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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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拝啓 梅花の候、皆様におかれましてはますますご健勝のこととお喜びを申し上げます。
この度2月16日(日)に開催を予定していました第46回天龍梅花駅伝大会ですが、記録的な大雪等により延期も含め検討いたしましたが、道路状況や選手の安全面を考慮した結果やむを得ず中止といたしましことを心からお詫び申し上げます。

なお、表記参加負担金につきましては、全額を返金させていただくことにします。
つきましては、お手数ですが、同封の「第26回天龍梅花駅伝中止に伴う参加負担金返金先調査票」にご記入の上、3月10日(月)までにご返送下さいますようお願いいたします。

本年はこのような残念な結果となりましたが、来年こそは、実施できるよう計画いたしますので、是非ご参加いただけますようよろしくお願いいたします。

先日、このような手紙が来た。
返金ができるのなら、、、と、我がグラブ「佐久間RC」の会計の人に連絡をして、梅花駅伝の振り込み用紙のコピーを届けてもらうようにメールをしたのだった。

そんな時に、私、、、少し疑問に思った。
参加申込書に参加料の事前払い戻しについての誓約書がなかっただろうか?

例えば、今手元にある「野辺山100㎞ウルトラマラソン」の申込書の場合。
参加料は規定のキャンセル以外の場合は返金できませんのでご了承ください。
荒天・天災・事故・疫病などの理由によりやむを得ずコース変更、または大会の中止をする場合があります。
なお、その際の参加料はご返金できませんのでご了承ください。
と書いてある。

そういえば、東北の震災があった年、3月11日以降の浜松市のイベントはすべてやらなくなった。
その中の「天竜区秋葉ダム桜マラソン」4月の初めに行うはずだった大会は中止になり、参加料3千円は現金封筒で帰ってきたのだった。

今年の「天竜区秋葉ダム桜マラソン」の申し込み規約を見てみよう。
A4見開きの内側のページに小さい字で、
2.地震・風水害・降雪・事件・事故・疫病等による・開催縮小・中止・参加料返金の有無・額、通知方法についてはその都度主催者が判断し決定いたします。
と書いてあった。


因みに、同じ月に開催予定だった「長野マラソン」は参加費が東日本大震災の寄付にまわったそうだ。

東京マラソンでも、
 ブログ「ほくえんの風」

開催ができなかったので返金、、、ではなく。
チャリティとか寄付という考え方もあるのではないかと思うのである。

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7年前・・・かな?
朝ランをしていて、ラン友にすれ違った時に
「○木さんが白血病になったそうだ!」
そんな話を聞かされた。

白血病・・・・?
当時の私は、夏目雅子の本田美奈子の白血病でしかその病名は分からなかった。

今、自分がやらなければならないことは、考え
浜松の献血ルーム「みゅうず」に行き骨髄登録をしようと尋ねてみた。

しかし、私は「ドナー登録できないケース」の一つに入っていたのだ。

その夜、ネットで検索したどり着いたHP「静岡県骨髄バンクを推進する会
そこで、
骨髄バンクにご協力をお願いします
のタスキをかけて走るボランティアを知った。

また、「静岡県骨髄バンクを推進する会」に入会して、色々な人と知り合いになり様々なことを知った。
骨髄を提供した人、された人。

そして、そこで知った「命のアサガオ
小児がんでこの世を去った小さな命。

骨髄バンクの登録数が多くあれば、命を繋ぐ可能性は多くある。
できることなら・・・・。
「骨髄バンクにご協力をお願いします」
 
                                                    byしんしん

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佐久間町は山の中の小さな町です。

去年の暮れから、何かの縁で、私は佐久間病院の人たちが行っている「さくまっぷ」作り。そんなのに参加している。
12月7日に佐久間地区を散策、12月23日に半場地区を歩いてきた。

昨日、平成26年1月13日は中部地区を歩いたのだ。



写真はクリックすると大きくなります。




中部のお寺(宥泉寺)永代供養のお墓。

私が住む地区(半場地区10班)での私が班長をやっているときに、一人の老人がいた。
年齢は、94歳、妻に先立たれ一人きりの生活だった。
やがてその老人は地区の民生委員の紹介で佐久間の里(特別養護老人ホーム)に入所し、そこで亡くなった。

