忍者ブログ
平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7

トレランと言えば、UTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)があまりにも有名。
富士山の周りを167㎞走るというもの。累積標高差は8,037m

今回の南アルプスマウンテンマラソン(MAMM)は、川根本町で行う。
距離
ハーフ 22.5㎞ フル 45㎞

私はフルの部に申し込んだ。
フルの場合、累積標高差は3,130m
制限時間9時間

ほんの軽い気持ちで申し込んだのだが、、、、これがヤバすぎた。。。。

佐久間町の山、竜頭山(1351m)を二回登って、その足でホウジ峠にも行く、そんな感じなのだ。

ホント、軽い気持ちで申し込んだが。
大会会場で、マジ不安だった。

そんな会場で、走る仲間が、一人、また一人と出会い、自分の気持ちを落ち着いてきた。




7時
スタートだったが、初めての大会、色々な問題があり、スタート時刻を15分遅らせるとのアナウンスがあった。
多くのスタートを待つ人ごみで下を見ると、

なんと、ビーチサンダル

なんと、なんと、凄すぎる。
色々な人がいるもんだ(≧▽≦)

2016年11月20日、AM7:15
950人ものランナーが川根本町の山を目指してスタートした。

スタート位置が前方だったので、速い流れの中、走って行くがついていく事が出来ず、マイペースを守っていこうと抜かれるのも気にせずに走るようにする。
ところが、林道が終わると、登山道では渋滞が始まる。
昨日の雨で、登山道はグチャグチャヌルヌル。
ビーチサンダルの人は大丈夫だろうか(^O^)
そんなことが気になった。

山頂では寺○さんがサポートでいてくれた。

山を駆け下り、千頭の街に

多くの街の人が応援してくれた。
 折り返し地点、千頭エイド
 多くの食べ物があった。
 

折り返し地点で記念撮影

残り半分
これからどうなるのか。
登山道に入った直後。
太ももに違和感。
痙攣だ。

こんな調子で、山に入れるのか。
心配だった。

だましだまし、歩いて、林道でストレッチしていたら。
右足が攣った。

フクロハギの筋肉が硬直している。
5分くらい林道に座り込み、マッサージしたり筋肉を伸ばしたりした。
汗をなめても、ゼンゼン塩辛くない。
塩分不足だろうか。こんな身体で山に入れるだろうか。明るいうちに帰ることができるだろうか・・・・・。
心配だ(泣)

次のエイドで塩があったので、一握りいただいた。
塩をナメナメ歩いていたら。痙攣がジョジョに治まった。

青ちゃんの仮装に癒されゴールを目指す。
 
往路

 
復路

この大会の実行委員会の人と、昨日の前夜祭で話した。
若い彼は、5年前に地元に帰ってきたという。

前夜祭では寡黙にパーティー用の食材を調理していた。

新聞によると
 大会実行委員長の○木○さん(39)は「住民が当たり前と感じている山を生かして大井川流域を盛り上げたい。恒例の大会にする」と意気込んだ。
と、書いてあった。

走る人がおり。
走れせてくれる人がいる。
トレイルは、山を走るということは。
疲労もハンパない。
前日の雨で、登山道はグチョグチョヌルヌルだ。
誰かさんが言うように、環境破壊かもしれない。

それでも、ココで生きている人は、ココで生活できるように糧を探している。

遠くの山並みが見える。
あの山のむこうが北遠だろうか
一気にこの山を下り、ゴールがある不動の滝自然広場オートキャンプ場にゴールした。

明るいうちに帰ってこれて本当によかった。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161121-00000015-at_s-l22


第一回 南アルプスマウンテンマラソン
走りながらデジカメで多くの写真を撮った。
ムービーメーカーで加工した(^O^)/

川根本町
多くのランナーが訪れる町として、これからも頑張ってほしい。

拍手[7回]

PR

今年も走ります。
ジュビロ。
ココは、仮装の部があるマラソン大会。
スタート前に、知り合いの仮装ランナーを探し、自分のデジカメで写真を撮りに行った。
ピエロ・侍・非常口
(^O^)/



