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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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佐久間から遠山郷まで、今年は途中富山の御世話になった方の家に寄ろうと考えていた。天竜川リバーサイドの富山エイドも事も考えていた。県道1号線を佐久間ダムからダム湖岸を走り富山、平岡駅・遠山郷にと考えていた。
朝7時、富山の知り合いの家に持っていく手土産を、何かないか?
佐久間には、そんな物は無い。ガックシ。
東栄の本郷にコンビニがあり、そっち経由で車を走らせた。
コンビニで饅頭を買い、豊根村経由で行こうと考えていて、コンビニで、その道が通れるか聞いた見た。隣で会計を待っていたトラックの運転手が「大丈夫」と言ってくれた。
国道151号線を北上、太和金バイパスは綺麗に整備されていた。パル豊根、豊根村の村役場の方に右折、途中ナビを富山にセットした。
豊根村役場を通り過ぎ、みどり湖の湖岸を進むことに不安になり途中で、畑仕事をしている人に道を尋ねる。「役場のところから阿南の方に行った方がヨカンべ」ということで、Uターンして役場のところから阿南方面を目指した。
コッチの道の方がよさそう、そう思っていたが、すぐに細い道路になっていく、ナビでは工事中のタメ通過できませんという。不安だ。
ところが工事中だったけど通ることは出来た。ホ。
少し行くと、民家が。また少し行くとキャンプ場が、山深い所に人の気配はないが家が点在していた。
しばらく行くと、天竜川リバーサイドで走った、見覚えがある道路が出た。九十九折の山の道路を進んで行く、狭いトンネルを抜けて、山道を下っていく。秋に来れば紅葉が綺麗だろうナ~。
天竜川が見え、富山に、御世話になった人の家に行く。

様々な事を話す。
ヒロボーさんから着信、もう遠山郷に入るそうだ、泡も入っていろうな口調だった。
11時57分着の伊那路で知り合いが二人来るので、一緒に行くので、そのときまで待ってて。
ウッチャン・友さんからも着信、昼飯を蕎麦屋に行こう。そんな話だった。
富山での懐かしい話に花が咲き、話が進んだ。しかし、伊那路の到着時間が迫っている。
別れは寂しいけど、富山の集落を下った。綺麗に手入れされている畑はネットで囲まれていた。


天竜川のクニャクニャ道を平岡へ、平岡駅には11時30分には到着、見たことあるような人が一人休憩室にいた。
塩尻から来た彼は、伊那路の上りを利用してきたそうだ。ランナーとは見えないような体形になっていた彼は、性格は昔のままだった。頭の毛もかろうじて残っていた。

11時57分、伊那路が平岡駅に着き、二人の知り合いと、一人のたまたま出会った知り合いの荷物を車に積んで、遠山郷を目指した。

遠山郷に着き、受付をすまし。
遠山郷観光協会の主催する、青崩れトンネルの遠山郷側のバイパスに桜の木を植える植樹イベントに参加した。
遠山郷は、7年後に完成する青崩れトンネルが開通する頃、遠山郷が花いっぱいの里になるように、花街道(仮称)の里をと感えているそうだ。
私は10月桜を植樹した。

植樹イベントが終わり、仲間が去年亡くなった、よしえさんの桜の木の前に集まり、花を添える人、花の球根を植える人がいた。

遠山郷のマラニックは、今年で13回、第一回目のマラニックの様子は今でも鮮明に記憶している。
走り終わってからの宴会はセンセーショナルだった。
関東のランナーが多くいて田舎が楽しく感じた、そんな時だった。

いま、LINE、フェースブックで遠くにいても繋がりを感じる世界に私たちは暮して居る。

しかし、死ぬということは、写真は残っていても言った言葉は忘れなくても。もう逢うことは出来ない。

たまたま来た、同じ大会に参加する赤いアウディが来たので、観光協会までの帰りは、その車に乗せてもらった。

前夜祭の開催は17時。マイクロが来るのは16時30分。まだ時間はタップリある。

近くのスーパーで昼食のお弁当を買い、泡も。

遠山郷が縁で知り合った仲間と再会を懐かしみ、昼間から宴会が始まった。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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