忍者ブログ
平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7

何時の年なら、秋のマラソン大会は13㎞だった。
今年は何故か距離が短くなった。

理由は数々あるだろう、、、、。

そんな大会に私は
1998年1999年2002年2005年と走らせてもらった。

今年は、なんと、9年ぶりに・・・その「秋のマラソン大会」に参加したのだった。

 
走る前、一緒に走る仲間と。


走った後、一緒に走った仲間と。


走った後の爽快感は、何とも言えない。

↓記録室↓
http://run2.ina-ka.com/kiroku.htm

昔と比べると、記録も落ちてきた(≧▽≦)

拍手[9回]

PR


毎年この時期10月に、磐田ではマラソン大会があった。
私が走り始めたころ(25年前)は磐田・大藤マラソンがあり、私の初マラソンの思い出の大会だ。
そんな大会が終わり、同じ時期に「第一回ジュビロ磐田メモリアルマラソン」は始まった。
スタート・ゴールは、磐田市民文化会館だった。
磐田・大藤マラソンは小さな大会だったが、ジュビロになり大会も磐田市が全面的協力の元、賑やかな大会になった。
ジュビロの選手が来てくれ、表彰にも参加してくれ入賞の選手の励みになった。
そのジュビロ磐田メモリアルマラソンも、どういうわけかまた、磐田・大藤マラソンが行われていた磐田原台地で行うようになり、
スタート・ゴールはスポーツ交流の里「ゆめりあ」になったのだ。
その当時は、ゴン中山がハーフの部のスターターをしていていた、私もゴン見たさに最前列に並んだことがある(^O^)
そんな思い出のあるジュビロ磐田メモリアルマラソン、今ではメイン会場がヤマハスタジアムになった。

そんな、思い出いっぱいのジュビロ磐田メモリアルマラソンに今日は行ってきた(^O^)/

佐久間町の自宅を朝の6時出発。
会場には7時15分到着。
毎年、この大会では、佐久間中学校時代の同級生と出会い、ミニ同窓会みたいな感じになっている。
途中、応援にも駆けつけてきてくれる同級生もいる。
その中の一人は、
25年前にマラソン大会で出会い、
当時は一生懸命走っていたのだが、今では仮装マラソンに熱心になり
主要のマラソン大会を自分のお気に入りの衣装で走っている
マラソン大会だか仮装大会だか(≧▽≦)

今大会の参加者10626人、様々な人がいる。

スタート時間がもうすぐ、スタジアムは人・人・人
そんな人ごみを潜り抜け、今回は後ろの方からスタートしよう。
そんな風に思っていたのだ、やっぱり前の方に出てきた。


1時間30分のプラカードの横に並んだ。
何時ものように「骨髄バンクにご協力ください」のタスキを付けて走る。
スタート30秒前・・・。
3・2・1・スタート。
号砲とともにハーフの部、4485人がヤマハスタジアム横のスタート地点から走り始めた。

太鼓の音に見送られ、一歩一歩着実に走る。
多くの人に抜かれ、焦る気持ちもあるが、もう私は若くはない。

最近、成人行検査で血圧も高め悪玉コレステロールも高いと言われている。
無理は禁物だ、
走り込みもサボりがちだから、多くのランナーに抜かれたも我慢して走るようにした。
今日はユックリ走ろう。

応援の各学校のブラスバンドの音に励ませれ、幼稚園の園児のハイタッチに感激し、磐田の町を楽しくい走る。

「大池」のところに同級生が親子で応援してくれていた。

今日はウチワは持っていなかったな~(^O^)

老人ホームの お年寄りも応援。

お茶の仮装のランナーも

「ハイチーズ」

ところどころには、地域のお祭りで着るハッピ姿のボランティアの人たちが多くいた。


磐田は今年「しっぺい」が「ゆるキャラグランプリ2014」10位入賞!
盛り上がっていた。

自域住民が盛り上がり。
市が活性化する。

ジュビロの選手も、みんな応援に駆けつけてくれた。

最後
残り1㎞


500m

ゴール
記録
1時間42分08秒
ネットタイム
1時間42秒03秒

ご苦労様でした(^◇^)

