今日は、とうえい温泉にでも行こうかな~。
せっかく温泉に入るのなら、少し走ろうと・・っと向かったのが、"尾籠"ここは何回か行ったことがある、こっこ尾籠集落は現在9軒19人が住むだけの、数十年先には消滅してしまう限界集落、そんな集落に今日も行こうととうえい温泉に車を置いて10時に走り出した。
尾籠までの地図は↓
http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=9f652e467e64fe77de734e96fc00acd6
一時間ほどで尾籠集落に着いた、せっかくここまで来たのだから・・・岩山に登ろう。
車道の終点から少し下り、民家の下に岩山の登山道がある。
登山道には、案内板は所々にあり安心して歩ける、↓
登山道わきに、ツガの木にウリカエデが貫く「中良しの木」があった。
山頂近くにある「のぞき岩」この岩の上から尾籠集落が箱庭のように見える。
一人で、何かあっても困るので、危険な所は少し見ただけで山頂を目指した。
11時51分、岩山山頂700mに着く、低い山だが山頂は岩の上になっており周りが見渡せ良い景色だった。
山頂の岩を回り込むと、行者様と弘法様の石仏があった。
12時10分、下山開始、尾籠集落に着いたのが、12時45分。
ここから車道、もう走れる状態ではないので歩いて国道151号に向かう、151号から佐久間方面に向かう473号に入るともう少しでとうえい温泉、ここからユックリ走り、とうえい温泉に2時15分にゴール。
尾籠集楽は毎年4月15日にお祭りがある、それは尾籠集落の向かいにある岩山に祭ってある「弘法様」「行者様」のお祭りだ。
頂上にあった看板によると、「昔、尾籠の行者様の石仏は、岩下の沢に近くに祀られ居ました。あるとき、行者様が長老の夢枕に立たれ「岩山の上に行きたい」と言われたことをきっかけにして、明治三十五年頃、力持ちの三浦喜三郎さんと真田兵吉さんに背負われて運ばれ現在の所に祀られるようになりました」と書いてあった。
尾籠集落で出会った人によると「今年は金曜日だったけど60人ほどの人が集まりましたよ、来年はちょうど日曜日になるので是非来てみてください」と言っていた。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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