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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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2008年2009年2010年と富士登山競争に参加した。

そんな時から萩田氏に出会いマラニックを知り、超長距離を走る仲間に出会った。
その仲間から「富士山頂往復マラニック」の話を聴かされた。
富士市「田子の浦港」の白灯台横の海水を汲んで富士山頂(剣ヶ峰)まで持っていく。
2011年、このマラニックに挑戦してみたい、そのように思ったのが、その夏 
しかし、その夏は 病気になり断念した。

2012年、初めての挑戦。
富士山頂往復マラニックは第10回目記念大会。最初の挑戦は時間外だった。
真っ暗な田子の浦みなと公園に一人でゴールした。
2013年2014年2015年はギリギリだが何とか時間内にゴールした。
去年2016年は気力が失せ富士宮駅から電車でワープしてのゴール。

今年2017年は自分にとって6回目の「富士山頂往復マラニック」
電車でラン友と合流しゴール地点である「田子の浦みなと公園」を目指した。
参加者過去最高の269人だという、顔ぶれも随分変わった。
顔見知りに挨拶をして、海岸に行き富士山頂に持っていく砂を取に行く。
 
(昔はフイルムケースに海水を入れていたと聞いている)

競技の説明があり、萩田氏のオカリナの演奏で参加者全員での唱歌「富士山」を歌う。
雲に隠れていた富士山が少し顔を出す。

何と、素晴らしい、富士山の山頂が少しだけだけど、見えた。

私はゼッケン88番、18時05分の出発。
1番から50番までの18時出発のランナーを見送ってからスタート。
今日は涼しいと感じていたけど、走ると蒸し暑い。

第一チェックポイント
15㎞
富士宮浅間神社(19時50分)
これからの富士登山の安全を祈願する。
神社の湧水で喉を潤す。

お腹も減ってきたので、牛丼屋で腹ごしらえ、牛丼汁だく、ビールも少し。

最終コンビニで夜食のオニギリ二つ、非常用の水分も、眠気覚ましにスルメも買った。

ココからの登山道は速足で歩く。
前を行く仲間のチカチカライトを眼印にヒタスラ歩く。

第二チェックポイント
標高1000m(23時05分)

200mくらい行ったころだろうか、手に持っていたタオルが無いのにきずく。
戻って、チェックポイントの脇にあったのを確認、良かった、そう思ったときに、ヒロ子ちゃんが声をかけてくれた。
ビックラポン。
そこから西臼塚駐車場33㎞地点まではヒロ子ちゃんの爆裂トークを聴きながらのウォークとなった。

西臼塚駐車場ではボランティアによるエイド。
ランナー生存CHECK
なるものがあり、自分のゼッケンナンバーを申告した。


第三チェックポイント
料金所跡(24時50分)
ここまで来ると大分涼しくなる、去年より涼しく感じた。

先輩ランナー シゲミツさんと一緒に歩く。
様々なお話をしながら。

お腹の調子が、トイレを借りよう。
料金所横にもあるけど仮設トイレだった。
料金所を越え少し行ったところに「富士高鉢駐車場」がある、そこのトイレを借りよう。
電気は来ていないが、すごく綺麗なトイレだった。

一人での歩き、眠気も襲ってくる。
スルメを出して、噛みながら歩く。
道路わきで仮眠している人が居る、私も道路わきで少し仮眠。

第4チェックポイント
標高2000m(2時40分)

第5チェックポイント
五合目(4時01分)
カッパを着て、コンビニで買ったオニギリを食べる。

登山道に入ろうとすると、三河のウメさんが居た。

初めての「富士山頂往復マラニック」だそうだ。
まだまだ元気な様子。

新六合目の山小屋でヒロ子ちゃんがカップ麺を食べていた。
当初、ココでカップ麺を食べようと思っていたが、コンビニオニギリでお腹は満たしていたので先を急いだ。

新七合目・元祖七合目・八合目・九合目

酸素が薄くなって苦しくなる、おもっきり深呼吸、指先を動かす、グー・パー運動をする。
この事によって、血流を促す。
(勝手にそう思っている)

