修身教授録は森信三先生が戦前の師範学校で修身の授業を行っている様子を書いたもの。
勉強会では、その本を読み、森信三先生は、教師の道を志す生徒に何を伝えたかったのか、年齢も違う性別も職業も違う人たちが森町の三倉の別荘「ムーハウス」に集まり侃々諤々と話し合っている。
同志の集まり。
萩田さんのマラニックでよく出会う仲間が参加する勉強会だ。
その勉強会で、気になる話があったので、ココに記しておきたいと思います。
休憩のとき、このような話が出た。
小笠山トレイルランの問題だ。
国の管理している小笠山で、管理者が大会の規制をかけているという話だ。
どうにかその問題をクリアして、様々な管理者からの難題を答えて、大会の存続に苦労しているという話。
また、「そこまでしてやることが良いのか」そんな話だった。
私は、そこまでやらせたくないのなら、素直に辞めるべきだと思った。
が、口には出さななかった。
また、富士山一周マラニックの話が出た。
地域住民から朝早くランナーの騒ぎ声を発端に騒動になった話だ。
非を認めた呼びかけ人に、被害を被った人の心の動揺も治まって、次の大会にも顔を出してくれるとの約束をしてくれた。新しい仲間が出来たと嬉しく思った。
そんな時に、ある人が。
「そんな問題は軽いもの、ランナーが死んでしまったら、こんなもんではない」
と。
また、萩田さんに、こんなことをやっていると、いつか必ずそんな日が来る。
とも言っていた。
私は背筋に冷たいものを感じた。
萩田さんは、承諾書を残してある。
といったものの
その人は
「その人が死ねば、近親者から裁判を起こされたら、何も言うことは出来ない」
と、言った。
萩田さんは、これからは近親者からの署名も書いてもらう。
と、言った。
富士山頂往復マラニック
などは、200名以上のランナーが集まり、もう私は見たことのない人までがいる。
たしかに走っていて危ない、そんなこともある。あった。
だけど、私は思った。
ある人が言った言葉。
こんなことやっていたら、いつか必ずそんな日が来る。
それは、あまりにも醜い言葉だと思った。
また、そうは思って居ても口に出さないことも同じことだ。
そう思ったら、そうならないように考えるのが同志ではないかと思う。
同志→「こころざしや主義・主張を同じくする人」
走る人が、一人ひとり、注意し合いマナーを守って、目標であるゴールを目指す。
このマラニックに参加する人は同志でなけれないけない。
走るだけではなく、主義や主張も。
大人の遠足(マラニック)
それなりの人が参加するような、大会になって欲しい。
自己責任を、それなりに重く感じてくれる人。
ワガママでない人の参加。
森信三「修身教授録」
《現代に甦る人間学の要諦》
この本を基に始めた、萩田さんの勉強会。
その中の
第一部
第二講 「人間と生まれて」
第三講 「生をこの国土にうけて」
人間として、この世に生を受けて、今私は、これからどのように生きていけばいいのか?
そんなことを思った。
また、この日本という国に生まれて自分は何と恵まれているのかとも、思った。
それは
男はスケベ。女は・・・?
