忍者ブログ
平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
[1191]  [1190]  [1189]  [1188]  [1187]  [1186]  [1185]  [1184]  [1183]  [1182]  [1181

私が住んでいる佐久間町は、佐久間ダムで栄えた町だ。

高度成長の時代を支えたダムの建設で、人が佐久間にやってきた。

ダム建設、その他、数々の働くところがあり、佐久間には多くの人がいたのだけれど、、、、、。

佐久間ダムの完成から半世紀たった今は、過疎高齢化が進み、町には若い人が少なくなってきた。


若い、、子育て世代の人たちが少ない、それは子供が少ない、それは学校に生徒が少ない。

佐久間には佐久間ダムで栄えた当時建設した学校に、、、通う人が少なくなってきたのだ。

建物はあっても、、、利用する人がいない。

それでは、どのようにすれば、いいのだろうか?

若い子育て中の人たちが住みやすい里になるためには。

NPOがんばらまいか佐久間
ソバの里、NPOタクシー、などとやっているが、若い子育て中の人を呼び込むような取り組みにもがんばらまいかと思ってほしい物だ。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
カウンター
カレンダー
10 2017/11 12
S M T W T F S
1 3
10
14 15 16
20 22 23 24 25
26 27 28 29 30
カウンター
忍者ブログ [PR]