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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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30歳代前半、初マラソンが「磐田大藤マラソン」次が「小笠・掛川マラソン」次がココ「袋井クラウンメロンマラソン」だった。
初マラソンを走った時、マラソン(42,195㎞)とは、こんなに大変なのかと、思った。
そんな大変なマラソン(42,195㎞)今は年一回、毎年年末に行われているココの「袋井クラウンメロンマラソン」が一本だ。
袋井クラウンメロンマラソン2016
袋井クラウンメロンマラソン2017

このマラソンに向けて朝ラン10㎞、続けていた。
それが続けられなくなって、迎えたマラソン。
前日は水窪で「山に生きる会」の忘年会だった。
水窪を朝5時に起き、水窪協働センター前の駐車場に置いた車で袋井を目指した。

いつもの仲間とであい。
走る用意をしてスタート地点に向かった。

スタジアムの陰で4時間半の列は冷える。前列に行くと編み笠のgakuさんを見つけ横に並んだ。
フルマラソンの部スタート9時10分
エコパスタジアム内から多くのランナーがフルマラソン(42,195㎞)先のゴールを目指した。

気負いは無かった。
走り込みも満足に出来なかったから。
しかし、4時間半までにはゴールできるかナ?安易に考えていた。
知り合いのランナーが次々と私を抜き去っていく。
あの人は、まあ、と思い自分のペースを守って走る。
後半にエネルギーを残す。そんな走りだ。と。
「ブログ覗いていますョ~」
そんな声をかけてくれる人がいた。
ワラーチ(サンダル)で走っているような音がしてきた。
浜名湖100㎞で知り合った人だ。
関東から袋井に走りに来た女性ランナーが居た。
袋井の田園風景に感動していた。
袋井クラウンメロンマラソンは。電車の駅からも近く東名高速道路の袋井インターからも近く、遠方から参加のランナーからも高評価だ。
参加料6000円も魅力の一つではないだろうか?

ワラーチの男性と並走していたが、いつの間にか着いていけなくなった。
中間地点を越えたあたりだろうか、人黙りがあった。
AED(自動体外式除細動器)を使って一人のランナーに施していた。
坂道の途中だった。

周りでは苦しそうに走っている人もいる。
自分も苦しい。
次の坂は歩いた。
歩いても走っても同じようなスピードだし。

それでも、周りの流れに沿って走った。
萩田さん下さんサクラさんエイド発見!!
サクラさんに声をかけ腰を下ろしトン汁を頂いた。
三人、多くのランナーにトン汁お汁粉の接待で大変そうだった。
その後、下さんには挨拶できたけど、萩田さんは忙しそうで声かけられなかった。
残り9㎞、少しお腹の調子も悪かったけど下さんの激励で力が沸いた。

歩くようなスピードで走る。
4時間半という目標は当に捨てた。
最後の直線、隣に同じように歩いている人に声をかけた。
自分の息子のような年頃の青年だ。
関東から来たそうナ。
日光の60㎞を走ったことがあるそうだ。
たわいもない会話の中、大きい身体を揺らせ私たちを抜き去って行くランナーが。
「杉浦さ~ん」
声を掛けたら、杉浦さんだった。

その後、その杉浦さんは風のように私たちを後にして走り去った。
私たちは二人、最後のエイドまで歩き、そこを過ぎてから走り出した。
無理はよくない。しかし折角ここまで来たのだ、最後の坂は苦しもう。
ホ・ホ・ホ、苦しい~。。。

僕は僕であって僕でない。
僕の無口な心臓は一定の速度で膨張と縮小を繰り返している。僕の肺は働きもものふいごのように律儀に、新しい酸素を体内に送り込んでいく。
先日読んだ村上春樹の本からの引用だ。

神様から借用している。
大切な身体、有難いことにゴールまでの時間を共にした身体。
その時間は5時間03分23秒

 

2018年も多くのことがあったが無事にゴールで来た。
袋井マラソン、2018年は年末を迎える。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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