ジュビロ磐田メモリアルマラソン
は、応援が多い。
幼稚園の園児の応援。そのお母さん方も。
各学校のブラスバンドが多く、いろいろな曲を演奏して選手を励ましてくれる。
おじちゃんおばちゃんも沿道に出て法被を着て旗を振ってくれる。

また、仮装の部。
仮装は、陸連登録の大会ではできないそうだ。
ココは、陸連は登録していないので仮装の部がある。
そんな仮装を、応援の人たちは笑顔で迎えてくれる。

来年は、私も・・・仮装、考えようかな(^O^)
佐久間町のランナー「さくまる」の仮装で出ませんか?

第17回 ジュビロ磐田メモリアルマラソン
動画を作ってみた(^O^)/


去年は、、、の動画 ↓↓

去年のブログ
ジュビロ磐田メモリアルマラソンに行ってきた。

  
いかがでしょうか(≧▽≦)

拍手[10回]

2012年に初めて参加して以来、今年で3回目になる。
チャレンジ富士五湖、

ここは
チャレンジ(112㎞)レギュラー(100㎞)ビギナー(72㎞)

があり、チャレンジの112㎞の走ると富士五湖の全てを走ることになる。

私は2012年にレギュラーの100㎞に挑戦しウルトラのデビューをした。
その年は、はるな愛ちゃんが、ゲストとしてランナーを送り出してくれた。

チャレンジの部(112㎞)は朝の4時30分に山梨県富士吉田市にある富士北麓公園をスタートする。
まだ夜明け前、辺りは真っ暗な中をランナーはライトをつけ、富士五湖をめざし走っていくのだ。

レギュラーの部(100㎞)は、5時にスタート。
真っ暗だった空は明るく成り始め、ランナーの心は高揚する。

そんな中を、多くのボランティアに見送られ、富士北麓公園から走っていく。

多くの人は、チャレンジ富士五湖を走るなら富士五湖すべてを走る「チャレンジの部」を、との考えだが。

私は、富士北麓公園を朝5時にスタートする、100㎞レギュラーの部に、、、今だ魅せられている。


今回、走り込みが足らなかったせいだろうか、とても苦しい走りになった。
もしかして完走は出来ないかもしれない。

そんな時、心を奮い立たせたのが友達のボランティアの励ましの言葉。

ギリギリだったが今年も完走することができた。

レギュラーの部(100㎞)の完走メダル、
これで3個。

レギュラーの部が自分なりに納得ができたなら、いつか富士五湖の全てを回る、チャレンジの部に挑戦したいものだ。

拍手[0回]

 

桜マラソンは多くあれど、私は北遠に住む者、ヤッパリ地元のこの桜マラソンは毎年参加している。

この大会、今回は第37回
私は、佐久間町にUターンしてきたときに佐久間駅伝を走ろうと職場の仲間に誘われて走るようになり、
その駅伝チームの年輩の人と一緒に走ったマラソン大会がここの「秋葉ダム桜マラソン」だ
13回大会だったっけかな~?

時の流れを感じる。

走る仲間も、もう走ることをヤメた人、故障で走れなくなった人・・・色々だ。

それでも走る仲間の絆は固い。




今回、色々な人に出会った。

そんな「秋葉ダム桜マラソン」の動画も作った。


北遠は、浜松市に合併し色々大変なことになっている。
昔の町村時代に造った観光トイレ。
浜松市では、その地域で管理して欲しいと言ってきているそうだ。

管理するとなると(電気代・水道代)の問題もある。

それだから、、、店が営業している時だけしかトイレは使えないようにする。

地域で管理できないから・・・市に、壊してほしいとお願いする。

せっかく旧町村が予算を立てて造った施設、有効に利用することを考えるようにしてほしいものだ。


 

