忍者ブログ
平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
[1235]  [1234]  [1233]  [1232]  [1231]  [1230]  [1229]  [1228]  [1227]  [1226]  [1225


荘川桜の話。
パンフレットの最後に電源開発株式会社初代総裁”高橋達之助”の言葉が紹介されていた。
「進歩の名のもとに、古き姿は次第に失われていく。だが、人の力で救えるものは、なんとかして残してゆきたい。古きものは古きがゆえに尊いものである」

佐久間では、さくまっぷ といって地域を歩くことをやっている。
そのウォーキングで佐久間地区や中部地区と歩いていると、原田久吉翁の話が出てきた。

地元に住んでいて、原田橋を造ったことぐらいしか知らなかった自分に呆れた。

原田久吉翁は橋を造り、中部小学校を造り、佐久間から羽ケ庄の道を造った偉人なのだ。

中部の商店街から平沢に上る途中にある石碑がある。

原田久吉翁が米寿の詠んだ歌が刻まれている。

「数つ美(み)て ほ古(こ)らぬ穐(あき)の 米俵」
原田久吉翁
大正13年に自ら米寿を祝って読んだ歌、
中部にはそんな人が居たのです。

詳しくは
http://yama-machi.beblog.jp/sakumab/2009/02/post-8b50.html

早々、出かけよう北遠、ふるさと散歩道を書いている人に連絡を取り、原田久吉翁の情報を取り入れた。

北遠が好きで町から山へ通い続け、得た原田久吉翁の話を一冊の本にまとめて送ってくれた。

佐久間の地図に、原田久吉翁縁の場所を印をつけ、

郷土の偉人
原田久翁の足跡を訪ねる
と、マップにした。

さて、これから・・・・どうしようか。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
偉人の心が残る
しんしんさん、荘川桜を残した、高橋氏の話は、有名ですが、原田久吉氏の話は、知りませんでした。
原田氏も実業家でしたか?
大金を寄付して、橋の建設を進めたり学校建設へ寄付したりしたのですね。

 米寿で詠んだ句が、素晴らしいですね。
自分は誇らないんだと言う心が、良いですね。
修身教育を受けた人らしい句ですね。
米寿の自分を米俵になぞらえているのが、素晴らしいです。

 似たような句が浮かびます。
松尾芭蕉が伊良湖で詠んだ『鷹一つ 見付けてうれし 伊良湖崎』です。
松尾芭蕉が伊良湖に来た際に詠んだ句として有名ですが、この句の『鷹・・』とは、伊良湖に住む、弟子の『杜国』を訪ねて、再会出来た嬉しさを詠った句で、弟子の杜国を鷹になぞらえて詠んでいます。
 もう一つは、幕末の時の倒幕の志士に、平野國臣と言う人が、詠んだ『我が胸の燃ゆる思いにくらぶれば 煙りはうすし桜島山』と言う句が有ります。
 桜田門で暗殺に有った、井伊直弼の死を喜び、祝杯をあげた事で、暗殺計画の共謀者だとばれて、福岡藩から逃げて薩摩にかくまって貰おうとしますが、島津氏が拒否した事で、詠んだ句です。国を案ずる國臣の熱き心の失望は、薩摩人の大切な桜島を馬鹿にした句と成りました。『・・煙はうすし桜島山』、は島津氏への失望をなぞらえています。

原田久吉氏の偉業も素晴らしいですが、歌を詠み心が残るさまが、とても素晴らしく感じました。
ご紹介ありがとうございます。
ひろ 2014/05/09(Fri)21:20:15 編集
ひろさんこんにちは。
ひろさん、こんにちは。
久しぶりです(^^)

佐久間町は、佐久間ダム建設で潤った地域です。
その前を生きた、原田久吉翁の話してす。

この話、私は さくまっぷ で知りました。

それぞれの地域には、そこながらの良い話があると思います。
そのような話を語り継ぐのは、今を生きる自分たちの使命です。

自分にできることを、自分なりにやっていこうと思っています。
しんしん 2014/05/10(Sat)13:45:35 編集
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
カウンター
カレンダー
11 2017/12 01
S M T W T F S
1 2
4 5 6 9
10 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カウンター
忍者ブログ [PR]