人間学を学ぶ月刊誌
「致知」
2015年 9月号
に、
東京大学教授 福島 智さん
「指点字」考案者 福島令子さん
の対談記事があった。
自分を主語にして生きる。
「主語」は、「誰が」「何が」という主体をあらわします。
「主体」→ 集団・組織・構成などの中心となるもの。
来年の「夢街道90㎞」は6月22日(金)9時スタート
自分が「主体」になって浜松駅から遠山郷までの90㎞を走る。遅くても。
福島さん親子の対談記事で
智さんのは、困難の中で生きる力になった言葉はありますか?
の問いに。
マザーテレサの
「愛の反対は憎しみではなく、無関心です」
と答えている。
障害者の辛さというのは、放っておかれていること、無関心で放置されてしまうことなんです。そして私は理屈の話ではなく、現実問題としてコミュニケーションができなくなりましたから、この苦しみについて周りから何ら関心を持たれなければ、私は生きていけれなかったんです。けれどもありがたいことに、私の周りには私の苦悩に関心を持ってくれ、支えてくれた人がいたからこそ、生きられたことを実感しています。
とも。
障害者の問題も山間部の過疎高齢化の問題も、多くの人に関心を持っていただくことが肝心だと思っている。
夢街道90㎞
どのくらいの方が参加してくれるかわからないが、12市町村が合併し政令指定都市になった日本で二番目に大きくなった浜松市の山間部が抱えている問題を一人ひとりが他人事でなく、自分のこととして考える場になっていくようにと思っている。
福島 智さん
ウィキペディアから
ウルトラマラソンランナー(フルマラソン以上のマラソンを走る人)
そんな人に、何時も忍者の仮装で走る人がいる。
毎年、夏恒例の「富士山頂往復マラニック」そんな忍者のランナーは走っていた。
その人は、な・ななんと大学で再生可能エネルギーの供給実態や、食料自給率など、実際に現地に出向いて研究しているという。
このほど「未来カルテ」なるものを表計算ソフトで作ったという。
人口減少や少子高齢化が進む2040年の自治体の姿を表計算ソフト上で予測する「未来カルテ」
私の暮らす地域は佐久間町。
自治体単位では今は存在しない。
そんなことを知ってか知らないのか、職場のある人が
「佐久間町は無いナ~」っと言っていた。
忍者教授ランナーは、再生エネルギーの研究もしている、小規模な水力発電などだ。
身近な再生可能エネルギー小水力発電を活用せよ!
地域のソレゾレの人たちが助け合ってコミュニティ電源として活用するのがいい。とも。
浜松市の北部、斜面にある茶畑。
これは、浜松市の財産だ。後世に残して置かなければならない貴重なものだ。
何時の日か外国のウルトラランナーが、日本に浜松に訪れて、山間無の急峻な斜面に続く茶畑を見てwonderfulと楽しんでくれる時が来る日がキット来と信じている。
12月1日(金)夜
水窪
NPO法人山に生きる会の会議、終わってから29年の忘年会があった。
私は6時半までの仕事なったので、忘年会の始まる途中、会の初めの来賓あいさつの途中からの参加になった。
「水窪町森林組合長」
の挨拶。
森林環境税の話。
YAHOO!ニュース
知っている?森林環境税の使い道
田中淳夫の話が載っていたので読んでみた。
地方自治体が独自に課税するもので、ようするに森林を中心とする環境保全に使うための目的税、浜松市は政令指定都市なので浜松市で徴収するようになっているのだろう。たぶん。
挨拶の後、忘年会の酒の席で、その森林組合長と元NPO会長の話を聴いたいた。
元NPO会長
「今ある山の駅を拠点に、これから10年後20年後を見越して、水窪に残していきたい環境」
「自分は生きて、その光景を見ることができないかもしれないけど、それでも」
森林組合会長
「実際の今の水窪の人口は2000人強、10年20年後には1000人以下になる可能性がある」
佐久間のNPOがんばらまいか佐久間では、このような本物には会うことができなかった。
ほんとうに自分の暮している地域のことを思う、本物の人との会話。
12月2日(土)
森町三倉
修身教授録を読む読書会・勉強会
9時15分
↓ 近況報告
10時30分
↓ 軽くジョグ
12時00分 昼食
↓
13時00分
↓
↓ 修身教授録 第22講~第24講
↓
15時00終了
17時00分 神楽坂峠の茶屋にて忘年会。
午前中の近況報告で、11月に自分が登った明神山のこと、走ったハーフマラソン二つのレースこと、そして昨日の水窪のNPO法人山に生きる会の忘年会での話のことを話した。
修身教授録では第22講「鍛錬道(Ⅰ)」第23講「鍛錬道(Ⅱ)」第24講「性欲の問題」の読書。森信三先生は生徒にこの授業で何を伝えたかったのか?
第22講「鍛錬道(Ⅰ)」第23講「鍛錬道(Ⅱ)」
戦争前の森信三先生の生徒に向けた教え、そのもっと昔にはもっと厳しい教えがあった。
その教えに生徒もついてきた。
第24講「性欲の問題」
性欲はわれわれ人間にとって、最も貴重なものであって、だんじておろそかに考えてはならぬ。
昭和12年から13年にかけて行った「修身」の講義録、40歳前半の森信三先生が大阪天王寺師範学校(現・大阪教育大学)で生徒に向けた性の教育。
参加者の中から、「性欲の問題」の読書の後の話し合いで、今の日本の少子高齢化の問題についての意見があった。
今の若い人の考え方、自分の子供たちのこと。日本の未来のこと。
そのとき、昔買った致知の本を読み返して、出会った言葉。
「巻頭の言葉」ウシオ電機会長 牛尾治郎
新しい時代の価値基準を見極めよ
戦前の日本では、個人は全体のためにあるという教育が施され、それが善とされていました。それは”善か、悪か”が社会の価値基準になっていた時代といえます。
これがアメリカの占領政策を経て個人の権利が重視される時代に入ると、”損か、得か”が価値基準の主流になりました。”善か、悪か”に比べて、”損か、得か”という卑しい印象もありますが、敗戦の窮状から脱してく上では的確な基準でした。
中略
衣食住が満たされ、生活が豊かになってくると、各人が好きな暮らしをしたいという欲求が高まり、社会の価値基準は、”好きか、嫌いか”シフトしてきました。機能性よりも、見た目や個人の好みを重視した商品が求められるようになり、ブランド品が持てはやされるようになりました。
しかし、それがいき過ぎると、大衆の心理を悪用した儀物が出回ったり、いかがわしい人間がにわかに大頭してくるようなこともあります。国民はしだいに”本物か、偽物か”を判断の基準とするようになったのです。
中略
いかなる未来を選択するか
現在のような、”本物か、偽物か”の時代に注意すべきことは、本物は善で、儀物は悪という極端に走ってしまうことです。
いま、憲法改正の議論が高まりつつあります。日本の憲法をよりよいものとするために議論を尽くすことに私も異存はありませんが、そこに日本ばかりを善とするエゴイズムに陥ってはなりません。
日本を分母にして善悪を考えるのではなく、アジア、そして世界全体の幸福を見据えた、ヒューマニスティックな憲法を求めて議論が発展していくことを、私は切に願っています。
中略
いかなる価値基準に従って歩んでいくか。
それによって日本の未来は大きく異なってきます。
人間学を学ぶ本「致知」から一部抜粋
”善か、悪か”
”損か、得か”
”好きか、嫌いか”
”本物か、偽物か”
今回の森町三倉での勉強会&読書会
来年の私のマラニック「夢街道90㎞」の参加者を一人でも走ってもらえるようにと思い参加した。夢街道の宣伝をした。
楽しいから参加する。それはそれでモチロン良いかの知れない。
”損か、得か”も。
しかし、私の「夢街道90㎞」は
授業「地域」過疎高齢化についての学びのマラニック。今年のテーマは「絆」
日本で二番目に大きくなった市「浜松市」を突き抜け長野県南信州「遠山郷」までの90㎞のマラニック。浜松市を突きぬけるマラニック。
市の中で一番広い市は高山市、しかし高山市と浜松市は違う浜松市は政令指定都市、
浜松市は都市部から山間部までの格差がありすぎる政令都市だ。
浜松市になったこどで、若者の山間部からの流失は怒涛のように始まった。
そんな政令都市浜松市を都市部から山間部へのマラニックは意味あることだと思う。
