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夜中、一時過ぎメールだ来た。
「萩田さんからです
西渡を12時に通過したそうです
水窪には多分3時頃になるそうです
新間さんに伝えてくださいとのことです
よろしくね
」
部屋から起きてきたら、昨日帰ってきた大学生の息子が起きていたので、事情を説明し水窪方面に車で向かってもらった。
相月バイパスを一人走る 萩田さん発見。
車を降りて、一緒に走るようにする。
真夜中二時ごろの城西、水窪には三時、ブログ仲間”吾亦紅”さんの家の前は3時半かな、”ヘス”インターホーンを確認しそのまま西浦方面に向かっていく。
西浦あたりから、道路脇には雪の塊が所々に置いてある、それを見ると寒くもなってきた。
池島から、青崩れ峠の方に向かう。
足神神社で軽食、休憩すると寒さも増してくる。
そこから上に向かうと、道はアイスバーン、歩く事もままならない、駐車場からは遊歩道、雪のないときなら石畳の上を歩くのだが、雪で埋もれ道がわかりずらかった。
ようやくついた、青崩れ峠、震える手でデジカメをだし記念撮影、ここの寒さはシャレにならなかった。
ここから、信州に向けて青崩れ峠下っていくのだけど、雪で道が分かりずらい、そこに足跡が、誰かの信州の方から登った足跡があった。
それを頼りに下っていくのだけど、膝まで潜る脚は歩きずらかった。
なんとか、林道まで降りた、よかった生きて林道まで降りてきた。
ホッと胸をなでおろした瞬間だった。
ところが、ここからもアイスバーン状態の道路を下っていくことになる。
ここで滑って転んで手の骨でも折ったら大変、慎重に足元を確認しながらの歩きになる。
道の駅「遠山郷」に着いたのは8時半、観光協会「アンバマイカ」でストーブに当たって体を温めた。
今回、萩田さんが走った、浜松駅から遠山郷、6月24日(金)に開催しようと思っている。
昔、水窪からの信州へと働きに出て行った、女工さんの越えた峠"青崩れ峠"、今年はマラニックで、幾人の人がこの峠えと向かってくるのか。
昨日、荘川桜を初会する電源開発株式会社のホームページを見た。
私が住んでいる地域には佐久間ダム・水窪ダムがある。
このダムを作るためにも、沢山の村人たちが先祖代々の土地に住めなくなり、悲しい別れが何年か前にあった事だろう。
「お前の家もダムのために水没するのか」「かわいそうに」「おらの家は、水没せずに済んだ」・・・とか。
ところが、今 時代は、不便な中山間地に住んでいるより、便利な町へと人は流れていく。
幾年か前に、悲しく別れた人たちはこの時代になって、ダムのために移転にならなかった人の方が可哀そうってなったような気がする。
ところが、荘川村の人は、荘川桜の咲くころに水没した村の人たちや今住んでいる人たちが集まり酒を飲みかわすそうだ。
私が住んでいる地域の人も、昔住んでいた人も、一緒になって何か荘川桜に代わる何か・・・・・・・・・・・・・・・・・を元に集まれるような地域になってほしいと思う。
荘川桜に変わる何か (; -_-)
名古屋~金沢まで270kmを荘川桜を追いかけ、48時間かけて走る、そんなランニング大会があるのです。
太平洋と日本海を結ぶ名古屋~金沢の道を名金線のバスの車掌さん佐藤良二さんが、その道を桜街道にしようと決意し、桜の苗木を2000本余植え47歳のとき病魔に倒れ生涯を終えた。
そのあと職場の仲間が佐藤良二さんの遺志を継ぎ桜を植えて行った。
その道を「さくら道」を走ろうという大会なのです。
その桜は、荘川桜 詳しくは↓電源開発株式会社HPで。
http://www.sakura.jpower.co.jp/
そんな「さくら道270kmウルトラ遠足(とおあし)」に今年、参加しようという人が、その練習にと、浜松駅から遠山郷まで90kmを走ると、私の携帯に連絡が来た。
2月19日(土)、私はその日、佐久間から走って合流しようと思っている。
荘川桜を訪ね、いつの日か私も270km走ってみたいものだ。
荘川桜物語の動画↓
http://www.youtube.com/watch?v=PU1DQH3WtzU&feature=player_embedded
今日は浜松へお買いもの。
帰り、浜松都田テクノのベイシヤで妻が買い物の時。
私はCDの積まれているワゴンで懐かしい曲を見ていた。
ふと目に留まった、「ふうきのとう SUPER BEST」買ってしまった。
帰り、そのCDを聞きながら帰って来た。
その坂どこまで続くのか風来坊・・・・・・・
俺も、あっちこっち走りに行かせてもらっている自由気ままな・・・・風来坊かな~と思って聞いていた。