九合五尺、山頂は近い。

頂上浅間大社奥宮に到着。。。。

第六チェックポイント
山頂(7時56分)

富士山頂往復マラニック
御迎え隊に歓迎を受けた。
荷物を、そこに置き、剣ヶ峰に田子の浦から持ってきた砂を置いてくる。

山頂御迎え隊から、チョコ・黒砂糖アメ・スープなどを貰う、生き返った(^O^)/
ありがとうございます。帰りも頑張ります。

山頂郵便局で、暑中見舞いを投函し、下山。

今年は富士宮登山道(もと来た道で下山することにした)
それが混んでいた。
サッキ鬼の形相で登ってきた登山道。
余流で上りの登山客を見ていた。
知り合いが登って来る。
ガンバレーと応援。
第七チェックポイント
五合目(10時06分)
コンビニオニギリ一個。自動販売機でコーラ。

ユックリだが、走りを止まないで下った。

第八チェックポイント
2000m(11時00分)

ユックリだが走りを止めない。

第九チェックポイント
料金所(11時55分)
バイキンマンと仲間たちが施設エイドをしてくれていた。
水を頂いた。

西臼塚駐車場 エイド
水分補給・糖分補給。。。。

ランナー生存CHECK
にゼッケンナンバー申告。

第十チェックポイント
1000m(13時00分)

調子がいいゾ~。

しかし、ここらあたりから歩きが出てくる。気持ちが切れてくる。
ワープも考えてくる。

私設エイドが、、、。
ワッキーだ(涙)

感謝・感謝・感謝。。。。

そんな時「必ず完走します」そんなことを口走ってしまった(笑)

それからは、次のエイド(浅間大社)を湧水で熱くなった身体を冷やすのを目指して走った(歩いた)

第十一チェックポイント
浅間大社(15時00分)

ここの水は美味しい。どこの水より美味しく感じる。
ボロボロの身体に染み渡る。

残りは15㎞
浅間大社を後にしてフラフラ歩いていると、何時ものアイスサービスボランティア。
ありがとうございます。
キュウリも。
ワサビの金山寺を付けて食べた。

富士宮駅をパスした。
去年ワープしたところだ。

次は、新東名の高架橋を目指す。
それが遠くに感じる。
やっとの思いで、新東名高架橋をパス。
次は、東名の高架橋。

西富士道路の高架橋出前を右折。
ココから県道353号、後はこの道を真っ直ぐだ。

この道は帰り、東側を通らないと、田子の浦みなと公園に行けない。
知らない人が、間違えた人が、西側の歩道でコースマップを見ている。
大きな声で叫んだが、聞こえないみたいだ。

まっ
先を急いだ。

富士田子の浦みなと公園が近くなる。
知り合いから「お帰りなさい」と声がかかる。

ゴール
田子の浦みなと公園(17時36分)
無事に、何とか、今年はワープをせずに完走することができた。

富士山は雲で隠れて見えない。
雲の間から虹が出ていた。

ボランティアのみなさん、主催者萩田さん
本当に、ありがとうございました。


感謝!!


 

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2017年6月23日(金)
仕事を半日で終わらせてもらい、遠山郷へ。
何時もの幟や横断幕を遠山に行くついでにセットしていく。
今年は新しいものを
自分の故郷である「横吹」を遠くから眺めることができるところに設定した(^O^)/

「横吹ビューポイント」
「進化の名のもとに古きものは失われていく・・・・・」
限界集落・消滅地域、日本は先進国は経済発展を続け便利な生活の渦の中にいる。
その便利さと引き換えに忘れてしまった無くしてしまった尊いものがある。

水窪の小畑の小松屋で栃もちを35個買って本町の「山に生きる会交流所」へ。
寺田さんにご挨拶。
長尾の丸太小屋で諸事情を説明し、西浦の「はくりや」では細かいことは言わずに遠山を目指した。
遠山郷観光協会「アンバマイカン」でTシャツの件を説明し
「かぐらの湯」のカウンターで風呂の団体割引券を30枚頂いた。