走歴は
佐久間町にIタウンしてからだから、もう27年、ジュビロ磐田メモリアルマラソンも、もう何回も走っている。
向こうの方から声をかけてくれる人もいる。

佐久間中学校時代の同級生は、今回写真を撮らなかった。
 
昔の写真

そうこうしているうちに、スタート時間が近くなった。
今回、なにを間違えたか、私のゼッケン
A430
スタート地点の並び方は、ABCDの順番なっている。
そう、私は一番前のスタート地点に行かなけれなならない。
写真も早々に、先頭集団の近くをウロウロしていると。
知り合いから声をかけられた、山○さんだ(^O^)
山○さんの隣で並び、スタートの号砲をまって待機。
ハーフの部、スタート9時20分
多くのランナーが磐田ヤマハスタジアムから磐田の市街地に向け走り出した。
以下 私の動画でお楽しみください(^O^)/
↓動画↓

今回
私のハーフマラソンの記録は
1時間42分33秒だった。
家に帰って今ある記録証を見ると。
2000年
1時間33分11秒
2001年
1時間30分17秒
2002年
1時間42分
2006年
1時間33分44秒
2007年
1時間39分42秒
2008年
1時間31分35秒
2009年
1時間32分01秒
2014年
1時間42分08秒
そして今年
2016年
1時間42分33秒
 

私が初めて挑戦したフルマラソンは「磐田・大藤フルマラソン」だ。
磐田が原台地の茶畑の中、10㎞の周回コースを4周回するコースだった。
あの時、あのフルマラソンを挑戦した自分があり、今の自分がある。

他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。
よりよい未来のために、今を一生懸命に。
byしんしん

拍手[4回]

28年間続いた石巻登山マラソンが事務局の石原次郎様の亡くなった為
已む無く休止せざるを得なくなりましたが、このユニークな大会は
WAWAWAの生まれた原点の大会であるので、このまま絶やすのは惜しいと思い
WAWAWAが中心となり、“有志による石巻登山マラソン”を企画し
呼びかけることにしました。
今までの大会と同じコースを走ります。ぜひ・・・参加していい汗をかきましょう。
走り終わって、お風呂に入り、おいしくビールを飲みましょう。
ヒロボーさん呼び掛け案内から引用

石原次郎さんが事務局として28年間続けてきた石巻山登山マラソン、そしてその志を継いでヒロボーさんとランニングチームWWWが初めて今年で第11回。
もう39年間。
多くのランナーたちが、この石巻で多くの汗を流したのだろう。
そんな大会に今年は34人ランナーが集まった。

私はヒロボーさん企画になり3回目の参加だ。
コースは
平地3km→登り5km→下り5km→登り2km 合計15kmのアップダウンコース
今年も夏の初めの蒸し暑い中の走りとなった。
スタートは9時30分
コース沿いには、こんな景色が苦しい走りの中でランナーの心を癒してくれる。

ゴールの夏目別館前着いたのは
11時06分
1時間36分。
今年も良い汗をかいた。
走り終わって、同じコースを走った仲間と、ほってった身体のダウンのために石巻山頂上まで行った。

この大会の楽しいのは
走り終わってから、走った仲間での大宴会があること。
最初初めた石原次郎さんも、志を継いで始めたヒロボーさんもWWWのメンバーの人たちも走るだけではなく、走った仲間で走り終わってから、みんなで楽しく飲んで語らうことが良いのだと、続けている石巻山登山マラソン

今年も楽しかった。
byしんしん

拍手[13回]

今年の
佐久間しし鍋マラニック
走り終わって、走る仲間でしし鍋を囲んで懇親会。
その次の日、湯谷温泉のゆ~ゆアリーナ駐車場に集合し
三河地方をマラニックしようとの計画だった。

静岡市方面から来た走る仲間が飯田線で帰るというので
お見送りに一緒に湯谷温泉駅まで行くと
朝市をやっていた。

その朝市の人から聞き
今回のダモンデトレイルを知ったのだった。

場所は愛知県民の森

最初
3時間耐久?三時間も同じところを走って、何が面白いの?
そんな風に感じたが、
何事も経験。
RUNNETから【ソロ】5,500円を入金した。

昨日は、その初めての三時間耐久レースに参加、FBの友達との待ち合わせの場所に行った。
大会の様子は動画を見てね↓


新城市スポーツツーリズム推進実行委員会
新城市長篠1-12鳳来開発センター
                     〔後援〕新城市・新城市教育委員会・新城市観光協会
〔協力〕愛知県民の森・湯谷温泉発展会
参加名簿の背表紙に書いたあった。

鳳来町は平成の合併で、新城市になった。

湯谷温泉も昔のような活気は無くなった。

ダモンデ、今は何をすればいいのか?

