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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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佐久間小学校に佐久間町体育協会空手道のポスターを貼ってもらうように教頭先生にお願いしにいく。
その時、まだ今月の体育館を借りる予定表を出すのを忘れ、職場に急遽持ちに行く。

少し遅れて、小学校の体育館に行くとケビンが待っていた。

今日も二人で、空手の基本と型の稽古。

6時半には稽古を終え、家に帰ってご飯。

7時半から今度は、半場のお祭りの神楽の練習だ。

自分の趣味、地域の付き合い・・・・・忙しい毎日だ(^^;

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半場のお祭りも近づき家の周りの草も気になるので、仕事から帰ってきて、草刈りを始めた。
ナンテンの木が茂っていたので窯で切っていたら・・・・・チク!!!!!

左目のい下に違和感が、ハチに刺されてしまった。

そんなには痛くはないが、水道水で顔を洗い、刺されたところにアロエを塗った。

今のところ、そんなに腫れてはいない。

 

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毎年この時期に、浜松市体育協会北遠地区でのグラウンドゴルフ大会がある。毎年お誘いがあったのだが私は用事があって参加できなかった。今回初参加である。

場所は船明ダム運動公園、スタッフは朝の7時半までに集合。
私は半場を6時半に出発した。

運動公園に7時半前に着くと、もう数名のスタッフが大会準備をしていた。

参加賞の準備、机を並べてたり、参加賞の洗剤の確認をしたりした。

8時近くなり、グラウンドゴルフの選手たちがクラブを肩にやってきた。

8時半、選手が集まり開会式。
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その後、選手がそれぞれのホールに別れてプレー開始した。

全ての選手が8ホールを回ると得点表を持ってくるので、我々スタッフはその得点表をチェック、担当者がパソコンに入力、この繰り返しを三回やったっけな~。

最後に、みんなで得点の確認をし、優勝者・準優勝者を決める。

ホールインワン賞もあった。

この集計の時、グランドゴルフの選手は船明ダム運動公園の中央に集まっている、何が始まるのかと思ったら・・・・・選手がそれぞれ一打ずつボールを打ってホールインワンを狙っているのだ。
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ホールインワンの選手には商品のテッシュペーパーが待っている。

今回、初めてグラウンドゴルフというスポーツを見た。

グラウンドゴルフは、昭和57年に鳥取県東伯郡泊村生涯スポーツ活動推進事業の一環として、泊村教育委員会が中心になり考案されたスポーツだそうだ。

老若男女、ほんとうに楽しく遊べるスポーツではないかと本当に思った。

 

 

 

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7月15日(日)に佐久間高校は第二回戦 対庵原高校に5対0で勝利した。

今日は、第3回戦静清工業高校との試合になる。

全校生徒が150人にも満たない浜松市の北に位置する小さな高校野球部の活躍。

今 山奥の町佐久間では、暗い話が多い中、明るい話題が広がっている。

しかし、相手は春の試合準優勝の静清。

どんな試合になるか分からないが、今日7月21日(土)第一試合 焼津球場での試合を見に行こうと思っている。

ガンバレ佐久間高校野球部。


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私が住む佐久間町半場のお祭りは 佐久間地区(佐久間・中部・半場)の夏祭りの中でも一番最初に行っている。

毎年7月の最終土日が そのお祭りの日だ。

去年のブログ↓
http://hokuen.blog.shinobi.jp/Entry/577/

佐久間の暑い夏、一番最初に行う半場のお祭り。

昨日の区民センターでの お祭りの練習の時は夜なのに暑かったな~。

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今年の冬、私が生まれ育った故郷「横吹(よこぶき)」でお酒を飲もうと計画した。

横吹同窓会ブログ↓
http://hokuen.blog.shinobi.jp/Category/32/

自分の予定を見て、決めた7月15日、昨日はその”横吹同窓会”の日だったのだ。

マー君と横吹の道路終点で出会った。

マー君は小学校5年生の時に横吹を引っ越した私の同級生だ。40年ぶりの再開になるだろうか。

しばらくすると、下の方からマー君の弟ケンジが歩いてきた。

ケンジは横吹にいる頃は まだ小さくて私の記憶では・・・・・あのころのケンジとはとても想像がつかない。でも話していると、マー君の横で小さいながらペラペラ話をしていたケンジを思い出す。
今も話好きのケンジは健在だ。

三人で横吹に登り、まずは”ほつ”に寄った。

ノボル君が居た!!

中学校を卒業してからだから・・・・37年ぶり・・・。

玄関先で写真
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ノボル君・マー君・ケンジと私4人で”ぎよんど”に登る。

”ぎよんど”の庭で集合写真。
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ケー兄夫婦とお茶を飲みながら話をした。

”ぎよんど”を後にして、次は”きりくぼ”を4人の若い衆(中年)は目指し歩き始めた。

奥山さんが住んでいると聞いていたが、今日は留守だった。

奥山さん家の上のうち勝木さんの今まで行く、そこで集合写真。
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帰りに”ほつ”によりガリガリ君をいただく、ノボル君ヤス姉ありがとう(^^)

横吹を後にして、車で半場まで移動、私の家で焼肉でビール。

なつかしい話で夜は更けて行った。

「次はもっとたくさんの横吹関係の人で飲みたいね」

 

