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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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85歳を迎えられる天皇陛下の、誕生日前の記者会見のお言葉には涙を誘った。

自分の人生の歩みを人生の旅として振り返った言葉の中には多くのことへの感謝の言葉があった。

自分の父親が生きておれば何と言っただろうか。

母親が生きていれば如何答えただろうか。

12月23日
天皇誕生日の日に皇居に行ったランナー仲間の動画を見た。

「天皇陛下・・・バンザイ\(^o^)/
との声が聞こえる。


大正15年生まれの母親は、辛い戦争時代を思い出し嫌だと言うかもしれない。


昭和10年生れの父親は、なんというのだろうか。


人は、それぞれ人生の旅をしている。


参考HP
Yahooニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181223-00000002-jct-soci&p=1

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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