その一つが
ダモンデトレイル
なのだろうな~。

佐久間町は平成の合併で浜松市になった。
浜松市も過疎の山奥の公共施設を少なくしていくばかりだ。
観光トイレもいくつつぶしたことだろう。
3年前、佐久間町に当時29歳の応援隊がやって来たときも
「自分の息子も帰ってこんっていうに、よくこんなところに来たな~」
そんな言葉が、平気で出るところとなった。

去年の春
私が暮らす半場を越していく人の最後の言葉
「佐久間はいずれ無くなる、東栄町も今は頑張っているが無くなっていく」
よく言ったな~。
本当の事かもしれない・・・けど。

12市町村が合併して新浜松市になって
超長距離走(ウルトラマラソン)を走る人と知り合って
北遠(佐久間・水窪・龍山)でも走るイベントできないかな~。
そう思い走り続けた平成の大合併から10年。

そんな時
新城市に合併した鳳来町の走るイベント
ダモンデトレイルを知った。走った。

ダモンデとはだからの事
三河地方や遠州の人たちも良く使う言葉だ。
関東などに暮らすようになった遠州人がダモンデと言葉の端端に出るのを指摘され
ダモンデ君とあだ名をつけられたひともいるという。

今回
ダモンデトレイルを知り
鳳来町の若い人たちの地域おこしを頑張る姿を見た。
過疎だから頑張らなければいけない。
浜松市の山奥(北遠)は鳳来町以上に過疎だ。
しかし、少ないけど若い人は居る
ダモンデ北遠でも

ダモンデトレイル

やりたい。
そう思った。
byしんしん

拍手[6回]

初めて、ココの10㎞を走ったのが
1990年。
職場のダイダイ先輩、雪兄と走った、私の初マラソンだった。
44分40秒
次の年は42分14秒。
そのときは、中学生の時の同級生に出会った。

この人とは未だ、腐れ縁が続いている(^O^)/
佐久間町出身の人だけど、今回は「日本平桜マラソン」に行くと言っていた(;_;)/~~~
アッチの方がテレビ放送があり楽しいそうだ(#^.^#)

1995年
ココの10㎞で初めて40分を切った。
39分50秒。

あれから数年たって、年齢も当時、高齢者だと思っていた雪兄と同じ年代になって
今年も参加した。

32歳の自分は、50歳過ぎは高齢者だと思っていたが、自分がその年になると
まったくその様には思わない(^O^)/

スタート30分前には
走る仲間を集めて、気合をこめた。
 エイ!エイ!お~。。。

去年はたしか、サクラも散って葉桜だったような、そして雨も降っていたような気がする。
今年は桜も満開の中を快走することができた。

先ずは1キロを4分4秒。2キロは8分9秒。
ナカナカいい感じ。
そんな時、私の背中を見て、「ブログたまに読んでるョ」と声をかけてくれる人がいた。
ありがたいことです。
ここ
秋葉ダム桜マラソンは1キロごとに距離表示が出してあり、コースも比較的平たんで景色もよく走りやすいと思う。
そして、行って帰ってくるコースだ。
だからラン友とも顔を合わすことができる。

がぜん勇気がわいてくる。
女性の良いペースで走っている人をペースメーカにして最後の2キロを頑張ってゴールに飛び込んだ。
目標は45分を切りたい。
だったけど、断念ながらダメだった(≧▽≦)
45分04秒

ま、これが今の自分の実力。

早く帰って
今日は半場10班のお花見だ。
酒だ(酒)(酒)・・・・・。

 

拍手[7回]

プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
カウンター
カレンダー
10 2017/11 12
S M T W T F S
1 3
10
14 15 16
20 24 25
26 27 28 29 30
カウンター
忍者ブログ [PR]