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去年も、まだ お盆が終わったばかりなのに、もう佐久間駅伝の話があるんだな~っと思ていたのだが・・・・・今年はも~っと早く佐久間駅伝の話し合いが始まった。

それは打合せ事項 第4番目にある「原田橋通行規制について」の話し合いがあるからだ。

原田橋は通行可能になったけど、総重量8t以上の車は通る事が出来ない。

佐久間駅伝の時に、観光バスが通る事が出来ないので、駅伝の運営上どうするのか話し合いがあったのだ。

決まられた予算の中で、どうやって運営していくのか、そんな話し合いだ。

まだ、話し合い途中なので詳しく書くことはできないが、佐久間町体育協会としては予算の範囲でできるだけ続けて行こうとの話し合いで終わった。

佐久間町の体育協会に携わるようになって2年目になる。

佐久間駅伝は毎年1月の最終日曜日の正午にスタートし2時間前後でゴールするが、その選手の走る陰には色々な人たちの支えがあって大会を運営しているのだ。

 

 

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飯田線JR佐久間駅から電車に乗って一駅、相月(あいづき)駅で降りる。

ここの国道152号線から走り始める。

久しぶりの青崩峠に向かった。

今回は、知り合いのブログから、水窪小学校の子供たちが青崩峠から兵越峠を歩いたことを知り、そのコースを行きたいと思ったのだ。
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そのコースは青崩峠の500mくらい手前に分岐点があった。

そのまえに、青崩峠まで行き休憩、ふと見渡すと、登山ノートが置いてあった。そこに、60歳男性が兵越峠から青崩峠に来たと書いてあった、時間にして2時間、アッツダウンがあり結構きついコースだったと書いてあった。
青崩峠を少し戻り、分岐点を兵越峠方面に向かう。

いきなり上りが続く。

愛知県民の森の尾根コースの様な所を進む、途中 休憩所が二カ所、コースは整備されている。

青崩峠を10時30分に出発し兵越峠に着いたのが11時40分、私の足で1時間10分だった。

兵越峠を下り、遠山郷へ、観光協会(アンバマイカン)で少し休憩し、平岡へ向かう。

平岡駅の温泉に入り。

平岡駅を17時35分の電車で帰ってきた。

相月駅  7時30分
はくりや  9時40分
青崩峠  10時25分  出発 10時30分
兵越峠  11時40分
遠山郷  13時45分  出発 14時00分
平岡駅  16時10分

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昨日は"NPOがんばらまいか佐久間"の会合があった。

「平成24年度 第一回交流居住モデル事業検討委員会」の集まりだ。

この事業は、毎年都市部から佐久間に来ていただき、畑を貸してゾバを作ったりする事業だ。

今回は、ゾバが終った畑にジャガイモを植えたので、そのジャガイモの収穫祭の話し合い。

①集合時間(活動委員は8時30分集合)
②パートナーは10時集合で案内を出す。
③交流会の内容(トン汁・にころ)
④草刈り等環境整備日取り(5日8時30分)

そして、今回の会合ではもう一つの議題、「新 ふるさとの森づくり」の話が合った。

「ふるさとの森づくり」は佐久間から浦川に行く国道沿いの島中峠で佐久間が浜松市に合併し、NPOがんばらまいか佐久間が誕生し行った事業だ。

旧佐久間町時代の議員さんが、何時もはスーツ姿なのに この時は地下足袋に作業服姿で鍬や窯を手に集まっていたのを覚えている。

説明では「ふるさとの森づくり」は専門家が本当の自然林を再現するための森づくり。今回の「新 ふるさとの森づくり」は前回の森づくりとは違うとの説明がありました。

なので、島中峠の森の様になることはないそうです(^^)

「新 ふるさとの森づくり」これから専門家に伺いながら進めるそうです。どんな木を植えるようになるかわかりませんが この活動が浦川の市有林(旧田高育英林)から始まり、佐久間町全体に広がり、ほくえん地域全体に広がり、都市農山村交流(グリーン・ツーリズム)が進むといいな~。

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「わたしは何才まで生きられますか?・・・」
福島市の小学5年生の女の子の手紙。

「僕は大人になれますか?」
「なんで原発があるんだろう?」
「ほうしゃのうのないところに早く逃がしてください」
「早くほうしゃのうをなくしてください」
「いつになったら公園であそべますか?」
「プールで泳げるのはいつですか?」
「日本の原ぱつをなくしてください」

※「福島の子どもたちからの手紙」(KIDS VOICE編)より

この記事は、南信州の秘境と言われる里 「遠山郷」が縁で知り合った人のFacebookからシェアした。

私が住む、佐久間町は平成の合併で浜松市になった。

12市町村が合併し、大きくなった浜松市、中でも佐久間町・水窪町・龍山村は新浜松市の北に位置する。

その地図の、一番上の県境を挟んでいるのが、遠山郷だ。

合併になり、佐久間を去る人が増えて、ここ山奥での生活は続けて行けるだろうか?どうなっていくのだろうか?

そんな時、あの震災。

町が流され、原子力発電所の事故。

「過疎で悩む問題」 「放射能で外で遊べない子供たち」

この二つ、どうにかなりそうだけど、私個人ではどうにもならなない。

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
65
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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