拍手[0回]


走り終わってからの楽しみというと・・・・飲み会。

今回は、いや今回も。
ラン友の飲み会に参加した。

facebookの走る仲間のグループに参加しており、今回もそこからイベントのお誘いがきたのだ。
去年の秋、来たそのお誘いは
名古屋ウィメンズ&シティマラソン
ご苦労さんラン友だがや! 
@「奥志摩 名古屋中央店別館

何ともシャレのきいた内容だ(^^)

そのイベントの下に
(参加する)(未定)(参加しない)ボタンがあったので早々(参加する)にポチした。

走ることも楽しいが、そんな仲間との飲み会は・・・もっと楽しい!!

ハーフマラソンのゴールである白川公園から名古屋駅まで歩いて移動。
飲み会までには時間があるので、名古屋駅前のサウナに入り、汗を流しサッパリした。
まだ時間があるので軽く食事して生ビール。

着替えを済まし会場へ。

会費を納めると、宴会場の席を決めるクジを引く。

この仲間は、走る人ばかりではない。
名古屋ウイメンズを盛り上げるボランティアの人も数多くいる。

聞く話によると、この大会でのボランティアは9000人もの人が携わっていたそうだ、ありがいことです。

東京マラソンで結婚式を済ませたカップル。

日本一周をした書道家の先生

走る仲間たちの交流はお酒が入り益々盛り上がっていく。


まだまだ話足りないが、8時にこの酒場を後にする。
外に出ると、名古屋駅前のツインタワーの上にお月様が顔を覗かせていた。

名古屋駅を21時36分の電車に乗り、
中部天竜を23時37分着の電車で帰ってきた。

しんしん一泊二日の楽しい名古屋シティマラソンは無事に終了した。
走る仲間・・・ありがとう。

感謝!!


田舎もいいけど、都会もまた・・・楽し・・・。
              
    
                しんしん(^^)

拍手[1回]

おもてなし沿道応援隊
名古屋シティマラソンでは、このような人がいてマラソンを盛り上げていた。

名古屋のゆるキャラも。


最後の最後までランナーを楽しませてくれた。
来年も、絶対参加したいです(^^)

拍手[0回]

10時10分。
しんしん、裸足で名古屋の街へと走り出した(^^)
10月のしまだ大井川マラソンを走った後はワラーチで走ってばかりだったので久しぶりの裸足だ。
心配はしていたが、ゆっくり走ればいいだろうと思った。
一緒にはスタートした仲間は知らぬ間に遠くに消えた。

スタート地点には名古屋市長川村さんが手を振っていた。

愛知県知事大村さんも身を乗り上げてランナーを見送っていた。

ラン友に声かけられた。

道路に出ると、足元が荒く、ユックリユックリ走る、誰に抜かれても自分のペースを守ってユックリ。

大通りに出れば路面もよくなり、走りやすくなるだろうと思った。
が、ががが。
大通りに出ても路面状態は、それほどよくはなかった。
道路を確認しながら、ゴツゴツしていない所を探しながら走っていく。
白線の上は走りやすかった(^^)

ユックリ走って行くと、前方に鯱男(しゃちほこおとこ)発見。


「裸足ですネ」と声を掛けられた。
「がんばって!!」と抜いた後ろ姿は。
 
おしり丸出し(^^)

サル発見!!

お猿さんの胸には「がんばろ日本!」のシール。

RUN FOR JAPAN JAAF震災復興プロジェクト~みんなのこころのたすきリレー~
JAAF(公益財団法人 日本陸上競技連盟)
ランナーも震災復興も頑張ろう。
ゼッケンの袋の中にこのシールも入っていたのだ。

他のランナーにも。

応援も名古屋は多くの人が出ている。


天使が走っている。

はいチーズ(^^)

スパイダーマン・・・かな?