風呂に入って、ざぶんと入浴して、身体も洗わずに、そそくさと出て、休憩室で仮眠をとった。
16時定刻になったので、走る格好に着替えて遠山の人と浜松に向かった。
19時にレクレーション保険の人と浜松駅南口で待ち合わせ、団体保険のメンバー修正の手続きをする。
いろいろあったけど、スタート30分前には走る仲間が、ポツリポツリと集まってきた。

この瞬間が、私にとって何とも言えないひとときだ。
浜松市の中心地である浜松駅南口に、日本で二番目に広大になった浜松市を縦断しようとする仲間が集まって来る。
東は東京、西は愛知県あま市、三重県四日市、岐阜県の人が来てくれた。
普通の人には分らない、理解できない、考えられない、そんな仲間が集まって来る、そんな瞬間。。。
そんなことを企画している人が、浜松市の隅っこの佐久間町の自分。
そんな私を応援してくれるのが北遠の人でななく長野県の遠山郷の人というのも何かの縁というしかない繋がりを感じる。
長くやっていると様々な事があった。一つ一つクリヤーして今の自分がある。

2017年6月23日(金)21時30名のランナーが浜松駅南口をスタートした。

動画です↓


夢街道90㎞2017
今年走って見えてきた課題

課題1
浜松駅をスタートして、国道152号線を右側の歩道を行くと、途中(東名高速道路高架下)の手前の交差点で信号機が無い所があった。
少し戻って地下道を潜れば良かったが、そのまま道路を渡ってしまった。
解決策
国道152号線に出たら信号の具合を見て左側の歩道に行き北上し北遠を目指すようにする。

課題2
自分より後ろの方にランナーの姿が無く、もしかしたら異変が起き着いてこられなくなったのではと心配して後続のランナーを少し休憩しながら待っていた。
そんな人が初めての参加の人なら道も分からなくなると思った。
解決策
知り合いを通じての参加の方は、知り合いの方にサポートをお願いする。

課題3
Tシャツの件。
ゴール後、名簿に書いてある方に渡してくださいとお願いしたのだけど、一人なかったという方が出た。
MサイズSサイズSSサイズとだけ書いた。
解決策
Tシャツを入れる袋に名前を書く。参加名簿に自分でチェックを入れる。観光協会の人には絶対に迷惑をかけないようにする。

課題3
熊出没注意
西浦池島に最近熊が出たという情報があったそうだ。
人的被害はまだ出たことは無いが、女性が一人で走っていて熊に出会うということもあり得る。
野生の熊は人を襲うことは無い、ところが何かの拍子でビックリして怒り狂暴になり襲うこともあるらしい。
解決策
ヤハリ青崩峠を越えるときは何人かのグループで越えて欲しい。
「はくりや」から「遠山郷観光協会」まで4時間前後。
「はくりや」を10時過ぎてからの人で走力に心配のある方は車の走ることができる兵越峠を選択するようにしたらどうだろうか?
 

リスクとベネフィット
世の中の全ての物には、必ず良い面と悪い面がある。
走ることで楽しみを求めるマラニック。
長い距離になると様々な事が起こり得る。
たとえば天候、遠い先から決めた日程に台風が接近していたとする。
不意な事故、こけてしまうかもしれない。チョットしたかすり傷なら笑い話で済むが、打ち所が悪く何らかの事が起こるかもしれない。
走ることは辛く苦しいイメージがある。そんな過酷なイメージの走ることを楽しむ。
リスクの中にベネフィットを見つける、こと。

 

そんな何かに怯え、一歩踏み出すことができないなら、それでおしまい。
一人では何もできないが仲間が集まれば何かができる。
27年間のマラソン人生で、そんなことを学習した(^O^)/

 

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55㎞地点、西渡(にしど)八丁坂から
90㎞地点、遠山郷までを試走してみた。

八丁坂のところが草で道が分らない状態。路も掃除していなくランゴクナイ状態。。。

青崩峠、信州側は塩の道ウォーキングの影響だろうか整備が進んでいた。

遠山郷に入って、いろりの宿「島畑」に寄ってみた。
が、あいにく主人は居なかった。
ポストに参加名簿を入れ、6月24日(土)
宜しくお願いします。と書いて投函してきた。


