忍者ブログ
平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
[17]  [16]  [15]  [14]  [13]  [12]  [11]  [10]  [9]  [8]  [7
先日、第62回 富士登山競走のナンバーカード引換券が届いた。

日本一いや世界一過酷なハーフマラソン。
富士吉田市役所から見える、3776mの富士山頂まで走って登ろうという、誰が考えたのか。
今年で62回目の迎える。戦後すぐ始まった大会だ。

この大会の存在は、だいぶ前から知っていたのだが、なかなか参加する勇気がなくて・・・。
それが去年の冬、新城の走る仲間から誘われ、一念発起して参加を決意した。

その年、富士山を登りたく、佐久間町の山(竜頭山)を練習のため、何回も登った。
大会前日、富士吉田市に行き、受付をしているとき、富士山は雲に覆われ、顔を見せてはくれなかった。
ところが、大会当日は晴天になり、富士山は顔を出し、新城の走る仲間が「あの頂上まで行くんだよ」と説明してくれた。
八合目の山小屋の屋根が、光って輝いていたのが印象的だった。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
64
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
カウンター
カレンダー
02 2024/03 04
S M T W T F S
1 2
4 5 7 8 9
10 13 14 15 16
17 18 19 21 22 23
25 26 27 28 29 30
31
カウンター
忍者ブログ [PR]