今日も、腰痛の調子がこれ以上悪くなると良くないと、マッサージ器の見に行ったのだが、「私も流し台が欲しい・・・」なんて言われると。
とてもとても買うとは言えない状態だった。
腰は、コノウエベルトとストレッチ・体幹の筋肉のトレーニングで何とか解消しなければ。
今週の日曜日には、風来坊の大親分"ヒロボー"と"うっちゃん"が浜松から遠山郷に走っていくという。
私は佐久間から遠山郷に向かって行こうと思う。
どこかで合流できたら、いいな~。
今朝は久しぶりの朝ラン、雪の降るなか 国道473号を走っていく ほっほっほ・・・・・・・・・と。
先日 親戚の人が亡くなったと・・・噂で聞いた、・・・・・ウソだろっと思っていたが、お通夜に行って顔を見て・・・・・・・・本当なのかと思った。
今日は、その人の葬儀の日だ。
「ツトム どうしただいや・・・朝っぱらから・・」
「雪の降る中、寒いちゅうに・・きずけてとべよ~」
(この地方では走る事を”とぶ”と言う、”気を付けて”を”きずけて”とも)
そんな、感じで話してくれた、その人はもう居ない。
葬儀から帰るとき、ほくえんの山々は、朝の雪で白く化粧をしていた。
私が小さなころ見た景色と ちっとも変わらない・・・・・・・・城西小学校から見える雪景色・・・・時は過ぎ、季節は廻る。
来月になると、"ほくえん"は 春の花咲く季節を迎える。
合掌
朝目が覚めると外は雪。
今日は、一日パソコンの前に座り、私の住む佐久間町に来てもらう「ほくえんRUN」紹介のハガキを作っていた。
このマラニックを始めたのは、5年前佐久間町が浜松市に合併をすると決めた年「新浜松市誕生祝マラニック」でリックを背負って走るランナーを見かけたのが始まりだ。
私の村への役場の人の説明は「佐久間町としては、天竜市北の町村での合併を望んでいたのだが・・・」との話から始まり、合併の説明を、人の恋愛に例え「いくらコッチがラブコールしても、そっちがイヤ!!だったら、恋愛は成立しない」そんな説明をしてくれた。
そして、佐久間町の浜松市の合併を、静岡市井川地区の合併を例にとり佐久間町は衰退していくとの説明もあった。
そんな話で、気持ちがブルーになっている私が、家族で浜松に買い物に行く途中・・・ 車の中で見かけた、リックを背負ったランナー。
次の日、静岡新聞にそのマラニックの記事が記載されていた。
草々、企画者である萩田氏に電話しその年の「天竜ウルトラマラニック」に申込みしたのだった。
佐久間町合併の年が しんしん マラニック のデビューの年でもあった。
その後、ヒロボーさんに教を問い、自分もマラニックを企画したのだ。
今年で6年目(^^)
今年は
「佐久間・水窪スーパーマラニック」60km
5月29日(日)佐久間町中部天竜スタート
「浜松夢街道」90km
6月24日(金)浜松駅南口22時スタート
「浜松縦断マラニック」60km往路
8月20日(土)浜松駅南口スタート
「浜松縦断マラニック」60km復路
8月21日(日)佐久間町中部スタート
今年は浜松縦断、だれか一緒に往復しませんか。
この4大会だ。
過疎になっても、この佐久間町で楽しくやって行こうと思ってま~す(^^)/
私の一番のお気に入りのマラソン大会「チャレンジマラニックin遠山郷」この大会はマラニックと言い、スピードを争うのではなく、遠山郷に里を村人と触れ合いながらピクニック気分でランニングを楽しむ。
という感じの大会なのだ。
Yahoo!検索してみたら、2010年に「チャレンジマラニックin遠山郷」に参加した人のブログがヒットした。
らん子さんのブログ
http://maryo-runner.jugem.jp/?eid=297
南信州木楽日記
http://ookura.exblog.jp/12420195/
雲峰のマラソンの歌
http://unpoh.web.fc2.com/uta/32goh/14tooyama/32-14-tooyama.html
他にもたくさんあるけど、今回はこの三つを紹介させてもらう事にする。
この記事を見たら、今年は「チャレンジマラニックin遠山郷」に参加したいという人がいるだろう。
今年も、9月の連休に行うと言っていた、参加したい人は早めに申込みてください。
そうそう、私のブログ「ほくえんの風」でも書いてあった・・・。
http://hokuen.blog.shinobi.jp/Entry/338/
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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に行きました。途中西鹿島まで
」