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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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生中二杯にハイボール。先日の湖西連峰トレイルラン2020、走り終わってからの新年会、その二次会での記憶(笑)
二次会の会場は豊橋駅前「魚民」、まばゆいばかりの美ジョガーが隣に座りマラソンのベストを訪ねると三時間前半で走る走力の持ち主、話が盛り上がってきたが、多くの先輩方に「飯田線に乗り遅れたら大変だ!大丈夫~?」と心配され、泣く泣くその席を後にした。。。。
飯田線(豊橋20路42分発)水窪行きの電車に飛び乗った。
最終は中部天竜止まり、豊橋駅を21時50分、中部天竜には23時43分着、流石にこれだと次の日の仕事に差し支える。

永遠なのか、本当か~♪時の流れは続くのか~♪
湖西連峰トレイルラン2020、今年で12回目だそうだ。私はこの大会を12回参加している。
朝早く起き、着替えをして最寄りの公共交通機関中部天竜駅から始発の電車で二川駅に向かった。
浜松市の最北端の網走番外地の様な僻地だけど、このような電車が走っていることに感謝して飯田線に乗車した。
スマホの電源を切り持っていった、ありがとうを十万回唱えたらガンが消えてしまいました!という工藤房美さんの本「遺伝子スイッチ・オンの奇跡」を読みだした。

二川駅でトイレによって、スッキリして外に出ると下さんがいた。サクラさんもいた。
三人で岩屋緑地公園に行くと知り合いのスタッフたちが所狭しと準備に忙しそうだった。
走っている仲間も、この日は地元を盛り上げようとスタッフとして働いている。

私、ゼッケン8番第一ウェーブでのスタート、なんか得した気分、9時30分のクラッカーの合図とともに走り出した。
前の方ならんでいたものの、抜かれるわ抜けれる、アッというっ間に第一ウェーブの最後尾、山道に入ったころは次のウェーブの人たちが押し寄せてきた。
山の登坂では躊躇なく歩く。このままで最後まで走れるのか、心配だった。
多米峠からのショートカットも考えた。
しかし、身体が温まったら身分もハイになり、後ろから来た友さんにも励まされ勇気がわいてきた。

多米峠カレーエイドにヤット着いた。カレー大盛りを注文!
これからの山道も考えずに大盛りのカレーに挑戦した、泡もちょうだいした(笑)
少々満腹状態、ゲップ。
友さんを追いか林道を走る。こんな状態で走って良いのか?ゲップ、ゲップ。。。
走れることにカレー食べれることに感謝して走った。

林道を走り山道に入り、歩く。後ろには走りたい人が着いてくる、先を譲る。そんな繰り返し。
しばらくしたら、若い女の子が後ろを「お先に」と声をかけるが道が分らないと、「着いていきます」と、話すと蒲郡から来たそうだ。仲間は後ろにいるそうだ。
それでも、あまりにもヨレヨレすぎて、その女の子はオッサンたちの前に行った。
その姿を目で追うと、短パンに生の足が光り輝いて見えた。オッサンの目には眩しかった。
友さんと「今回も湖西連峰走って良かったネ」とお互い納得した(笑)

お汁粉エイドは本坂峠、旧本坂トンネルの近くだ、この峠には怪現象・心霊スポットで有名だった。遠い昔には様々な事があったのだろう。悲しい過去も。
しかし、令和の時代、世の中は確実に変わった、生足のうら若き女の子が腰に手を当て美味しそうに缶ビールをグビグビしておった(笑)
後は同じ道を帰るだけ、廃寺跡から宴会場がある石巻山を目指す。林道走りが心配などと言っていた人が、ピューっと先にいって行ってしまった。
急な坂道で、さっきまで一緒に走っていた人たちの姿が見えなくなった。

一人孤独にゴールを目指した。
感謝・感謝・感謝
ありがとう・ありがとう・ありがとう
59年間、生きてこれて感謝です~。

何時まで経っても変わらない♪そんな事あるだろうか~♪
年齢を重ねると体力の衰えは必ずある。
昨日の自分と今日の自分、変わらないように見えて変わっているのです。

佐久間町が浜松市に合併したころ佐久間中学校の同窓会をした。
私たち45歳の頃

当時、お互い年くったな~っと思ったが、今見ると若かったナ~っと感じる。

世の中の幸不幸は、その人がその本人が感じていること。

飯田線の電車の中で読んだ本「遺伝子のスイッチ・オンの奇跡」に、こんなことが書いてあった。
ガンになり余命一ヶ月と言われた著者は病院の先生に療養計画書を渡されたそうだ。
そのことを疑問に思った著者は自分の人生なのだから自分で人生の計画を立てたといいます。
事細かく10年後までの自分の人生の計画を書いた計画書を書いて担当の先生に持って行ったと書いてありました。

そしたら、なんと、計画通りに事は進み、余命一ヶ月と主治医に言われてた著者が10年間ガンの再発もなく今こうして生きているそうだ。

今回の湖西連峰トレイルラン、主催者の萩田さんが良く言います。
年の初めに一年間の計画を立てる。計画を立てればその通りにことは進む。
その計画を遂行するよう、自分なりに考える、と。

今年の私なりの計画は、5月の還暦同窓会、6月の夢街道90㎞
夢街道は今年で10回目となる。

情熱の真っ赤な薔薇を~♪胸に咲かせよう~♪
ほろ酔いで飯田線にゆられ、車掌に起こされて、中部天竜で下車して、千鳥足で家路に着いた。
走れることに感謝。お酒を飲めることに感謝。夢を見ることに感謝
ありがとう。
石巻山の宴会でのカラオケで「幸せさかして」五木ひろし「情熱の薔薇」ブルーハーツを歌った。
大変楽しかった新年会だった(笑)

お疲れ様でした(^O^)/

動画です。

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コメント
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なるべく小さな幸せを・・・
大きな幸せをつかむのもいいかもしれませんが
庶民派は、小さな幸せを感じて生きていく方が楽しいね
例えば、ユーミンが歌っている地名に行ったとか・・・富士山が絶景だったとか・・・etc

予定の電車に乗れなかったとか、渋滞に巻き込まれたとか・・・
これは、小さな不幸せでかすね。

人生楽しくいきましょう(*^_^*)
ともぞう 2020/01/07(Tue)20:54:26 編集
ともぞうサンへ
幸せのハードルを少し下げる。
じっくり考えてみると、幸せなことが自分の周りには多くあることに気がつきます。

走る仲間に出会うことができたことに感謝します。

ともさん
2月1日浜北に池さんに会いに行きませんか?
しんしん 2020/01/08(Wed)20:59:13 編集
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
64
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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