この道が、多くの人が行きかうようになり、山間部にも活気がみなぎる所になるようにと願うマラニックです。
今年の動画↓
来年の動画が、もっと素晴らしくなるように。
参考ブロブ
山草人のモノローグ
またまた
行ってきました。
明神山1016m
乳岩登山口
8時30分
スタート
今回、初心者の方がいたので30分に一回は休憩を入れての登山です。
鬼岩に到着。
9時35分
今日もクライマーの方が岩にトライしていました。
日本全国から、この岩目当てにクライマーが来るそうです。
初心者の方は、かなり大変そうな様子。
こらから胸突き八丁の大変な坂が待っているのです。
やっとの思いで
胸突き八丁の頭
10時30分
これからが明神山の面白いところ、クサリ・はしご・ウマノセ。。。
ウマノセからは雪をかぶった南アルプスの山々が見えました。
富士山もチョコット見えました。
11時35分
明神山山頂到着
早めの昼食、オニギリとカップ麺。
サーモスの水筒は保温力抜群、カップ麺に注ぐ御湯もアツアツだから大丈夫。
寒い山頂では温かい食べ物は最高だ。
20分くらいの休憩で下山。
下山コースは、栃の木沢コースを目指す。
23日
明神山登山2017(秋)
ウッチャンと一緒に登ったときには、中道コースを行ったのだが、コースが荒れていたので栃の木沢コースに行こうと思った。
しかし、このコース、今回が初めて、大丈夫かな~?
ところが所々に道案内の看板があり、迷うこともなく鬼岩乗越まで辿り着くことができた。
鬼岩到着、まだ多くの人が岩に上っていた。
13時00分
乳岩と明神山の分岐、4人のうち1名は所要のタメそのまま下山。
残りの三名で、乳岩へ。
急な階段を登り、乳岩の石佛に手を合わせ、乳岩を下りて、乳岩登山口に向かう。
登山口では、ドローンで板敷川を撮影している若者がいた。
15時00分
無事に下山。
天気にも恵まれ、山頂の眺望も雪をかぶった遠くの山並みが見え大変良かった。
何より、今まで歩いたことが無い栃の木沢コースを歩くことができたのが良かった。
皆さん、ほんとうにありがとうございました。
今回のコース↓
6時間30分の山行でした(^O^)/
私の母親は、水窪で生まれ水窪で育った。
そんな母親に、幼少の頃、ワガママな自分を嗜める為に言った言葉
上見て暮らすな下見て暮らせ
大正15年生まれ、戦前戦後の激動の日本で生きてきた、女の子育て
我慢が当たり前の時代に生きてきた女の子育て
上見て暮らすな下見て暮らせ
しかし、その言葉は
上に立つ者が、平民に今の不満・鬱積を上層部に向けられないようにとの策略に過ぎない。
上見て暮らすな下見て暮らせ
大正15年生まれ、戦線戦後の激動の日本で生きてきた、
我慢が当たり前の時代に生きてきた、
そんな女の息子。
上見て暮らすな下見て暮らせ
ではなく
「みんなちがって、みんないい」
そんな世界が良いと思う。
水窪・佐久間・龍山
「みんなちがって、みんないい」
しかし、同じ浜松市の北の隅っこ。
切磋琢磨して地域を盛り上げていこうではないか。
その様に思う。
2017年11月23日
勤労感謝の日
乳岩峡から明神山に登山に行くことにした。
飯田線
中部天竜駅
7時01分
↓
三河川合駅
7時33分
↓
乳岩登山口
にウッチャンが待っていてくれた。
8時15分
乳岩登山口を出発
板敷川は先ほどまでの雨で水かさが増えているが、気にしない。
岩場が滑るのを気にしながら進む。
鬼岩には9時20分くらいに到着。
少しの休憩。
岩に上っている人は、まだ居ない。
