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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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佐久間町の佐久間観光協会に、ゆるきゃら「さくまるくん」がいる。


町の子どもたちや観光客のアンケートで選ばれたキャラクターで
カッパのくれた目薬」という佐久間の民話に登場する主人公

カッパの目薬でみんなの心の眼をきれいにするんだみんなの笑顔がぼくのパワーになるんだよ

何とも田舎のキャラクターらしい、ほんわかした紹介文だ。

フェスタ佐久間、水窪祭り、などに出没したらしい。

来年の佐久間駅伝で会えるといいな~。

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二年前、初めての夢街道は青崩峠を越えて遠山に入りの90kmだった。

それが、去年から青崩峠が通行止めになり、遠回りの兵越峠を越えて遠山郷に向かうようになった。
距離も100kmになった。

 

浜松駅南口を夜の九時に走りだし、夜通し走って越すと峠は


武田信玄による1572年の徳川領侵攻において、軍兵の一部が通過したことで知られている青崩峠で信州入りをしたいものだ。


先人の人が歩んだ道を、今を生きる私たちも・・・・・。


遠州側からこの峠に来ると、信州側からからの風が心地よいのだった。


今回も「夢街道100km」だけど、いつかわ青崩峠を越えるようになり「夢街道90km」に戻る時が来る。

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夏だ!!

生ビールの季節だ。


 

月に一回の空手の日、汗びっしょり・・・・・こんな日は家に帰って、寿司をつまみに生ビールが最高だ。

 


本当は冷奴に第三のビールでした(ToT)

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4月14日(日)に歩いた、ほうじ峠。

今回は、二年前に一緒に歩いた○橋さんから連絡があった。

○橋さんは、私より13歳年上の佐久間町出身の人だ。
今回は高橋さんは1962年(たぶん)に卒業の佐久間中学校同級生を連れて参加だという。
19名の同級生は飯田線JR佐久間駅で記念写真を撮り、ほうじ峠へと歩き始めた。


そして、その同級生の一人の実家が、羽ヶ庄にあり、その家の庭のモクレンが満開なのだ。


佐久間に住んでいる人、今は佐久間に住んでいいない人、そんな同級生が集まって、佐久間のほうじ峠を歩いた同級生たち。
きっと楽しい思い出が出来たことだろう。

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自分なりに悩んで取り付けた太陽光発電「カナディアン・ソーラー太陽光発電システム」15枚×190w=2.85kw

今日は、その太陽発電を取り付けたメーカー(株式会社ソルエナジー)が一年点検にやってきた。

ついでに、太陽光発電とは関係のない所の点検もやってもらった。

親切丁寧、アフターサービスも良好。


 

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
58
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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