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仕事が終わり、歩いて帰ってくる・・ 中部橋(なかっぺバシ)を歩いていると・・・。
釣り人だろうか? 橋から川を覗いている人がいた。
ほろ酔い気分の中年の紳士だった。
私 「鮎はいるかね~?」
釣り人「群れている・・・ダメだな~」
私 「ふ~ん・・・どうして?」
釣り人「瀬に群れが散らばれば・・・・トロ場ではダメだ!!」
私 「いろいろコウシャクがあるだね~、私は鮎釣りはやらないからわからない、天竜川の近くに住みながらもったいないね!!」
釣り人「私はここ(半場)に移り住むようになった、これからが楽しみだ」
私 「へ~。ありがとうございますm(_)m」
私 ・・・・親介護かなんかで帰って来たのかな~? それとも田舎暮らしが好きで、空き家でも買って半場に移り住むようになったのかな~。
釣り人「半場では○地さんと仕事をしていたョ」
私 「○地さんと言うと・・・ヤマハで」
釣り人「ちがう弟さんの方」
私 ・・・え・・・そうか~。学校の先生か~。そういえば浦川小学校の校長先生が転勤してたと聞いていた・・・。
私 「浦川小の校長先生ですか~。私 佐久間高校で用務員をやらせてもらっています。よろしくお願いしますm(_)m」
丁寧にあいさつをして、中部橋を後にしたのだった、ジャンジャン(^^)
佐久間は人が少なくなり、それに伴いお店が減って、買い物には不便な思いをしますが、その代わり自然がいっぱいあります。
鮎の友釣りの好きな人には最高の所ではないでしょうか(^^)
前の話、テレビで食物調理科および調理クラブの紹介をした内容の放送を見たことがある。
高校が、レストラン「まごの店」を経営していて、食物調理科および調理クラブがその調理を担当している。
今日の「トリハダ㊙スクープ」で、その調理クラブの紹介の第二弾があった。
家族でそのテレビを見ていて「県立高校ではこゆ~のは出来ないだろう~」と思ってネットで検索してみると。
なんと「三重県立相可高等学校」ではないか。
高校生と言う時期、若く教えられたことを何でも吸収できる年齢だ。
この時期に、自分のこれからの進む(料理人)の道を目指し、厳しい仕事も耐えていく。
ガンバレ今どきの高校生。
「まごの店」↓
http://www.mie-c.ed.jp/houka/gakka/syoku/mago.htm
飯田線で相月駅まで行く。
この無人駅(相月駅)は、私にとって懐かしい場所だ、佐久間中学校に通っているときには、"栄楽屋(えいらくや)"という お店もあった。
ここで お菓子を買い、その お菓子を食べながら、家のある横吹(よこぶき)に登って行ったのであった。
あまりにも懐かしい、相月駅・・・・踏切を渡って"栄楽屋"を訪ねてみた。
なつかしさに浸ってもいられない・・・目指すは遠山郷。
相月駅から国道152号線に降り、佐久間駅伝第2中継地点から走り始める。
相月バイパスのトンネルをくぐると切開(きいなま)の集落が目の前の山に張り付くようにある。
今は車社会になり、街道は川沿いだが。昔は移動手段は自分の足が頼りだ、街道も山の中腹にあり当時は人々が往来し山の中腹の村が栄えていたのだろう。
私の住んでいた横吹(よこぶき)でもそうだ、私が小学校低学年ころまでお店もあった。
しばらく行くと、城西駅に出る。相月バイパスが出来て城西駅まで近くなった。
城西小学校あたりを走ると、遠く向こうに"青崩れ峠"方面が見えてくる。
水窪の商店街を走っていると、通学の小学生や中学生歩いている。
水窪町を超えると、徐々に上り坂がきつくなる。
ようやく着いた、浜松市最北端の 酒屋"はくりや"に到着。
少し休憩し、先を急ぐ。
途中島で、靑崩れ峠と兵越峠の分かれ道、靑崩れ峠に向かうと、「クマに注意」の看板!!