身寄りがないので、その民生委員がすべてをお世話した。
私も、お寺(宥泉寺)に行き手を合わせた。

その時、御仏前の話をしたら、
民生委員の人が、
「生前に永代供養として、お寺に納めてある」と言っていた。

今回の、さくまっぷ(中部編)
お寺や、神社、を巡り、手を合わせる日本人の習慣を甦させる中部地区の散策だった。

私の田舎でもそうだったが、村の色々なところに神様がいて、年末になると子供たちは村の神々に御供え物を配るのに大変だった。
それでもそれが、当たり前の時代だった。
私の田舎は「塩の道」の街道沿いにあったこともあり、名も知らない人の亡骸を弔った墓もあったという。
そんなところに、わけもわからず手を合わせて帰ってきた記憶がある。
忘れかけた昔の記憶。
 が、なぜか甦った。
 
そんなことを思い巡らせる。

今は、時代が変わった・・・と言ったも・・・忘れてはならないものがある。
きっとある。
田舎だからこそ、忘れてはならないこと。
・・・・・・・・今、生きていることは・・・・・ただ偶然のことではないのだ。
意味があって、今の時代を生きているのだ。

今日の酒はやけに旨かった。
ジャンジャン^^;

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さくマップ・・・なんだろう?

そのように思って、12月7日(土)に、初めて参加した、さくマップ。

その日は、佐久間協働センターに集まって佐久間地区を歩いた。
さくマップ(佐久間編)

今回は、佐久間病院の会議室に集まってから、話し合いの後に半場地区を歩くのだった。

なかっぺ橋を渡り、半場に。

半場は、私の住んでいる地区だ、半場のお祭りやその他の行事で見慣れている景色、何がいいんだろう?

半場のいいとこ・・・・・。

今日のさくマップで歩いているときに撮った写真を動画にしてみた。


平成元年に、ここに越してきて、この景色を見続けてきた。

何も変わらない、この景色・・・・・。

変わらない・・・・それが・・・またいいのかもしれない。

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さくまっぷ
何だろう?

佐久間病院のホームページかな?
佐久間ネットワーク「あんじゃないネ
このHPで調べると、さくまっぷとは。
 ふるさと佐久間の
★あなたの思いを落とし込んだ自分だけの地図
★佐久間の良さをみんなに伝える地図
★さくまを訪れる人へのおもてなし地図
 だそうです。

今回は第二回目。
佐久間地区の散策だったのだ。

佐久間協働センターに集合し。
佐久間地区の講師を先頭に晴天の下、佐久間の散策に出発。

佐久間協働センター前の国道を横切り「ごんげん」へ、佐久間に生まれて53年、この地区に越してきて23年。
初めて上る ごんげん の坂。
そんなごんげんからの佐久間協働センター
 

子安神社を見学後、急な坂道を下り道路に出て、たる沢を渡ると、ここからはやじまになる。
飯田線の鉄橋をくぐり、佐久間の原田橋を渡り、佐久間商店街(大昔の商店街)に続く道路を一向は歩いていく。

途中、「別所稲荷大明神」へ寄り道。

忘れ物や落し物、探してほしい物があったら、ここの稲荷様に神頼みすれば・・・たちどころに探し物が見つかると言う、霊験新たかな稲荷様だと言うお話だった。


コースは、佐久間商店街(大昔の商店街)のほうには行かず、旧佐久間中学校の校門を登り、佐久間就業改善センター前をとおり、佐久間神社に行く。
 
佐久間神社前からは青空の下、佐久間協働センターが見えた。
ここからの佐久間のお祭りで上げる花火は真正面に見え綺麗だそうだ。

講師の人が持ってきたA4の写真、昔の「天竜川橋梁」、今は佐久間駅から峰トンネルを抜け水窪方面に行っている飯田線もこの写真は今の佐久間ダムの発電所のほうに架かっている。

発電所内に当時佐久間駅から信州に向かうトンネルがあるそうだが、今回は見る事ができなかった。
残念!!

その後、今は廃墟と化した我が母校「佐久間中学校」前を通り、私が卒業してから出来た、飯田線の降下のトンネルを抜け、佐久間図書館へ。

今日の10時から12時まで、
佐久間地区を歩いてみて思った。
世代の違うメンバーと、昔の思い出を語り気付いた事。

この景色を綺麗と感じるのは、その人の心。
つまらないと思うのも、その人の心。

何時までも、綺麗と感動できる心でいよう!!

さくまっぷ
次回は12月23日(月)だそうだ。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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