でも書いたパドロフの事
まだ二十代半ばだというのに、地球の裏側ブラジルから祖父母の故郷日本に来て働いて
家族で農場経営をする夢の話を聞いて
森信三「修身教授録」
《現代に甦る人間学の要諦》
人間学
一般に「人間とは何か?」、「人間の本質とは何か」という問いに哲学的な思考と実証的な調査で答えようとする学問で、通常は哲学の一部門として、哲学的人間学の名で呼ばれることもあるが、民族学、文化人類学、生物学的人間学など、他の諸科学にもその学問分野での人間学を語る人たちも少なくない。
ウィキペディア日本語版から引用
要諦→物事の最も大切なところ。肝心かなめの点。
勉強会は、まだ、始まったばかり。
byしんしん
1990年代
私がフジユニバンス水窪事業所で働いていころ
またバブル景気が一段落したころ
ブラジルから、その会社に働きに来ていた青年がいた。
多くの人が水窪で共同生活をして、水窪事業所で工作機械を相手に働いていた。
その中に
日系三世のパドロフ(仮名)がいた。
工場の夜勤作業の休憩の時に、片言のパドロフの日本語で話をした。
家族で日本に来て働いているパドロフは、日本でお金を貯め、トラクターを購入し
ブラジルで農場を経営する
そんな夢を語ってくれた。
当時の夜勤作業は男性ばかり
男同士での話となると、どうしても出てくる話はスケベ話。
ある人が
コールガールの話を持ち出した。
何処の国のが良いダ~
見たいナ。
パドロフは
「ア○○カ人ダメダメ」
とかいって笑っていた。
そんなパドロフが
私に
ブラジルの彼女の写真を見せてくれた。
日系三世の綺麗な子だった。
そして、その彼女が日本に働きに来ると嬉しそうに私に話してくれた。
働くところは富山県のあるホテルだそうだ。
同じ職場の先輩、ケンジさん(仮名)に、その話をした。
「ホテル、、、そりゃーヤラレテよしだワイヤ」
俺も、そんなことを心配した。
俺はパドロフに言った。
彼女の事が心配だと、その働くところは大丈夫なのかと。
次の日から
パドロフは仕事に来なくなった。
俺は職場の班長に怒られた。
「余分な事を言わがって」
と。
彼女を心配したパドロフは富山県に行ったのだろうか?
あれから20年
あのときのパドロフ、今頃はブラジルで農場を経営しているだろうか。
byしんしん
ウルトラマラソン
100㎞
何を求めて走るのか。
多くの100㎞マラソンが多い中、
様々なアイデアで集客を狙っている。
私が気になる100㎞
奥武蔵ウルトラマラソン
何といっても
ビキニギャルが折り返し地点で待っていてくれ、暑く火照った身体に冷たいお水をかけてくれるという。
私も一回でいいから走ってみたい(^O^)/
運峰さんのHPから持ってきた。
ランナーは、ヤッチャバさん、
100㎞マラソンをウルトラの世界を、ご存知の方は、知っていると思うが、奥武蔵ウルトラマラソン
略してオクム
知らない方のために↓
画像一覧
夢街道90㎞
自分なりに考えている。
スペシャルなアイデア
(≧▽≦)
byしんしん
毎月一回
森信三先生の「修身教授録」を読んでの勉強会。
本日は「尚友」
尚友とは古人を友人とする。
http://www.kokin.rr-livelife.net/goi/goi_si/goi_si_63.html
この講で、森信三先生が言わんとすることは、
友人を大切に、友人と切磋琢磨して、自分を磨きなさい。
また、前回の「読書」でもあったように、古い偉大なる人々の書物を読み、友とする。すなわち尚友。
学生時代は、同級生、先輩後輩でも、2・3学年の間が友達関係。
こうして、我々たち。
年齢も性別も、育った環境も、違う人たちが集まり。
戦前の師範学校講師、森信三先生の本を読み、それぞれに戦前の修身の教育とは、と、考える。
ありがたいことだと思う。
今回
「尚友」「同門の友」などの言葉が出てきた。
この話を聞いていて、ふと、前、読んで心に響いた言葉
「刎頸の友」が浮かんだ。
それは、百田尚樹の「影法師」に出てきた。
2015/01/20 (Tue) 私のブログ
百田尚樹の「影法師」を読んだ。
刎頸の友→その友のためになら首を切られても悔いのないほどの堅い友情で結ばれた交際のこと。非常に親密な交際。
