木曜日の夜、LINEで
「土曜日、明神山登らない?」
私をスキーに連れてって、ならぬ山へのお誘いがあった。
天気も良さそうだし、明神山は気になるルートがある、一度は行ってみたいコースがあった。
それは、山頂からの下山コース、鳳来湖の上流に下りるコースが気になっていたのだった。
ウッチャン・友さん・山草人さん、私を入れて4人での山行だ。
乳岩峡の板敷の川は透き通ってい水中の小石までハッキリと見える。
川沿いから山道になり、また川が現れる。
鬼岩にはクライマーが集まっている。岩に登るのが趣味だ、そうだ。どこから来たのか聞くと富山県からやってきたときく。
富山県と聞くと名高い山が沢山あるのに、ここ鬼岩は別の魅力のある岩だそうだ。
胸突き八丁を越え、三ツ瀬登山口分岐をパスし、クサリ場、ハシゴを登り、ウマノセで遠くにチョコンと雪化粧をした富士山を望んだ。
山頂に着き、展望台に登り寒さに耐えれず降りて着たら、下で食事中のカップルは豊橋のマラソン大会「穂の国」のシャツを着ていた。
30分くらい休憩して、鉄塔がある北側の登山道を進むことにした。
鉄塔からの三人組の登山客と出会い、初めてのコースで不安になっているので道を聞いた。
鉄塔の小屋から栃木沢のコースを教えてもらったのに、どうも東栄町と新城市の境を進んだみたいだ。
最初は穏やかな尾根歩きが続いたが、それがダンダン下り坂になり、かなりきつい下りが続くようになってきた、立木が私たちの命綱だ、遠くに悪魔のような大岩が見える、友さんが「あれはウマノセだ」平然とつぶやいた。
友さんがヤマップでコース確認しをしなおす。
「だいぶ違う、しかし鳳来湖の上流には下りれる。まだ14時前時間はある。」
引き返そうか、そのまま進むか。
私は引き返そうかと思ったが、他の人はウマノセにワクワクしているみたいだ。
私は悪魔のウマノセに完全にビビッてしまったいた(/_;)
その山道を下り切り林道が出てホットしているのも束の間、ウマノセの案内が。
そのウマノセが出た。
最初、見た所、明神山山頂近くのウマノセと変わらないが、進むと、その悪魔のウマノセが姿を現した。
へっぴり腰
しかし、渡ってみると、なんか懐かしい。恐怖の中からの脱出、その解放感。
後はヒタスラ下り、鳳来湖上流、砥沢に下りた。助かった。
林道を下り、鳳来湖に出て、キャンプ場のオジサンに会おうと思ったが、その人は亡くなっていたと引き継いだ管理の人が言っていた。
線香をあげた、その部屋から見た鳳来湖が美しかった。
電気が無い生活、ライフラインが整っていない生活、そのキャンプ場でのコンサート、気になる。
スタートした場所、乳岩峡に着いたのは15時少し前、16㎞、6時間45分の山行だった。
綺麗な川、素晴らしい山々、日本は素晴らしい。
グルット明神山、日本の山は本当に素晴らしい。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |