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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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毎年、清水寺で年末に発表する漢字が「災」になった。
これは日本漢字能力技能検定会が毎年、一般公募で集った漢字の最多の文字を「今年の漢字」としている。
応募総数は193214票「災」は20858票、二番目は「平」三番目は「終」だったそうだ。
北海道の地震、大阪市であった地震、西日本の豪雨、自然災害の多かった年だからか。また、相撲界を始めスポーツ界でパワハラや暴力事件があったからか、多くの人が、今年の一年を通して「災」いを感じたのだろう。

「災」の文字は不吉だ!!
日本には「息災」という言葉がある。
息災
病気をしないで、元気なこと。また、そのさま。「息災に暮らす」「無病息災」
仏の力で災難を防ぎ止めること。
HPコトバンクから。

日曜日の大河ドラマ「西郷どん」を見て明治維新のときの日本の動きを感じて、今の時代を感じている。
「明治」「大正」「昭和」「平成」
わたしが佐久間に帰って来て横吹(よこぶき)で暮らし始めた次の年の初めに小渕官房長官がテレビで「元号は平成です」と、伝えていた。
「平成」には「内外、天地ともに平和にしよう」という意味が込められているそうだ。

その平成の年も
平成3年、雲仙普賢岳の噴火
平成7年、阪神・淡路大震災
平成16年、新潟県中越地震
平成23年、東日本大震災
今年の7月に西日本の豪雨
と平成の時代には大きな自然災害があった。

そして平成の大きな事件といえば
平成7年のオウム真理教の地下鉄サリン事件ではないだろうか?
高学歴の優秀な人たちが無差別に、罪のない人たちを死に至らしめ、今でも後遺症に苦しむ多くの人たちの人生を奪ってしまい、人としての生き方が問われる衝撃的な事件だった。
生まれたときには純粋無垢は心も、出会う人や書籍によって大きく変わってまう。

平成30年。
佐久間に帰って来て30年。
今年の初め、佐久間駅伝の練習会で山香チームの人との集まりがあった。
山香チームといえども集まってくる人は佐久間町内其々からの人が山香という地域の呼びかけで集まってきた。
いわゆる寄せ集め。
練習が終わって、集会所に集まると、ある浜松市の職員が佐久間協働センターのセンター長からの年賀状の住所が浜北になっていたとコソっと喋ってから市の職員たちは輪になってコソコソ話し出した。
その時は何だか分らなかったが、後から聞いた話によると、まだ定年二年前で浜北に家を建てたそうだ。
わたしの暮して居た横吹(よこぶき)区ではヒーロ―のような存在だった今の協働センター長。頭も良くてスポーツ万能。当時山間部では佐久間町の役場に勤めていることは大きな魅力の一つ優秀な人の一人だった。
「明治」「大正」「昭和」「平成」時代は変わって今は自由な平和な世の中だ。
 そのセンター長も、佐久間で生まれ佐久間の役場に勤め、その職場で多くに人に出会い「昭和」「平成」と生きてきて、今の決断に至ったのだ。

しかし、佐久間ダムという巨大プロジェクトで一大王国をきずいた地域、佐久間村・城西村・山香村・浦川町が合併して出来た佐久間町。
平成という平和な世の中の時に、合併という国からの要請を了承した。
その佐久間町という王国が浜松市への合併で崩壊した今、まず先に脱出するのがその大国に使えていた人だとは怒りより先に悲しい出来事だった。

 

最後に佐久間高校で知り合った柿島先生のFBの投稿が胸を刺した。

12月13日 わたしの道

あなたはあなたの道を行け
 わたしはわたしの道を行く
 これがわたしのすべてだ。そのために不幸になろうと孤独になろうと、敢えて悲しむまい。詩はわたしにとってこれを貫く矢のようなものだ。そういうことを目覚めて強く思う。もう誰も何者をも羨むこともない。自分は自分の道をまっしぐらに行けばよいのである。勤めをやめてから、このことがいよいよわたしの骨髄を一本強く貫いた感がする。

 坂村真民 一日一言より

参考文
平成30年12月13日中日新聞
到知出版社「おかみさん他より」

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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