無視していくと、村の人が居て「昨日クマを見た人がいる!!」と、・・・帰るわけにもいかず、気を付けながら青崩れ峠へと歩いていく。
無事にクマにも出会うこともなく、靑崩れ峠の入口へ。
ここから、遊歩道となる、が・が・が・・・・・ここに通行止めの看板が「歩道欠壊のため通行止め!!」。
ま~行くしかない、看板をすり抜け先に進む。
ところが、何もなく、すんなりと通れた。
ようやく着いた。青崩れ峠。
青崩れ峠から、遠州の方面を望む(水窪の山の会の人たちが、伸びた木を払ってくれたそうだ。よく見える)
ここから、信州に向かって遠山郷に向かて下って行く。
遊歩道を下り、林道を下っていくと、去年まで工事中だった所が今は工事が完了していた。
遠山郷の集落が見える頃、道路も工事個所が増えてきた。三遠南信の青崩れトンネルに伴う工事だそうだ。
浜松側では全く進んでいないのに、信州側では、着実に少しずつでも進んでいる。
遠山郷(神楽の湯)に着いたのは、お昼近くになっていた。
佐久間駅6:21→(電車)→相月駅6:26
相月駅 6時30分スタート
はくりや 8時00分
青崩れ峠 9時40分
遠山郷 11時40分
計 5時間10分
今月、戦国街道ランの次の日、カインズホームで買ってきた「ゴーヤ」と「ナス」「キュウリ」「カボチャ」「南蛮」の苗。
当時のブログ↓
http://hokuen.blog.shinobi.jp/Entry/711/
父が生きていたころは、父が作った野菜を採って食べるだけだったのだが。
今年から、私も挑戦してみた。
その5月7日に移植したキュウリの苗に、今朝、花が咲いていた。
今年の夏は、我が家の家庭菜園で、夏野菜が収穫できそうだ。
PS
玄関前の、ゴーヤもツルが出てきた(^^)
父親が亡くなって、先日 お寺で三回忌を行った。
今日は、その三回忌で拝んでもらったトウバを お墓に収めに行こうと思っていた。
仕事が終わり、家に帰ってきて、隣のオジサン(いちにー)その話をしたら「わしも連れってくれ」と言ったので一緒に行くことにする。
それを知った、その隣の忠重さん(父親の従弟)が「わしも行く」と言ってきた。
私のマイカー(軽トラ)は二人乗りなので・・・・と考えていたら 忠重さんが「俺の車を出すわいね」と言ってくれた。
家に帰り、トウバを持ってきて車を待っていると、隣のおばさん(なっちゃん)が「わしも行くかな~」と言ってきた。
結局 横吹(よこぶき)の人たち四人で、父親のお墓のある相月(あいづき)に行くことになった。
いちにーは(86歳)、脳梗塞を患い今は歩くこともままならない。
忠重さん(73歳)は耳が少し遠い。
なっちゃん(80歳)も耳が遠い。
車の中での会話も何かちぐはぐな所もある。
それでも、みんな私の父親の眠る、お墓を拝みたいとの思いで車に乗ってくれたのだ。
相月に着き、お墓のある所までは、急な階段を下らなければならない、いちにーは車で待っていることにする。
なっちゃんと、忠重さんとお墓に行き、墓前に手を合わせた。
お墓から帰る途中、写真を撮った。
相月の茶畑が・・・緑が・・・目に染みる。
父親も きっと 喜んでくれているであろう。
昨日の「佐久間・水窪スーパーマラニック」竜頭山のほおづき平でヒロボーさんがオカリナを吹き始めた。
ヒロボーさんは前に”しだれ桜お花見バーベキュー”の時、伊藤さんのお宅でオカリナ仲間が集まり楽しそうに吹いていたのを思い出す。
「しだれ桜お花見バーベキュー」↓
http://hokuen.blog.shinobi.jp/Entry/690/
今日は、オカリナで動画検索をしてみた。
ふるさと・見上げてごらん夜の星を
相模原市緑区で2011年4月2日に開催された第14回津久井湖さくらまつりで行われた「東北・関東大震災復興支援コンサート」の動画です。
まいご(オカリナ)
ジブリ作品『となりのトトロ』より「まいご」切ない曲ですねーぇ。。
「地上の星」 を、オカリナで吹いてみた。
中島みゆきさんの、地上の星
かっこいいです(^^)
オカリナ奏者 宗次郎 Sojiro Live Stage 1990 = 道 =
オカリナと言えば 宗次郎さん 心にしみます。
オカリナの音色は私の心に深くしみこむ
(あらすじ)
幼い頃からプロ・サーファーになることを夢見て、毎日美しいハワイの海でサーフィンに明け暮れていた、勝ち気な少女、ベサニー。
その幸せな日常は13歳のある日、突然サメに襲われた時に一変する。
一命をとりとめたものの、彼女は左腕を失ってしまったのだ。
怒り、疑念、不安、そして悲しみ……。絶望の中で、サーフィンと決別し、別の道を歩もうと決めたベサニー。
だが、彼女はサーフィンへの思いを捨てることができなかった。
そして、想像を絶する厳しい訓練と、家族の支えによって、再びサーフィンの頂点を目指すことを決意する。
ソウル・サーファー [2012年6月9日公開]
「どんなに辛い事にも何か意味があると信じるの」
「明日を信じて今を生きる"私は諦めない"」
自分のこれからの人生にもこの言葉を刻んでいこう。
朝の情報番組 みのもんたの 朝ズバッ!
その 朝ズバッ!が東京スカイツリーに番組が視聴者を招待する「朝ズバッ!東京スカイツリーツアー」を企画して、今朝の番組で放送していた。
祖父が亡くなり、元気をなくした祖母と一緒に このツアーに申し込んだ孫姉妹や、55歳の男性が付き合っていた彼女とこのツアーに申し込み、展望デッキでプロポーズをするという話だ。
その男性は、展望デッキでプロポーズをして、見事彼女を射止めツアーの人たちみんなに祝福された!!
放送の最後に、3時間のツアーが終わりスカイツリーから降りてきて、その男性が「スカイツリーはこれからみんなに愛されるけど、わたしは○○○さんをずっと愛していきます」と言った言葉が印象的だった。
辛いこと悲しいことも合ったけれど、これから楽しいことを求め頑張って行こう。
朝の情報番組 みのもんたの 朝ズバッ! 朝のひと時 私の好きな番組の一つだ。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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