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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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朝、携帯のバイブが鳴っていると家内に言われた。

電話番号が出ていたので、誰かなと思い通話した。

その主は、私の「浜松縦断マラニック」のことを誰かに聞き、参加したいとの話だった。

ありがたいことです。

今のところ参加者
玄海・もりひろ・いちご大福・しんしん・ミド・イケ・しゅうじ の七名。

出発は8月31日(土)浜松駅南口を朝7時にスタート。


佐久間町が合併をして浜松市になり、大きくなった浜松市を自分の足で走ってみたくなり。

その道を、走る仲間で走ってみたくなり。

今に至っている。

佐久間町が合併しなかったら、浜松市がこんなに大きくならなかったら、こんなことは思いつかなかっただろう。

車ではなく、自分の足で走ることにより分かることがある。

PS
秋葉ダムの公園で、ボランティアでエイドをやってくれる人がいる。
この人たちは、私が10年前に卒業したNHK学園の社会福祉学科の卒業生で集っているCSネットワークの人たちだ。
仕事や家事の余暇を利用して、NHK学園で勉強した知識を生かしボランティアをしている。
そんな、人たちなのです。

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もう10年くらい前の話になるだろうか?
私が住む浜松市の北部(山の中)の高校の野球部の生徒が、練習試合で負けた時に自分の家まで走って帰ってきた時があった。
浜松へ車で買い物に行く途中に、そんな野球部の生徒に出合ったことが何回かあった。


その後、佐久間町は合併し、私は一人でこの道を走ってみようと思った。
浜松駅南口から佐久間町までの60K。


浜松駅の雑踏を抜け、ザザの交差点を右折して国道152号線を北上した。
浜松市の役所を左に見て、ホテルコンコルドを通り過ぎていく。
浜北のバイパスでは、サンストリート浜北が完成まじかで道路も路肩を整備している途中だった。
天竜に着き、船明ダム湖岸を走り、新しくできた横山トンネル・秋葉トンネルを抜けたら秋葉ダムが目の前に見える。
ここまでくると何故かホットする。
田舎の緑に囲まれた道。


10年前の野球部の生徒もきっと、このような感じで走ったであろう、田舎の道。

 

西鹿島から佐久間町まで約40㎞
浜松駅から佐久間町まで約60㎞
 若い人も、年を重ねた人も、無理ではない距離。

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佐久間町が浜松市に吸収され、佐久間町という自治区は消滅した。
そんな年の夏、一人で走った道。
この新しく誕生した浜松市を一人で、浜松駅南口から佐久間町まで走った60㎞。

 

それから浜松市も政令指定都市になり住所も
静岡県磐田郡佐久間町から静岡県浜松市天竜区佐久間町に変わった。
なにが浜松市だ!なにが天竜区だ!なにが政令指定都市だ!
お上の方で全て決められ進められていく、そんなことへの淋しさ・不安・怒り。
そんなことを思いながらの、一人の走り旅だった。
ような気がする。

 

次の年から、長距離を走る仲間が集まり、一緒に走った。
一人より二人、二人より三人。

浜松市の中心、浜松駅から北遠をめざし。


住む場所により、いいところもあるだろうし、大変こともあるだろう。
ここに住もうと決めた、それは自分が決めたことだから、自分が楽しく生きていこうと決めた私のマラニック。
「浜松縦断マラニック」
今年は、6人の人が、この道を走ってくれる。
秋葉ダムの公園で、仲間がエイドのボランティアをしてくれる。
ありがたいことです。

感謝!!

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 昨日、中部のお祭りでの花火、早々YouTubeに出ていた。

静岡県浜松市の北部、佐久間町の中に中部(なかべ)という地域がある。
ここでの夏祭りに奉納される花火、地割れ花火がなかなか見ごたえのある花火だと宣伝し、走る仲間を集って浜松駅から佐久間町まで60㎞を走ってきたのが6年前のことだった。

 

佐久間町は浜松市に合併し、町の役場の職員は浜松市の職員になり、大きな浜松市の中の佐久間町になっていった。
町に住む誰もが、ここはもうダメだと感じている、若い人も年寄も・・・・・自分も。
そんなとき、走った浜松駅南口から佐久間町中部(なかべ)までの「浜松縦断マラニック」60㎞


私の呼びかけで集まってくれたのは8名。
中部に泊まって花火を見る人は5名。
泊まった場所は「上島キャンプ場」


中部の花火が始まり、最初の花火を見て私・・・・・感動した。
地割れ花火を見て、町から来た人が・・・・・・・喜んでくれた。


今回のメンバーから噂が広がり、次の年にもやった。
宿泊場所を変え、かぢや旅館を予約した。
 

そんな感じで行っていた、「浜松縦断マラニック」60㎞。
第3回まで、中部のお祭りの日だったが。
旅館を切り盛りしているオカミサンが、体調を崩し、お祭りの日に泊まることが難しくなって、日にちを変えて泊まる場所を変えての「浜松縦断マラニック」60㎞になった。


今年は、8月31日(土)
メンバー6名。

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私の好きなテレビ番組でフジテレビの奇跡体験!アンビリバボーがある。
中でも感動のアンビリバボーが好きだ。

facebookをやりはじめ、「みんなやさしくなあれ」 のページをフォローするようになり、
自分のニュースフィードには感動話がやってくる。
「みんなやさしくなあれ」ページは↓
https://www.facebook.com/yasasiku
facebookにログインしていないと見えないョ

 

走る事もそうなのかもしれない、42.195kmを走り切た後の・・・あの爽快感・なんとも言えないあの感動。
初めて走ったフルマラソンは「磐田・大藤マラソン」31歳の時の初マラソンだった。
初めて走ったウルトラマラソンは「富士五湖ウルトラマラソン」だった。
私、52歳の時だった。



51歳の11月。
その、初めてのウルトラマラソンの練習のためにと、浜松駅から遠山郷まで走った。
最初だから、ウルトラマラソンの大先輩、名古屋のたけるさをお願いして一緒に走った。
当時は青崩峠を越えての90kmだった。
道の駅「遠山郷」にたどり着いた時には本当に感動した。


遠山郷は児童文学作家椋鳩十が愛した里だ。
氏の詩の中でも「遠山郷は人の心の美しい里である」と書いてある。

 

20013年6月28日金曜日浜松駅をスタートし、
あの美しい里へ、遠山郷へ行こう!

自分なりの感動を求めて。

おわり。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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