イエーイ。

こんな感じの三人ジョガーも。

そんな感じで写真を捕りながら走っていると。
さっき知り合った おサルさんが来て
「写真を撮りましょうか」と、、、。
カメラを預け、、、はいピース(^^)

ラン友、大応援団!!

よーやく来ました。
21㎞地点。


ゴールが見えてきた。

ゴールして振り返る。
今、走って来た方を振り返り、軽く会釈。
無事に走ることができました。
感謝!!

ボランティアの人にお願いし、写真を撮ってもらう。

走り終わると、バナナとウイロウその他飲み物。
荷物を引き取りに行き、着替え。
足の裏・・・チェック。

かかとに少し、水ぶくれ。
足の裏がヒリヒリ、でも見た目は大丈夫。
靴を履いて、靴のありがたさを感じる(^^)

1時間57分ぐらいかナ?
自分なりに納得。
ここ記録証は後日郵送らしい。

しんしん裸足でハーフマラソン(21.0975キロ)を走る。
裸足でのマラソンは去年の10月のフル(しまだ大井川)以来だ。

何故裸足で走るのか、、、答えは無い。
走ってみたかった。
ただそれだけ。

フルマラソンを走り、ウルトラマラソンに出合い。
一昨年、初めての100㎞マラソン「チャレンジ富士五湖」に参加した時に、ワラーチで走っている人を見かけた。
世の中には様々な人がいる。
そう思った。

そんな人に出合い、感じてきた。
今置かれた状況の中で、どう生きるか、今の暮らしに「ありがたさ」を感じ希望を持って前進していく。


今日の裸足ラン、名古屋シティマラソンはとっても心に残るマラソン大会だった。


ありがとう。
感謝!!

拍手[0回]

去年は知り合いの女性ランナーの応援で始めて行った名古屋ウィメンズマラソン、今年は私、同時に開催される名古屋シティマラソンのハーフに参加した。

先ずは、facebookの仲間「ラン友」の朝エイ!!に合流。
多くの仲間が集まっていた、一年ぶりに会う仲間と写真。


 ひろせんせいと。



集合写真


ヤッパリくまもんTシャツ来てる!!


ここで、女性ランナーは一足先にナゴヤドームに行きスタートの準備、
私たちハーフ組は一時間遅れ。

ここで知り合った森さんと一緒に行動。
田舎者は・・・人の多さにドギマギ!!

ドームの観客席で着替え、よ~~っし、今日は裸足で走るど・・・・・。
荷物を入れる袋に、シューズも入れた。

着替えを荷物預けのトラックに積み込む、も~~これで逃げられない。
裸足でハーフを走るしかない(^^)

裸足で、荷物預け付近をウロウロしている、天気は良くなり上半身はあったか・・・でも足がツメタイ。
そんな会場で見つけた仮装ランナー。

荷物預けのトラックの向こうに女子ランナーがスタートを待っている長い列、その様子がトラックの間のすきまから見れる。
9時10分名古屋ウイメンズマラソン、ランナーがスタートし少し経つとトラックが走り出した。

バリケードを解除され、われわれ名古屋シティマラノンを走るものは、それぞれのスタート地点に並ぶ。
私はF

裸足ということで、色々な人に声を掛けられる。
Q、痛くありませんか?
Q、いつも裸足ですか?
Q、足の裏はどうなっているの?
などなど。

今回、私は裸足でのマラソンは二回目。
去年の10月「しまだ大井川マラソン」を走っている。
その時のブログ「ほくえんの風」
 しまだ大井川マラソン・・・しんしん裸足で42・195km


ここは名古屋の街の中を走るので、多分 車が走るところだから・・・走りやすいのでは、、、ないかな?
と思って、裸足を決意。

それと、私が掛けてているタスキ
骨髄バンクに協力してください
このPRにもなるのでは・・・そんな思いもあったのです(^^)