昔、侍の時代、自分より名誉のために生きた。
自分の幸せより、重きものがあった。
今、時代は変わり、個人を重んじるようになった。
自分の考えを、声高に主張できる時代になった。
平和を訴える人がいる。
平和和大切だ。しかし、隣の国の脅威も、、、確かにある。
様々な考えの人
育った環境、今暮して居るところ。
それぞれ違う。
自分の考えも変わっていく、自分なりに、それなりに考えていこう。
和か国の事、平和の事
byしんしん
私の愛読している書物の5月号に書いてあった。
鍵山秀三郎先生の(巻頭の言葉)
が気になったので、ココに残しておきたいと思います。
攀念痴(はんねんち)を持たない。
攀念痴(はんねんち)とは人を恨んだり憎んだりすること。
人を恨んだり、憎んだりしますと
そのことばかりが心に引っかかり、眠れなくなり
精神まで蝕まれます
その結果、自分のエネルギーをすべて
消耗することにもなります
つまるところ、「攀念智」を持つ人は不幸になるばかりです
「攀念智」を持たない 人生の極意だと思います
鍵山秀三郎
鍵山先生は
年商900億円を超えるカー用品販売会社、イエローハットの創業者です。
良樹細根
根が張れば自ずと木は育つ
という言葉が示す通り、些細なことをコツコツとやってきた人です。
その一つが掃除。
日本を美しくする会相談役「鍵山秀三郎」
その先生が
今の日本に警鐘を鳴らしています。
テレビで人の浮気報道で騒ぎ立てる人どもを見て。
地に落ちた日本人
攀念痴(はんねんち)を持たない。
人を恨んだり憎んだりしても、何もならない。
今ある物で、何とかやっていこう。
自分が出来る範囲で、工夫してやっていこう。
そんな気持ちでココで暮らしていこう。
そう思った。
byしんしん
本日、お昼12時、佐久間簡易郵便局から「夢街道90㎞」最終案内を送りました。
90㎞という長い距離を走る、何があるのか分からない。
色々な事を書きこんだ。
夢の道
人の道
こんな自分が、こんなことができるのは。
パソコンを始めプリンターなどの最新電化製品の発達があってこそだ。
山間部に暮していると、大変不便な事が多い。
A3用紙のコピーなど一昔前だったら出来なかった。
それがこれ
数年前に買ったプリンターEPSON px1600f
これが威力を発揮した。
不便なら不便なりに考える。
なんとかならないかと考える。
私の趣味
走ることと、自分の暮らす北遠に走る人を呼び込むこと。
何分、個人の趣味で、自分一人で考え悩み行っているマラニックです。
至らないところもありますが、お許しください。
byしんしん
日本の多くの地域が抱える大きな課題のひとつが、駅前の商業地区の活性化、その活性化を目指し
香川県観音寺市の商店街が、地域を盛り上げるために始まった。
今宵もはじまりました(^-^)/~~~
去年から、私も個人的に始めました。
今宵もはじまりました(^-^)/~~~in佐久間
私の勝手に飲み会。
その一つが
先日土曜日に佐久間町浦川のキャンプ場で行いました。
去年は
今宵もはじまりました(^-^)/~~~in水窪
横断幕には、佐久間の文字をはぎ取ると、水窪の文字がある。
そう、
今宵もはじまりました(^-^)/~~~in水窪
もやりたいと思っている。
こちらの方は
私が昔働いていたフジユニバンス水窪事業所のメンバーとの飲み会で横断幕を掲げようと思っています(^-^)/~~~
昨日は飲み会。。。だった(^O^)/
日本の多くの地域が抱える大きな課題のひとつ
駅前の商店街の活性化。
それは浜松市の浜松駅前も同じ課題がある。
その浜松市は広大な12市町村を巻き込んでの合併をした。
浜松市の中山間地は過疎高齢化の課題がある。
私が暮らしている佐久間町
今、思うのは。
少なくても楽しく暮らしていこうということ。
今宵もはじまりました(^-^)/~~~in佐久間&水窪
来年も再来年もやりたいと思うので、地域におる人も出て行った人も遊びに来てください(^-^)/~~~
byしんしん
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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