胸突八丁を越え、クサリ・はしご・ウマノセ
11時には明神山頂に到着。
風が強く、展望台では写真だけ、お昼ご飯は展望台の下の風をしのげる場所で
30分くらい休憩したのち下山。
乳岩の分岐13時05分
私はウッチャンと別れしゃくなげコースへ
乳岩に子供連れの若い夫婦が上っていた、しばらく行くとクラマーの岩に上っているところに出会う。
凄い。
しゃくなげコースを鳳来湖に出ると、さっき一緒にいたウッチャンが待ってくれた。
ウッチャンに写真を撮ってもらう。
それから二人で鳳来湖沿いの道路を湖の奥の方にジョグ
電気の無い生活をしているキャンプ場に到着。
ここで休憩し、もと来た道を帰る。
鳳来湖、ダム堰堤で、ウッチャンは車、私は三河川合駅に走って行く。
三河川合駅に着いたのは16時10分。
16時01分の電車は行ってしまった。残念。。。
駅で着替えを済まし、国道のコンビニに酒とカップ麺を買いに行き、三河川合駅の待合室で一人宴会。
18時06分の電車で中部天竜駅まで帰ってきた。
雨で岩場が滑って何回も転んだが、怪我もなく無事に帰って来ることができ良かった山行だった。
運峰さんからのメールで知った。
Xmasジャーニーin沖縄
早くも11月中旬に差し掛かり街角はクリスマス一色です。
今年も大変世話に成りました!
さて、告知しておりました本年度最終のイベントとしまして、
「世界の子供たちに笑顔を、お菓子配りの走り旅」を12/23・24に開催いたします。
申込書から
埼玉県さいたま市の御園生さんという方がやっているみたいだ。
世の中には、まだまだ自分の知らない凄い人が居るものだナ~。
のうみそジャーニーランサークル
夢見る力あるかぎり!
沖縄か~。
走る仲間が白血病になって、初めて知った骨髄バンクのこと。
骨髄バンクに協力をしてください。
骨髄バンクに協力してください
そんなタスキをかけてマラソン大会を走るようになり、様々な出会いがあり知り合った仲間。
そんな仲間がTシャツを作った。
人は、生きる、そして何時の日か寿命が尽きて死ぬ時が来る。
そんな日はいつ来るのか誰もわからない。
だから今を懸命に生きる。
今日という日を生きたかった仲間のために。
袋井クラウンメロンマラソンは、骨髄バンクランナーズのTシャツで走ろうと思う。
浜松市佐久間町山香、
西渡(にしど)にある八丁坂
かつて天竜川の港町として賑わった西渡、「八丁坂」と呼ばれる険しい坂を荷を担いで上った「浜背負い」
今日は、そこである「浜背負い祭り」に行ってきた。
朝ランにて撮影
◆浜背負い時代行列
◆地場産品等の販売・催し物
◆アコーディオン&パーカッション演奏
◆浜背負い音頭
◆時代強力丸太挽き競争
◆乗馬体験(一乗馬300円)
◆景品付持ち投げ
◆チンドンショー
観光協会からは何時ものさくまる君が癒しの笑顔を振りまいてくれた。
浜背負い時代を偲び、当時の衣装をまとって練り歩いた「浜背負い時代行列」のメンバーだろうか、集合写真。
馬も。
地元の有志が焼き鳥・豚足などを販売していた。
「浜背負い祭り」に行ってきた。
浜背負い時代行列に、どこから連れられてきたかわからない。
馬
田舎のイベントに、あまり興味関心を感じない最近の自分だが、馬はカナリ興奮した様だ(≧▽≦)
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
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