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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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むかし、湖西市に暮らしていた頃の話し。
乗っていたボロイ車が山奥で動かなくなり、その山奥から自分の働いていた工場の寮まで歩いて行ったことがある。
距離にして5キロくらいか、車で走っていた道を自分の足で歩いた。日ノ岡の付近だったろうか。
大きな看板に標語があった。
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」

あれから幾年たっただろうか。
結婚して子供ができて年老いていって。
昨日の新聞には、空飛ぶ車の記事があった。
これからのインフラ、過疎地の交通手段に有効活用になると。

狭い日本にリニアができ、東京から大阪を今より早く結ぶことができるようだ。
そんなに早く行ってどうする。
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」

狭い日本、コンクリートで固められ、夏はコンクリートの反射熱で熱帯夜、便利を求めて後の世界に残骸を残す。
これでいいのだろうか?
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」
大きな看板のこの標語には後につづく言葉がある。
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く、昔はみんな歩いてた」


本来の人間の、移動の手段、それは歩くこと。
東京マラソンが始まってマラソンがブームになって、いま歩き走りのマラニックを楽しんでいる。

「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く、昔はみんな歩いてた」
昔の思い出を振り返りながらの走り旅。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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