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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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去年の夢街道は前日の台風で大変だったのっを覚えている。
6月になり雨が多く降る時があり、サポートの関係で遠山のKさんに電話すると「青崩峠の信州側で、深層崩壊の恐れがあり通行止めです。青崩峠は通らないで下さい」との話を聞く。
「夢街道は止めた方が良い・・・・中止してください」との話もあった。

中止っと言ってもな~。
マラニックを走る人は少々の雨でも集まるョ・・・・・、でもKさんも立場もあるし・・・遠山の人に迷惑を掛けたくないし。
ヒロボーさんとも相談して、第二回「夢街道90km」は青崩峠を超えるのをやめ、兵越峠越えとした。
そしてKさんに「観光協会には迷惑を掛けないように開催します」とメールした。
参加者のみんなに、「今回はサポートの人は着れなくなりました」と連絡した。

大きな台風が接近し私の住む地域も被害が出て飯田線も不通になり、第二回「夢街道」の日を迎えた。

台風一過で雨も止み一人で夢街道の準備をしながら遠山に車を走らせると、水窪のバイパスで携帯電話の着信があった。
遠山のKさんからだった。
「今日の夢街道、サポートやってやるョ」
ありがたかった。

しかし、心配事がまだあった。
飯田線が不通になっていることだ。
JRに問い合わせると、飯田線は水窪駅までしか運転していないそうだ。
遠山で走っていくと電車で帰ろうとしている人は、、、、、帰る事が出来ない。
そんな人は兵越峠を越えない、水窪をゴールにしてもらわないと・・・・と考えて遠山に車を走らせた。

遠山に着き観光協会「アンバマイカ」に入り、JRの話を聞いたら「今日の1時から正常運転に戻りました」との話が合った。
ホ~っとした。

 

そんな感じで迎えた、第二回「夢街道」浜松駅を21時にスタート、浜松の市街を走りはじめたのだ。
浜松市街は蒸し暑く単調なまっすぐな道路は気分もすぐれなかった。
が、旧天竜市に出て、最後のコンビニ「山東サークルK」を過ぎ、船明ダムの湖畔を走ると、風が涼しく気持ちがいい風が吹いてきた。
横山の街に入り、天竜川に架かる「横山橋」を渡り、コースはこれから山の奥へと入っていく。


横山トンネル、秋葉トンネルを走る。
このトンネル、ほんの10年前にはなかった。
このトンネルが出来て、私の住む佐久間は浜松の市街に行くのにずいぶん楽になった。
しかし、道路が良くなっても、山間部に住む人は少なくなっていく。
とくに・・・・若い子供を育てる世代が町に出ていくために、山間部の学校は廃校になり佐久間町時代に多額の予算で建てられて建物が取り壊されていくのだ。


秋葉トンネルを抜けると、天竜川の龍山村(今は龍山町)にある秋葉ダムが現れる。
国道152号線から右に折れ、その秋葉ダムのCP-3「秋葉ダム公園内トイレ」に行くのだ。
去年だったっけな~、ここのCPを通らないランナーがいた。
折角、ヒロボーさんが書いて下さったコースマップを見ていなかったのだ。
今回はスタート前に、チェックポイントは必ず寄ってチェックしていくことと、連絡しよう。


CP-3「秋葉ダム公園内トイレ」去年の記録を見てみると。
速い人で1時45分、遅い人で3時15分だった。
ここからは車も通らない真っ暗な道だ。
国道の道は狭いトンネルがあり危険ではないかと、呼びかけ人として東岸を走るようにと決めたのだけど・・・・・この真っ暗な道を一人で走るにはかなりの勇気がいるだろう。
3km走ると「峰沢橋」という吊り橋がある。
コースは暗い山道だけど、あまりの暗さに・・・・・この橋を渡り国道を走ったというランナーもいたようだ。
私は、去年は県道を走り。その前は吊り橋を渡り国道を走ったのだ。
景色は国道の方がよかった。
国道行くと、瀬尻の町横の秋葉ダム湖から霧が湧き、遠くに竜頭山が見えた。
その霧が・・・まるで竜が竜頭山に向かって登っているようだった。

「瀬尻橋」の横を通り次の橋が「大輪(おおわ)橋」だ、ここには自動販売機があり観光トイレがある。
ここから走っていくと前の方の山に人家が見える、山の斜面に張り付くようにその村には家が建っている。
ここは「西渡」(にしど)という村だ。
PC-4「西渡バス停」(伊藤エイド)があるところだ。
去年は速いランナーが、伊藤エイドで給水・給食が出来なかったので、今回はしっかり走る前に説明するようにしなければ。
CP表も伊藤さんが持っているそうなので、、そのこともシッカリ伝えなければ。


ここから、コースは国道をはなれ「塩の道」となる。
西渡の斜面部落を上る「八丁坂」がコースになっている。
昔、まだ道路が無いころ、平野部の物資は渡船で運ばれていた。
天竜川を渡船で運んできた物資を水窪や信州の方に運ぶには、西渡の上の方にある街道までその物資を運ぶ道「八丁坂」があったそうだ。
昔の人々は、この道を背負子に塩や魚などを積んで運んでいた道なのだ。

塩の道「八丁坂」
http://yama-machi.beblog.jp/sakumai/2008/05/post-e6a2.html

八丁坂を上りきり「明光寺峠」を超え瀬戸の村を行く、
車が通れる道の終わり、瀬戸の村の家々の軒先を通る塩の道となる。

歩道も終わり道路を下っていくと、先ほど上ってきた村道と合流する。
この村道沿いには、水窪川の東斜面に点在する部落がある。
瀬戸・間庄(ましょう)・立原(たっぱら)・横吹(よこぶき)私の元住んでいたところは横吹だ。
この道を通ると、立原から横吹が見える・・・私の家がかすかに見える。
昔の思い出が甦る。


村道が山から下っていくと、旧国152号線に出る。
この交差点を左折する。
2kmほど行くと、相月バイパスの出口に出る。
ここの集落は切開(きいなま)だ。
ここら辺の村の名前はチョット変わっている村の名前があります。
この夢街道・・・これから何年も続けると・・・・・こんな村もあったんだな~。
そんな風になっていくと思います。。。。。
そう・・・ここは限界集落。


ここから国道152号線。
国道といえど、道路は狭く、歩道もありません。
車に気を付け、遠山を目指しましょう。

次回に つづく。


 

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コメント
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夢街道その2
夢街道その1とその2まで、ほんと細かなところまで気遣っていただいてありがとうございます、私が転んだのは、花桃の里トイレ休憩して歩道にでた所コンクリートに足を引っかけたのでした
傷はなく、ただ大きなたんこぶができてしまって
、冷やすものなく困ってたとき、遠山のKさんの車丁度氷持ってたので、助かりました。真夜中走るんでほんとしんしんさん心配でしょうが、転んだりとか自己責任だから、大切な体は自分で守ります
うっちゃん 2013/06/17(Mon)13:50:00 編集
うちゃんへ
長いけど・・・・読んでくれてありがとうネ。
わたしの思いが伝わったのかわかりませんが・・・・わたしはこんな思いがあります。
いろんな考え方があっていいと思います。
しかし「お前が集めたのだから・・・お前が用意しないといけない・・・云々」と言ういい方は?が着きました。
「ほくえん旅ラン」は、気持ちが分かり合える人だけで楽しく走りましょう(^^)
今回、名古屋から参加の初めての人がいますので・・・うっちゃん手ほどきお願いしますm(__)m
しんしん 2013/06/17(Mon)19:37:59 編集
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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