遠山郷の商店街に入るところのトンネル、今日行ったら開通していた。


遠山郷は訪れるたびに新しい道ができていると感じた。

家から西渡まで
7㎞
西渡から遠山郷まで
35㎞
遠山郷から平岡駅まで
10㎞

本日の走行距離
52㎞

 

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コース
西渡バス停→平和登山口→竜頭山頂→山住神社→向市場→水窪→城西→切開・横吹・立原・間庄・瀬戸・西渡→西渡バス停
約40㎞。
 
写真作成日時:‎2017‎年‎5‎月‎28‎日、‏‎7:17:18
天気は快晴、多くの仲間と共に今年も竜頭山(1351m)に向けて出発した。
登り始めて沢に掛かる橋を渡り、ダラダラとした上りがつづく。
スギ林の中をモクモクと歩く。
 
中間地点
青なぎにやっと着く
やれやれ。
 
写真作成日時:‎2017‎年‎5‎月‎28‎日、‏‎8:01:55

休憩もそこそこに上り始める。
途中
分岐あり。
杣小屋→頂上(少し急坂中級コース)左折がコースだが、kzukawaさんは遊歩道→頂上コースを選択した。
私たちは、杣小屋を通る沢を越えるコースで頂上を目指す。

ここまで来ると、杉山も終わり広葉樹の新緑の中の道となる。
遠く向こうに山頂の展望台も見えてくる。
山頂近くの展望台に到着
 
写真作成日時:‎2017‎年‎5‎月‎28‎日、‏‎9:26:12

富士山は見えなかったけど、なかなかの景色だった。
南側は浜松市街や浜名湖も一望できた。
素晴らしい景色だった。

少しの休憩を終え、山頂三角点に

そこで写真を撮り、ほうずき平に行く、が誰も居ない。
中央駐車場にいるのでなないかと、中央駐車場に移動。
エイド車発見!!

有難いことです。
山頂のオワシス(^O^)/
 
6月の夢街道90㎞
浜松駅から遠山郷までの90㎞
富士山一周100㎞のときにある人に
「どうして夢街道なのですか」
と聞かれたことがある。
この看板が原点。
7年前に、この看板を見て思った
そんな看板前で写真

山住神社までは11㎞

山住神社、恒例の鹿のモニュメント前で写真。
 
写真作成日時:2017‎年‎5‎月‎28‎日、‏‎12:19:33

山住神社を下ると、みさくぼ名水「山住の水」がある。

日本一おいしい水

眩しい新緑に囲まれてのマラニック。

途中。
トチノ木の大木があるという看板があり行くことにする。
山道を下っていく。
今まで20㎞ちかく走ってきた身体にはかなりシンドイ。
途中、その木だろうか大木があった。

よっぴー
その木の妖精になる(^O^)/

ウン。
立派な樹だ。

まだ路は下に続いている。
後ろから来たトモドウさんが
「まだ先だョ」
もう帰ろうとした仲間はシブシブ山道を下った。
沢だろうか水の流れる音が聞こえる。
そこに現れたのは、先ほどのトチノ木の2倍はあろうかと思えるほどのトチノ木の巨木が現れた。

幹回り  8.58m
樹 高  36.0m
推定樹齢 600年

下って来るのは大変だったけど、会えてよかった。
巨木のトチノ木。

下って来るのが大変だった坂道。
こんどは上り。
もっと大変。足が攣り始める。

水窪を目指し。
坂道を下る。

向市場についてアイスを買い、国道152号を城西方面に向かう。
切開(キイナマ)
から旧国道に、途中から島に地区に向かう村道に、横吹・立原・間庄・瀬戸と向かう。

私が、昔、暮らしていた集落。
横吹。

塩の道
を通て、八丁坂を下って
西渡バス停に到着。

朝、登った。
竜頭山(1351m)
を、西渡バス停からの橋の上から撮ってみた。
 
写真作成日:‎2017‎年‎5‎月‎28‎日、‏‎16:26:28

自然に囲まれた北遠(ほくえん)ココで生まれてここで暮らす。
ココで暮らせることに感謝し。
今回の
竜頭山スーパーマラニック2017
は幕を閉じた。

最後の集合写真。

水窪の山「黒法師岳」に登ってきたという仲間も加わっての写真となった。

走ること、マラニックをやることによって、多くの喜びも楽しみも知った。
多くの人に支えられてのマラニック、無事に終わることができホッとしている。
ありがとうございました。感謝。。。

