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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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走ることを趣味としている私は、隣町までの長距離を走るときに原田橋を渡り、日々進んでいる新しい原田橋の完成を心待ちにしていた地域の住民の一人だ。

その原田橋が崩壊した。

佐久間駅伝を走ってから腰痛が出てきて、
その週の土曜日にマッサージに行こうと思っていた「とうえい温泉」
1月31日(土)
家内が、
「炊飯器を買いに浜北に行かない?」
そいう言われたのでマッサージをキャンセルした。

浜北のアピタで炊飯器を買い、そこの本屋で百田尚樹のフォルトゥナの瞳を買った。
杏林堂で欲しいものがあるそうなので、私は車の中で、その本でも読もうかと思っていた時に
スマホを見たら佐久間観光協会の投稿が、、、。
原田橋が崩壊した。
だった。

原田橋を佐久間側から渡ってすぐの、絶壁の所だ。
ほとんど垂直になっているこの崖は、走るときも大丈夫なのかと心配して通る道だった。

佐久間に住むものとして、いつも利用していた道路の崩壊は、寂しいものを感じずにはいられなかった。
次の日、崩壊現場を観に行くと、無残にも旧原田橋は天竜川に落下していた。
作業員も居ない現場、市の職員が数人待機していた。

崩壊現場がまだ無残にもある工事現場で、作業員は迂回道路の作業に真夜中をかけて工事をしている。

佐久間に暮らす者として、
現場で働く人たちには、ただただ頭が下がる思いだ。

多くの予算をかけて建設する道づくり。
佐久間に人が住まなくなれば、無駄な予算となってしまう。
地域の人でも考えなければならない、
浜松市も、また無駄な予算にならないように少しは山間部の事を考えてほしい。

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浜松市長に
橋崩壊から一週間、色々な人や事業所から改めて不便の声が聞こえてきます。迂回路を使って対岸地域の用足しに5時間掛・・・。気が遠くなりそうです。
せめての林道、峠道さえ繋がっていれば数時間は短縮できますがそれさえも手付かず状態、市長に一週間ぐらい住んでいただきましょうかねw
ハク 2015/02/07(Sat)13:59:33 編集
ハクさんへ
これを機会に佐久間を出ていく人が多くならないかと心配しています。
様々な問題は、ココに人口が少ないから出ているのです。
この事故を機会に、この地域がもっとまとまればいいなと思っています。
「NPOがんばらまいか佐久間」の事でもそうです。
今こそこの地域に暮らしている人が、団結するときです。
エイエイ お~(^O^)/


しんしん 2015/02/07(Sat)22:24:51 編集
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
59
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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