スタート前、名古屋市長の声が聞こえる、「みんなガンバってチョ!!」

裸足で走ると、足の裏から数々の刺激が来る。
冷たさ、温かさ、痛いときもあるし気持ちよく走れる時もある。
目・鼻・耳・手足の感覚、全てを使って名古屋の街を楽しもうと今回の裸足。
どうなることやら。

つづく。

拍手[1回]

去年までは、駿府マラソン(ハーフ)だったのだが、今年はフルマラソンになった。
名称も「静岡マラソン」と改名した。
私は、今回参加はしなかったが、テレビで観ていてやっぱり静岡マラソン・・・走ってみたかったな~。
動画を検索したら、静岡マラソンのダイジェストがあった↓

駿府マラソンの時は何度か走ったことがる、コースも町の中を走ったり、海辺の用宗港までの風光明媚なコース設定であった。
今回の静岡マラソンも、久能山など、コース設定も静岡の名所を走るようになっていると聞く。
本当は、快晴で富士山に見守られながら走りたかっただろうが、今回はあいにくの雨降り。
それでも、第一回だけあったみんなそれぞれに楽しんだことだろう。
知り合いが参加したので、写真を お借りした(^^)

静岡のランナー楽しそうです(^^)

 

拍手[1回]

ここの大会は、今回で6回目の参加になる、今日の森町、残念ながら小雨模様。
毎年、休憩所になる「森町文化会館」のある一角が私たちの集まる場所がある。
いつもその場所に、佐久間中学校の時の同級生がいるのだが・・・・・・今日は居なかった。
携帯で連絡をしたら、インフルエンザ・・・・だそうだ。
折角だから、去年の写真を(^^)


マラソン大会も、おおく参加していると仲間も多く、今日はうっちゃんと一緒に荷物をまとめた。
なっちも一緒に記念写真(^^)

たまたま、隣の人と話をしていたら、
70歳以上の大先輩。
今、参加者名簿を見たらチーム名「浜松A走会」
私のラン友が、その人と一緒のツァーでホノルルマラソンに行ったそう。
まさに友達の友達は知り合い・・・・そんな感じだ(^^)


私の初マラソンは、「磐田・大藤マラソン」最後ぼろぼろになって当時60歳の人と一緒にゴールした。
その人も「浜松A走会」・・・・なんか繋がりを感じます。


小雨降る中、今日はワラーチでスタート地点の人ごみに紛れ込む。
カメラはポシェットに。

ワラーチだからユックリゆっくり歩みを進める。
三度笠の石松、ヒロ君だ!!

しばらくヒロ君と、話をしながら走る。
第二次世界大戦の話、なかなか重い話だ。
「こんな走る事を趣味といえるような世の中、そのような歴史があり、今の平和な世の中があるのだ」

そろそろ折り返し、先頭のランナーが走ってくる。
知っている人も、すれ違う。


ワラーチは、鼻緒がずれて、少し違和感があったけど、少しずつスピードも上げていく。

うっちゃん発見、ナッチは水分補給をしていた。

しばらくすると、二人目の次郎長。
雨に三度笠が濡れ、大変そうだった。

毎年だが、ここ森町ロードは袋井高校の野球部が走っている。
一年生だろうか、ペース配分がわからず歩いている子もいた。
今は苦しいが、今日の走りが、今の努力が、これからの人生に大いに糧になるだろう。
ガンバレ!!とエールを送り追い抜いた。(^^)

自分なりに頑張った今日の森町、よいよゴールだ。
1時間48分17秒 第134位

ゴールして、甘酒サービスにより甘酒をもらう。
冷えた体に・・・う~たまらん。

「森町文化会館」に戻って、ワラーチを取ると、両足の鼻緒が当たるところに大豆だいのマメができていた。

ワラーチ、私は特別に走り方を聞いたわけではない、このような走りをしていいものか?
悩むところだ。
話によるとワラーチ講習会もあると言う。
いつか専門の人に聞いてみたいと思う。

拍手[0回]

プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
65
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
カウンター
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
カウンター
忍者ブログ [PR]