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ウルトラ・マラニック
に参加してきた。

富士山は日本の山だ。
日本という小さな島国に独立峰としてそびえたつ。
綺麗な素晴らしい山、富士山。

そんな山を、静岡県裾野市須山にある游湯の郷「大野路」から時計回りにぐるっと一周100㎞するマラニックを企画している人がいる。

今年で五回目の参加。
一回目からその富士山は、このマラニックのときは顔を出してくれている。
有難いことです。

動画です(^^)/↓
 

車での帰り
マラニックで走りはじめた時、真っ暗で見えたかった。
富士こどもの国の入口からの写真

新東名・浜北インター・天竜と車で走って佐久間に帰ってきた。

来週は佐久間の山「竜頭山」に登る。

大切にしていきたい地元の・・・山

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ヒロボーさん企画のウルトラマラニック今回で二回目となる。
去年は、私、佐久間でボランティアでエイド

今年の始め佐久間から佐久間ダムに行く道(県道1号)が、崖崩れ、ヒロボーさんからどんな様子か問われ見に行った。
そんな時、今年もボランティアでエイドの話をしたが・・・・やはり225k経験するのも・・・っと考え、申し込んだ。

2月 222.5㎞
3月 342.0㎞
4月 280.5㎞
と、走り込んだ。
そして迎えた2017年のゴールデンウィーク。
5月3日、飯田線の始発列車(6時15分)でスタート地点である諏訪湖の岡谷駅に向かった。
所要時間4時間44分
岡谷駅から諏訪湖まで歩いて移動。
諏訪湖の釜口水門に行く。

もう集合時間は過ぎている。
急いで着替え受付を済ませる。

多くの仲間と目指すは静岡県磐田市竜洋海洋公園レストハウス「しおさい竜洋」

今回、西渡バス停~西鹿島までバスでワープ。
約20㎞短縮した。
それでも、疲れた身体での西鹿島からの25㎞は大変だった。
途中、名倉さんのエイドに助けられた。

果物を腹いっぱい頂いた。
元気が出て快調に走れだしたが道程が長く、掛塚橋までモウロウとしだしたとき
よっぴーとヒロコちゃんが来てくれた。

そこで回復して、掛塚橋をくぐり、道行く人に写真を撮ってもらった。

最後の「遠州大橋」をくぐり土手に登って天竜川河口を眺め掛塚灯台を回り込んで竜洋海洋公園レストハウス「しおさい竜洋」につくも誰も居ない。
携帯で電話して宴会場に顔を出しゴールをした。

風呂に入り、宴会に加わり、美酒に酔いしれた。

尋常ではないウルトラマラニック。
大変だった。

しんしん
57才の挑戦。
途中ワープもあったけれど、自分なりによくやったと思う。
3時間も遅れてきたけど、自分なりに達成感があり満足している。

ありがとう。
ヒロボーさんを始めボランティアのみなさん、多くの人に応援していただいて何とか遠州灘にたどりつくことができました。

感謝です~♪

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滋賀県長浜市余呉町
そこの余呉湖を10周回るウルトラマラソン
yogoko

おんなじコースを10周回るのは大変だけど
ココの大会はムチャクチャ楽しい。

それはリピーターが多く
ウルトラランナーの同窓会の様だから。
動画↓

42㎞以上を走ること。
佐久間町が浜松市に合併して
「こらから、この佐久間町・・・・どうなってしまうのだろう?」
そんなことを考えて、家族で浜松に買い物に行こうと車で国道152号線を走っていた2015年の熱い夏の日
そんな日に、リックを背負って国道152号線を走っている人がいた。

