し、磐田の町を楽しくい走る。

「大池」のところに同級生が親子で応援してくれていた。

今日はウチワは持っていなかったな~(^O^)

老人ホームの お年寄りも応援。

お茶の仮装のランナーも

「ハイチーズ」

ところどころには、地域のお祭りで着るハッピ姿のボランティアの人たちが多くいた。


磐田は今年「しっぺい」が「ゆるキャラグランプリ2014」10位入賞!
盛り上がっていた。

自域住民が盛り上がり。
市が活性化する。

ジュビロの選手も、みんな応援に駆けつけてくれた。

最後
残り1㎞


500m

ゴール
記録
1時間42分08秒
ネットタイム
1時間42秒03秒

ご苦労様でした(^◇^)

ジュビロ磐田メモリアルマラソン
は、応援が多い。
幼稚園の園児の応援。そのお母さん方も。
各学校のブラスバンドが多く、いろいろな曲を演奏して選手を励ましてくれる。
おじちゃんおばちゃんも沿道に出て法被を着て旗を振ってくれる。

また、仮装の部。
仮装は、陸連登録の大会ではできないそうだ。
ココは、陸連は登録していないので仮装の部がある。
そんな仮装を、応援の人たちは笑顔で迎えてくれる。

来年は、私も・・・仮装、考えようかな(^O^)
佐久間町のランナー「さくまる」の仮装で出ませんか?

第17回 ジュビロ磐田メモリアルマラソン
動画を作ってみた(^O^)/


去年は、、、の動画 ↓↓

去年のブログ
ジュビロ磐田メモリアルマラソンに行ってきた。

  
いかがでしょうか(≧▽≦)

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2012年に初めて参加して以来、今年で3回目になる。
チャレンジ富士五湖、

ここは
チャレンジ(112㎞)レギュラー(100㎞)ビギナー(72㎞)

があり、チャレンジの112㎞の走ると富士五湖の全てを走ることになる。

私は2012年にレギュラーの100㎞に挑戦しウルトラのデビューをした。
その年は、はるな愛ちゃんが、ゲストとしてランナーを送り出してくれた。

チャレンジの部(112㎞)は朝の4時30分に山梨県富士吉田市にある富士北麓公園をスタートする。
まだ夜明け前、辺りは真っ暗な中をランナーはライトをつけ、富士五湖をめざし走っていくのだ。

レギュラーの部(100㎞)は、5時にスタート。
真っ暗だった空は明るく成り始め、ランナーの心は高揚する。

そんな中を、多くのボランティアに見送られ、富士北麓公園から走っていく。

多くの人は、チャレンジ富士五湖を走るなら富士五湖すべてを走る「チャレンジの部」を、との考えだが。

私は、富士北麓公園を朝5時にスタートする、100㎞レギュラーの部に、、、今だ魅せられている。


今回、走り込みが足らなかったせいだろうか、とても苦しい走りになった。
もしかして完走は出来ないかもしれない。

そんな時、心を奮い立たせたのが友達のボランティアの励ましの言葉。

ギリギリだったが今年も完走することができた。

レギュラーの部(100㎞)の完走メダル、
これで3個。

レギュラーの部が自分なりに納得ができたなら、いつか富士五湖の全てを回る、チャレンジの部に挑戦したいものだ。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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