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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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「富士山登山競争」
http://www.fujimountainrace.jp/forms/top/top.aspx
を知っているだろうか?

私は、この大会を聞いてはいたが参加することを躊躇していた。

ところが、新城の仲間が「富士山登山競争に行かないか」と誘ってもらい、私47歳の頃、初めて参加することになった。

当時は、初参加で山頂コースにエントリーできたのだった。

前日、新城の本長篠に三人が集まり、山梨県に向かった。

富士山の見えない静岡県に住む私はせっかく来たので富士山を見たかった、が、富士吉田市あたりに来たのに富士山は姿を見せなかった。

ところが、富士吉田市役所で前日受付をしていると、その富士山は顔を出した。
そして、この大会に何度も参加している新城の仲間は、その富士山をみて「あそこがゴールだ」と言った。
日本で一番過酷なハーフマラソン(21km)明日はあの富士山を走って登るのだ、18歳の頃、職場の仲間と登った富士山がそこにあった。
八合目の山小屋の屋根が輝いて見えた。

この大会に参加するための練習は、佐久間にある山「竜頭山(標高1351.58m)」に登った。
最初の舗装道路が肝心だと聞き、ほうじ峠にもよく走って上った。

インターネットでみると、この大会に向けての練習で富士山に足を運ぶ人もたくさんいるそうだ。

しかし自分は、地元にいいコースがあるので、ここで一人で練習した。

そして、初めて参加した富士山登山競争のスタート前、二〇〇〇人余りの富士山頂を目指す集団の中に私は入っていた。

そこの場所で聞いたことがある「山頂の女神に会いに行く」と。


その年、奇跡的に四時間二七分で山頂にたどり着くことができ、次の年は八合目でリタイヤ、次の年は悪天候のため五合目までで中止。

体力的にもう無理かなと思い、次の年からヒロボーさん呼びかけの「富士山頂往復マラニック」に参加するようになった。

ユックリ走るマラニックだけど、富士山の山頂までは遠く長い、それなりの練習をして望まないといけない。

今年はどんなドラマが待っているだろうか、山頂の女神は・・・・・微笑んでくれるだろうか?

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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