次の日、静岡新聞で「新浜松市合併記念ウルトラマラニック」という記事があった。
12市町村が合併した新浜松市、その旧役場を巡るマラニックだそうだ。

当時、走ることはフルマラソンまでしか走ったことが無かった自分は、世の中には、こんな人がいるんだ、そう思った。
そして、ヒロボーさんに連絡を取り、「天竜ウルトラマラニック」に参加して、うっちゃん・ヨッピー・多くのウルトラマラソンを走る仲間に出会った。
そんな仲間から元気をもらい。

浜松市への合併で、佐久間町は消滅地域、そんなことを考えて荒んでいた自分だったが
「何年か先のことを考えて憂い悲しむより、今を楽しもう!!」

そう考えるようになった。

マラニックとは?
https://www.youtube.com/watch?v=tsr-5XlMvGM

そして、自分もヒロボーさんのようにマラニックを企画した。
そのとき、私に言ったヒロボーさんの言葉。
「フルマラソンをゴールした時の感動とは、また違った感動がありますョ」

浜松縦断マラニック
2016年、数人で真夏に12市町村が合併して広くなった新浜松市を浜松駅から佐久間まで60㎞を走りゴールして上島キャンプ場で夕食を食べ、河川敷に行って中部の祭りの最初の花火の見上げた時には、、、胸が熱くなった。感動した。
浜松縦断マラニック2009(前日編) 
浜松縦断マラニック(往路)
浜松縦断マラニック(中部のお祭り)
浜松縦断マラニック(復路)
私のマラニック大会

その後、夢街道90㎞を初めたのだ。




浜松駅から道の駅「遠山郷」まで90km

拍手[3回]

参加人数8名。

顔見知りの走る仲間とのマラニック
3月の後半というのに肌寒い中の走りとなった。
目指すは龍山町の一番高い集落「寺尾」
峰の沢橋で写真

ココから上りとなる。
「不動滝」によって寺尾を目指す。
寺尾集会所

ココで昼食。

山の集落から一気に駆け下り。
瀬尻橋

たつやま秋葉ダムさくらマラソン
20㎞コースだった路を北上。


ココからは上平山までひたすら上り。

上平山集落・下平山集落を抜け


林道を通り、朝走りはじめた「やすらぎの湯」に到着。
約6時間のマラニックだった。
距離は約35㎞
やすらぎの湯では、浜松東区から来たという山登りが好きな女性と話が出来、意気投合。
しんしん57才
遅すぎたモテ期にニヤニヤしながら家路に帰るのであった。
ジャンジャン(^O^)/

 

拍手[6回]

何年前だったっけ?
萩田氏に、佐久間を走ってから伊藤さん家の別宅で しし鍋を食べて懇親会、、、、そんなマラニックを・・・やろう。
そんな話があった。
マラニック→マラソン&ピクニック

今年は15人、佐久間に来て頂いた。
遠くは車で群馬県や兵庫県から。

天気にも恵めれ、楽しいマラニックになった。
↓動画です。

生きることは旅すること、終わりのない~この道~♪
来年も再来年も、この道を走る。
走り終わって酒を飲みましょう。

See you next year(^O^)/

拍手[5回]


台湾一周の走り旅に行ってきた人たちがいる。

そんな旅を我らが師匠 ヒロボーさんも行ってきた、楽しんできた。
そうだ。走だ。
 
とにかく楽しかった。
と、言っていた。

台湾の人たちは親切だった。
食べ物は安くて美味しかった。
80歳以上の方は、片言の日本語を話せ、多くの事を話した。
台湾ジャーニーラン8日目
鳳林で熱烈歓迎を受け、途中コンビニでは現地新聞社から取材を受けた。
などなど。
 
ヒロボーさんは、お手製の横断幕を持って走った。

その横断幕に、現地の人からのメッセージも書いてある。


環台湾超級馬拉松之旅
日本語に変換すると
台湾の周りにスーパーマラソンの旅
となる。
 
まさしく、最高の人生、だナ~っと思った。
しんしん

拍手[5回]

プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
64
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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