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テレビの時代劇、寺子屋の場面で、子どもたちが孔子の論語を素読している場面がある。
子曰く、学びて時に之(これ)を習ふ。
亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)有り、遠方より来たる。亦楽(えきらく)しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦君子(またくんし)ならずや
通訳
孔子は言った。
物事を学んで、後になって復習する。
なんて悦ばしい事だろう。
遠くから友達が自分に合いに訪ねてくる。
なんて嬉しい事だろう。
他人が自分をわかってくれないからって
恨みに思う事なんてまるでない。
それでこそ君子というものだ。
君子→最も好ましい人物のこと。
子曰く、巧言令色、鮮(すく)なし仁。
通訳
孔子は言った。口先が上手で
顔つきをころころ変える人間が、
仁者であることはめったにない。
仁者→ 情け深い人。儒教の説く仁徳を備えた人
子曰く、人の己を知らざるを患(うれ)えず、
人を知らざるを患うるなり。
通訳
孔子は言った。
他人が自分を分かってくれない事よりも、
自分が他者の価値を
認めようとしない事の方を心配しなさい。
昔の寺子屋では
「し、のたまわく」
で始まった。
「子曰く」しいわくではなくのたまわくと。
対等な関係の人や目下の人が言った場合には「いわく」
先生や年長者など目上の人が言った場合には「のたまわく」
だそうだ。
昔の日本の教育は、幼少の頃から、論語を孔子の言葉を素読で撤退的に叩き込んだ。
人間とはどう生きるべきか。と。
世の中が経済優先になって、お金があれば何でもできるのではと変わってきた。
今の大人たちにこそ、孔子の論語を読んで自分の生き方を考えるときだと思う。
子曰く、学びて時に之(これ)を習ふ。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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